第四話 アンリ先生の特別授業②
翌日、目を覚ますと絢斗は洞窟の中に居た。
と言っても入口付近なので、陽の光がまぶしい。
うーん、と伸びをしながら、昨日の事を思い出す。
「(あれ、俺昨日疲れすぎて倒れるようにして眠っちゃったんだっけ)」
アンリの肩に頭を付けて眠っていたことは、本人が知らない事だったらしい。
渦中の人物であるアンリは、顔を真っ赤にして恥じらいの表情をしていたというのに、だ。
「(……アンリの配慮か。ほんと、アイツなんだかんだで優しいよな)」
時刻は分からない。ただ、体内時計はこの三日間で徐々に正確さを取り戻している。
そして起きる時間は基本固定されてしまったので、多分今は朝の七時を回った頃だろう。
「さーってと……アンリー?」
起き上がった絢斗はアンリの所在を確認する為、名前を呼んでみた。
洞窟の直ぐ真下に海岸がある為、魚を捕獲しているのなら、返事が返ってくる。
勿論、めちゃくちゃ急勾配なので、常人なら迂回して通らないと軽く死んでしまう。
返事がない所からすると、野菜でも取りに行ったか。
ここら辺ではキノコ、トマト、キュウリ……と複数の野菜が自然に育成されている。
実は類似している全く別の野菜なのかも知れないが、味と栄養価的には似たり寄ったりだろう。
「(けどアイツそーいうの嫌いじゃなかったかな。ああ見えて綺麗好きなんだよな。最初はぐーたらな女子力皆無なヤツかと思ったが…。あぁ、女子力皆無は変わらんか)」
こちらの世界に女子力なる判断基準があるかは知らないが。
とにもかくにも、アンリが居なければ食事も出来ないし、訓練も始められない。
「ここら一体、特に泉の方面はアイツが整備してくれたからな。取り敢えず探そう」
そういうわけで、絢斗は全幅の信頼をおいて、森の中へ入っていく。
◆ ◆ ◆
◆アンリ視点◆
アタシは今泉で身体を洗っている。
普段身体を清めるのは夜だけだけど、今日は何だかムズムズしてやってきてしまった。
「(昨日、あんなことがあったからかしら…)」
昨日、アタシが必死に《魔導印装備》の入手法を模索している時。
いきなり肩に温かい何かが乗っかってきて、ビックリして見てみたら、絢斗だった。
「(ち、違うわよ? あ、アタシはその、別にアイツの事なんか気にしてないもん…。間近に異性の顔面があったことに対して驚いてるだけ! と、特別カッコイイわけじゃないし、訓練は頑張って受けてるけど、別に強くないし…。そうよ、そう。その上アイツはアタシの指を必要以上に舐め回した変態男なんだから! あんな変態の事、どうも思うわけない…)」
って何考えてんのよ! アタシは思わず泉の中でジャバジャバと騒いでしまう。
考えてみれば、初めてアイツと対面した時から、何だかアタシの調子はおかしい。
「(自暴自棄になって、自分の命を投げ出して父上を蘇らせようとした時、まるでタイミングを見計らったかのように、アイツはやってきた…)」
身勝手な女、アタシは自分のことを自分で一応把握はしている。
アイツの言った通り、アタシは自分の理想や幻想をとやかく人に押し付けてしまいがちだ。
そのくせ、自分が出来てないことを人に強要してしまう。
本来、アタシはこの手でアイツらを殺そうなんて思ってなかった。
父上を自分の命と引き換えに呼び戻して、この世界を取り戻して欲しかっただけだ。
今まで自分の事を道具の一種程度にしか、アタシは考えてなかった。
だから、初めて会った時、血だらけの格好で居ても、特別気にかけなんかしなかった。
「なのに、なのに…」
アイツと事情を分け合ってから、アイツとアタシは何だか距離が近づいた気がする。
アイツの過去は、アタシと比べても遜色ないくらい、酷いものだった。アタシは信頼した人を、同じ立場の人間によって間接的に殺された。けど、アイツは違う。アイツは、見限られたのだ。両親にも、友人にも、世界にも。アイツに親友と呼べる者は居なかったし、アイツに家族という温もりはなかったんだ。そう考えれば、事情は違えど、アイツの方がよっぽど酷い気がしてならない。
