4話 奇妙な小屋
修正中
湖からおよそ1時間ほど歩いた頃。
彼女の言う通り、辺りはすっかり夕陽色に染まっていた。
やや高所から広がる景色は、昼間の深緑とはまた違う幻想的なものに。
風景に目を向ける若干の余裕を残しつつ、やや起伏の激しい整備もされていない荒い山道を歩き抜けると、辿り着いたのは――。
”奇妙な小屋”だ。
木材によって構成されているそれは、機械などではなく人の手によって建てられたのだと一目で判断できる。
それ程までに雑で、歪な造り。
壁に使用されている丸太は統一性がなく、単に積み重ねて形成しているようにしか見えない。
屋根もまた同様に素材の乱雑さが目立ち、何本もの木々が空に向け、斜めに突き抜けている。
ただどうやら扉や窓の淵だけはちゃんと直線になっているようだ。
さすがにそこは雑にできなかったんだな。
目的の場所に到着するとすぐに、家主は「新鮮な熊を置いてくる」と言って、裏に消えていった。
1時間前に仕留めた獲物は重さにしたらどのくらいなのか。
熊の体重を把握しているわけではないが、倒れ込んだ際の音からもその重量は相当なものだと予測できる。
そんなものを彼女はここに至るまでどうやって運んできたかというと――。
浮かせてきたのだ。
普通なら未知の力に憧れを抱いたりするんだろうけど。
今の俺はそれどころじゃない。
これからこの【異世界】でどうやって生きていけばいいのか。
そして、元の世界に帰ることはできるのか。
そんなことを考えていた――――わけではなく。
”一人暮らしの女の子の家”
で頭が一杯だったんだ....。
「さあ入って。狭くて少し汚いけど、耐久性は安心だから」
ややあって戻ってきた家主は歓迎の言葉をくれたのだが、その中には不可解なものがある。
(耐久性? ....って、いや。こんな造り方でそんなわけ....)
そんなことを思いながら突っ立っていると、彼女は「どうぞ」と言って扉を開け待っているらしかった。
申し訳ないさを感じた俺は、軽く頭を下げながら家の中へと入る。
「お、お邪魔しま――って、ええ!!」
恐る恐る挨拶をしながら足を踏み入れたその内装に、俺は驚愕の声を上げて目を見張った。
外見はさっき説明した通りの変な小屋だ。
家と呼ぶにはどうかと思う見た目。
しかし、中身は予想以上にちゃんとしていた。
――――というよりちゃんとしすぎだ。
入ってすぐがキッチン兼居間のような構造になっていて、中央には一人暮らしには少し大きいサイズのテーブルが鎮座し、椅子も二つ用意されている。
右手にはこれまた似つかわしくないほど長い調理スペースがあり、ステンレスのような流しには汚れなどは一切見当たらない。
その上の窓の前には等間隔でお玉などの調理器具がぶら下がり、流しの横に立てかけてある食器類も綺麗に並べられている。
奥には大きな鍋が二つ置かれ、その下には火を灯すためなのか隙間がある。
(ど、どこが狭くて汚いんだ.....)
他にも扉が四つほど見受けられ、汚さはもちろん広さに対する価値観の違いに疑問を抱くしかなかった。
そうして眺めていると、不意に――。
「あんまりじろじろ見ないでよ......」
余程じっくりと見過ぎたせいか、少し照れ臭そうに赤面している少女から注意を受ける。
その後、簡単に別室の説明があった。
左手にある一番手前がトイレ、真ん中は彼女の自室。
奥にある三つ目の部屋は物置で、玄関から見て真正面にある扉が倉庫らしい。
倉庫と物置は何が違うんだろう?
そこまで聞いたところで、今度はこっちからこの建物についての質問をしてみた。
「あの、この小屋....っていうか、この家は君が建てたの? 外はその....あれだけど。中と外で印象が違い過ぎない?」
「あ、あー。えっとね....」
(ん......?)
なんだろう。
彼女の顔が少し――微妙になった。
「この家を建てた人は....凄く雑な人でさ。中は私が色々注文して改装してもらったんだよね。だから外はまぁ....あれで」
「な、なるほど....」
「でも、ずっと住んでると、これはこれでいいもんだよ?」
何とも言えない表情で頬を掻きながら差異の理由を教えてくれた後、微笑みつつ建設者の擁護までする碧眼の少女。
笑みを崩した後のその瞳は、どこか違う所を見つめている。
(........??)
