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今日も授業が無いので、放課後になると同時に部室に行く舞と小枝。
まだ部活らしい事を何もしていない為、つい気が急いてしまう。
「あれ、ドアが開いてる」
軽く駆け足になって部室に入る舞。
中には三つ編みの少女が居た。
「あ、お先にお邪魔してます。三組の方が早く終わったみたいね」
ジャガイモの皮を剥きながら会釈する花緒瑠。
「何か口の中がカレーになっちゃったんで、待ち切れなくて作り始めちゃいました」
「口の中が、カレー?」
一歩遅れて部室に入った小枝には花緒瑠が何を言ってるのか分からなかったが、舞には理解出来た様だ。
頷いて鞄をテーブル脇に置くツインテール少女。
「ああ、口がそうなっちゃうと他の物が食べられなくなるわよね」
「今日はお二方の分も作っちゃいます。ガスの火力が見たいので。あ、ドアは開けっ放しでお願いします」
ドアを閉めようとしていた小枝は動きを止める。
「換気扇が古くて、ちょっと通気が悪いんです。窓も開かないし」
「そうなんだ。じゃ、ドアを開けっ放しに出来ない季節になる前に何とかしないといけないね」
ドアを全開にした小枝も鞄をテーブル脇に置く。
「解決策は換気扇の交換、になるのかな。お金が掛かりますね」
ジャガイモの皮むきを終えた花緒瑠は、手を休めずにニンジンの皮むきを始めた。
「ま、夏が過ぎるまで平気だから後回しにしましょう。私達はカレーを楽しみにしながらTVの設置をしましょうかね」
腕捲りをする舞。
「うん。あ、花緒瑠、ちょっと水を使わせて。手を洗いたいの」
「はい」
水場から半歩ずれた花緒瑠に礼を言ってから手に付いた日焼け止めを洗い落とす小枝。
授業が有る日なら、ノートがベタベタになるので朝の内に洗い落とすのだが。
昨日ソファーを動かした時、実はクリームのせいで手が滑りそうだったのだ。
それと同じ事が今日起こったら本気でシャレにならない。
手を滑らせてテレビを落としたら、絶対に壊れる。
弁償なら何とかなるが、対戦のお預けを食らう舞が絶望しそうなのが怖い。
「お待たせ。じゃ、やりましょう」
慎重に二人掛かりで箱から液晶テレビを取り出し、ビニールの袋やテープを取り除く。
そして二人掛かりでテレビ台の上に置く。
舞がHDMIケーブルを繋げた後、小枝が耐震シールを張って設置完了。
「よーし、よし。後はこれで…」
まるで禁制品を扱うかの様な表情で鞄から延長コードを引っ張り出す舞。
それにテレビのプラグを差し込み、壁のコンセントに接続する。
「主電源、オン!」
微かな起動音と共に初期設定画面を映すテレビ。
「やった!」
「おー」
拍手する小枝と舞。
花緒瑠もタマネギと包丁を持ったまま拍手の真似をしている。
「あ、テレビにも初期設定が有るのか。面倒だねぇ。まぁ、放送を見る訳じゃないから雑で良いや」
付属の電池をリモコンに入れ、適当に設定を弄る舞。
やる事が無い小枝は、一人取り残された気分になった。
何か出来る事は無いかと周囲を見渡すと、窓下に移動させたソファーの横に置いてある手拭いの束が目に入った。
それを手に取って状態を調べる。
洗えば使えそうではあるのだが、汚れとほつれが目に付く。
やっぱり雑巾にした方が良いか。
有れば便利だし。
「ちょっと教室まで行って、裁縫道具を取ってくるわ」
家庭科実習用の裁縫セットが教室のロッカーに有る。
まだ授業が始まっていないので未開封だが、使っても構わないだろう。
廊下を走ってはいけないので早足で廊下を進む。
そして部室に戻って来ると、舞はゲーム機本体の設定と格闘していた。
口がへの字になってはいるが、順調に前進している様だ。
しかし、付属のコントローラーではなく、スティックのコントローラーで操作している。
扱い難いだろうに、どうして?