アタシは、父上が死んでしまっても、まだ配下や家臣が居た。
同列に扱ってくれる親友が居た。
今や《シュテルプリヒ城》の隷属となってしまったけれど、それでも居たのだ。
「(同情じゃない。これは、単純にアイツに強くなって欲しい、そういう願望。バカみたいね。またアタシは自分にないものを、他人に押し付けて、それも、もしかしたら望んでないかもしれないのに。アイツは、アタシに無理矢理付き合わされてるだけかもしれないのに、ね)」
多分、アタシは見ていられなかったんだと思う。
自分の弱さを肯定して、その上で抗えない波に振り回されるアイツの姿を。
今は自分の考えとか、目標を持っているけれど、会った時は死んだような目をしていた。
けど、アイツのお陰でアタシも少しは変われたかもしれない。
そんなの間違いで、アタシの勘違いかも知れない、っていうか多分そうだと思う。
「けど、それでも良いわよ」
ザバァ、と勢い良く泉からアタシは立ち上がった。
嘘でも妄言でも、それを実現してしまえばいいんだから。
「…そろそろ戻ろうかしら」
そう思ってふと視線を周囲を囲む森に向けてみた。
それは、何というか本当に偶然で、ただ何の気なしに視線を向けただけ。
なんだけど。
「………」
「………」
距離は100mもない。そこに、草木を掻き分けてやってきていたアイツが居た。
ぽかんと口を開いてこっちを見つめ、徐々にその顔が赤くなる。
それと同時にアタシの身体と頬が熱を帯び始める。
そして、叫んだ。
「殺すぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
ほんっとに、これだから男は不潔なのよ!!
◆ ◆ ◆
その後リ○ル鬼ごっこを数分続けたアンリと絢斗。
絢斗はとにかく死に物狂いで逃げ回った。捕まったら即死だからだ。
対するアンリはじわじわと絢斗を追い掛け回す。いたぶってイジメ抜くためにだ。
結果として筋肉痛で倒れ込み、グーパン一つで絢斗は死線を乗り越えたのだった。
「ほんと! デリカシーないわね!」
「いや、マジですいませんでした」
朝食を貪りながら、アンリはご立腹だ。
一張羅であるゴスロリのスカートをはためかせながら、地団駄を踏む。
絢斗は今回の事件が完全に自分の非である事を認めて、とにかく謝罪した。
「こ、これだから男は…! 直ぐに発情して、動物以下ね!」
「動物以下は酷くねえ!? ってか動物以下っつったら微生物だけど! 微生物は発情しないし、生殖行為も行いませんけど!? そこら辺理解なさってますか!?」
「せ、せ、生殖、こ、行為って……! この、ド変態!」
「横文字で言わなかっただけ良かったと思っていただきぶへら」
言葉を紡ぐ前に本日二度目となるグーパンが飛来した。
訓練前にメガトン級のパンチを二発喰らった絢斗。今日の訓練をクリア出来る気がしない。
アンリは両手で胸を隠す動作をしながら、然りげ無く絢斗から距離を置く。
「(ハァ。災難続きだな)」
先に食い終わった絢斗は、軽くストレッチを始めた。
ここ三日間、筋肉痛に苛まれるのが当然と言わんばかりの練習量をこなしている。
関節に負担が掛かるのは仕方がないので、せめて緩和する程度にはストレッチをしなければ。
絢斗は数分でストレッチを終えて、早速トレーニングを開始した。
「(走ってれば無駄な事考えなくて済むから良いよな…)」
インドア派とは思えない発言だが、実際的を射ているので反論の余地はない。
ただ、走りすぎるのも問題だ。ランナーズハイという言葉もあるくらいなのだから。
「(にしても、急に色気づいた対応しやがって…。別にロリコンじゃねえから、あんな貧相な体型に興味はないんだが……。ってこれ言ったら俺多分バラされるな、四肢を)」
