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第一話 契約

 「召喚師になった……って、俺はなんもしてないぞ」


アンリの「アンタの《召臨聖霊ゼーレ》になってあげる」発言から数分後。

ぽかんと呆れてしまった絢斗は、取り敢えず疑問を口にした。

当人であるアンリは本日何度目になるかわからない溜息をついた。


「アンタねぇ…。別に召喚師にはなる条件とか、資質なんてないのよ。《契約者コントラクター》である《召臨聖霊ゼーレ》と契約を交わせば、例え赤ちゃんでも召喚師になれるの」

「比喩表現がぶっ飛んではいるが、言いたい事はわかった」

「とは言っても…」


アンリは見定めるように絢斗の身体を上から下まで睨めつけた。

絢斗は絢斗で、いきなり何をし始めたのかと対応に困っている。


「……基礎能力がとんでもなくヘボイわね」

「そりゃそうだ…。アウトドアなんて外道に決まってる」

「あうとどあ…? …まぁいいわ。けど、訓練は積んでもらうから」


絢斗はその言葉に愕然とした恐怖を感じた。


 インドア派を名乗る絢斗にとってそれは拷問に等しい。比較的運動する事を避けて生きてきた絢斗にスタミナなんて言葉は存在意義すら危うい程、希薄である。筋力もなければ体力もない、加えて運動能力もそこまで高くない。スポーツにおいてはど凡人以下である。


「く、訓練…?」

「ええ。けどその前に、一応《形として》の契約を終えちゃいましょ」

「お、おう?」


話が行ったり来たりで絢斗は曖昧に頷いた。

すると、シュッと短かったアンリの爪が鋭く伸びて、自分の指先を軽く突く。

血が溢れ出し、玉のように形作る。まさかの行動に絢斗は脳内がカラッポになった。


「な、何してんだ?」

「いいから。はい」

「んぐぅ!?」


問答無用で近づいてきたアンリは、強引に絢斗の口に血が滴る指を突っ込んだ。

鉄の味が絢斗の口内を支配し、しかし、嫌が応にもその血液を摂取してしまう。

それと同時に、今度はアンリの鋭く伸びた爪が絢斗の指先を同じく突く。


「!?」

「黙ってなさい。いい? これは《血の盟約ブルートエッジ》、《召臨聖霊ゼーレ》であるアタシの《魔力》の源…つまり血をアンタの体内に含ませて、アンタの血文字でアタシとアンタの主従関係を構築する。腕はそのままぶらぶらさせてて。アタシが描くから」