ああ、そうか。
付属の方は無線で動くので、充電がされていないのか。
買ったばっかりだし。
花緒瑠の方は、自前のクーラーボックスから豚肉のパックを取り出していた。
「クーラーボックスが有れば冷蔵庫は要らないんじゃ?」
「余ったカレーを保存しようと思ったら、やっぱり冷蔵庫じゃないと。家には持って帰れないし」
花緒瑠がカレーを作り過ぎたせいで、彼女の家ではカレー禁止になっているんだっけ。
「なるほど。余計な事を言ってしまってごめんなさい」
「いいえ」
にっこりと微笑んでから豚肉をまな板に乗せる花緒瑠。
調理も順調の様だ。
舞が座っているソファーの後ろを回った小枝は、床を横断している延長コードに足を引っ掛けない様に気を付けながら窓下ソファーに座る。
そして針仕事を始める。
鍋が煮えるコトコト音と、スティックを操作するカタカタ音と、遠くではしゃぐ少女達の声を聞きながら雑巾を縫う。
暫くすると、カレーの香りが漂って来た。
ついにカレールーが投入された様だ。
まだお昼を食べていないので、お腹の虫が鳴りそう。
と思っていたら、いきなりテレビが大音量を鳴らした。
「どわぁ!うるせぇ!」
慌ててリモコンを持ち、音量を下げる舞。
「びっくりしたぁ」
息を吐きながら言う小枝。
もうちょっとで指に針を刺す所だった。
花緒瑠も驚いた様で、胸を押さえてテレビを見ている。
「ごめんごめん、ミスっちゃった。取り敢えずゲームが出来る様になった、筈。小枝、こっちに来て。操作チェックしよう」
「うん」
取り掛った直後だった三枚目の手拭いを脇に置き、テーブル横のソファーに移動する。
テレビではスピ4のオープニングムービーが流れている。
「まずはトレモかな」
スティック型コントローラーを操作し、トレーニングモード、略してトレモを選ぶ舞。
そしてキャラ選択。
選ばれたキャラは、投げキャラのトルギエフ。
トレーニングが始まる。
前ダッシュ、後ろダッシュ。
飛び込みからの連続技。
弱パンチから弱キックに目押しで繋げ、そこから必殺技に繋げる。
それを数回繰り返す。
最後に立ちコマンド投げ。
「コンボ、完璧ね。舞のメイン?」
「うん。中古だから心配してたけど、コントローラーも普通に使えるね」
トレモを終了させ、オフライン対戦モードに選択し直す舞。
「小枝も練習してみて。コントローラーの具合もチェックね。私は棒立ちしてるから」
「オッケー。私もメインを使うね」
小枝の持ちキャラは鉄号。
ボス的な立ち位置のキャラで強いのだが、攻撃が強烈な代わりに体力が少ないキャラだ。
通常技をキャンセルして必殺技に繋げ、空中に吹っ飛んでいる相手キャラに更に必殺技を当てる。
兄相手に何度も決めている連続技なので、棒立ちのキャラ相手だと問題無く繋がる。
「うん、こっちのコントローラーも大丈夫よ」
「じゃ!記念すべき第一戦。行ってみましょうか」
「うん」
相手を倒し、現在の対戦を素早く終わらせる。
前回選んだキャラが記憶されているので、そのまま再戦するを選ぶ。
カレーの香りが漂う中、本気対戦が始まる。
集中し、無言になる二人。
小枝は攻めキャラ使いなので果敢に近付くが、相手は投げキャラ使いだからコマンド投げでアッサリと投げ飛ばされる。
それだけなら普通なのだが、小枝の攻撃が悉く防御されてダメージを与えられない。
「ほっ、んあっ?…ふっ、…あれ?舞、強いね」
「小枝、PPはどれくらい?」
PPとは、プレイヤーポイントの略だ。
オンライン対戦で勝てば増え、負けると減る。
つまり、このポイントが多ければ多い程強いと言う事になる。
「千台後半、って所かな。オンはあんまりやらないんだけどね。舞は?」
「三千五百をウロウロ、って所かな。これは部室用の攻略本も必要か…」
決着は小枝の負け。
PPが倍の相手は、さすがに強い。
反射神経とコンボ精度は二人とも同程度だが、舞の方が戦い方を心得ている、って感じ。
リザルト画面を見ながら試合の反省をしている小枝を尻目に入口の方に顔を向ける舞。
そこには、やたらと髪の長い子が居た。
スカーフの色が一年生の物なので、入部希望者なのか?
