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アランとノエルが先頭に立って、ブライアンがその後ろ、セビーとジュディスが隊列の真ん中に、後方はアミナとサイゾウが進んでいく。
ジュディスが横にいるセビーに声をかける。
「セビーさん、さっきの戦いではブライアンさんが暴れてしまって、皆さんはそっちに気を取られましたが、セビーさんは魔術を温存すべきでした。アミナさんの槍に刺さった魔物は浄化されていましたし、ブライアンさんも大振りの一撃から回復していました。兄さんも余裕がありました。ノエルさんも矢を番えていましたから、セビーさんの魔術は不要でした。
私の法術やセビーさんの魔術は行使回数に制限があって、小休憩した程度では回復しないパーティーの切り札です。これからも冒険者を続けるなら、それを心得ておくべきです」
だれに対しても常に礼儀正しく、優しいジュディスから厳しいことを言われたセビーは決まりが悪そうにしていた。
ジュディスは修道女として教会に所属しながら、冒険者としても活動を続ける二足の草鞋を履くプリーストだ。黄金色に輝く長髪とピンと尖った狐耳に被さるようにフード付きの修道服を着ている。パーティー最年少の15歳のジュディスは白い肌に少女らしさのある可愛らしい顔をしている。獣人らしさのある小柄ながら躍動感のある肉付きだが、15歳の年齢を考えても起伏の無いスレンダーな体型でもある。
セビーはジュディスより年上だが、冒険者としての経験や技能はジュディスのほうが遥かに格上である。セビーは冒険者登録を済ませて二ヵ月目の新米冒険者に対して、ジュディスは5年以上の経験を持つ中堅冒険者で冒険者組合からも冒険者らしくない真面目な性格から高い評価を受けている。
そんな先輩冒険者の言葉だからセビーは聞いているのだが、先輩であっても年下の女の子の言葉である。まだ少年といえる年齢のセビーは割り切ることが出来ず、ばつが悪い思いであった。
「ノエルさんからもジュディスと同じことを言われました。魔術師はパーティーの最大火力なのだから雑魚一匹のために使うなって」
「ノエルさんの言うとおりです。アンコーナの町に戻ったら、ブライアンさんは精神修行、セビーさんは戦術教育を受けるべきです」
セビーの反省のような言い訳を聞いたジュディスは耳をピクピクさせてさらに言い募り、セビーはますますばつが悪そうになっていく。
冒険者組合から真面目で信頼でき、冒険者に珍しく規則正しい生活を送っているという高評価を受けているジュディスだが、真面目すぎて融通が利かないところがあるという評価も受けていた。
最後尾にいるサイゾウが暗殺術を修めた者ならではの聴覚で、ジュディスとセビーの会話を聞いている。
白髪交じりの短髪に、峡谷のように深いしわが出来た顔の五十路になるか、ならないかという男である。
大男のブライアンと並ぶと巨人と小人に見えるほど男性にしては小柄で、女性にしては長身のノエルや少年のセビーより低く、平均的な身長のアミナと同じくらいしかなかった。
体つきもはち切れんばかりの筋肉の鎧を身にまとったブライアンと対照的だったが、余計な肉をそぎ落とし、引き締まった筋肉だけを残した見事な体をした男である。
そんなサイゾウだがアランと同期の冒険者である。冒険者になる前は凄腕の暗殺者だっただの、間諜だっただの、はたまたどこぞの国で大暴れした大泥棒だっただの、という噂が絶えない人物だった。組合からの評価は文句なしの熟練冒険者で、安心して大事なクエストを任せられるという極めて高評価だったが、サイゾウの過去については組合も把握していなかった。
もともと冒険者は脛に傷を持つ者が多く、人魔大戦の影響から過去の経歴があやふやな者も多かったため、組合もサイゾウの過去を特に気にしていなかった。冒険者たちが酒のツマミやジャンブルにしているくらいで、サイゾウの過去を本気で知りたがっている者は大金をかけて、大穴を狙っている者だけだった。
そんなサイゾウだがアランとは冒険者登録時からの付き合いだったため、ジュディスのこともよく知っている。ジュディスが新米の時、初冒険でオシッコをもらしたことまで知っている。
