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(頼む、もうやめてくれ。ジュディスとアミナの精神は崩壊寸前だ。ノエルは共感して、しきりに頷くな、そんなにも不満があったのか)

 アランは祈るようにセビーに心の中で懇願していた。

 ジュディスもアミナも冒険者になりたての頃からサイゾウの世話になっている。ジュディスはアラン繋がりでお世話になり、アミナは組合の斡旋で指導役として紹介されたのがサイゾウだった。セビーと同じように肉体言語で教育されて、同じように不満をぶちまけたこともあったから、昔の自分を見ている思いに駆られていた。

 ノエルの指導役として斡旋されたのはアランだったが、アランとサイゾウはアランパーティー結成以前から一緒のパーティーに入っていた。指導役ではなくが、同じパーティーの仲間としてサイゾウもノエルを鍛えるのを手伝っているのだ。今では一端の冒険者のように振舞っているが、冒険者歴が1年未満の新米冒険者だ。だから、ノエルは同じ新米としてセビーが語る先輩冒険者への不満に共感を覚えている。

「ブライアンさんと僕とで扱いが違うのはおかしいと思うんですよね。僕が新米だから軽んじている証拠ですよ」

 アランからの真摯な思いが通じたのか、さっきからセビーの不満は底をつきかけ、話がループしていた。アランはセビーの不満を全て吐き出させて、最後に軽く締めて終わらせるつもりだった。

「ブライアンはああ見えてアイツなりの打算があって無茶をしている。俺たちの誰もがアイツを苦々しく思っているのが馬鹿のくせに計算して馬鹿をやっているところだ。サイゾウは頭の良い魔物だったらと言ったが、頭の良い魔物は主人を見定められるくらい賢いから、第2階位のような下っ端についていくことは無いと思っていい。ブライアンもこれくらい把握しているから、第2階位相手の今回は気兼ね無く突っ込んでいる。

 ブライアンとの扱いに差が出るのは不満だろうが、セビーとブライアンの失敗にはそれだけの違いがあるってことさ。サイゾウもセビーが憎くて叱った訳じゃないと分かってくれ。それでいいよな」

 アランは拳を突き出して、突き出された拳にセビーも拳を突き出して、拳同士を合わせて了承の意を示す。アランからの言葉に、熟練冒険者っぽい拳同士を合わせる動作でセビーは先ほどまで自身の内に渦巻いていた不満や鬱憤を興奮で上書きされた。

「セビー、魔法は俺たちパーティーの最大火力だ。大盤振る舞いせずにここという時を見出して使ってくれ。追い詰められたり、考え無しに、何となくで使ったら駄目だ。追い詰められた時こそ仲間を信じて耐えて機会を見出してくれ。頼りにしてるぞ」

 信頼を込めて肩を叩いてから、アランはジュディスの傍に寄り、セビーに聞こえないが不信感を抱かせない程度の小声で話しかける。

「ジュディス、何か分かったか?」

「ツーンだ」

 アランが声をかけても、ジュディスは明後日の方向を見て無視する。

「さっきのは先輩冒険者として後輩の面倒を見るのに必要なことだってことくらい分かっているだろ」

 ご機嫌を伺うような声を出しても、ジュディスはアランの方を見ない。

「どうせ私は小便を漏らす男心の分からないメスガキですよ。男の中の男の兄さんとは違いますよーだ」

 進行方向前方には『聞こえていたのか』と呟く中年がいたが、獣人のジュディスのような耳を持たないアランには聞こえない。

「フーンだ。聞こえていましたよ。小便を漏らすメスガキで悪かったですね」

 アランには聞こえなくても、ジュディスは先頭を歩く中年の呟きも聞き逃さない。

「ジュディス、悪かった。謝るから、そうだ街に戻ったら大好物の油揚げを買ってあげるぞ」

 油揚げに反応して狐耳が物欲しそうにピクピク動くが、顔はまだ振り向かない。

 油揚げは遠方より伝来した料理法だったため、王国内では珍しい異国料理という扱いだ。遠方の食材に、調理器具を使い、油で揚げるという調理法のため大量の油が必要で、出汁という同じく遠方より伝来した調味料を使うこともあって高級食材だ。一枚で数日分の生活費に相当し、二枚だと一月くらい新米冒険者御用達の宿だと飯代込みで泊まれる。

 新米冒険者から見上げられる元B級の中級冒険者であるアランには安い出費ではないが、妹のご機嫌伺いの賄賂として買えないこともない値段だ。熟練冒険者のジュディスも手の届かない価格ではないが、修道女として節制に努める彼女には特別な時にしか許されない御馳走だ。

