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花緒瑠がカレーを作る日は、早朝にお知らせメールが来る決まりが出来た。

最初の内は花緒瑠の気紛れでカレーを作っていた。

しかし、いつ作るかが分からなければ部員達がご飯を用意出来ない。

なのでお知らせメールが必要になったのだ。

分け前が欲しければその旨を返信し、ご飯を自分で用意する。

そのお陰で、花緒瑠は量を間違えずに人数分のカレーを作れる。

結果、花緒瑠がカレーを作る日は必ず分け前を貰う事になってしまった。

そんなルールを作った張本人が、カレーの匂いが充満している部室に入って来た。


「やばい…。マジやばい…」


小枝と舞は対戦を中断し、青い顔の司記を見上げた。

カレーを煮込んでいた花緒瑠も手を止めて髪の長い少女を見る。


「どうしたの?」


小枝が訊くと、司記は頭を抱えた。


「体重が超増えた。顔が丸くなった気がする。カレーのせいだ!」


「バッカじゃないの?」


本気で呆れた声を出す舞。


「何でよ!深刻で重大な問題よ!」


「だったら食べなきゃ良いのよ。まだ冷蔵庫が無くて残せないからって、余りを全部食べてりゃそうなって当たり前よ」


舞の正論に黙る司記。

ほっぺたが膨らんでいるので、かなり不服そうだが。


「ごめんねぇ。みんなが野菜を分けてくれるから、つい大目に作っちゃって」


カレーをタダで分けて貰い続けるのは流石に悪いので、常温でも保存が効く野菜をみんなが持ち寄る様になった。

そのせいで作る量が増えているらしい。


「ちなみに、今日のカレーは何?」


顔を上げ、ケロッとした声で訊く司記。


「春野菜カレーよ」


「うひょー。ヘルシーじゃなーい。これならいっぱい食べても大丈夫かも」


ウヒヒと笑う司記に呆れた視線を向ける舞。


「ダメだこいつ、懲りてない。対戦の続きしよ」


「う、うん」


小枝と舞で連戦し、司記は携帯でスピ4の対戦動画を見て研究し、花緒瑠はカレーを掻き混ぜる。

のんびりとした部活の時間。

下手をすると、自分の部屋より居心地が良いかも知れない。

仲間が居るし、ゲームも有るし。

だから全員が積極的に部活に顔を出す。


「これで良し、と。さぁ、カレーを食べたい人は準備して」


まったりしていると、花緒瑠の春野菜カレーが出来上がった。

自分の鞄からお弁当箱を取り出した少女達は、それに詰まっている白米をカレー皿に乗せる。

その上に装われる熱々のカレー。

お弁当箱のご飯は冷めている為、花緒瑠はカレーを少し熱めにしてくれているのだ。


「みんな同じ量、よね?」


湯気を上げている野菜たっぷりカレーを見た司記が、また不満そうな顔をした。


「うん。大目が良かった?」


花緒瑠の言葉に首を横に振る司記。


「貰えるんなら貰うけど。そうじゃなくて、舞と小枝は太らないの?」


「え?私は?」


「花緒瑠はカレーが全部オッパイに行ってるから別に良いんじゃない?」


「ちょっ…」


「それより、どうなの?二人共」


小枝から見れば羨ましいショックを受けている花緒瑠。

それを横目で見ながら舞が応える。


「体重は増えてないわね。それは身長とかも伸びていないって事だけど、まぁそんな感じ」


「小枝は?」


「私もそんな感じかな。成長の範囲内よ」


「えー。ずるいー。ウソ吐いてない?ちょっとお腹触らせてよ、舞」


「何でよ」


「実は寸胴でブヨブヨなんじゃない?抓ませてよ」


両手を前に突き出したゾンビみたいな雰囲気でツインテール少女ににじり寄る司記。

