プロローグ
始まりはやはりシリアスから。
最近のチル兄はそんな風に考えております。
雷鳴が轟き、滝のような雨が地面に叩きつけられる夜。
とある屋敷の一室にて凄惨な光景が広がっていた。
部屋中に無数の骸が転がり、まるで血の海のように
床を真っ赤な血が赤くそめている。
そしてその中心にはこの惨状を起こした張本人である
一人の女性と腰を抜かしている中年の男が居た。
女性は返り血によって全身を赤く染めているのに対して、
中年の男はその肥え太った身体は一切返り血には染まっていない。
「き、貴様ぁ……こんなことをしてただで
済むとでも思っているのかっ!」
「……」
「今日起こったことは決して忘れんっ!
どんな手を使っても貴様を追い詰めて、
私に歯向かったことを後悔させてやるっ!」
「……」
「何を黙っているっ!なんとか「うるせぇ野郎だ」ギッ!?」
太った身体を揺らしながら喚く男に嫌気が差したのか
女性は男の顔を掴んで持ち上げる。
男はなんとか抜け出そうともがくが、
ビクともせずに逆に頭蓋骨が軋む音が響いた。
「グワアァァァッ!?」
「下らないことをベラベラと……うざってぇんだよ。
さっさと死んじまえや」
「なっ!?ま、待てっ!待ってくれっ!待ってくださいっ!
どうか命だけあぁぁぁっ!!」
男の叫びと共に男の頭は砕け、呆気なく男の命は散る。
女性は床に落ちた男の身体には目もくれず、
血に染まった腕を丹念に舐める。
だが、すぐに顔を顰めた。
「……不味い血だ。だけど我慢しねぇと」
顔を歪めながらも腕から滴り落ちる鮮血を舐めとっていく。
とても人間のするような行為ではない。
だが、それも当然だ。
何故なら彼女は血を糧に生きる怪物、吸血鬼なのだから。
「……まだ足りねぇが、床の血を啜る気分にはなれないな」
女性は不満げにそう呟き、屋敷から出ようと大窓へと向かう。
が、驚異的な聴覚を持つ耳が屋敷の中から聞こえた
小さな声を捉える。
それを聴いた女性は方向転換し、声が聞こえた場所へと向かった。
声が聞こえたらしい部屋、そこは寝室だった。
部屋の中に存在するの物は粗末なベッドとベビーベッド。
そしてベッドで眠る二人の女の赤子と
赤子を守らんとする四歳ほどの少年だった。
二人の赤子は少年とは違い、人間ではない。
二人はそれぞれ兎の耳と狐の耳を持っている獣人であった。
自分たちの種族以外には排他的であるはずの
人間である少年が、自分とは違う種族を守ろうとする。
そのことに女性は興味を持った。
今まで自分と自分の娘以外には興味を示さなかった女性の
ほんのわずかな気まぐれが、彼女の運命を大きく変えることになる。
「おい人間。お前はなんでそいつらを守ろうとする?」
「だれかをたすけるのにりゆうがいるのかっ!?」
「ほほぅ……そのためにお前は死んでも良いのか?」
「いいわけないっ!だけど……ぼくしかふたりをまもれないんだ。
だったらぼくがまもるしかないじゃないかっ!」
女性は少年の歳には不相応な覚悟にわずかに驚き、感心する。
そして同時に少年が欲しくなった。
特に理由などは無かったが、少年の強い覚悟を見て
手元に置いておけば、きっと面白いことが起きる。
女性には確信があった。
「おい人間、お前……気に入ったぞ」
「へ?」
「今日からお前達は俺の物だ」
女性は一方的に少年にそう言い放ち、少年に向けて手をかざす。
すると少年はすぐに眠りに落ち、床に倒れた。
「さてさて……名前も知らない少年よ。
お前は俺にどんなものを見せてくれるのかな?」
雷鳴が激しく轟く中、女性が妖艶に笑う。
この出会いが女性を大きく変えることとなり、
十数年後には何でも屋をやることになるのだが
今の彼女には知るよしもなかった。