 しかし、大好物だからといって態度を簡単に翻したら、節制に努めると誓った修道女の誓いを破り、女にとって大事な何かを失うように思い、我慢している。

「一枚だけじゃないぞ、二枚、二枚買ってやるぞ」

 ピクピク激しく動く耳にここが勝負所とアランの持つ中級冒険者の直感が囁き、一気に畳み掛ける。

「ほらほら二枚だぞ、二枚。油揚げが二枚。だから、そろそろ許してくれよ」

 狐耳はピクピクと限界まで激しく揺れるが、ジュディスは瞼を強く閉じて、教会の教えの基礎となる聖典を呟き、過ぎたる欲求に打ち勝とうとしている。

 一心に聖典の教説を呟いていたため、周囲への注意が疎かになり、隙を晒していた。

 アランは目の前にいる隙だらけの少女と激しく揺れる耳を目にして、己の心を偽らずに行動する。

 隙だらけの耳の穴に指を突っ込みたいという悪戯心に従い、中級冒険者として長い年月で鍛え上げられた能力を全開まで使い、指を突っ込むまで相手に気付かれないように気配を欺き、素早く、かつ、スムーズに腕、手、指を動かして、指を耳穴に突っ込む。

 この一連の動きは狐耳っ娘の狐耳に指を突っ込む動作として洗練され、完成された動作だった。狐耳っ娘の狐耳に指を突っ込む動作を争う競技会なら優勝も狙えるレベルだった。

 中級冒険者の人類最高峰の能力が無駄に使われた数多い場面の一つだった。

「っひゃ!」

 ジュディスが声にならない悲鳴を叫ぶ。

 獣人の敏感な耳でも特に敏感な穴の中にアランの冒険者として鍛えられた太く逞しい指が奥まで差し込まれたのだ。驚くを通り越し、体を硬直させ、背筋を伸ばして、耳はピンと張って、耳と尻尾の毛も逆立っている。

 ジュディスは少女という年齢の幼さに後衛職だから、身体能力と接近戦の技能は低いとされているが、それでも駆け出し冒険者の前衛職よりは強い。硬直が解けたジュディスは両手で握った錫杖を振りかぶり、不埒者に制裁を加えようとする。

 ジュディスの駆け出し冒険者が見たら、教えてくれと頼み込むであろう腕の力だけでなく全身を使った一撃は何もない空中を叩いただけだった。武器の扱い方の基本に忠実な全身を利用したお手本のような一撃だったが、格上の中級冒険者、それも本職の剣士相手には通用しない。容易に見極められて、躱された。

 会心の一撃を躱したアランはジュディスの頭に手を置いて落ち着かせる。

「どうどう。深呼吸な、深呼吸。今は仲間内で争う時じゃないぞ」

「うーー」

 唸りながら睨むジュディスだったが、深呼吸とともに気持ちを切り替える。

「あとで油揚げ3枚ですよ」

 アランは頷いて、真面目な顔付きで続ける。

「それで、どんな具合だ?」

「予想通りです。この先に魔族がいます。特におかしな感じはしませんから、第2位階の特徴の無い魔族です」

 レンジャーのノエルは五感が鋭く、前方と周囲の警戒と観察は彼女の担当だ。

 だが、魔族の生み出す瘴気は周囲の環境を歪ませる力があり、物事を正しい形に戻ろうとする自然の力を理由する法術とは対照的な関係だ。その法術を扱うプリーストは瘴気の感知力が高く、生み出す元の魔族についてもある程度感知できた。

 その感知力で魔族の大まかな位置や能力、位階について事前情報を得るのもプリーストの役目だ。

「この先にある古い教会跡か。ギルドの予想通りだな」

 冒険者協会では依頼を受けた時に受け取った情報と職員による調査を元に潜伏場所や魔族についての予想を立てて、依頼を遂行するパーティーに伝えていた。

 事前情報はどれだけ詳細でも過去の情報とそれに基づいた他人の予想だから、実際に現地に着いてから自分たちで今の情報を得ることも冒険者として必要な行為だ。

「はい、間違いありません。教会を根城にするとは神をも恐れぬ行為の代償をしっかりと支払わせましょう」

 アランパーティーのいる森の中には古い教会跡がある。

 今回の討伐依頼の目標である第2位階魔族はその教会跡にいるというのが事前予想であり、実際に足を踏み入れたジュディスも事前予想と同じことを感じている。

 不測事態という最も警戒していたことが無さそうだと分かり、アランパーティーは誰もがリラックスし始める。

 アランとジュディスの兄妹同士の他愛もない会話はじめメンバー同士で無駄話を始めるが、今度は誰も注意をしない。

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