そう判断した舞は、笑顔で立ち上がった。
「何でしょう?」
「カレーの匂いに釣られて来ただけさー。ここは何部?ゲーム部?それとも、料理部?」
まぁ、一見しただけじゃ何部かは分からないわな。
「対戦部よ。貴女、格ゲーに興味は有る?」
「んー。格ゲーかぁ」
部室内を見渡した後、入り口脇のコンロに顔を向ける髪の長い子。
小枝も髪が長いが、それよりももっと長い。
伸ばしているのではなく、伸びるのに任せて放置している、って感じだ。
手入れがされていないので、ウェーブの入り方が少々見苦しい。
そして、背がかなり低い。
身長が低いせいで、長い髪が余計に長く感じるんだろう。
「カレーは何で作ってるの?対戦部って事は、要するにそう言うゲームをする部じゃないの?」
応えるのは花緒瑠。
「私が好きだから作ってるのよ。部とは、一応無関係」
「無関係な事をしても良いの?」
入り口に向かって数歩進んだ舞は、腰に手を当てて微笑む。
「先生に怒られなければね。で、どうする?入部資格は格ゲーが出来る事だけど、やる気が有るんなら、まるっきりの初心者でも構わないわよ」
小枝や花緒瑠の時とは違い、声のトーンを落とした喋り方をする舞。
「私はまるっきりの初心者だけど、カレーを作っても良いから入ったの。後一人入れば部に昇格出来るみたいだから、他に入りたい部が無ければ入ってみたらどう?」
花緒瑠は、そう言いながらコンロの火を小さくする。
後は煮込むだけになったカレー鍋から離れ、生ゴミを片付け始める。
「ふーん…」
再び部室を見渡した髪の長い子は、テレビの画面で目を止めた。
「スピ4はゲーセンで数回やった程度だけど、それでも良いかな」
「あら、やった事が有るのなら大歓迎よ。入部する?」
訊いている舞を無視する形でカレー鍋を覗こうとする髪の長い子。
蓋が閉まっているので中身は見えないが、匂いはかなり美味しそうだ。
「私はカレーを食べられるの?」
「ご飯を自分で用意するのなら、分けてあげるわよ」
花緒瑠の言葉を聞いて心を決めた髪の長い子は、一歩部室の中に入った。
「何か楽しそうだから、この部に入ろうかな。これで全員?先輩とかは居ないの?」
「新設部だから居ないわ。私が部長の剣舞よ。宜しく。入部するなら、ここにサインを」
食器棚から入部届けを出し、ヒラヒラと揺する舞。
「ただし。今は仮入部期間中だけど、ここに名前を書いた時点で正式入部扱いになります。良いかな?」
「えっと、どう言う事?」
鞄からペンを取り出そうとしていた髪の長い少女が動きを止めて首を傾げる。
「仮入部なら辞めますで辞められるけど、正式入部をしてから辞める場合は本人と部長と顧問の先生のサインが要るって事よ」
「ふーん。でも、それはどの部に入っても同じなんでしょ?」
「まぁ、五月になったら全員がそうなるわね。部活は必須だし」
「じゃ入部します。先輩が居ないのは気楽で良いよね!」
黒檀テーブルの上に置かれた書類にサインする髪の長い子。
「一組の子か。えっと、ひさやま、…しき?」
サインを読む舞。
最近は漢字とは無関係な読みの名前も有るので、読みを確認する。
「しきで正解」
「久山司記。オッケー。じゃ、先生にこの書類を出して来るわ。その時点で対戦部は正式な部になります。顧問は川上先生」
サイン済みの入部届けを部員達に見せる舞。
「良いわね?小枝。貴女には事後承諾になっちゃったけど、これで正式入部になるから」
「構わないわ。今の対戦で舞に敵わなかったのが本気で悔しかったから、もっと強くなりたい」
