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白影医学研究所三重密室殺人事件《その1》

《白影医学研究所三重密室殺人事件の登場人物一覧》


白影シロカゲ 風太郎フウタロウ…医学博士。被害者。

秋野アキノ 静祢シズネ……助手。

秋野アキノ 来馬クルマ……元医師。静祢の兄。

井上イノウエ サイ……研究員。

岩野手イワノテ 万桜マオ……研究員。


龍賀リュウガ 寅丸トラマル……アマチュア名探偵

千夜センヤ マコト……元名探偵

久利クリ 麻耶華マヤカ……真の助手


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 嵐がやってきた。風雨の吹きすさぶ音が建物の内部にいても聞こえた。


「何か今、変な物音が聞こえなかったか」


 井上再はそう云ってテレビのリモコンを取り上げ、電源を消した。それまでバラエティ番組にくぎ付けになっていた岩野手万桜は不満そうに頬をふくらませた。


「ちょっと! 勝手に消さないでよ、見てたのにー」

「それどころじゃないよ。博士はいつまで研究室にこもっているんだ。変だよ、やっぱり」

「あれ、もうこんな時間なの。そういえばそうね。ちょっと見てこようかしら」


 万桜は立ち上がると研究室へ続く廊下へ向かった。


 嫌な予感がする、と再は小さくつぶやいた。そういえばあの兄妹の姿も見えない。いったいどこにいるのだろうか。あまり研究所内を余所者にうろつかれるのは困る。


 廊下は真っ直ぐ一本で、扉は両端にそれぞれひとつだけ。どちらの扉の上部にも防犯カメラが取り付けられている。

 扉の前で万桜がもたついているのを見て再は怪訝に思って声を掛けた。

「開かないのよ。なんで、鍵がかかっているみたいで」

「この扉に鍵なんてついてないだろ」

「ついてるわよ! ほら、あのちゃっちい閂が」

 

 ああ、と再は声に出していた。

 

 そういえば錆びついた閂錠がついていたような気がする。今まで一度も使ったことがなかったので普段はまったく意識しておらず、そのためこの扉に施錠ができるということを忘れていた。

 

「壊そう。なにか道具を取ってくる」

「その前に内線で研究室に電話をかけてみましょうよ」


 研究室に電話を掛けたが、誰も受話器をとらなかった。やはり妙だ。こんな嵐の夜は嫌な予感ばかりが頭に浮かんでしまう。頭を振って余計な考えを押しやり、工具箱から鉄鎚を取って扉に引き返した。

 

 扉板のちょうど閂のあるあたりを何度か鉄鎚で殴りつけると穴が開いた。薄いドアで良かった。穴を手が入るくらいに広げて、そこから閂を外した。

 ドアを開けると今度は細い通路がある。すぐ右手に物置部屋へ続く扉があるが、こちらに用はない。再と万桜は通路を駆け抜け、突き当りの階段を上り切ると研究室の前に出た。

 

 研究室は先刻のドアとは違い頑丈な鋼鉄のドアになっている。ドアを引くが、ここにも鍵がかかっていた。ここはさすがに鉄鎚ではどうしようもない。

 

 ドアを叩いて博士を呼んだ。しかし予想通り反応はない。


「具合が悪くなって倒れているのかしら」

「だとしたら一刻を争う。ここの鍵は」


 ドアに設置されたカードリーダー。ここに特殊なカードキーを通さないと鍵は開かない。そのカードキーを所持しているのは博士だけのはずだ。


「なにがあったんですか」


 階段の下から声が響き、再が振り返ると車いすに乗った男がこちらを見上げていた。


「ああ、来馬さん。じつは博士が未だに研究室から出てこなくて」

「呼びかけても返事がないの。だからもしかして中で倒れているんじゃないかって」

「それは大変だ。カードキーが必要なんですね。それなら、ここにありますよ」


 来馬が懐からそういってカードキーを取り出したので、再は目をまるくした。

「どうしてあなたがお持ちなんですか」

「そんなことは後で説明します。早く博士の安否を確認してください」


 その通りだと考えて再はカードキーを来馬から受け取り、研究室の扉のロックを解除した。すぐにドアを開き、室内に踏み込む。


 そこで彼らが目にしたのは衝撃的な光景であった。


 白影風太郎博士がこちらに背中を向ける体勢で床に倒れていた。頭部から血が流れ出ていて赤い血だまりをつくっている。そのすぐ脇には先端に血の付着した鉄パイプ。


 研究室、と呼ばれている部屋ではあるが実際の研究機材はほとんど置かれていない。部屋の隅にパイプ組のベッドがあり、その脇に洗面台がある。応接セットのソファとテーブル、そして壁に向かって据えられたデスクとキャビネットがひとつ。デスク上にあるデスクトップではスクリーンセーバーのサイケデリックな映像が映し出されていた。


 応接セットのソファに坐っている人物を見て、再は唾をのみこんだ。

 秋野静祢が目を閉じてソファに坐っていた。その白衣には点々と返り血が付着していた。


 近づいて確認したが、静祢はどうも眠っているだけのようだ。


「……どうですか、博士は無事でしたか」

 階段の下で待っている来馬の声が響いた。ここに来るまでに設置されていた防犯カメラ、あそこの映像を確認する必要がある。


 研究室のドアのロックの解除、施錠は外側からだとカードキーでのみ可能だ。ただ、室内側からだとカードキーがなくともどちらもできる。この部屋は鍵がかかっていた。方法はふたつ。カードキーを使って外からロックを掛けたか、あるいは室内にいる人間がロックをしたかのどちらかだ。カードキーを持っていたのは来馬だ。しかし、彼はこの研究室まで来ることができない。急な傾斜の階段があるからだ。来馬は足が使えない。かといって両手で這ってのぼれるような段差ではない。彼がカードキーを使って施錠することは不可能だ。だとすると、室内にいた人間がロックをしたことになる。


 室内には人間の隠れられる場所はない。そもそも、この研究所に外部の人間が出入りするなど現実的ではない。そして、内部の人間と云うのは再と万桜、静祢と来馬、そして博士の五人だけなのだ。


 さらに研究室の途中にあるドアにも内側から閂がかけられていた。あとは防犯カメラを確認すれば確実なことになる。この部屋には誰も出入りすることができなかった、出入りしなかった、ということが。


 博士は殺された。


 誰に?


 決まっている。誰も出入りができない研究室で殺されていたのだ。博士と一緒に研究室にいる人物、そう、秋野静祢が犯人に決まっている。


 三日後、嵐が静まってから研究所にやってきた警察もまったく同じ見解であった。なにしろ防犯カメラの映像には白影博士と秋野静祢が一緒に廊下を歩いていく姿を捉えてから再と万桜が研究室を訪れて博士の遺体を発見するまで、誰ひとり出入りする姿が映っていなかったのだから。

 

 つまり、研究室は三重の密室であった。外部からはカードキーでのみ開閉できる研究室の鋼鉄のドア、閂のかかった扉、防犯カメラ。この三つの門が研究室を閉ざしていたのだ。


 こうして白影医学研究所の三重密室殺人事件は、秋野静祢が100%有罪である楽勝な事件ということでアマチュア名探偵である龍賀寅丸が担当することとなり、事件発生から三週間後、恒例通り名探偵審問にかけられることとなった。


 そして陪審員が千夜真に決まったことは、ちょっとしたニュースになった。




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