シャドーボクシングでそれに応戦する舞。


「やめなさい。やめて!バカ、こっち来んな!」


「コラ!騒がない!カレーにホコリが入っちゃうでしょ!」


「あ、はい」


カレーの事になると本気になる花緒瑠がマジギレする前に大人しくなる舞と司記。


「では、いただきます」


「いただきます」


炒めたキャベツやアスパラ等を添えた春野菜のカレーにスプーンを付ける少女達。


「クァーッ!オイスィイィ!でも今日は余ったのを食べない!」


奇声を上げながらカレーを一気食いする司記。

ご飯が少なめな小枝より早く食べ終わる。


「ごちそうさまでした」


今回も安定して美味しかった食事が終わり、食器を片付ける花緒瑠。

後始末くらいは手伝いたいのだが、これも料理の一環だからと一人でやってしまう。

余ったカレーは司記のお弁当箱に詰められた。

家に帰ってから食べるんだそうだ。

分けて食べれば太らない、と言う理屈らしい。


「じゃ、小枝と司記で対戦してて。私はちょっと計算」


テーブル横の床であぐらを掻き、活動ノートからメモ帳に勝敗数を書き写して行く舞。


「はいよ。最近は小枝に負けてないから、1P側を譲ってあげようかなと思ってるんだけど、どう?」


ティッシュで口を拭いた司記は、甘える様に小枝に寄り掛かる。


「私は別にどちらでも変わらないよ。でも、司記はこの短期間で本当に強くなったね」


「舞には勝てないけどねー」


お腹いっぱいで上機嫌なのか、やたらと纏わり付いて来る司記。

こうも懐かれると、同年代でも可愛いなと思ってしまう。


「さぁ、対戦しましょうか。負けないわよ」


「うん…。無駄な肉は付いてないな。なんでや?」


小枝の腰回りを擦った司記の声のトーンが低くなる。


「ちょっと、何してんの!」


抱き付いていた司記を突き飛ばす小枝。

余りにも自然で、無駄肉チェックされていた事に全く気付かなかった。


「ふがっ!」


転がされた勢いのままソファーの肘掛けの固い部分に後頭部をぶつける司記。

本気で痛かったらしく、頭を抱えて蹲る。


「うおぉ…」


「あ、ごめん、大丈夫?」


「そいつはそれくらいの目に合って丁度良いのよ。舐めプするし」


メモ帳にペンを走らせながら冷たく言う舞。

舐めプとは舐めたプレイの略で、本気で対戦しない行為を指す。

舞くらいに強い人にはしないが、小枝や花緒瑠を相手にしていて勝ちが確定するとふざけ出すのだ。

止めにジャンプ小キックしか狙わなくなるとか。

それに対処出来ない方も悪いんだが。


「くっそー。太るのは私と花緒瑠だけかよー。なんでだよー。不公平だー」


激痛から立ち直った司記は、涙目で歯噛みする。


「え…?」


今度は分かり易いショックを受けている花緒瑠を見ずに携帯電話の電卓機能を使う舞。


「格ゲーを真面目にやってるかどうかの差じゃない?私と小枝は本気でやってるから」


「どう言う事?」


「今の司記なら分かると思うけど、格ゲーは一瞬の間に色々な事を考えたりするよね」


「うん。起き上がりの三択とかね」


「脳ってのは、凄くカロリーを消費するの。それが高速回転するって事は?」


「ダイエットになる?…マジで!?」


頭の痛みを忘れて前のめりになる司記。


「格ゲーで強い人は痩せている事が多いわね、そう言えば。司記も本気でやってみれば結果が出るんじゃない?」


ペンを動かしながらの雑な感じで言う舞。

その言葉を聞いた花緒瑠が、手早く食器洗いを終えてソファーの端に座る。


「対戦しましょう、司記。小枝、譲って貰っても良いかな」


「ええ、良いわよ。どうぞ」


