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廃教会に入り、手分けして捜索しているが、やる気や能率には大きな開きがある。ノエルとセビーはどこか上の空で、同じ場所で同じ物を動かしては戻すのを繰り返している。
「ノエル!セビー!やる気が無いのなら、休んでろ」
そんな二人の態度にブライアンが苛立ちを隠さずに不満をぶつける。
苛立ちを隠さないブライアンと外から聞こえるアルフラスの悲鳴に眉を顰めるノエルとの間で流れる不穏な空気が流れる。
そんな両者の間でジュディスとセビーは戸惑いを隠せず、オロオロしている。
「ブライアンさん、気持ちを落ち着かせてください。ノエルさんも後で説明しますから、今はそれで納得してくれませんか」
一際大きな悲鳴にノエルは、オロオロしながらも両者の間を取り持とうとするジュディスも敵視する。
「いくら魔族だからといって敵に対する最低限の礼儀というものがあるだろう。あんな風にむやみやたらに痛めつけるなんて」
その一言にブライアンが呆れた様子で告げる。
「魔族は敵じゃない、害虫と同じだ。害虫に礼儀作法を守って接するのか」
長年冒険者を続け光の届かなかない闇の部分も知り尽くしたジュディスはブライアンの言葉に理解を示すが、冒険者になったばかりで光に当たる表の顔しか知らないセビーとノエルは反発する。
そんな中、アルフラスへの拷問をサイゾウとアミナに任せたアランが廃教会に入ってきた。
戸惑うジュディスに苛立つブライアン、正義感をむき出しにするノエル、口出しはしないが不満たらたらなセビーという面々を目にして、頭を掻きながらため息をついて、手を叩いて割って入る。
先ほどまで拷問していた元凶の登場にノエルはさらに猛り、セビーも憧れの存在が見せた暗い一面に複雑な
気持ちを顔に表している。対するブライアンはリーダーの指導不足を責める目をし、ジュディスは救世主を期待する目で見つめている。
「二人ともそこまでにしておけ。ノエルとセビーは初めての魔族だったからな。事前に教えておいても良かったが、冒険者は夢あふれる冒険ばかりじゃないってことは自分の目で見て知っておくべきだと思うからな」
「私も冒険者が高潔な職業だとは思ってはいないが、拷問までやる必要があるのか?せめて苦しまず殺してやるのが道義なんじゃないか」
「正直に答えるなら、やる必要は無いな。あんな下っ端が魔王軍の戦略を教えられているとは思っていない」
ノエルの問いかけにアランは意外な回答をして、激昂させる。
「だったら、どうしてやるんだ!」
「持っていないという保証も無いからだ。もしかしたらガレスから戦略を打ち明けられているかもしれない。もしかしたら戦略の解明に繋がる何か重要な情報を知っているかもしれない。とはいえここから生きたままあいつを連行して行くのにはリスクが高過ぎる。役人に引き渡しても役人が拷問するなら、役人がやるか、俺たちがやるかの違いしか無い。だったら、俺たちがこの場でやっておいた方が安全で楽だ」
ノエルの目を正面から見据えたまま鉄のように断固とした意志で伝えられ、二人は目と目を合わせたままにらみ合っていたが、ノエルの方が根負けして目を逸らす。
「不満はあるだろうが、納得しろ。こういった汚れ仕事は俺とサイゾウ、アミナが担当しているから、ノエルとセビーに拷問を強要させたり、見学させるつもりも無い。この手の仕事は適性の有無が全てだから、ジュディスやブライアンにも関わらせていない」
アランからの確約にセビーはあからさまにホッとし、ノエルも渋々ながら受け入れる。
「出来るだけ努力はしてみる。だが、シスコンのお前がジュディスを遠ざけるのは分かるが、ブライアンまでどうして遠ざけるんだ?答えられないなら、答えなくてもいいんだ」
この質問にアランは口をへの字にしてしまう。
「あいつがこのことでノエルに噛みついたのもこの辺りの事情が絡んでいるから教えてもいいか。
うーむ。何事にも適性があり過ぎるのも駄目だということだ。凶戦士になれるほどの適性の持ち主がああいったことをすると嬉々として楽しんでやってしまいがちで、本人じゃなく周りへの悪影響があり過ぎる。この辺はパーティー次第で考え方が違うがな。嬉々としてやれる奴に任せるパーティーもあれば、俺たちのように任せないパーティーもある」
ノエルとセビーはその説明を受けてからブライアンを改めて見つめる。ブライアンは外から聞こえてくる悲鳴に恍惚とした表情を浮かべたかと思えたら、痒い所に手が届かないもどかしい思いを浮かべ、歯ぎしりする。これに見て二人はアランの説明を理屈ではなく本能で理解し、納得する。
「ま、納得しろとは言ったが、積極的に賛成しろとまでは言わない。だが、これはこれと割り切ってくれ。ブライアンについても、諦めるというか、まぁ、なんだ、完璧な人間なんていないのだからと割り切ればいいと思う」
アランのあまりな物言いにノエルとセビーはくすりと笑ってしまう。