思わずありありと想像できてしまった自分自身の悲惨な遺体の映像を、頭を振って振り払う。
すでにスタートから一時間が経過した。四日目ともなると、流石にこの程度は余裕だ。
問題は三時間を越えたあたりからである。一度水分補給の時間が取られているが、厳しい。
「(……ま、夢の学園生活の為にも、もっと精進しないとな!)」
絢斗はその後いつも通りのペースで残る四時間を走り終えた。
昼食を摂ろうと水分補給後、洞窟前まで戻ってくると、アンリが先に来ていた。
ビクゥッ、とまるで野良猫みたいに竦み上がって、そのまま絢斗から距離を取る。
「……なぁ、悪かったよ。だからさ、そーいうあからさまな態度はやめてくれ」
「な、なによ、そうやってアタシを篭絡するつもりなんでしょ! ち、近寄った所を、そ、その、襲いかかって、欲望のままに…」
「…自分で想像して顔真っ赤にすんなよ。ってかそんな事したら俺の命がねえよ。今度はお前の顔面が俺の鮮血で真っ赤に染まるぞ。比喩表現抜きでな!」
最後の部分はしっかり強調する絢斗。当然といえば当然だろう。
ここ数日間スパルタ教育に加えて、体罰として逮捕されてもおかしくない攻撃も多かった。
我が儘な上にドSで、その割に純情で男を嫌う魔王の王位継承者であるお姫様。
「(余計な属性付加させんなよ。《四元素魔法》含めて今何個の属性あると思ってんだアイツは…。ロリ、金髪、貧乳……ダメだ。属性多すぎるわ)」
結局思考回路がその部分に帰着するのは、ゲーマー故だろうか。
絢斗はまだビクビクとしているアンリを取り敢えず無視して、昼食を作り始めた。
しかし、一人分だけ。
時刻は十二時、目の前には野菜炒めと焼き魚。
そろそろメニューを変えたい絢斗だが、如何せん材料も調味料もない。
一ヶ月間はほぼこのメニューから変更ナシ、と見ていいだろう。
「いただっき……」
「(ジトー…)」
「まぁ~す……」
「(クワッ!)」
「…腹減ったんならこっち来いよ」
「(フルフル)」
「そろそろ会話でコミュニケーション取ろうぜ、なぁ?」
「フルフル」
「いや、違うからな!? 頭を振るときの効果音を喋れって事じゃねえからな!?」
何でコイツこんな抜けてんだ。
絢斗は嘆息しながら、出来立てほかほかの野菜炒めと焼き魚を持ってアンリに近づく。
ビクゥ、と先程より怯えた様子のアンリに、ずい、とそれを差し出した。
「……」
「さっさと食え。俺は余ってる魚で良いから。そもそも疲れすぎて腹が減らねえ」
「……ごめん」
「んだよ、今更か。別に良いよ。悪いのはこっちだからな」
「…うん」
「調子狂うからやめてくれ…。俺が筋トレ終えた頃にはしっかり元に戻っといてくれよ?」
そう言うと、二本程余っていた焼き魚を豪快に食い尽くして、絢斗は去っていった。
残されたアンリは、少し涙目になりながら昼食を食べ終えた。
「…あ、アタシも…頑張らないとね」
少し勢いを取り戻したアンリも、早速訓練に戻るのだった。
◆ ◆ ◆
「四百九十六……四百九十七……四百九十八ィィ…!」
地底から響くようなうめき声に似た声を上げながら、必死に体を腕だけで持ち上げる。
腹筋背筋共に五百回終了し、残る腕立て伏せ。時刻はもうすぐ六時だ。
「四百九十九……五百ゥゥゥゥ!!」
叫びながら倒れ込んだ。慣れてきても恐ろしく辛い。
ぷるぷると震える両手で懸命に這いずって、泉の水をゴクゴクと飲む。
「(この泉の水、全く減ってない気がするんだが…)」
飲んでいてふと思った疑問に首を捻った。
もしかしたら源泉的なものが存在するのかも、とふらふらした足取りで周囲を探す。
だが、それらしきものは全くもって見つからない。
「(…とすれば、やっぱアンリか)」
《四元素魔法》を駆使しているのかも知れない。
