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「右に3、左に2、はぐれが1だ。正面の2体は任せろ」
大半が枯れている木々が疎らにある野原に8体の犬に似た1m以上ある魔物と対峙している赤い髪をした剣士の男の声が響いた。
20代半ばの経験を積み、心身とも充実した剣士としての最盛期に差し掛かっていたアランは使い込まれた無骨ながら折れず曲がらずよく切れると見る者が見たら名剣と分かる剣を片手で握りながら、空気を大きく吸い込み、吐き出し、これからの戦いに体を備えさせる。
人の手が入っていないため、紫色の草がふくらはぎから腰辺りまで伸び放題だ。空気もどこか淀んで、紫がかった色をしているように思える。
その野原に様々な格好で思い思いの武器を手にした7人組がいる。
杖を手に持ち、黒と白のローブを着た男女を後方に、その直ぐ前に弓を手にした軽装の女、その近くには存在感が薄いが短刀を腰に差した黒尽くめの男を立っている。
少し離れた前方には金属で補強された皮鎧の剣士の男が中心に、その右手には斧を持ち金属鎧でがっしり固めた大男、左手には槍を持ち金属で補強された皮鎧の女が固めている。
「任せたぞ、アラン」
剣士であるアランからの言葉に斧の大男ブライアンは応じる。
「ブライアン!またか!」
任せたと言いながらブライアンは魔物の群れに突っ込んでいく、そんなブライアンに槍使いの女アミナが呆れた声をかける。
斧を振り上げ、雄たけびを上げながら突っ込んでいくブライアンを先頭にアランとアミナもその後に続く。後方では弓を持っているレンジャーである女性のノエルはそんな騒がしい先頭集団をいつも通り無視して、弓を引き、最初の一撃目を決める。
20過ぎの大柄で、グレー角刈りをした四角くごつい日に良く焼けた顔に不揃いに伸ばしたグレーの鬚、使い込まれ鈍い金属の輝きの全身鎧を身に着けた大男が胸一杯に空気を吸い込み、雄たけびを上げて突っ込んでくるのだ。自前の農地を持った半農半兵の家の4男として生まれ、幼い時から農作業と戦闘訓練で体と技能を鍛え上げてきたブライアンの迫力と合わさり魔物であろうと注目せざるを得ない。
魔物たちは雄たけびを上げて目立つブライアンに注目して、注意が疎かになっていた。そこに後方のノエルから放たれた矢が先頭の魔物の後頭部を射抜いて仕留める。矢が刺さり絶命した魔物からは黒い煙が立ち上り、黒い石のようにも見える小石ほどの大きさの魔石だけが残る。
視界外からの奇襲を受けて驚く魔物たちに今度は正面からブライアンの豪腕が繰り出す大斧の一撃を浴びる。2mを超える長身なのに、横にも太い体格のブライアンの大斧は矢を受けた魔物の後ろにいた二匹の魔物を上下に真っ二つにして、さらに後ろにいた一体にも刃が届くほどである。真っ二つになった二匹の魔物も最初の魔物と同様に黒い煙が立ち上り、後には魔石しか残らない。
しかし、後ろの一体の傷は浅く、痛みや恐れを知らない魔物はそのまま突っ込んでくるが、斧を振りぬいているブライアンでは対応は出来ない。だが、ここで後ろからアミナの槍がブライアンを超えて、突き出される。突き出された穂先に向かって魔物は突撃して、魔物の串刺しを作る。
貧乏騎士に生まれたアミナは兄弟と一緒に受けてきた騎士として正統派の武芸の訓練が確かな技能と自信を与えていた。平均的な身長にブラウンの長髪を頭の後ろで括ってポニーテールにして、素早い動きでポニーテールが空中を舞踏のように激しく踊り、20の若者らしい白い肌を健康的な日焼けが彩りと泥で汚れていても分かる美貌と相まって芸術的とも表現できる動きだ。
アミナと並走していたアランだが、槍を突き出して歩みを止めたアミナを後ろに、そのまま残った魔物の群れに突っ込んでいく。手にした剣で流れるように五体目の急所を切り裂き、六体目の繰り出した牙を剣で受け止める。
アランが六体目と対峙していたとき、七体目は黒のローブを着た男セビーが前に突き出した杖の先端から放出された火の玉で丸焼きになっていた。
後ろで火の玉になった同族、前方には五匹の同胞を瞬く間に殺した相手に恐れ知らずの魔物も逃げるかのように腰を引いた。だが、腰が引けたのを見逃すほど甘くは無いアランに攻められ、押し切られその喉に剣が突き刺さる。
最後の魔物が黒い煙とともに魔石だけを残して消え、野原は静寂さを再び取り戻したが、取り戻した静寂は一時だけだった。
「戦術を理解できない、ど阿呆はどいつ?」
後ろからノエル、セビー、白いローブの神官ジュディスが近づいて、ノエルが先頭にいた戦士たちに怒声を浴びせる。
褐色色の肌に尖った耳、長身と平らな胸、そして誰もが見とれるような美貌を持ったハーフダークエルフがノエルだ。金属部分が見受けらない皮鎧で必要最低限の範囲だけを守り、弓と機動性を武器に戦うことで知られたダークエルフの戦い方を受け継ぐ女レンジャーがノエルだ。