「笑ってくれるな。だが、その調子なら大丈夫そうだし、俺はあっちでジュディスの手伝いをしてくる」
アランは拳を突き出して、ノエルとセビーと拳同士を合わせてから離れる。
ジュディスは祭殿で祈りを捧げ、目をつぶって何かを探ったかと思うと、石製の台座を弄っている。
アランもジュディスを邪魔しないように、祭殿内を見て回っていく。この教会は魔王軍の侵略で廃棄されたため、祭殿に限らず、教会内の至る所に廃棄前の物品が置かれたままになっていた。
しかし、長い年月が過ぎ、風化や窃盗などで脆い物や高額な物が無くなり、建物に施された金銀細工に限らず、金属製品も盗まれていた。
祭殿には祭事に使う道具を仕舞っていたのだろう空の棚や箪笥があるが、棚は埃で覆われて物があった痕跡も残っていない。祭事の道具は芸術性だけでなく、銀製品などの高価な素材を使っているため素材そのものの価値も合わさり早いうちに盗まれたのだろう。
そんな中、壁に直接描かれたため壁画だけは盗まれていないが、ここを拠点としていたアルフラスが神を称える壁画を大切に保管しているはずも無く、風化してボロボロになっていても残っていた絵から神の顔を削っていた。
一通り、祭殿内を見て回ったアランは台座を弄っているジュディスに声をかける。
「さっきから何をやっているんだ?」
ジュディスはその言葉でアランの存在に気付いて、驚いて振り返る。
「兄さん、急に声を掛けないでください。ビックリするじゃないですか」
「すまんな。それで、俺の気配にも気づかないくらい何に熱中していたんだ?」
ジュディスの苦言に飄々とした態度で質問を重ねるアランに、ジュディスは丁度良いとばかりに柏手を打つ。
「そうだ。兄さん、力いっぱいこの台座の上の部分を押してみてください。倒して壊すくらい思いっきりやってもいいですから」
アランは疑問を覚えつつも言われた通りに力いっぱい台座の上の上板部分を押しながら尋ねる。
「理由、くらい、教えて、くれると、良いんだがな」
鍛えられた冒険者も石造りで重い台座が相手となると手強く、喋る余裕も無いくらい全力で出して台座を倒そうとする。すると、何かで接着して長い年月で固くなっていたのだろう台座の上板部分と本体が別れて、上板だけが床に落ちて大音を響かせる。
残った石造りの台座を見ると上板で隠されている空間があり、中には何かの糸で出来たペンダントが仕舞ってある。
そのペンダントを見ながらアランは首を傾げて、答えを知っているだろう人物に尋ねる。
「これは何だ?ジュディスはこの隠し場所を知っていたのか?」
聞かれた本人はペンダントを慎重に取り出しながらもアランの疑問に答える。
「いいえ、知りませんでしたよ。ですけど、ここに入って祈りを捧げたら何か神聖な気配を感じたので、それを探ってみるとこの台座に辿り着いたわけです。あれこれ調べてみて、中に隠された空間があるのかもと思って兄さんに頼んだのです」
「どうして祭殿の台座にそんな隠し収納があって、そこにこんな糸しか入っていないんだ。ジュディス以外が気付いて盗んだのか、廃棄する時に持ち出していたのか」
「どれでもありませんよ。兄さんはもう少し教会に通って、神様と教会について学ぶべきです。この隠し収納はこのペンダントのためですよ。兄さんでもこれが何だか分かりますよね?」
幾分興奮した様子でジュディスが大切に手に抱えているペンダントをアランに向け、アランは穴が開くようにじっと見つめる。
「うーーん、分からん。ただの糸で作った子供のペンダントにしか見えない」
「もう、アンコーナに戻ったら教会に連れていきますからね。これは聖遺物ですよ。糸もハイエルフが失われた技法を駆使して紡いだ糸ですから、今では手に入りません。この教会が出来たころは、教皇猊下が各教会が保有できる聖遺物の上限を定めておられましたから、上限を超える聖遺物として隠しておいたのでしょう」
「教皇に没収されないように隠していたら、時が経って隠していることも忘れてしまったということか」
「そういうことです。台座も聖遺物の神聖な気配を隠す特別な仕掛けがあるようですから、ここを預かっておられた神官方やあの魔族も隠していることに気付かなかったのでしょう。私も長年の風化で僅かに漏れ出ていた神聖な気配に祈っていたから気付けただけですから」
ジュディスの説明にようやく合点がいったと納得の顔をするアランに満面の笑みでジュディスは聖遺物を腰で締めている小物入れに仕舞おうとするが、アランはそれを止める。ジュディスからペンダントを取って、小物入れの代わりにジュディスの首に掛ける。
「ペンダントは小物入れに入れるのではなくて、首にするものだろ。ジュディスが見つけた失われた聖遺物なのだから、この程度は発見した冒険者の権利だと神様も見逃されるさ」
「兄さんは本当に仕方のない人ですよね。アンコーナに戻ったら教会で一緒に神様に謝ってもらいますからね」
そう言いながらも嬉しそうにペンダントを見つめ、決して首から外そうとしなかった。