とはいえ、対価もなしにいきなり水を出現させるのなんて不可能だろう。
影ながらアンリが色々と世話を焼いてくれている、その事に感謝しつつ、場所を移した。
普段通り洞窟前まで戻ってくれば、一足先に戻っていたアンリが熱心に何かを読んでいた。
どうやら初日に俺に貸し与えた本のようだ。今更読み返す必要性があるのかは分からないが。
「(…ふむ。それじゃ気を利かせてささっと料理でも作るか。火程度ならそこら辺の石使えば出来るだろうしな…。火打石くらいあるよな? 異世界だもんな?)」
若干異世界という言葉で無理を押し通そうとした感じが否めない。
しかし、あっさりと火打石は見つかり、アンリから距離を取って料理を開始した。
魚は捕獲済みのものを土属性の《魔法》で創った水槽のようなものに保管してある。
「………」
「………」
ジュゥジュゥ、と熱で水分が飛んでいく音と、ペラペラとページが捲れる音が空間を支配する。
二人は終始無言で、いつの間にか料理は完成していた。
絢斗は皿(アンリが製作したもの)を並べて、熱心に読み耽るアンリの肩を突いた。
「ひゃん!?」
「どんな反応だ…」
「け、絢斗!? ……ってこんな時間!?」
「熱心に読んでたから声掛けるのがアレでな…。取り敢えず飯はある、食え」
本を閉じると、トテトテと絢斗の後に続いて食卓(アンリ製作)についた。
黙々と食卓を囲んで食事を取る。雰囲気は中々気まずい。
「(ふぅ……。ま、すぐ立ち直れってのも無理な話か。コイツ結構ピュアだからな…)」
そう思っていたら、アンリはボソリと絢斗に話しかけた。
「……訓練の経過は、どうなの?」
「ボチボチだ。手は抜いてないから安心しろ」
「そう、なら良いわ」
またも沈黙が流れる。
絢斗はこういう時にどういう話題を提供すれば良いのか理解していない。元々リア充と呼ばれる人間の部類には片足さえ突っ込んだ事のない人間だ。女子男子関係なく、笑いを取れる話題をスムーズ且つタイミング良く提供するのは至難の業だ。宅配業者と勘違いされる程度には凄い。
だとしても、この雰囲気はマズイ、と絢斗は何か言葉を探り始める。
「あ、アンリの方はどうなんだ? 毎日忙しなく動いてるようだけど」
「アタシは別に、普段通りよ? 三食分の魚を捕獲して、敵を狩るついでに野菜を取って、暇な時間はさっきみたいに本読んでるし。そこまで忙しくはないわ」
「そ、そうかぁ。それじゃ、あ、あれはどうなった、アルカナム……なんだっけ?」
「《魔導印装備》ね。今のとこ収穫はないわ。ここから二十キロくらい離れた所に小さな街があるから、そこで買うのも手かしらね」
「なるほどぉ…」
「「………」」
話題を広げるスキルが欲しい、絢斗は痛切に願った。
黙々と完食へ向けてのバージンロードをひた走るアンリ。
なんかないかと脳内で色々話題を探しまわるも、やはり良いものは出てこない。
焦って焦って夕食もろくに食べず、とにかく話題を探していると。
クスッ、とアンリが堪えきれなくなった様子で笑いを漏らした。
「……お前」
「ぷ、アハ……ひう! ち、違うわよ…? べ、別にからかったわけじゃ……ぷふっ!」
「……お前ェェ!!」
「イヤァ! ちょ! 怒らないでよ!! アンタが言ったんでしょうが!」
「何!? それじゃお前は俺を沈黙に押しやってオロオロする姿を見るのが好きなの!? それが普段通りのお前だと言いたのかァ!? このドSがぁぁ!」
久々に激おこ状態になった絢斗は、アンリを追い掛け回した。
結局絢斗は疲れ果ててバタンキューしてしまい、そのまま御就寝。
アンリも絢斗程ではないにせよ、疲れがたまってしまっていたので、パタンと倒れた。
そんな日々が過ぎて、とうとう基礎体力作りの日々が終わりを迎えた。
指摘、アドバイスがあれば、お手数ですがコメントにてお伝えください。
稚拙な駄文ですが、より一層励んでいきたいと思います。