今しがたの表情は何だったんだろう。
他所を向いている彼女の瞳は少し――。
潤んでいるようにも見えた。
日は沈み、窓からの景色は暗闇に染まっている。
そんな外とは異なり、いくつもの灯りによって彩られた室内には規則正しい音が響いていた。
椅子に腰かけていた俺は、音と共に部屋に広がるなんとも美味しそうな匂いに浸っている最中だ。
(なんだろう....この匂い。すげー美味そう......)
思った通り鍋の下の空洞には火が灯され、それを利用して何かを煮込んでいるらしい。
追加の食材を切り終えた少女は、後ろで結った金色の髪を揺らすと、それを鍋へと投入した。
さらに嗅覚を刺激してくるこの未体験の香りは、色々なことがあって完全に忘れ去っていた”あること”を呼び覚まそうとしていた。
ぐぅぅうう!!
それは16年の生涯の中でも最大級の――腹の音。
脳よりも先にお腹が空腹を感じ取ってしまい、完全に不意を突かれた俺は音の発生元を凝視した。
「ふふっ」
すると今度は前の方から新しい音が聞こえてくる。
もちろん俺の出したものに比べれば、規模も質もかなり可愛らしいけど。
「ご、ごめんね? も、もう少しでできるから。そこの棚にあるお皿取ってもらえるかな」
顔を上げると、笑いを堪えている彼女からは謝罪と依頼の声が飛んできた。
ただ前半部分に関しては全然我慢できてない。
加えて「そうすれば早く準備できるよ?」と、悪戯顔で言ってくる始末。
揶揄われている俺は熱くなっている頬を意識しながら、彼女に頼まれたものを取りに席を立った。
そりゃあさ?
腹減ったまま山を歩き回って。
全速力で熊から逃げて。
あと......泣き疲れて。
お腹空いてるだろうけどさ?
(こんな時に鳴らなくてもいいんじゃないかぁ......)
俺は溜息を吐きながら項垂れる。
指示された通りの場所から皿を二人分取り出すと、彼女の方へと向き直った。
(あれ? この皿......)
その際、手に取った食器に目をやると、片方の皿には僅かに埃が付いていることに気付いた。
部屋の様子からしても、ここの家主はかなり綺麗好きな印象だ。
そんな彼女が食器に埃を残すか?
もしかして随分使ってないとか?
少しばかり疑問に思いつつも、さっきのことで直視できない俺は彼女の手元を見つめ、皿を手渡そうとした。
「これ....」
「あ。ありが――」
しかし、彼女が受け取ろうと伸ばしてきた手は止まり、言葉もまた途切れた。
なんだ? と思った俺は視線を彼女の顔へ移すと、そこにあったのは”少しの驚き”ともう一つは――――。
”悲しみ”?
「あ、ありがとう。ただごめん......。こっちの方は....戻してきてくれないかな......」
「あ、うん。....はい」
そう短く二回返事をした俺は、こっちの――埃が溜まっていた――皿を元の場所へと返した。
(......気のせい?)
いや、でも――――。
その後、席に戻ると料理はすぐにやってきた。
「人に料理を作るのなんて久しぶりだからさ。口に合うかどうかわかんないけど。まぁ食べてよ」
運ばれてきた料理に視線を向けつつ、彼女の表情を窺ってみたが、何ともないように思える。
(さっきのは....なんだったんだろう?)
