第一話
庭へ出てみた。いつからいるのか分からない巨大な岩に腰を下ろす。そいつはゴツゴツとしていて、緒医の尻を攻撃した。緒医は具合の良い場所を探してしばらく尻の位置を動かした。
空を見上げると、辺りは真っ暗だった。その中でひときわ目立つもの――月は、今までにないほど細く、線のような強烈な光を放っていた。
あの強そうな光が、おかあの足へ届いて、悪い奴らを退治してくれたらいい。
夜の冷たい空気を目一杯吸い込むと、緒医の鼻はツンと痛んだ。なんとなくジンとくるものがあった。目に熱が集まる。
「冷てぇなぁ」
緒医はうつむきながら言葉を零す。月を真正面から見られなかった。
「ちょこっとばかし分けてくれたってなぁ。それとも、あいつらみたいな、いつも笑ってるやつのとこに分けちまって、おいらの家にはもう残ってないのか?」
もう少しで、消えてしまいそうな月の光が緒医には怖かった。次に見上げた時、もう空には何の光もないんじゃないかと思うと、怖くてたまらなかった。
「なあ、おいらに――おいらのおかあにくれよ。そいつをおくれよ。お願いだよ。村のみんなが言ってたんだ、お月様には神様が住んでるって。神様はおいらたち人間を救ってくれるんだろう? 頼むよ、その残りをおいらのおかあにおくれよ」
緒医の尻は、長い間座っていたせいか痺れて感覚が無くなっていた。両手で拳を作って、見つめる。
―――お願いだ。お願いだ。お願いだ。
オネガイダ。
緒医は祈るように、眉間に皺を寄せた。
――刹那、身さえも切れそうな風が緒医を襲う。緒医はあまりの強風に岩から転げ落ちた。咄嗟に目を閉じて頭を守るように両腕で覆った。
心臓が暴れていた。緒医は地面に転がったままの状態で腕の外側のそれを考えた。この腕の先に、月はまだあるだろうか。それとも、さっきの風が、おかあのもとへ運んでくれたのだろうか。
どうだろう、どうなんだろう。
あぁ、でも、もしかしたら、とうとうおいらのとこにも――――
緒医は両腕を解いた。月の姿を探す。強くて、細くて、鋭いあの光を。空は、真っ黒だった。緒医の心はみるみる弾んだ。
やった――――――!!
涙が出るほど嬉しかった。でも、涙は出なかった。
空は真っ黒だった。
視界も、真っ黒だった。緒医の世界は、――真っ黒だった。