燃える瞳の花緒瑠に席を譲った小枝は、窓下ソファーに移動した。

そして攻略本を開き、連続技や対戦の流れを脳内でイメージする。

ふむ。

こんな事をしていると、頭がとても疲れる。

確かに脳のカロリー消費は凄そうだ。

この他にも普通に学校の勉強をしないといけないんだから、そりゃ太っている暇は無いな。

…太って、ないよね。

不安になって自分の腹を擦ってみると、舞が横に座った。

慌てて攻略本に手を戻し、舞の方に顔を向ける小枝。


「ちょっと気になって計算してみたんだけど、良くない結果が出たわ」


「ん?何?」


「大雑把な計算だから正確じゃないけど、私達の勝率を出してみたの。私は九割。司記の根性の悪さに負ける時が有るくらいね」


「凄いね」


「その司記は五割。花緒瑠の勝率は八割。なぜ花緒瑠の勝率がこんなに高いのか。これは私と戦わないからってのも有るけど」


キツイ目付きで小枝を見る舞。


「花緒瑠は小枝に負けてないからよ。そのせいで小枝の勝率は僅か二割。小枝が本気でやってるのは分かってるけど、だから逆にヤバイ」


「言い訳になっちゃうけど、花緒瑠の暴れが酷いのよ。コーティンは攻撃力が高いから、体力の少ない鉄号はキツイの」


暴れとは、一言で言えば何も考えずに戦う事だ。

司記が最初の頃にやっていたレバガチャもそれに当たる。

相手の動きが予想出来ないので調子を乱され、それで負けるのだ。


「どう言い訳しても負けは負けよ。小枝が気付くまで放って置くつもりだったけど、この勝率はいくらなんでも酷いわ」


「気付くって、弱点の事?この前、舞がそんな事言ってたし」


「そうよ。小枝はね、良い子過ぎるの。嫌らしい攻め方は滅多にしない。だから私は小枝には絶対に負けない。どう攻めて来るか分かるからね」


「それが私の弱点?」


頷く舞。


「小枝には、戦い方を変えて貰うわ。小枝は、家でネット対戦出来るのよね?」


「ええ。兄のゲーム機で、だけど」


「ネット対戦してると、コイツにリアルで出会ったら絶対に腹パンしてやる、って戦い方をする奴、居るでしょ?」


「バッタとか、ガン待ちとか?」


バッタとは、無意味にピョンピョン跳ねる事。

ガン待ちとは、一切攻撃せずにしゃがんで待つ事。

どちらも勝つ為の行動ではないが、対処が非常に面倒臭いので、攻め手を間違えると負ける事が有る。


「これからは、それが勝ちに繋がる行動なら、積極的に選択して。とにかく勝ちにしがみ付いて。良い?」


「でも、そう言う戦い方は楽しくないわ。楽しくないと強くなれないと私は思うの」


「キツイ言い方になるけど、それは勝ってから言うセリフよ。勝率二割が言っても負け惜しみにしかならない」


流石に気分を害する小枝。

確かに最近負けが込んでいるが、それで司記と花緒瑠が自信を持ってくれなら、今はそれで良いのではないだろうか。


「小枝。もしかして、自分が負ければあの二人がやる気を出すと思ってない?」


今まさにそう考えていたので、思わず苦笑いしてしまう小枝。


「えっと、いや、その…」


「最近、負けても悔しがらないから、もしかしてと思ってたの。図星みたいね。でも残念。あの二人のやる気は、カロリー消費に傾いているわ」


対戦中の二人を見る。

コントローラーに置いている両手が激しく動いている。

窓下ソファーからはテレビ画面が良く見えないが、熱い戦いが繰り広げられている様だ。


「だから、小枝。どんな手を使っても勝って。それが小枝の為になる」


「…私の為になるかなぁ…?」


どう考えても楽しくない戦いをするのは良くないと思う。

