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鬱葱とした枯れ木の間を進んでいく。
異変が起きる前まで使われていた道を進むが、道とはいっても人が足を踏み入れ、何度も通ったことで出来た獣道である。
舗装は無論のこと、整地もされていない。木の根っこの出っ張り、穴や溝がそこら中にあり、凸凹していて歩きにくいことこの上ない。この時代は都市外で舗装されている道は主要な都市を繋ぐ街道だけで、整地された道でも馬車も通る街道くらいで、馬車も通らないような道の多くはロクに整地もされていないのが一般的だ。
舗装された道が当たり前というのは大都市に生まれ、そこで育ってきた都会人だけだ。大都市以外では都市でも舗装された道はメインストリートだけであとは踏み固めた土の道だ。農村だと舗装された道なんて行商人が語る都市の話でしか聞いたことが無いという農民が多かった。
アランとブライアンは農村生まれ、ジュディスは地方都市生まれ、ノエルは森の中で生まれ、詳細は不明だがサイゾウは隠れ里の出身だ。
アランパーティーで大都市生まれ、大都市育ちの都会人はアミナとセビーだけだったが、アミナは冒険者歴も長く、貧乏騎士の家系に生まれ、兄弟たちと行軍訓練を受けていたから田舎育ちより健脚だ。そのため、獣道に苦労しているのは新米冒険者で、都市の外は冒険者になってからが初めてだったセビーだけだ。
しかし、慣れてはいても獣道を進んでいるため、一列の長い隊列にならざるを得なかった。
先頭を歩くノエルは視界が悪く使い辛い弓を背負って、腰に差していた鉈を手に邪魔な枝や草を刈り、足で地面や草を踏み固めて後続が進みやすくしている。だが、ノエルのそういった努力はやらないよりはマシという程度でしかなく、セビーの苦労は相変わらずだった。
地面に落ちている枯れ枝を足で踏んで折れた時の音が周囲で反響するたびに、セビーが杖を全力で握って、落ち着きを無くして周囲を見回す。
足首まである黒いローブで全身を覆われたセビーのその様子は16歳という実年齢より幼く感じさせる。赤茶色の髪をした少年っぽさを残した顔に同い年の少年と比べても小柄な体がお化けに怯える子供といった印象を強めていた。
小柄で今年で15になったジュディスが目の前で平然と歩いていたから、セビーの怯えっぷりが強調されていた。
サイゾウがアミナと別れて、ジュディスとセビーのもとに来ていた。
暗殺術を修めたサイゾウからするとこの程度の環境はその足を鈍らせる障害にすらならなかった。獣道との違いがあやふやだが、獣道を外れて歩いているにもかかわらず、パーティー内の誰よりも軽快に進めている。
「力を込めすぎだ。適度に力を抜いとけ。周囲を見るなとは言えないが、周囲は俺たちが警戒している。さっきからお前は魔力も放出しているからな、このままだと本当に魔族や魔物が出た時には魔力が尽きて、疲れて魔術どころか動けなくなっているぞ。俺たちが戦う様子を眺めるだけでも構わないが、それだとクエスト報酬の分け前はやらんぞ。
ジュディスを見てみろ。警戒は他に任せて、余計な力を割かずに、いざという時に備えている」
サイゾウがセビーに先達からの助言を与えた時だった。突風が吹き、木々の隙間を流れる風が不気味な、獣の遠吠えのような音を奏でる。
セビーはその音に大いに反応して、慌てて杖を構えて、ファイアーボールの魔術の詠唱を始めてしまう。
それにはサイゾウや気力や体力を温存していたジュディスも慌てて、先頭を歩いているアランとノエルも足を止めるほどだった。
「駄目です!」
ジュディスの大声とサイゾウの拳がセビーの後頭部に激突するのは同時だった。サイゾウの拳とセビーの頭蓋骨の衝突はかなりの勢いがあり、ずっしりと鈍いが音だった。サイゾウは金属製の籠手で手から腕を守っていたから猶更である。
「たわけが!魔術学校や組合の講習、俺たちとの冒険で何を学んできたんだ、貴様は!」
サイゾウの16の子供に対してはやり過ぎとも思える暴力を使った叱りつけにアランパーティーの誰もが痛そうな目をしたが、ジュディスに至っては殴られていないのに目を潤ませていても止めに入らなかった。
「枯れ木に囲まれて、落ち葉や枯れ枝が散乱している場所で、風上に向かってファイアーボールを放つバカがどこにいる!
嗚呼、すまない、ここにいたな!俺たちを焼き殺す気か!
