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第三話 アンリ先生の特別訓練

 「(やっべ…。意識が朦朧としてきやがった…)」


訓練開始から三日目にして、絢斗の精神と肉体は既にボロボロになっていた。

対するアンリはけろっとしたもので、絢斗以上のトレーニングを軽々こなしている。

これが積み重ねの差なのだろう。絢斗はそれ以前の問題だが。


「絢斗、アンタ何へばってんのよ」

「ちょ、ま、待て…! 今俺の全体が深刻な筋肉痛にだな…」

「知らないわよ。立ちなさい」


この三日間での進歩は、アンリが絢斗を「絢斗」と呼ぶようになった事だ。

自己紹介自体は一日目の穏やかではない遭遇時点でお互いにしたのだが。

アンリは絢斗をアンタと呼ぶばかりであった。


ただ、訓練についてくる絢斗を見て、多少は認めてあげたのかもしれない。


「いって、いててて!! やばい、それはやばいから! そこは、ダメぇぇ!」

「うっさい! 変な声上げないで気持ち悪い!」

「だ、だったら、離してくれて良いんじゃないっすかね…」


絢斗がここまでズタボロになったのには理由があった。


 アンリによる一ヶ月のスケジュールは、こんな感じ。一日目から十日目までは基礎体力作り、主にアンリが敵を倒して区画整備した中を五時間も延々と走り回され、インターバルは泉で十分程度、その後腹筋背筋腕立てを五十回一セットで十セット。この訓練が労働になるのなら、労働基準法が黙ってはいないだろうな、と思考だけでも絢斗は逃避行動をとっていた。


 十日目から二十日目までは体力作りの量を半分にして、《魔力》のコントロール。勿論並行して体力作りも行うので、繊細な技術を必要とする《魔力コントロール》は、驚異の難易度を誇る。アンリに関しては敵を薙ぎ倒すのと並行して無駄な《魔力》を放出しコントロールする、という戦闘を舐め腐ったような練習法をとっていたりもする。


 二十日目から三十日目まではひたすら実践あるのみ。区画整備を終えてない地区で《魔力》を用いて一人で野良の猛獣や魔獣を倒す。幸い、ここの地区は危険度の水準が平均程度なので、一撃で四肢の何処かを持っていかれるような攻撃を繰り出す魔獣は居ないと言う。召喚師は一人でも戦えなきゃダメなのよ、というアンリの有難いお言葉に従う他なさそうだ。


大雑把に決められた日数に反して、内容は緻密に計算されていた。

必要以上に筋肉にダメージを与える事で、短期間で筋力を圧倒的に高める事が出来る。


魔王式特訓術、とでも言うべきだろうか。


勿論、一般人である絢斗は既にギブアップ寸前だ。

無事五時間ランニングを終えた絢斗は、何とか体を這って泉の水を勢い良く飲んでいく。

身体の汚れを落とす時に使う泉と、飲料水として使う泉。


アンリが《四元素魔法エレメンタル》の土属性を用いて分断してくれた。

勿論アンリと絢斗が使用する泉も別々に分断。泉が広くて良かったと絢斗は神に感謝した。


「…もう、あんだけ意気込んでたのに、この体たらくはなによ」

「いやいやいや…。音を上げてはいるけど、ついてきてるだけマシっすよ。こんなの並みの人間なら一日目でまず死にかけて、二日目で物理的に死んじゃうからな…。三日目になったら白骨化してそうな勢いだからな、マジで……」