それで部内の勝率が上がったとしても、本当に強い人には通用しないんだし。


「乗り気じゃないみたいね。じゃ、こうしよう」


小枝から攻略本を取り上げる舞。


「あの二人はネット対戦をしていないから、そう言う戦い方を知らない。だから小枝が面白くない戦い方の対処法を教えてあげて」


「うーん、教えられるかなぁ。私自身、そう言う相手への対処が出来てないし。出来れば私のPPも上がるんだろうけど…」


「とにかく、考える前にやってみて。自分でバッタをすれば対処の仕方が見えるかも知れないでしょ?勝率が上がらなければ止めて良いから」


そう言った舞は立ち上がり、対戦している二人の後ろに回る。

そして対戦が終わったのを見計らって二人の肩に手を置く。


「二人は強くなった。だから初心者の上を目指して貰うわ。その為の戦い方を小枝にして貰う。二人は小枝に勝てる様になって」


「最近の私は小枝には負け無しだよ?」


「分かってるわ、花緒瑠。だから小枝は戦い方を変える。私もサブキャラを使う。良い?」


「どう言う事?」


振り向き、舞を見上げる司記。


「やれば分かる。特に司記は対処出来ないと思うよ。花緒瑠、小枝と交代。小枝、お願いね」


「…仕方ないわね。やるだけやってみるわ」


2P側に座った小枝は、緊張しながら自分の持ちキャラを選ぶ。

上手く出来るだろうか。

だが、司記が使うヤザンと言うキャラは対空が弱い。

なので、バッタ戦法は他のキャラよりは通り易い。

対戦開始。

執拗にジャンプ攻撃を繰り返す小枝。

タイミングがワンパターンにならない様に気を付けながら、とにかく跳ね続ける。

小枝の持ちキャラの鉄号は空中で飛び道具を撃てる為、攻勢に出ながらバッタが出来る。

だから、思ったよりは気が楽だった。

読みや駆け引きを一切無視した試合をした事が無い司記はバッタに対処出来ず、小枝がパーフェクトで勝ってしまった。


「何それ。私、何も出来なかったんだけど。どう言う事?」


司記の声が低い。

明らかに機嫌が悪くなっている。


「ごめんね。舞がこうしろって言うから、仕方なくやってるんだよ」


「小枝、謝らない。司記、こう言う戦い方に反応出来なければ中級者にはなれないよ」


「ぐぬぬ…」


第二ラウンドもピョンピョン跳ね回る小枝の鉄号。

空中の敵を落とすの諦めたのか、途中から司記はガードが多めになって来た。

そうなるとこちらは通常投げで投げ放題になる。


「キィー!」


イライラし始めた司記の暴れに引っ掛かって多少のダメージを受けてしまったが、小枝の圧勝で対戦は終わった。


「司記は投げ抜けの練習が必要ね。じゃ、次は花緒瑠よ」


「正々堂々と戦わない戦法に勝て、と言う事?」


眉間に皺を寄せている司記と交代しながら訊く花緒瑠。


「まぁ、そう言う事になるかな。結果は見ての通り。ちゃんと対処しないと勝てないよ」


ニヤケながら言う舞。

それとは対照的に冷めた表情で口を開く小枝。


「ただし、このバッタはそんなには強くはないのよ。やってる私も全然楽しくないし。対処法を覚えたらすぐに落とせる様になる」


「対処法は後で教えるわ。先ずは体験してみて」


舞の指示に従い、対戦を開始する。

花緒瑠が使うコーティンも、比較的対空が弱い。

でも、ヤザンよりは迎撃性能が良いので、バッタをする方にもそこそこのテクニックが必要となる。

小枝はバッタ戦法に慣れていないので、空中飛び道具をメインにしてみる。


「これは…。確かに手も足も出ない…」


空中からの飛び道具をガードする事しか出来ない花緒瑠。

前ダッシュや無敵技で下を潜ると言う手段を知らない様だ。