「オッケー。花緒瑠、司記。これから対戦部部員として格ゲーをして貰うけど、覚悟は良い?」
「お手柔らかに」
手を洗いながら頷く花緒瑠。
司記は、同じ事を何度も訊くなよ、って感じで適当に頷いている。
「じゃ、提出して来る。小枝、司記の力量を見る対戦をしてて」
「分かったわ。司記、対戦しましょう。私は殿里小枝。宜しく」
舞が部室を出て行くのと入れ替わりに小枝の隣に座る司記。
「貴女、すっごく目立つって噂になってる二組の子よね。外人さん?」
「いいえ、日本人よ。名前も日本風でしょ?生まれ付き色素が無いからこんな事になってるの」
「へぇ。病気?」
面と向かってこんな事を聞かれたのは初めてだ。
凄く気分が悪いが、陰口を言われるよりはマシか。
「いいえ、健康よ。それよりも対戦しましょう。1Pと2P、どっちが良い?」
「どっちでも」
「なら、舞が座っていた所に。1P側よ。キャラ選択に注意して」
「うん」
埃が舞うくらいの勢いでコントローラーの前に座り直す司記。
そしてスティックを操作してキャラ選択をする。
選んだのはこのゲームの主人公、たかし。
数秒のロードの後、対戦が始まる。
舞が強かったせいか、司記が異様に弱く感じる。
って言うか、どうやって攻めたいかが丸分かりだ。
攻撃を見てからの反撃が余裕な程。
しかも防御が全く出来ていないので、二分も掛らずに小枝の勝ちで試合が終わる。
「小枝、強いね。このゲームで強いのってどれ?」
「このカンフー使いか、ラスボスのこれ、か」
キャラ選択画面で強キャラを教えてあげる。
「ハゲはやだな。じゃ、こっち」
司記はカンフー使いを選び、小枝はキャラ変更無し。
今度の司記は、ただレバーとボタンをガチャガチャと弄っているだけだ。
連続技どころか、必殺技コマンドも知らない様だ。
基礎は出来ている様だが、正直、勝負にならない。
「司記は持ちキャラを選ぶ所から始めた方が良いわね。チャレンジモードで動かし易いキャラを探してみて」
「ちゃれんじもーど?」
「課題形式で必殺技や連続技を練習するモードよ」
対戦モードを終了し、一人用のモードを選ばせる。
チャレンジモードで練習をすれば、見苦しいレバガチャは無くなるだろう。
小枝は窓下ソファーに移り、雑巾縫いの続きをする。
時間が経ち、四枚の雑巾が完成した。
針を片付けながら顔を上げると、花緒瑠もテレビ前のソファーに座って司記のプレイを見ていた。
雑巾を纏めて肘掛けに置き、そちらのソファーに移動する小枝。
「花緒瑠は格ゲーをやった事がないんだっけ。ゲームを全くしない、って事はないよね。対戦部に入ったんだから」
「お父さんがゲームをする人だから、流れでやるくらいかな。パーティゲームとか、アクションの奴とか」
「なら格ゲーも出来るわ。私も似た様な感じだから。最初はキャラの見た目で選んでも良いわよ。それで基本システムを覚えるの」
「見た目でなら気になる人が居るわ。何か、手錠してた人」
「手錠…?あ、コーティンか」
「自分がのんびりしているせいか、こう言うダルそうなキャラが好きかも」
「そう言うの大切だと思う。司記のキャラ選びが一段落したら、次は花緒瑠がコーティンの練習をしてね」
「うん」
花緒瑠が頷くと、不意にチャレンジモードが終わった。
溜息交じりでコントローラーから手を放す司記。
「もう良いや、交代しよう。説明書有る?多分、技表が載ってると思うんだけど」
「えっと、ソフトのパッケージの中に入れっ放しの筈よ」
小枝は立ち上がり、空の段ボール箱の山を探る。
おかしい、どこにも無い。
箱の中に仕舞ったのか?