そう言うと、ヌルっとした血の感触を含んだ指が、アンリの肌を舐める。

白く透き通るようなスベスベの肌を、鮮やかな赤い血が染色していく。

六芒星に大文字のA、書き終えると、アンリは絢斗の口から指を抜き取った。


「って、アンタ指舐めすぎ!」

「いや、不可抗力でしょ!? いきなり指つっこまれて、緊張しない方がおかしいわ!」

「うっさいわね! ほんっとこれだから男は不潔なのよ!」

「世界中の清廉潔白で紳士な男性諸君に心から詫びやがれ!!」


危なく全世界の罪無きイケメンに被害が及ぶところだった。

絢斗から抜き出した指をアンリは上書きするように自分で舐めとった。

そして、何を思ったのか同じように絢斗の指をパクリと口に咥える。


「おまっ!?」

「ふぁひほ(なによ)」

「意趣返しか! 何なんだ、何でお前俺の指まで舐めてる!?」

「ふっはいふぁね(うっさいわね)」


数秒でアンリは絢斗の指を口から離した。

すると、不思議な事に絢斗の指先に出来ていたはずの小さな傷は消えていた。


「…アタシの《魔力》は治癒の力もあるのよ」

「それなら先に言ってくれ…」


無駄に緊張しまくった絢斗は、ぐったりとその場に沈み込んだ。

アンリはそんな絢斗を見下したように(実際ポジション的に見下している)してこう言った。


「疲れてる暇なんてないわよ。スケジュールは詰まってるんだからね」

「おい待て。俺はまだこの世界について色々と知らないことが多すぎる」

「だからなんなのよ」

「そこで切り捨てるか!? いや、せめて基礎知識程度に学べるもんがありゃいいんだが…」


贅沢なヤツ、とアンリは右手をポンと地面に叩きつけた。

と同時に、何もなかった空間に一冊の本が出現する。


「……なにその技」

「別に。元々アタシの居住区にあった本だから、座標さえ知ってれば周辺の空間ごと《魔力》で切り取ってこっち側に送ることくらい出来るわよ」

「さらっとすっげぇこと言いやがった!」


益々謎が深まる絢斗に、アンリは面倒臭そうに本を投げつけた。

国語辞典レベルの厚さを誇り、縦横のスパンは図鑑並。破壊力満点な外見だ。


「…まず俺はこれを読み終える。それまでアンリ、お前は…」

「指図しないでよ。アタシはそこら辺の雑魚狩ってくる」

「……これさ、主従関係意味なくねえ?」


他人の指図なんて受けるか、と言わんばかりにズカズカとアンリは近くの森へ消えていった。

多分クマだろうがイノシシだろうが、難なく彼女ならその場で蹴散らしてしまうだろう。


融通の効かない自分勝手な魔王様だこと…。


絢斗は口には出さず、小さく溜息をついて、分厚い本を読み始めた。







◆      ◆      ◆







 先程まで天高く登っていた夕日が若干傾き始めている。


体感的に時刻は五時くらいかな、と絢斗は三分の二を読み終えた分厚いそれを閉じた。

タイミング良くアンリは戻ってきたが、格好は些かサディステック極まりなかった。


「返り血で真っ赤じゃねえかよ…」

「《下位ザコ》の精霊何体かやってきたからね。本来なら《上位それなり》のヤツを強引に倒してやりたいとこだけど。まぁ、ノルマ的には問題ないわ」

「いやいやいや。心配するとこ違うから、まずその格好どーすんだよ!」


やはり何か危機感を持つ部分が違う。絢斗はアンリの豪快な態度に頭痛がした。


 普通世に言う女性であれば、付着してから固まると取れにくい血液なんかを全身に浴びた日には、一日中風呂に入るくらいの行動を示して当然である。服であれば何度も洗濯をするだろうし、髪の毛であれば入念にケアして然るべきと言える。はずなのだが。


「…あぁ~。まぁ大丈夫よ。後でキレイにしとくから」


危機感以前に、女として大丈夫か、と絢斗は頭をもたげた。

先程「男は不潔!」的な発言をしていたが、アンリの格好は負けず劣らず「不潔」である。

加えて勘違いされかねない格好なので、可及的速やかに着衣の脱衣を薦めた。


「…取り敢えず、そこの洞窟んトコで着替えて来い」

「着替えなんてないわよ」

「はい!?」

「一張羅ってヤツね。ていうか、着替える必要性ないわ。こうすればいいんだから」


そう言うと、青白い炎のようなオーラがアンリを包む。

すると瞬時にベトベトにこびり付いていた血液が見る影もなく、消え去っていた。


「………え?」

「アタシのこの服、《魔導繊維》で出来てるから、《魔力》を通しやすいのよ。後は熱消毒の要領で血を洗い流せば、それで御終い。着替えなんていらないのよ」

「さいですか…」


《魔力》便利過ぎんだろ。そう思ったのは多分絢斗だけではないはずだ。

対するアンリは胡乱げな瞳をこちらに向けて、こう問いかけた。


「で、基礎知識とやらは身に付いたの?」

「当面問題ない程度にはな」


自信満々、ではないが、七割程度の自信を以て絢斗は答えた。


 絢斗が最優先事項として調べたのは、この世界の情勢、政治、地図、である。情勢については、今現在必要とはしていないが、今後目標を決めて何処かへ向かう時に役立つ。同じ理由として地図、これはただ単に何処に何があるのかを把握しないと気が済まない損な性分だからだ。最後に政治だが、絢斗の予想通り民主制ではなく、帝政、一党独裁のような、一人の権力者が全てを左右するスタイルを確立していた。大体テンプレなので絢斗は大方驚きはしない。


「(俺らの何世代も前にはそーゆうの流行ってたからな。ヒトラーとか、スターリンとか? まぁ大分記憶は曖昧だけど。ただ、生きづらいことこの上ないな)」


 次に調べたのは召喚師について、また、それに付随する情報。召喚師と明言されてしまった以上は、右も左も分からないこの世界で絢斗は多分一生召喚師だ。我が儘を言ってもいられないので、アンリの口頭授業のお浚いを含めて何度か読み直した。その過程で《魔力》についても大分知ることが出来た、だが、予想と大幅に変化はないので、既知の事実という存外無駄な時間を過ごした。