「小枝。ガン逃げ」


短く言う舞。

その指示に従い、小枝はバックジャンプ空中飛び道具だけで戦う。

流石にそればかりだと花緒瑠も対応して来て、飛び道具を食らいながらも近付いて来るコーティン。

しかし鉄号には高速で移動するがスキの多い必殺技が有る。

読まれなければ一気に間合いを離せる。

それで画面中央に逃げ、またバックジャンプ空中飛び道具。

体力を奪いに行く行動ではないので、タイムオーバーとなってしまう。

小枝の方は一切触られていないので、パーフェクト勝ち。


「第二ラウンドもそんな感じで」


予想通りの結果だった様で、舞は嬉しそうに言う。

第二ラウンドもパーフェクトタイムオーバー勝ち。


「花緒瑠。勝ちに拘った小枝はどんな感じ?」


「正に手も足も出ない、って感じだわ…」


満足気に頷く舞。


「これに対処出来れば中級者。って事で、次は私ね」


小枝と交代する舞。

舞が選んだのは、軍人キャラのガザル。


「まさか…」


「うふふ。そのまさかよ」


小枝が思った通り、試合が始まると同時にしゃがむ舞の操るガザル。

そのままピクリとも動かない。


「これは、いわゆる待ちガザルよ。これを破るのは中級者でも難しいわよ」


淡々と飛び道具を撃つ舞。

それをジャンプで避けながらガザルに近付いて行く花緒瑠。

もう少しで攻撃の間合いに入る所まで行くと、舞は対空技を放って花緒瑠を吹っ飛ばす。

それを何度も繰り返し、第一ラウンドは花緒瑠の負けで終わった。


「近付けないよー。どうすれば良いの?」


「小枝も言ったけど、この戦法も強い行動じゃないのよ。ただただ面倒臭いだけ。でも勝てる行動では有る」


喋りながら待ち戦法を続ける舞。

読み合いをしていると喋る余裕は無いのだが、これは単調な戦法なので余計な事を考えられるのだ。

それでも花緒瑠はガザルに近付けない。

段々とコーティンの動きが雑になって行く。

見ている小枝もイライラするんだから、やられている花緒瑠もヤキモキしているだろう。


「司記と花緒瑠レベルだと、舞にはまず勝てないわね。やってて楽しくないからする人は少ないけど」


「だから、小枝はそれじゃダメなんだって。自分から行動を制限するクセを消して」


そのまま舞の勝ちで花緒瑠戦が終わる。


「次は司記ね。ヤザンはガザルに有利が取れるらしいから、少しは楽かもね」


「そうなの?」


「動かない相手だと油を塗り放題でしょ?」


「あ、なるほど」


花緒瑠と席の交代をする司記。

いつものんびりしている花緒瑠が歯を食い縛っているので、相当頭に血が上っている様だ。

対処出来ない自分の弱さが負けた原因なので態度には表していないが、思いっ切り顔に出ている。

続いて舞と対戦した司記もあっさりストレート負け。


「ぐおぉー!全然有利じゃないじゃん!くっそー!」


コントローラーを平手でバシバシ叩く司記。


「コラ、叩かない。部に寄贈している形を取ってるけど、コレは私が買った私の物なんだからね。第一、超マナー違反よ」


「分かってるけど!悔しいの!」


拳を握り、怒りで身体を震わせる司記。


「今度叩いたら千円の罰金よ。修理はタダじゃ出来ないんだから。それより、どうやれば勝てるかを考えてる?カロリー消費してる?」


舞がそう言うと、司記は怒りを忘れて顔を上げた。


「おお。試合中は脳みそ超フル回転してた。これは痩せる!」


「確かに!ほっぺたも熱くなってるし、カロリー消費は凄い事になってるかも!」


花緒瑠も自分の頬を撫でながら機嫌を直す。