テレビの箱に入れる訳はないので、ゲーム機本体が入っていた箱を開けてみる。
「ああ、有った有った。はい、どうぞ」
司記にパッケージを渡し、花緒瑠の練習を見学してみる。
必殺技は出るが、連続技が繋がっていない。
動きとしては司記と同レベルか。
ただし基礎が出来ていないので、司記相手でも連敗するだろう。
「ただいまー。生徒会の処理待ちだけど、部に昇格したわよ」
普段と変わらない調子で言う舞。
小枝は両手を広げ、笑顔で迎える。
「おめでとう!だけど、何か問題でも有ったの?」
「ん?どうして?」
「だって、部に昇格したのなら、小躍りして喜びそうなのに。同好会が出来た時がそうだったから」
面食らった風に顎を引いた舞は、口の端を上げながらツインテールの毛先を弄った。
「そうだったね。順調過ぎて、ちょっと怖いってのが有るかな。こう言う時こそ気を引き締めないとね」
電気のコードを跨ぎながら部室を横切り、窓下ソファーに座る舞。
出来上がった雑巾を持ち上げ、出来を確認する様に眺める。
「小枝は裁縫も上手ね。手先が器用なのは素敵。で、花緒瑠と司記はどんな感じ?」
練習に集中している花緒瑠と説明書の技表を睨んでいる司記を順に見た小枝は、十分に言葉を選ぶ。
彼女達のやる気を削ぐ様な事は言えない。
「本人達の言葉通り、初心者ね。まずはCPU戦から始めた方が良いかな」
人との対戦が出来るレベルではない、と言う意味を汲んでくれたのか、舞は頷いた。
「そう。所で、ひとつ確認するけど良いかな。あくまで例え話だから、そのつもりで」
「何?」
小枝も窓下のソファーに座る。
「近い内にインターネットを引くつもりなんだけど、その代金を部員全員でワリカン、って事になったら嫌?」
「え?嫌」
値段を聞く前に速攻で断る司記。
「花緒瑠は?カレーの材料を買えなくなっちゃうかな?」
「そうね。出来れば出費は押さえたいかな。冷蔵庫も買いたいし」
「小枝は?」
「部費の徴収は普通に有るって聞くから、別に構わないわ。でも、どうしたの?部費が出ないの?」
「まだ決まってないから何とも言えない。ただ、出来たばかりで少人数の部に月に数千円も出すかな、と思って」
「そうね…」
「私が全部払っても良いけど、それじゃ不公平よね。どうしようかな…」
雑巾を脇に置き、考え込む舞。
「私達は中学生だからバイトも出来ないし。そもそも、部費で賄えないインターネット回線を引く許可が降りるのかしら」
小枝がそう言うと、舞はツインテールの毛先を指に巻き付ける。
考え事をする時の、もしくは不機嫌な時に出るクセの様だ。
「うーん。そこの所の調整はキチンとしないといけないか。もう一度先生の所に行って来る。花緒瑠と司記はCPU戦でもしていて」
再び部室を出て行く舞。
「部長さんは大変ね。私はカレーに戻るから、司記が練習をして」
「うん」
司記に場所を譲り、コンロの前に立つ花緒瑠。
説明書を置いた司記は、言われた通りにCPU戦を始める。
またやる事が無くなった小枝は、何をしようかと考える。
本棚でも漁ってようか。
立ち上がり、裏蜘蛛倶楽部が残して行った本を適当に開く。
小説や参考書は新し目が多いが、超常現象やオカルトの本は年季が入っている物ばっかりだ。
とか思っていたら舞が帰って来た。
「おかえり。今回は早かったね」
本を棚に戻す小枝。
「うん。やるべき事はやった。後は結果を待つだけ。最悪、ネット無しになるかもだけど、まぁ良いわ」
司記の隣に座り、彼女のプレイを眺める舞。
全員が腰を落ち着けたのを確認した花緒瑠がコンロの火を止める。
「お疲れ様。部に昇格したお祝いに、みんなでカレーを食べましょうか」