「(召喚師についての情報はアンリのアレでほぼ間に合ってるし、《魔力》については、何だか専門用語多くて分かんねえから、取り敢えず《生命エネルギー》ってことだけ理解しときゃオーケーだろ)


独自の理解を含めた上で、絢斗は本を読み進めていた。

アンリに何回か質問され、八割方正答を導くとアンリも信用したようだ。


「……あっそ」

「んー、夜だな。そろそろ」


素っ気ない返事に何か感じる事もなく、絢斗は話題をスライドさせた。

アンリも相槌代わり程度の気軽な気持ちで言ったのだろう、絢斗の話題に食いついてくる。


「…本来なら《城》に戻るんだけど、祭壇を誰かさんのせいで粉々にされたし、野宿かしら」

「そりゃ悪うござんした…。野宿するにも寝床は必要だろ」

「そんなの、そこで良いじゃない」


指さしたのは最奥地が崩落した洞窟。

洞窟の最奥地は《魔王アンラの祭壇》であり、絢斗の《魔力》が暴走して破壊された。

相変わらず女子力に欠ける言動してやがるな……絢斗は立ち上がった。


「にしても、薪は必要だろ? そこら辺の木、拾ってくる」

「そうね。アタシも行くわ」

「良いのか? さっきまでフルで戦闘してたんだろ?」


戦闘と言うより殺傷行為だが、絢斗にとってはどちらでも良かった。

弱肉強食、なんて言葉があるのだ。降り掛かる火の粉を払うのを躊躇う理由はない。

アンリの事だから、大方敵を挑発して臨戦状態に持ち込んだのだろう。


絢斗も絢斗で中々冷めた価値観をしてる、という事について本人に自覚はない。


アンリは気遣い無用、とばかりに手をひらひらと振った。


「あんなのジョギングした程度みたいなもんよ」

「よう分からんが、兎に角凄いのな」

「……あ」


そこで思い出した、と言わんばかりにアンリは顔を青褪めさせた。

だが次の瞬間にはボッと火がついたように頬を真っ赤に染める。


「(なんだなんだ…!)」


未知なる恐怖に怯えながらも、絢斗は返答を待った。

数秒の沈黙が舞い降りて、ぼそっと呟くようにこう言った。


「………お風呂、入ってない」

「今更じゃねえか」


やや食い気味にツッコミを入れたのは言うまでもない。

今更過ぎてややツッコミに勢いが無くなったのは、脱力した部分が強い。

しかし、アンリにとってそれは重要な問題らしく、キーキーと喚く。


「だ、だって! 汗かいたし……髪の毛もゴワゴワだし……寝てなんかいられないわよ」

「つってもなぁ……。ここら辺で体を洗える場所なん……ざ…」


ふと、絢斗の脳内に憶測が舞い込んだ。

それは本当に希望的観測に過ぎず、憶測にして推測、証拠などない謂わば提案。


「……なぁ、ここら辺に泉はないのか? 森と泉ってなんかセットな感じだけど」

「泉……あっ…!」


森の中を駆け回っただけはある。アンリは場所を察知したようだ。

絢斗はそんな様子を見て安堵しつつ、それと同時に違う問題を抱えたことに気づく。


「あー……俺はどうするべきだ」

「そんなの、そこらの木拾って火つけてなさいよ」

「そうしたいのは山々なんだが……これじゃあなぁ」


指さしたのは鬱蒼と茂る真っ暗な森。

先程アンリが先発隊よろしく何体か危険な敵を倒したと言っても、敵は未知数だ。

絢斗にアンリ程の圧倒的戦力はない。切れるカードは全て出し切っている。


「ってわけなんだ。洞窟んとこで待つのもアレだし、泉の近くなら木とか拾えるから、俺もついて行った方がいいんじゃねえかな、と思ってな」

「とか理由を付けて、アタシの裸を見ようって算段なんでしょ。知ってるわよ」

「……(誰がツルペタのロリボディなんか見たがるってんだ…)」

「あ?」

「何でも御座いませんのことよ」


起伏に乏しいアンリの肢体を見て興奮するのは、もう人間としてダメな領域だ。

絢斗は勿論そういう趣味はないので、アンリにとっては人畜無害と言っていいだろう。


「見なきゃ良いんだろ? わーったから、俺は木拾ってお前の帰りを待つだけだ。泉から少し距離をとるから安心しろ。ってか俺はお前が居ないと数秒で肉塊と化しちまうんだよ」