その怒声にアランとアミナは揃ってブライアンを指さした。
ジュディスは心配そうに三人に目を配って、尋ねる。
「ブライアンさん、アミナさん、兄さん、怪我はありませんか」
怒りが冷めないノエルは心配そうなジュディスに言う。
「こいつらはアホだから大怪我でも大丈夫よ。唾でもつけとけば直ぐに治るわよ」
そんなジュディスの一言にノエルに言い返す。
「ブライアンさんは阿保ではありません。熱血漢なだけです」
「おいおい、ブライアンは訂正しても、俺がアホというのは訂正してくれないのか」
「まったくだな、ブライアンはアホだから頭が取れてもジュディスの唾で治るだろうが、私たちはアホじゃないから治らないぞ」
アランとアミナがジュディスに言い募る。
「未婚の身で殿方に唾をつけるなんて、そんなはしたないことは出来ません。いいですか、ノエルさんと兄さんとアミナさんは神に仕えるこの身をなんと考えているんですか。大体兄さんは普段から・・・」
ジュディスがピントのずれた反論を始める。そんなジュディスをアランは微笑ましく見守りつつブライアンにくぎを刺す。
「はっはっは、そうだよな、神官のジュディスはそんなはしたないことは出来ないよな。ブライアン、ジュディスの唾液が一滴でも付いたら、本当に頭が再生するか試すからな」
ブライアンに怒りをぶつけていたノエルは魔石の回収を終えたセビーが聞き手になって、落ち着かせていた。
そんな愉快な一団に最後の七人目が加わる。
黒尽くめのサイゾウである。
サイゾウは魔物の群れからはぐれて近づいていた八体目に気付かれずに忍び寄り、音を立てずに急所を短刀で一突きして、始末したのだった。丁度、パーティが六体目を片付けたころのことであった。
サイゾウははぐれの一体を始末してからは周囲の警戒に移り、周囲の偵察が済んだため戻って来たのだった。
「ポンコツ兄妹はいつも通りだな。ブライアンはいつも能天気で楽しそうでいいな。さて、芝居小屋を開く予定が無いのならそろそろ現実に戻ってくれ。アラン、ノエルの言っていることは間違いじゃない、分かっているな」
パーティーリーダーのアランへの言葉に、ジュディスを微笑ましく見ていたアランは顔を引き締めて応じる。
「ああ、勿論だ。さっきの連中に脳みそが無かったから助かったが、一匹でも頭があるリーダーがいたらあの程度の魔物でも危なかった。ジュディスは神官、セビーは魔術師で接近戦では最低限の技能しか持っていない。ノエルは接近戦もいけるが弓が主で、二人を守れるほどじゃない。だから、サイゾウにもしもの場合にいてもらっている。
本来なら、俺たち前衛は魔物を引きつけ、後衛の壁となるのが目的だ。先の陣形も後衛を守りつつも、後衛のカバーに行ける程度の距離を保っていた。能天気に敵の群れに突っ込んでいくために俺たちがいるんじゃない」
アランの周囲にはパーティの全メンバーが真剣な表情で集まっていた。
「分かってはいるんだな。ブライアンは本当に反省しろよ。ジュディスも甘やかすな。
ブライアンは相手が手強いと分かっている相手は我慢できても、格下の相手にはさっきの戦闘のように突っ込んでいく悪癖を直せ。本当に手ごわい相手はさっきの敵のように格下を囮に使ったり、格下を装うからな。仲間が死んでからでは遅いんだぞ」
サイゾウの言葉にブライアンが反省の色を見せつつ謝る。
「みんな、すまない。分かってはいるんだが、凶戦士の血が騒ぐんだ。強敵相手には鎮めることは出来てもさっきの相手だと気が付いたら突っ込んでしまっている」
「分かっているなら直せ。アランやアミナはお前に引きずられて突っ込むしかなくなって、選択肢が限定される。選択肢が限定されることがどれだけ不味いことかは分かっているだろ。アランやアミナが一緒に突っ込まなかったら、お前は仕留めそこなった遥か格下の犬っころの牙で殺されていた。俺としてはアホと入れ替えが出来るから」
ブライアンに厳しい言葉を投げかけていたサイゾウだったが、殺され、入れ替えると言った時のジュディスの泣きそうな目とジュディスを泣かせるなというシスコンの殺意の目で口を噤む。
「えーとな、ポンコツ兄妹は仮定の話だから反応するな。ブライアン、お前と誰かを入れ替えることになっても俺は構わんがパーティーの士気に関わるうえ、業腹だが、お前ほど優秀な重戦士は滅多にいないからな。さっさとその悪癖を直せ」
沈みかけたパーティーの空気を変えるようにセビーが元気な声を出す。
「ブライアンが悪癖を直す特訓をするということで、サイゾウさんもいいですね。でも、結成から二か月も経ってないのにこの連携ですから、パーティーの相性は悪くないですよね」
「まぁ、確かに悪くは無いな」
アランがセビーの言葉に応じ、サイゾウも渋々だったが頭を上下に動かして同意を示す。
「じゃあ、みんな休憩は終わりにして、進むぞ。目指すはこの先だ」
アランが声を出して、パーティーを動かす。