クーラーボックスの影に置いてあったバッグから四枚の皿と四本のスプーンを出す花緒瑠。
「あら、人数分のお皿が有るんだ。用意が良いわね」
感心する舞。
花緒瑠は手早く食器をテーブルに並べる。
「部員を四人集めるって言ってたから、一応用意したの。ただ、ご飯は三人分なので、分け分はちょっと少なくなるけど」
「お弁当が有るから、私は少なめでも良いわ」
鞄から弁当箱を出し、窓下のソファーの上に置く小枝。
カレーをご馳走してくれると言われたから出さずにいたのだが、やっぱり出す事にした。
実はカレーの香りのせいで空腹感がヤバかったのだ。
「あ、じゃ、私はお弁当用意してないから、ちょっと多めが良いかな」
ニコニコしながら言う司記。
無邪気なのは可愛いが、遠慮が無さ過ぎる。
何も考えずに発言して敵を作りそうな子だ。
自分の身体的特徴のせいで対人関係に敏感な小枝は、司記が少し心配になる。
「私もお弁当を用意しているから、花緒瑠が作ったカレーがどんな物か分かるくらいの量で良いわ」
脚を組んで言う舞。
こっちはこっちで上から目線だが、彼女の雰囲気には嫌味が無い。
相手のプライドを良い意味で刺激するからだろう。
「うわ、プレッシャー掛けるね。久しぶりのカレー作りだから、そこまでの自信は無いなぁ」
苦笑いしながら円筒形の弁当箱を取り出す花緒瑠。
その蓋を開けると、湯気立つご飯が顔を出した。
二重底になっていて、下の段に熱湯を入れて置くと長時間の保温が出来る物だ。
それを皿に盛って行く。
「私と司記が1ずつで、舞と小枝が0,5ずつで良いかな?」
小枝と舞が頷いたのを確認した花緒瑠は、カレー鍋をコンロから運ぶ。
鍋敷きが無いので、テーブル脇の床に直接置く。
そして蓋を開けると、派手に湯気が広がった。
「この瞬間って、異様にワクワクするよね」
司記の言葉に全員が同意する。
「お口に合えば良いんですけど」
湯気の中、お玉がカレーを掬う。
唾を飲み込みながらその様子を眺める少女達。
「私はこっちで頂くわ」
カレーが装われた皿を持った小枝は、窓下ソファーに移動する。
詰めればひとつのソファーに四人全員が座れるが、ギュウギュウ詰めになるので遠慮したのだ。
盛り付けが完了し、テレビ前ソファーに座る花緒瑠。
「いただきまーす!」
声を揃えて合掌した少女達は、一斉に花緒瑠のカレーを頬張った。
「…美味しい。何これ」
目を丸くする舞。
市販のルーを使った普通のカレーの筈なのに、やたらと口当たりが良い。
辛味が殆ど無いのが気になるが、そんな事はどうでも良いくらい美味しい。
ご飯の方もカレーに合せてあるのか、少し固めで良くカレーと絡む。
どちらかと言えば食事時間が長めの小枝が、あっという間に平らげた。
多めに貰っていた司記も無言でかっ込んでいる。
「これは凄いわ。花緒瑠の家族の方が半年以上も毎日カレーを食べていたって聞いて、良く我慢したなと思っていたんだけど。これは食べられるわ」
小枝の言葉に頷く舞。
「確かに。これは商売になるレベルよ」
「あはは、商売か。良いね。考えた事は無かったけど、商売にしちゃえば毎日作れるのか」
笑いながら空になった皿を置く花緒瑠。
「でも、ここのコンロでも十分にカレーが作れるって事が分かった。私は満足よ」
「それは良かったわ。さて。私と小枝はこっちで対戦しましょうかね。勿論、お弁当を食べてから」
鞄からお弁当箱と二台の携帯ゲーム機を取り出す舞。
「入学式の日にやったゲームね。分かったわ」
「花緒瑠と司記はそっちの奴の練習ね。基本的にそっちがメインだから頑張って」
「ごちそうさま!じゃ、キャラ選び頑張る!」
カレーを食べ終わった司記は、力強くゲップをしてからスティックを持った。