比喩表現抜きで、三日目までぶっ通しなら軽く逝けてしまうだろう。

全身の過酷な筋肉痛と、朦朧とする意識を水分補給で誤魔化す。


「後三分よ」

「……もう腕に力が入らないんだが」

「折ってでもやりなさい」

「それ本末転倒じゃねえの!?」


腕が折れては今後の筋力トレーニングに支障が出るのでは。

絢斗は十日目までを無難に乗り越える為に、比較的腕に負担の掛からないやり方を思案する。

肘を重点にしては直ぐにガタが来る、本来なら肩を起点にしたい所なのだが…。


三分間、休むだけでなく脳内で負担の掛からない筋トレ法を模索する。

アンリがすくっと立ち上がった。これは休憩終了の合図だ。


「さ、頑張ってね。アタシは夕飯の材料取りに行ってくるから」

「……まぁ、料理作るの俺なんだけどな」

「う、うるさいわね! アタシが作ったら、絢斗は喜びすぎて死んじゃうでしょ!」

「喜ぶ前に死ぬわ! 物理的にな!!」


アンリの料理の腕前は、ハッキリ言って最悪である。


 海水を蒸発させて唯一の調味料である塩を獲得、ここら辺は野菜も多く、近くに海があるので魚を捕ることも可能だ。とはいえ、塩味の濃淡だけで味付けをする質素なものとなる。野菜には出来るだけ塩を振らず、魚には塩辛くならない程度に味付けを。《四元素魔法エレメンタル》の全属性に適応があるアンリが居るから、炒めたり、焼いたりできるのだが。


とはいえ、まさか獲った魚が海塩で真っ白に染まるとは思わないだろう。

その日は結局塩分過多によって死ぬほど喉が渇くという最悪な状態に陥った。


因みにだが、《四元素魔法エレメンタル》の全属性に適応があるのは極稀だそうだ。

宮廷魔導師のトップ格でも三属性、多くは二属性が基本となる。

絢斗の属性適応数は、《魔力コントロール》と並行して測定するということらしい。


「(さってと…。取り敢えず重心を太腿と肩に分散しつつ、掌を作用点にして、肘と腰への負担を最小限にしないとな。背筋なら余裕だし、腹筋も大分楽にはなってきたが……やっぱ筋肉痛が酷い)」


腕立て伏せで良くあるパターンは、肘と支えていた腕が耐えられなくなる事だ。

重点を肩から下の腕全体に掛ける事で、より一層負荷が強まる。

なので、掌で大地を掴むように、そして筋力は脚部にも分散させる。


そうする事で、多少は腕への負担が減る。と言っても本当に僅かなものだ。

しかし、その差が五百回にも及ぶ腕立て伏せを最後まで保つ秘策である。


一日目で馬鹿正直に腕立て伏せをして、一日中腕が上がらなかった事から学んだ教訓だ。


「(…ふう。一セット終了っと)」


五分から七分程かけて五十回の腕立てを終わらせる。

訓練はまだまだ始まったばかりだ。







◆      ◆      ◆







 時刻は午後七時。


訓練開始からまるまる十二時間が経過していた。


 朝食を摂ってから五時間ランニングを開始。丁度十二時か、十二時半頃にはランニングが終了して、その後インターバルを含めて三十分の食事タイムがある。二十分で食事を詰め込む為、ほぼ十分程度しか休みがない、だから休み時間は十分と絢斗が告げていたのだ。


 その後筋トレの合計三十セット、千五百回にも及ぶ壮大な数を成し遂げると、大体三時間から四時間が経過しており、時刻は四時から五時程度になる。勿論途中休憩を挟むので、時間は日によってマチマチではあるが、三日間の統計で言うとそんな感じだ。


そして残る二時間はひたすら刀剣サイズの木を素振りする。


 アンリ曰く「召喚師は近接戦に弱いのがセオリー、アンタはそこを付け狙うべきよ」との事で、本来後衛から《召臨聖霊ゼーレ》を使役して、お情け程度に学んだ《四元素魔法エレメンタル》を基本とする《魔法》と複合して援助を行う召喚師のポジションから、近接戦で《召臨聖霊ゼーレ》と共に殴り合う共闘スタイルへと見事変貌を遂げていた。