まさか、さっきの戦いでも得意だから何も考えずに火系統の魔術を行使したのか?」
セビーは殴られ意識が飛びそうな痛みと頭痛が弱まり、涙目になりながらもサイゾウに不満を漏らす。
「ブライアンさんの失敗だって仲間を危険にさらしたのに、なんで僕の時だけは。いくら新入りで、経験が浅いからといっても。僕だって魔術学校を卒業したんだし、経験さえ積めば」
サイゾウが再び拳を振り上げるが、ジュディスが腕にしがみ付き、先頭から駆けつけたアランもサイゾウの肩に手を置いた。
「今がどんな状況か教えなければいけないのか、サイゾウ」
アランの声にサイゾウも落ち着きを取り戻して、見通しの悪い枯れ木の森の中で騒いでいたことを反省する。どんな理由があってもファイアーボールの行使を止めるためのセビーの頭への一撃以降の説教は時と場所を考えていなかった。
「すまない、アラン、それに皆も。セビーやブライアンを叱った俺が皆を危険に晒していた」
「サイゾウは俺の代わりにノエルと先頭を頼む。俺はここでジュディスやセビーの面倒を見る」
アランがリーダーとして今のセビーとサイゾウは一緒にさせるべきではないという判断を下した。しかし、先ほどまでの隊列では襲撃時にはサイゾウが中心のセビーとジュディスを守るという形だったが、サイゾウはともかく、今のセビーではサイゾウとの連携に不安があった。このため、アランがサイゾウの代わりに入り、今後も考えてサイゾウの不始末の処理を買って出たのだった。
サイゾウは申し訳なさそうに先頭に向かい、セビーは不満はあるが立ち止まっているわけにもいかず渋々といった様子で、アランがジュディス、セビーの後ろについて移動再開となった。
「セビー、まだ頭は響いているか?頭の怪我は甘く見ていると後で後悔するからな。少しでも変だと思ったら遠慮せずに言えよ」
セビーの後ろにいるアランが優しく声をかける。
「あのくらい大丈夫です」
見栄を張ったセビーの応えに、ジュディスが感嘆の声を上げる。
「サイゾウさんの拳骨は頭の芯まで響いてくるのにすごいです。やっぱり、セビーさんは男の子ですね」
裏表のないジュディスの率直な言葉だが、今はタイミングが悪かった。
案の定、年下の女の子から『やっぱり男の子』呼ばわりされたセビーは更なる不満を溜めつつあったため、アランがジュディスに強い言葉を投げかける。
「ジュディス、今は男同士の男の会話だ。女で、子供のジュディスが口を挟むな」
アンコーナ支部の冒険者の中でも特に将来有望とされ、将来の上級冒険者と期待されているアランから『子供が口を挟めない、男同士の男の会話だ』、と言われてセビーの心は先ほどまでの不満はどこかに消え去っていた。今のセビーは憧れのヒーローから自分が認められて心震えている少年そのものだった。
アンコーナ支部最高峰の冒険者であるサイゾウや年下の女の子のジュディスはセビーを子ども扱いしてくるが、サイゾウと同じ支部最高峰の冒険者で憧れのアランからは認められたのだから喜びもひとしおだった。
「ジュディスも悪気があるわけじゃないんだが、女の子だから男のことがよく分かっていないんだ。許してやってくれないか」
「僕も男ですから、ジュディスの物言いくらい気にしてませんよ。アランさん、男の会話って何ですか?」
15年程度の人生経験だがこのくらいで怒るほど平坦な人生を送っていないジュディスはアランの意図を察して黙っているが、だからといって水に流せるほど人間が出来ていない。今も口を尖らせている。
「サイゾウも五十路、昔から年寄りは説教好きって相場が決まっている」
先頭を歩くサイゾウの耳には年寄り呼ばわりするアランの声が聞こえている。アランの倍以上の人生経験を持っているサイゾウは人間が出来ているが、自身が年寄りだと認められるくらい己が年齢を受け入れていない。サイゾウとジュディスから発せられる気配に後の面倒事を思って憂鬱となりながらも、会話を続ける。
「だが、サイゾウの言ったことは間違っていない。魔術師で男のセビーなら分かるよな」
背伸びがしたい男の子の自尊心をくすぐるアランの言葉を、サイゾウを肯定する言葉であっても、セビーは受け入れる。
「はい、あれは失敗だったって分かっています。魔術学校でも火系統魔術で注意すべきこととして習っていたのに、思わずやってしまいました。ごめんなさい」
「反省できているのなら良かった。幸い、今回の失敗は致命的な結果に繋がらなかったからこれから気を付けてくれたらいいよ」
アランからの言葉に元気よく頷いて答える。それから、思い出したかのようにサイゾウへの不満をぶちまけるが、不満を吐き出させるのも目的だったからアランもパーティーメンバーは誰も止めない。
最初から熟練冒険者だった人はいない。誰しも一度は新米冒険者で若かったのだ。アランパーティーの誰もが新米だった昔を思い出して穴があったら入りたい気分になっていった。