「……ふん、好きにしなさい」

「そうさせてもらうよ」


何とか了承を得たので、アンリの後を付いて行く事にする。

真っ暗な夜道は、まるで世界から切り取られたような感覚に陥る。


二人は何も語らず、そのまま森を進んでいく。







◆      ◆      ◆







 「着いたわ」


アンリは嬉しそうにそう告げた。


 目の前に広がるのは、泉以上池未満程度の少し大きめな泉だった。水は澄んでいて、底まで見通せる程のものだ。時刻はすっかり夜になってしまったが、太陽の代わりに昇った月が水面をキラキラと輝かせている。神秘的な光景、その一言に尽きるだろう。


時刻は八時、そこまで遅くなったのは、アンリが単純に道を間違えまくったからだ。

本来なら夕食を食べている時間、こちらに来てから既に八時間が経過していた。


絢斗はぐぅ、と情けなく鳴る腹を摩りつつ、落ちてる木々を拾っていく。

泉から直線で200m程度の距離を置いている。勿論、アンリの裸体は視認出来ない。しない。


「(……順応し過ぎ、なのかね)」


こちらへ来てからゆっくりとした時間が少なかった絢斗は、少し状況を整理した。

結局整理した所で、パソコン同様に無駄なデータを圧縮しただけに過ぎないのだが。

それでも幾分かマシで、やっと自分らしい感情と思考が正常に起動し始めた。


「(異世界……望み通りってワケではないけど、悪くはないか。あっちの生活も悪く無かったが、まぁこっちの生活も悪くない。って、まだ一日目すら終わってないんだけどな)」


自分という人間性があまりにも状況に左右され易い事に絢斗は気がついた。


 絢斗はゲーム好きだ。故に何度も「こういう世界に行ったら楽しいんだろうな」と考える機会が他人より多くあった。無論、叶わぬ願いだという事を知っていて、あくまで余韻に浸る為の常套句、そんな気分にさせてくれる魔法の言葉程度にしか考えていなかった。


だが、事実は小説よりも奇なり、なんて言葉も同時に存在する。

そして、今現在起きている現象は、まさにそれだ。


「(薄っぺらい人間だな、俺は…。まだアンリの方が自分を確立してる。……全く、こんな状況になって初めて気づくなんて、我ながらバカみたいだな)」


ふと見上げた空には、幾数もの輝きを放つ星々が無数に散りばめられている。

宝石をばら撒いたかのような、美しい光景だ。


「……これからどうなるんだか」


不安は多い。心配も少なくない。ハッキリ言って見通しは悪い。

魔王は居ても、今や家なき子。絢斗はこの世界を知らないド素人。

組み合わせは最悪最低。無人島なら即死レベルの最凶ペアだ。


しかし、絢斗は何だか別にそれも悪くないと思っていた。


 アンリは口調と態度さえ矯正すれば、見違える程の美少女だ。仮にもそんな子と一緒に旅をして、そこで死ねるなら本望じゃないだろうか。絢斗の思考は疲れきっているのか、甘ったるい答えばかりが何度も脳内で反発しては戻ってくる。


今思えば絢斗があちらの世界に残してきたものは極僅かだ。

疎遠状態にある両親、上辺の付き合いである友人達、攻略し終えてない数々のゲーム。


「……フ、ハハ…。ハハハハっ!」


そこまで考えて笑いが止まらなくなってしまった。

絢斗にとってあちらの世界で絢斗を繋ぎ留めるものは、余りにも脆弱で希薄な理由ばかり。

今まで適当に生きてきたツケが回ってきたんだな、と絢斗は考えた。


「…あの阿呆が何考えてるか知らないが、俺の異世界ライフは始まったばっかだ。一生に一度あれば奇跡と言えるくらいの超奇跡体験。たっぷり満喫させてもらうぜ」


その為にはまず、召喚師としての実力を磨かねばならない。

この世界、ニヒツグランツェは召喚士を強く優遇している。

それと同時に道具のように軽視・蔑視している部分もあるのだが。


兎も角、この世界で名を上げるには、召喚師というネームバリューは打って付けだ。


「…その一歩だと思えば、薪拾いも悪くねえな」


言っててバカらしくなった絢斗はまたも笑ってしまった。

しかし、絢斗は忘れていたのだ。

背後にアンリが居る安心感から、無邪気に大声で笑ってしまったいたが。


「ガルルルゥゥゥ……」

「え、え……!」


ここは、不確定要素を大量に孕んだ、危険な夜の森であるということを。


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