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3/9

入学直後の一週間は授業が無いので、お昼前に放課後となる。

今日はお弁当を用意してあるので、舞と一緒に鞄を持って旧校舎に向かう。


「お、来てる来てる」


部室のドアを開けた舞が嬉しそうな声を出した。

何事かと思って彼女の後ろから中を覗いてみると、大きいダンボール箱が二個、黒檀テーブルの横に置いて有った。

昨日は無かった物だ。


「何?コレ」


「対戦部に必要な物、テレビとゲーム機よ」


部屋に入り、愛おしそうにダンボール箱を撫でる舞。


「え?買ったの?まだ部費は無い筈じゃ…」


「うん。私のお金で買ったの。昨日の解散後にね。それにはちゃんとした理由が有る」


早口で言う舞。

小枝がどんな反応をするかの予想をしていた様だ。


「小枝はお金に厳しいから、これを買うってなったらワリカンにしようって言うと思うんだ」


「私ならそう言いそうだけど…」


「でもそれじゃあさ。万が一部員が集まらなくて同好会を解散する事になった場合、どっちがこれを引き取るのか、って問題が起こっちゃうのよ」


「あ、そうか。二人でお金を出したら二人の物になっちゃう訳か」


「そう。今の所、これは私の物。部に昇格したら、部費から少しずつ返して貰うか、そのまま寄贈するかを考える」


懐から長財布を出し、細長い紙をヒラヒラさせる舞。


「これがレシートね。今日の買い物で活動記録ノートを買って、それの最初に張って置く」


「分かった」


そのレシートを財布に仕舞い、今日のスケジュールを発表する舞。


「お弁当を食べてからテレビを設置して、数戦くらい試しに対戦。それから買い物。帰って来て時間に余裕が有れば、また対戦。そんな感じで良いかな?」


「良いわよ。ちなみに、何で対戦するの?」


「定番って事で、スピ4よ。やった事有るでしょ?」


「ええ」


スパ4、正式名称スピリットファイター4は、現在のネット対戦人口に限って言えば、世界で一番プレイされている格ゲーだろう。

小枝が兄と対戦する時も、大抵がこのソフトだ。


「じゃ、お弁当を頂きましょう」


「はい」


ソファーに向かい合わせで座り、二人でお弁当を広げる。


「あー、何だかワクワクして来た。早く対戦したいな」


遠足や運動会で広げる昼食の様に上機嫌で食事をする舞。

喜んでいるのは微笑ましいと思うけど、小枝はゲームにそこまでの思い入れは無い。

なので、普通の気分でお弁当をつつく。

舞は本当に格ゲーが好きなんだなぁ、と思いながら食事を進めていたら、部室のドアがノックされた。


「ん?何だろ。はい、どうぞ」


舞が応えると、静かにドアが開いた。


「対戦部の部室はここで良いんでしょうか」


ショートヘアーでおっとりとした顔の女生徒が、部屋の中に視線を這わせながら入って来る。


「入部希望者!?」


物凄い反射速度で立ち上がる舞。

勢いが予想外過ぎて小枝とショートカットの子が揃って驚き、軽い思考停止状態になる。


「え?違うの?」


反応が悪かったのでガッカリする舞。


「舞。落ち着いて。えっと、入部希望の方ですか?」


脊髄反射だけで動いている舞を制した小枝が改めて訊くと、ショートカットの子は姿勢を正す。


「入部特典(仮)有り、初心者優遇、ガス水道付き。との事ですが、入部特典の内容を私が決めても良いんですか?」


ツインテールの少女がコクコクと何度も頷く。


「勿論。ただし、先生に怒られない物に限るけど」


「それは大丈夫です。多分。えっと…」


ショートカットの子は周囲を見渡し、コンロを確認して頷いた。

その行動で横を向いたため、背中に垂れている長い三つ編みが見えた。

ショートカットではなかった様だ。


「実はですね。ガスを使いたいんですよ。カレーを作りたいんです」


「カレー?それなら料理部の方に行かれては…?」


小枝の言葉を遮る目的で黒檀テーブルをノックする舞。


「今は部員を増やすのが先決!」


「あ、そうだった。ごめんなさい」


小枝が謝ると、舞は笑顔を入部希望者に向ける。


「えっと、肝心の格ゲー歴はどれくらい?」


「ゲームの方はまるっきり初心者です。けど、初心者優遇と書かれて有りましたので、特典の為に精一杯頑張ります」


「やる気が有るのならオッケーよ。カレーを作るのは自由だけど、部活動とは関係ないから部費は使えない。それでも良い?」


「勿論そのつもりです。あ、後、食材を保存する用の冷蔵庫も自費で買いたいんですけど、宜しいでしょうか」


「冷蔵庫は部で買うつもりだけど、優先度が低いからかなり後回しになると思う。だから貴女が買っても良いわ」


テレビの代金と同じく、レシートを取って置けば後でお金を貸して貰えるシステムの事を説明する。


「なら、私が買います。他の方も利用しても構いませんが、出来れば私の物として使いたいので。返金も要りません。卒業する時に持って帰ります」


「部員が使っても良いのなら問題無いわ。じゃ、ここに名前と学年を書いて」


空なので一時的に書類置きにしている食器棚から入部希望書を取り出し、黒檀テーブルに置く舞。

それに『綾向路花緒瑠、一年三組』と書き込まれる。


「ありがとう。三組の子か。えーっと、あやむこうじ、かおる?」


