プロローグ
ホライゾン王国にある農村、ヘッポ村という近くにある村や町以外だと誰も知らない村だった。
この村にアランという赤い髪の少年がいた。
家名は無く、この村で農民を先祖代々、何代にも渡って続け、これからも続けていく一家の次男坊に生まれた元気な男の子だった。
腕白少年だったアランはアラン一家の隣で、同じように由緒正しい農民を続けている一家の一人娘で同じ年の幼馴染エレンを連れて山に川にと遊びまわっていた。
そんなアランとエレンのお気に入りの遊びはお姫様と騎士様だった。
腕白のアランは強い騎士に憧れ、エレンは騎士に守られつつも気高いお姫様に憧れていた。
「エレンひめ、ぶじですか? おのれ、わるものめ。おれがきたからエレンひめにはゆびいっぽんふれさせないぞ」
「アラン、わたしはいいですから。あなただけでもにげてください」
王国で長年親しまれている物語にある悪者の騎士に姫が襲われ、正義の騎士が割って入る一場面である。
悪者の騎士と正義の騎士は同じ騎士団の先輩で、騎士団で正義の騎士に剣を教え、模擬戦では正義の騎士は悪者の騎士に一度も勝ったことが無かった。
そのことを姫は知っているから、正義の騎士と悪者の騎士が戦ってほしくなく、逃げるように伝えている。
この一場面は、物語ではこういった設定になっている。
アランとエレンはこの物語『正義の騎士と慈愛の王女』が好きで、とくにこの場面がお気に入りであった。
お気に入りのこの場面を演じるのは数えきれないくらいやっていたため、台詞は流暢で、演技も堂が入ったものである。
当たり前のことだが、正義の騎士役はアラン、慈愛の王女役はエレンである。
そして悪役の騎士役は愛犬のボビーである。
ボビーも遊んでもらえると毎回大喜びである。
周囲の大人たちは子供のころは自分たちもああやって遊んでいたと昔を懐かしみつつ、二人を微笑ましく見守っていた。
まぁ、男たち、とくに若い男は幼いながらも外で遊んでいるにもかかわらず透き通るような白い肌にカモシカのような足、大きく透き通った碧眼に白髪と将来を感じさせる美少女のエレンと仲が良いアランに嫉妬しているが、彼らとて視界にエレンだけ収めている以外は微笑ましく見守っていた。
アランとエレンの両親は二人の関係が進むように焚き付けはしても、止めはしなかった。
それもこれもアランは次男坊でエレンは一人娘である。一人娘のエレンでは農家を継ぐことは出来ず、次男坊のアランも長男の予備で、継げる畑が無かったため、アランをエレンの婿にするということで両一家は纏まっていた。
村一番の美人さんを許嫁にしていると男衆の嘆きと嫉妬を集めた以外は誰も不幸になっていない良縁である。
ヘッポ村では美男と美女の夫婦が生まれて、これからもこれまでと同じような日々が過ぎていくはずだった。
王国歴328年3月10日、春を迎えようとするこの時期のことだった。
長きにわたる人魔大戦の勃発と開戦の知らせとなる大虐殺が起きた。
人類と長年争い続けていた魔族だったが、彼らを一つに纏める魔王が現れ、ホライゾン王国を含める人類の勢力圏全域で一斉に攻勢を仕掛けた。
他種族を圧倒する能力を持ち、魔物を率いている魔族だが団結心に欠け、バラバラに挑み共闘を知らなかったため、能力で劣る人類でも複数国家に分かれていても優勢に戦ってこれた。
バラバラだった魔族が纏まったことで人類は瞬く間に劣勢に追い込まれ、いくつもの国家が滅ぶも、人類も国家という垣根を超えて共闘する。
戦いは劣勢から反撃に転じるも、魔族も抵抗を強め、かつての戦力図で戦線は拮抗していた。
特産物も特徴も無く、周辺の町でも商人や役人くらいしか知らず、たまに役人や領主からも忘れられているヘッポ村にも戦火は及んだ。
王国歴328年3月10日の大虐殺、魔王が仕掛けた一斉攻勢を受けた無数の市町村の一つにヘッポ村も含まれていた。
王国全図というホライゾン王国全土の詳細な地図がある。
軍事や政治に使われ国家機密として門外不出の代物であるが、王国内の全ての集落や道が載っており、集落の規模や道路の整備具合、地形について詳細に書いてある。
これだけでホライゾン王国に行かずとも、手に取るように詳細に把握できるようになっていた。
当然、ヘッポ村も王国全図には載っていたが、大虐殺以降に発行された王国全図からはヘッポ村は消えていた。
王国全図にヘッポ村が再び載るのは人魔大戦後のことだった。
書いていると詭道や邪道に走って、風変わりな作品にしたくなってくる。
けど、最後の超展開のためにも我慢している。