勿論、そのスタイルで名を馳せた召喚師は、居る。

なので、特別不思議な事ではない。ただ、前例が圧倒的に少ないだけだ。


素振り用の木刀は、アンリが土属性の《魔法》で綺麗にカッティングしてくれたものだ。

木刀は二振り、左右どちらも鍛える事が戦闘でのイニシアチブになるのだそうだ。


「(……そろそろか)」


片手練習三十分、それを二回、左手と右手で、だ。

そして複合練習一時間、当然左右同時に行う。


木刀を地面にカラン、音を立てて落として、絢斗は倒れ込んだ。

視界の隅にアンリを捉えたからだ。


「なっさけないわねぇ」

「……言ってくれるな…。これでも俺の全身全霊なんだが…」

「軟弱」

「一言で切り捨てんなよ!?」


這いずるようにして泉で水分を補給。

この後は絢斗のクッキングタイムである。

本来なら一人分なのだが、食べることに味を占めたアンリの分まで用意しなきゃいけない。


どうせ作るのだから、別に気にしてはいないが。


「……一ヶ月か」


四元素魔法エレメンタル》で着火した薪に串に刺した魚を並べて呟く。

本日で三日目が終わろうとしている。訓練の成果は、痛みが示してくれていると信じたい。

土属性の《物質創造クラフティング》で創ったフライパンで野菜を炒める。


「てか、こんな野性味バリバリな生活送ってて、都会の生活に慣れられるのか?」

「別に平気でしょ。郷に入っては郷に従え、慣れるしかないしね」

「……ほんっと、何でお前そんな諺知ってんだよ。ここ実は日本です、なんてオチじゃねえだろうな。マジで何で言葉が通じるんだ、俺達……」

「知らないわよ。大体アンタがイレギュラー過ぎるの。それと、別に言語が通じて不具合が生じるわけじゃないでしょ。逆に好都合よ。アタシの言語はこの世界の共通語、つまりアンタは大方誰とでも気軽にコミュニケーションが取れるわ。それ以上に何か文句あるの?」

「いや、ねえけどさ。何だか腑に落ちないんだよ」


出来すぎてる、とまではいかなくとも、何か不自然さを感じてしまう。

考えすぎだろうか。絢斗はとにかく料理を作ることを先決した。

それと同時に、前々から気になってた質問を投げかける。


「あのさ、一つ聞きたいんだけど」

「なによ」

「アンリ、お前、《召臨聖霊ゼーレ》として今もここに顕現してるんだよな?」

「まぁね。そもそもアタシは霊体じゃなくて実体だから、別に召喚を解いたからといってアタシがその場からぽんっと消えるわけじゃないけど」

「んじゃさ、今お前は俺の《契約者コントラクター》としてここに存在するのか? それとも、お前自身の意思でここに実体として留まっているのか、どっちなんだ?」


今思えば、不自然な話だ。


 《召臨聖霊ゼーレ》を使役するには相応の《魔力》が必要となる。絢斗とアンリは《血の盟約プルートエッジ》という形式上での契約を終えている。つまり、アンリがその場に実体として存在するだけで、絢斗の《魔力》は無差別的に毟り取られていく事になるのだ。


そうすれば今後の修行に支障が出る。アンリがそんなヘマをするはずがない。

だとすれば、あの契約は一体なんだったのだろうか。


アンリはキョトンとした顔をして、言葉の意味に気づいて顔を緩めた。


「アタシは絢斗、アンタとの契約に応じて、《召臨聖霊ゼーレ》になったわ。けど、それはあくまで形式上での話。アタシはまだアンタを主人として認めていないわ。だから、あくまで仮契約。アタシの方から《魔力》を流し込んでアンタとのパスを断ち切ってるから、今アンタの支配下にはないわ。質問に答えるとするならば、アタシの意思で此処に留まってる、ってことかしら」

「仮契約……。それじゃ、俺は召喚師として未熟ってことか?」

「未熟か熟練か、以前に、アタシに釣り合うか釣り合わないか、よ。それを見極める為の訓練だもの。これをしっかりクリアすれば、アタシは正式に絢斗の《召臨聖霊ゼーレ》になってあげるわ。勿論あんな簡易な形式じゃなくて、契約する為の重要な形式を取ってね」


どうやら絢斗は初っ端からハメられていたらしい。

ただ、今はそれに対してムカッ腹を立てる事はない。

アンリの訓練を無事クリアすれば、絢斗の《召臨聖霊ゼーレ》になるとアンリは約束した。


それならば、駄々を捏ねる必要もないし、時間もない。


「そうか」

「意外ね。アンタならもっと騒ぐかと思ったけど」

「別に。騒ぐ必要ないだろ。何せ、俺が訓練を無事クリアするのは決定事項だ。アンリが正式に俺と契約を結ぶのはそれこそ時間の問題に過ぎない。何を騒いで焦る必要があるんだよ?」