気になる俺を他所に、正面に座った少女は既に食事を始める所作に入っていた。
それが目に入り、もやもやした気持ちのまま自らも手を合わせ、とりあえず目を瞑って「いただき――」とそこまで言ったところで。
別の言葉が重なった。
「恵みに感謝を。そして、我らを守りし慈悲深き主神。”ソルス”様に感謝の意を込めて――――」
初めて目の当たりにするその儀礼を、手を構えたまま茫然と見やっていると。
「いただきます」
多少間があったものの、続く聞き慣れた言葉に安堵し、俺は改めて「いただきます」とだけ言い直す。
気になるワードはあったものの、料理を目の前に置かれた今。
我慢できなくなった食欲に全てが後回しになる。
さっきから全神経を刺激してくるこの香りの出所を頂くとしよう。
スプーンを手に取りまずはスープだけを口に――。
「な......何、これ」
それは、今までにない衝撃だった。
2120年の現代では、一般的に出回っている食品のほとんどが【遺伝子食品】である。
野菜や穀物などは【遺伝子栽培】、肉などの動物性食品は【遺伝子生成】により製造され、それにより地域や季節に関係なくどんな食材も新鮮で栄養価の高い状態で普及されている。
この【遺伝子食品】が確立したのが2080年。
その翌年から学校給食などの料理には【遺伝子食品】が使用され始め、現在ではほとんどの人がそれに慣れてしまっている。
ただ、少しだけ欠点もある....らしい。
それは――『味』だ。
正直、ほぼ【遺伝子食品】しか食したことのない俺や俺に近い世代にとっては何の問題もない。
問題に、というか違和感を覚えているのは、【遺伝子食品】以前の栽培や飼育などで作られていた食物の味を知っている世代の人々だ。
どうも....”何となく、どこかが、違う”....らしい。
テレビで見る芸能人も、うちの両親や親戚も、全く同じようにそんな煮え切らない言葉しか使わない。
もちろん、今でも昔ながらの方法で作られた野菜や肉は存在している。
ただあるにはあるのだが、それが出回るのはごく一部の高級レストランなどだけだ。
後継者などがいなくなり、栽培や飼育を続けられなくなったということや、どうしても【遺伝子食品】と比べると、その人手や収穫量の問題からコストがかかり、そうせざるを得なかったらしい。
昔の味を知っている世代の両親からすれば今の料理は少し物足りないようで、少し前に特別に頂いたとかでその【昔の製法の食品】を家で食べたことがあったのだが....。
両親は喜んで食べていたが、俺は正直あまり変わらないと思った。
”【遺伝子食品】への偏見じゃないのか?”と心の隅で呟いたのを今でも覚えている。
それが切っ掛けだったのか、「今度皆で高級レストランにでも行ってみるか」と会話をしていたのは記憶に新しかった。
「口に合わなかった? 嫌なら別に――」
「い、いや! 違うよ! 美味すぎて......。こんな料理......食べたことない....!」
”食”に関してそこまでこだわったことはないが、これはもう興奮を抑えらなかった。
もちろん次に味わってみた具も言わずもがな格別の味。
頬は緩み、自然と笑顔になってしまう。
この料理の見た目はポトフに近いけど、ウインナーではなく代わりに何か別の肉を使ってるようだ。
触感は....豚っぽいか?
その他の野菜たちもスープがじっくりと染み渡り、実にいい味。
「そ、そう....。もう何年も一人で住んでるからさ。さっきも言ったけど人にご飯作るなんて、ほんと久しぶりで――って君。私の話聞いてる?」
最初はやや照れながら話していた彼女だが、料理に夢中になって全く聞いてなさそうな俺に、紺碧の双眸を細めながら疑ってくる。
「え? あ、いや、聞いてる聞いてる。これほんっと! 凄く美味しいよ! この肉は何のやつなの?」
「......やっぱり話聞いてないじゃん。それは猪の肉だよ。昨日ちょうど獲れたのがあったからさ」
「へーこれが猪の肉かー。前にじいちゃんの裏山でも獲れるって聞いてたんだけど。結局1回も食べられなかったんだよなぁ」
俺の反応は全く話を聞いていないことを完全に証明していた。
そのことにも気付いていない渦中の俺に、彼女は溜息を吐きやや呆れながら応えてくれる。
そこからはもう、ひたすら料理を堪能するだけだった。
もう腹のそこがなくなってしまったかの如く。
入るわ入るわ。
そんな俺でも一つ、気付いたことがある。
料理を食している最中、チラっと見た彼女の顔は。
なぜか再び曇っていた。
食事の前に見せたあの悲しげな表情のような。
加えてその青い瞳にはどこか――。
寂しさが滲んでいる気がした。
修正中
読んでいただきありがとうございます。