「私も慣れない事して緊張したわ。ちょっと脇汗パットを交換して来る。小枝、二人の相手をしていて。すぐ戻って来るわ」


「あ、脇汗パッドって手が有ったか!本気で対戦すると汗を掻くから困ってたんだ。明日返すから、ひとつ分けて」


舞に続いて立ち上がる花緒瑠。


「ええ、良いわよ。更衣室が無いからトイレで交換しなきゃならないのが、ちょっとね。小枝と司記も使う?」


鞄から脇汗パッドのお徳用パッグを取り出す舞。


「私はいらないわ。あんまり汗を掻かないから」


「私も良いかな。よし、対戦しよう、小枝。さっきの戦い方の対処法を教えて」


「良いわよ」


2P側に座った小枝は司記との対戦を始める。

対戦数を重ねている間に舞と花緒瑠が帰って来て、対戦の邪魔にならない様に静かにお茶の用意を始める。


「うーん…。対処法を教えれば教える程、バッタもきつくなるなぁ。今まで厄介だと思ってたけど、こんな物なのか」


レバーから手を放し、額に掛かった白髪を手で払う小枝。


「どれどれ」


湯呑みをテーブルに並べながら対戦ノートを確認する舞。

最初の内は小枝が勝っていたのだが、数戦もする内に司記にも勝ち星が付き始めている。


「司記は野生の勘と反射神経が異常だからなぁ。逆に言えば、それでしか戦っていないんだけど」


お茶を啜った舞は、小枝に耳打ちをする。


「バッタだけじゃなく、ガードさせてからの投げを多めに。とにかく嫌らしい攻めを心掛けて」


「そうね。二人は投げ抜けが全然出来ないから、勝率が上がるかも」


「暴れや擦りも混ぜてね。有る程度勝ったらネタばらしもよろしく。私は花緒瑠と対戦動画を見るわ」


窓下ソファーに移動した舞と花緒瑠は二人で肩を寄せ合い、携帯電話で動画を見始めた。

小枝達も、お茶を啜りながら対戦を再開させる。


「んなっ!ふなっ!んぎゃ!」


予想通り、嫌らしい攻めに対応出来ない司記が奇声を上げ始めた。

これも強くない戦法だが、短時間で対処出来る程に弱い戦法でもない。


「卑怯な戦法はいくらでも有るのよ。対処の仕方も単純だから余り使わないけど、選択肢のひとつとしては有り得る戦法よ」


「ぐぬぬ…。お返しに小枝の真似をしてやる!」


その発想は無かったので、小枝は驚いた。

いやしかし、ネット対戦をすると、低PP帯にはこんな戦い方をする人が結構居る。

だから、そんなに珍しい思考ではないのかも知れない。


「司記ぃ。小枝の真似をしても良いけど、基礎も出来てない人がそれをしても私には絶対に勝てないよ」


動画を見ながら言う舞。


「何でよ。動きがワンパターンじゃなければ勝てるんじゃない?動きを読まれなければ良い訳だし」


「あのね、司記。私はネット対戦でそう言う奴等と何百試合もしてるの。で、そう言う奴等に勝つ自信が有る」


「本当に?」


「経験値って奴が私には有る訳ね。その経験値を司記と花緒瑠に稼いで貰う為に、こんな事を小枝にお願いした訳」


頷いた小枝は、舞に続いて説明する。


「つまり、今のままネット対戦に行くと、こんな相手にボロ負けするの。絶対に。今も負けてる訳だし」


「ふむぅ」


唇を尖らし、背凭れに沈む司記。

ゲーセンでの格ゲー経験が有るので、舞と小枝の言う事に心当たりが有る様だ。

理解している様だが、小枝は畳み掛ける様に言葉を続ける。


「だけど、今私がやっている戦い方を真似しても、絶対に強くなれない。勝てない。第一楽しくない。上を目指すのなら単純な真似は止めた方が良いかな」


「分かったよ」


温くなったお茶を飲み干す司記。


「初心者は大人しく言う事を聞きますか。ねぇ、舞。これを普通に倒せたら中級者なのよね?」