「言うじゃない…。こんなの序の口よ? 《魔力コントロール》や実践演習を挟んでの訓練が開始すれば、もっともっと辛く厳しいんだから」


精一杯の虚勢で脅すアンリ。

とはいえ、避けては通れない道なので、絢斗にとっては今更な話題である。


「はいはい。分かったよ。ほら、野菜炒め」

「わーいっ」

「……こんなの誰でも作れる底辺料理だぞ。それも味付け塩だけだし」

「い、いいのよ!」

「まぁ、この料理とも一ヶ月でおさらばだ。都会、っていうかなんだっけ……えっと」

「ノルトリヒト王国」

「そうそう。そこの料理はこれの数千倍は美味しいだろうな」


そう思うと今から垂涎ものである。

ただ、それは無事絢斗が訓練をクリアし、アンリの御眼鏡に適う必要があるのだ。

一筋縄ではいかない。チャンスを確実にものにしなければいけないのだから。


 因みにだが、ノルトリヒト王国はレムリア大国を統治する巨大国家だ。レムリア大陸では産業・経済の中心地であり、大陸間での国交も割と無難にこなしている。かつて戦争で大陸の四分の一が焼け野原と化してしまったが、何十何百と年を重ねて緑地化計画も無事進められており、今では四大陸一平和で安全な大陸とされている。例外も少なからず有りはするが。


そんなこんなで話に花を咲かせながら、夜は更けていく。


「あ、そろそろアレを調達しなきゃね」

「アレってなんだ?」

「《魔導印装備アルカナムウェポン》よ。召喚師なら最低限一つは持ってなきゃ」

「あぁ、ワンドとかスタッフってやつな。けど、そんなのどうやって手に入れるんだ?」

「……そこが問題なのよ。取り敢えず、訓練上必要性はないから、最終日までに調達できれば万事オーケーなのよね。だから、一応まだ時間はあるし、考えておくわ」


色々世話を焼かせてるなぁ、と若干申し訳なくなった絢斗。

アンリは別にそんな事を思ってはいない。何だかんだで思いやりのあるヤツなのだ。


「(にしたって、これが魔王かぁ? 良いとこ、滅茶苦茶腕の立つツンデレ召喚師だろ)」


絢斗の中で魔王というと、悪事を働き、無益な殺生を好む、悪辣な人物像だ。

娘とはいえ、その資質がアンリにあるとは、絢斗は到底思えなかった。


「(人間第一主義とやらの聖帝ってのが余程魔王じゃねえか)」


聖帝、それは四大陸一の大きさを誇る、パシフィス大陸を統治する権威者。


 話によれば、獣人(精霊や魔族とのハーフ)やその他亜種族を排斥し、純潔な人間ヒューマンだけが暮らす超巨大国家の帝王なのだそうだ。四大陸全てに幅を利かせており、聖帝という後ろ盾があるならば、例え大陸統治の国王でさえ命令に屈服する他ないという。


あちらの世界的に言う人種差別、黒人を意味もなく嫌う傾向と同じだ。

生まれ持ったものを否定されてしまっては、反論も改良の余地もない。


「(……まぁいいさ。今のところ俺に直接関係はないからな)」


隣でうーん、うーん、と金髪のワンサイドテール(今日は結んでいた)を揺らすアンリ。

そんな姿を見つめつつ、絢斗はうつらうつらと船を漕ぎ始めた。


 どうでも良い事だが、アンリの髪型は毎日ローテーションで変わっている。ポニーテール、ツーサイドアップ、ワンサイドテール、といった感じだ。訓練開始前日はワンサイドテール、そして三日後の今日もワンサイドテール。どうやら三種類の髪型をローテーションさせているようだ。


「(…髪下ろしてる方が好きなんだけどな)」


絢斗の個人的嗜好としては、ストレートが好きなのだった。

もう既に考える事も見てる景色もぼんやりと霞み始めた。


「(あー、やっべ。寝るわ…)」


コテン、と死んだフリをしたように絢斗は意識を失った。


今更ですが、◆~視点◆という形で一人称視点を加えてみました(前話にて)

そして今更ついでですが、二人のルックスを御紹介します。


・神崎絢斗 十七歳 男性 体重57キロ 身長177センチ 髪型はミディアム。

・アンリ 十五歳 女性 体重??? 身長159センチ 金髪 基本ストレート。


七・八話目には訓練の物語を終えたいと思っています。

今後共、ご愛読の程、よろしくお願い致します。





     

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