五十路になろうとするサイゾウからしたらジュディスは可愛い娘のようなものである。
子を見守る親のように穏やかな表情で呟いた。
「小便垂れの嬢ちゃんが一人前に説教できるようになるとは俺も年を取ったねぇ」
サイゾウのように優れた聴覚を持っておらず、ジュディスとセビーの会話を聞き取れないアミナはそんなサイゾウの呟きに反応する。
「おい、サイゾウ。小便垂れの嬢ちゃんとはなんだ、小便垂れとは女性に言っていい言葉じゃないぞ」
アミナの言葉に現実に戻されたサイゾウは激昂するアミナを無視して周囲の警戒に戻る
「おい、無視するな。お前が言う嬢ちゃんとは誰のことだ。私のことじゃないだろうな。言っておくがな、アレはおねしょではなく、水を零しただけだからな」
興奮して聞きたくもない知らなかった過去を暴露していくアミナにサイゾウは鋭く声をかける。
「寝小便、馬鹿はその程度にして、警戒しとけよ」
『寝小便』と呼ばれて顔を真っ赤にさせつつも、前方に視線をやり、言い返さずに槍の具合を確かめなおす。
前方ではアランも剣の切っ先を確認して、ノエルもさきほどよりも注意して進み始めている。
ジュディスは説教を止めて、手にした錫杖をいつでも振れるように握りなおす。周囲を見回し、セビーも慌てて杖を両手で強く握る。
前方ではまばらだった枯れ木が増え始めて、周囲の視界を邪魔している。
生えている草も腰程度から腰より高い草に変わり始めている。
先ほどまでの草原と森の境目から本格的に森の中へと入っていく。
アランパーティーの目的はこの周囲の探索と魔族の討伐である。周囲が見通せなくて、奇襲されそうな森がありましたから、警戒して近づきもしませんでした、ではクエストは失敗である。
この周囲は緑溢れる木々や丈の短い草が生い茂っていたが、数か月ほどで木々は枯れて、緑色の草は紫色の混じった草に変わり、淀んだ空気が一帯に漂うようになった。
アンコーナを中心に周辺の村落を治める領主は領民からの訴えを受けて、冒険者組合アンコーナ支部に異変の調査と解決を依頼したのだった。
領主は詳しくは知らなかったようだが、組合は異変の内容から原因を即座に判明させていた。
魔族が住み着くと、周囲の環境を淀ませて、魔族の故郷とされる魔界の環境に変えてしまう。変化させる環境で魔族の属性や格を判定できた。今回はスタンダードな魔族の一人と見做され、異変の規模や内容から魔族でも特に特徴の無い格下の第2階位魔族と判別された。
第2階位魔族はE級以上の中堅冒険者パーティーなら勝算有りと冒険者組合に限らず、王国軍などでも使われている対魔族対処マニュアルでは書いてある。ボリュームゾーンの魔族で、良くも悪くも魔族被害の大半を占め、下級魔族が居座り周囲の汚染が深刻化してから組合に丸投げされる、いつもの案件だった。
普段なら、第2階位魔族にはD級かC級パーティーを一組送って解決!が組合の対応だったが、貴族でも名門有力貴族アンコーナ領主直々の依頼で、報酬や経費も多めに請求できたこともあり、安全マージンを最大限取って中堅パーティー3組を派遣したのだった。
派遣された3組の一つであるアランパーティーはC級で、あとはD級、C級と中堅でも上位の顔揃えである。
D級パーティーと第2階位魔族だと戦闘でミスしない限り安定して勝てる、C級だと余裕で勝てると判断されている。中堅であるE級に正式に昇格するには魔族の討伐経験が必須であるため、派遣されているパーティーは複数の魔族を討伐した経験を持ち、今回のようなクエストや第2階位魔族との戦闘経験も数多く積んでいるベテランだった。
中でもアランパーティーはC級でも最上位と目され、リーダーのアランやサイゾウは元B級パーティーメンバーやそれ以外のメンバーもB級クラスが多く、結成から日が浅いことと新米冒険者の教育中を理由にC級とされているが、実態はB級クラスの実力とされている。
だからこそ、派遣されたパーティーは油断こそしていないが、適度に肩の力を抜いて、いつものルーチンワークをこなすつもりだった。