「いいえ。倒すんじゃなくて、処理する事ね。その意味が分かったら中級者かな。いや…」


動画から顔を上げ、天井を見ながら言葉を選ぶ舞。


「プラス、反撃が確定する状況、略して反確で、考えるよりも先に指が適切な行動を取ったら中級者と言えるかもね」


「へ?どう言う事?」


「自転車に乗る時と一緒よ。司記、乗れるよね?」


「うん」


「今はもう何も考えずに走って、曲がる事が出来るよね。何年も乗って身体が覚えているから。格ゲーもそれと同じになるの」


「そんな事が出来るの?」


「つまり、対戦を重ねて身体で覚えろって事よ。経験値」


「へいへい。ゲームは楽しいからやりまくれって言われても平気だけどね。小枝、やろう」


「ええ」


それから全員で代わる代わる対戦していると、あっと言う間に部活終わりの時間が来た。

校舎に有る全てのスピーカーからクラシック音楽が流れ始める。

これが鳴ったら、何が有っても下校しなくてはいけない。

全校生徒に聞こえる様に、校庭やグラウンドにも放送されている。


「あー、疲れた。じゃ、またねー」


「お疲れ様でした」


大あくびをしている司記と生ゴミを持った花緒瑠が帰って行く。

小枝と舞は、ガスと電気が完全に止まっているかをチェックしてから部室のドアの鍵を閉める。


「ねぇ、舞。私思ったんだけど、謎の裏口、塞いだ方が良いかも。使わないし」


部室の明かりを落とすと、礼拝堂が真っ暗になる。

礼拝堂の照明器具は故障したまま放置されているので、明かりが点かないのだ。

だから携帯電話の明かりを頼りにして歩く小枝。


「一応つっかえ棒で出入り出来ない様にして有るけど、本気になれば破れると思うんだ。泥棒にあそこが知られたらと思うと、ちょっと怖いわ」


不安そうに言う小枝の後に続く舞も携帯電話の明かりで先を照らす。


「平気でしょう。盗みに入ったとしても取る物は無いし。ゲーム機が有るけど、女子校に盗みに入る奴は金目の物に興味は無いでしょうから」


「どう言う事?金目の物を取らないんじゃ、盗みに入る意味がないんじゃ?」


「あら、意外にガチの箱入りお嬢様。まぁ、だから真っ直ぐな戦いしか出来ずに勝率が低いんだろうけど」


旧校舎に入ると普通に明かりが点いている為、携帯を仕舞う。

他の女生徒達も自分達の部室の戸締りチェックをしている。


「まぁ、防犯については考えて置く。…所で。小枝は、部活楽しい?変な戦い方をさせたから、嫌になったかなぁ?」


舞にしては珍しく伺う様な声色で訊いて来た。


「楽しいよ。自分のやりたい事だけじゃ強くなれないのは知ってるから、舞の考えも理解出来るしね」


「そっか。良かった、分かってくれてて」


安心した舞は、ツインテールを揺らして歩く。

小枝も白髪を靡かせながら歩く。

もう日が沈むのでサングラスも手袋も必要無い。

生徒玄関に着き、靴を履き換える二人。

そして校舎の外に出ると、舞が伸びをした。


「じゃ、帰ったらメールするね。夕御飯が済んだらエンドレスしよう」


エンドレスとは、ネットの向こうの同じ相手と連続で戦うモードの事だ。

小枝の目の事情が有るので長時間は戦えないが、舞とは出来る限り対戦している。


「舞相手にも今日みたいな戦い方をしたら良いのかな?」


「出来る物ならね」


「ふふふ」


そして校門を出た二人は、別々の方向に身体を向ける。

後三十分くらいで夕日が沈んでしまうので、暗くなる前に帰らなければ。


「じゃ、また後で」


「ええ。また後で」

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