「あやむかいじ、です。名前は正解です」


読み間違いを謝った舞は、入部希望書を食器棚に戻す。

それからソファーに戻り、箸を持つ舞。


「で。四月中は仮入部扱いにする決まりだけど、四人目が来たら、今月中であっても正式部員にします。そうしないと部に昇格出来ないから。良いかな?」


「はい。私はカレーが作れるのなら、後は何も気にしません」


「オッケー。私は一年二組の剣舞。よろしく」


「私も二組の殿里小枝。よろしくね」


居住まいを正し、新入部員に対して簡単に自己紹介をする舞と小枝。


「じゃ、花緒瑠。お昼が終わったらテレビを設置して、それから街に買い物に出掛ける予定なんだけど、貴女はどうする?」


訊きながら左手でツインテールを後ろにやる舞。


「買い物って、何を買うんですか?」


「お茶の道具よ。後は湯呑茶碗を洗う洗剤と、布巾、かな」


「なら私も行きます。カレー鍋とかを買いたいので」


小枝と舞は顔を見合わせる。

お互いに眉毛が上がっている。


「そんなにカレーが好きなの?」


訊きながら立ちっ放しの花緒瑠にソファーを進める小枝。

小枝の隣に座った花緒瑠は、前のめりになって拳を作る。


「大好きです!だって美味しいじゃないですか」


「もう入部届けに名前を書いたから言っても良いでしょうけど、カレーが作りたいのなら料理部でも良いんじゃ?」


「それ以前に、自分ちで作ったら?」


小枝の言葉に続いて言う舞。


「実は、家ではカレー禁止になったんです。一人で火を使っても良いって言われてからずっと、毎日カレー作っていたから」


「禁止になるって、どんだけ作ってたの?」


苦笑いで訊く舞に真剣な表情で応える花緒瑠。


「えーっと、十歳の時に、十ヶ月くらい、かな。最後はお父さんがキレちゃって。もうカレーは見たくない!って」


「本当に毎日作ってたらそうなるでしょうねぇ。花緒瑠は平気なの?」


花緒瑠は宙に視線を向け、自分が作ったカレーの味を思い出してウットリする。


「自分でもいつか飽きるかなと思ってたんだけど、飽きなかったなー」


お弁当を食べながら、ふと気付く小枝。


「もしかすると、料理部に行かなかった理由は、カレーだけを作りたいから?料理部だと他の料理も作るだろうから、それを嫌って?」


だけ、を強調して聞くと、花緒瑠は三つ編みを揺らして頷いた。


「うん。カレー同好会を作っても良いかなと思ってたんだけど、火が使える部室が開いてなかったから」


「って事は、花緒瑠が先にこの部屋を見付けていたら危なかったのか」


小枝がそう言うと、舞はお弁当箱の蓋を閉じた。

もう食べ終わったのか。

早食いだなぁ。


「カレー部なら一人でも同好会を始められるでしょうからね。急いで良かったわ」


徐に立ち上がる舞。


「さて。まずはテレビの設置ね。その前に軽く掃除するから、掃除用具を借りて来るわ。二人はそっちの箱を開けてて」


大きい方の箱を指差した舞が部室から出て行ったので、小枝も急いで食べ終わる。


「ごちそうさま」


弁当箱を片付けた小枝は、言われた通りに一メートル四方の真四角な箱を開ける。

中には、また箱が入っていた。

輸送中に動かない様にテープで固定されていて、ゲーム機の写真が大きく印刷されている。

プレイスキル3。

意外にも、こっちの機種でやる様だ。

それを取り出して脇に置くと、その下にも無地のダンボール箱が有った。

大きいので取り出さずに開けると、ステックタイプのコントローラーがふたつ、梱包材と共に入っていた。


「随分と使い込まれているなぁ」


手を置く所の塗装が剥げているコントローラーをテーブルに置くと、ホウキとチリトリを持った舞が帰って来た。


「中古を買ったからね。新品は取り寄せに何日も掛かるから」


「なるほど」


コントローラーの空箱の下にも、またまた箱。

あれ?開ける場所が無いぞ?と思ったら、裸で入っていたテレビ台の天板だった。

簡単な作りだから軽そうだったが、小枝一人では持ち上げられなかった。

なので、花緒瑠と二人掛かりで箱から取り出す。

ホウキを床に置いた舞も途中から手伝い、漸く箱から出されるテレビ台。


「さて。どこにテレビを置くか、だね」


ホウキを持ち直した舞は、部屋をグルリと見渡した。


「ドアを背にすると気が散るって言うから、横向きが良いかな?」


小枝の提案に迷い無く同意する舞。


「となると、食器棚を背にする形になるか。テーブルはそのままで良いけど、ソファーは対戦し易い位置に変えないといけないわね」


部屋の中心に置かれている黒檀テーブルは、ドアに対して垂直に置かれている。

ソファーはその両脇に置かれている為、部屋の横側にテレビを置くと、テレビ側のソファーが邪魔になるのだ。


「これを動かすの?滅茶苦茶重そうだよ?」


校長室に有っても不自然じゃないくらいに造りがしっかりしているソファーの背凭れを撫でる花緒瑠。

かなりの高級品っぽいが、年代物なので売り払っても二束三文程度の価値しかないと思う。


「でもやらなきゃ。そうね。明かり取り窓の真下にでも置いておきましょう」


明かり取り窓はドアの正面、部屋の最奥に有る。


「あそこなら邪魔にならないだろうけど、うーん…」


腕を組んで考え込んだ花緒瑠は、その場にしゃがんで床を撫でた。


「ワックスも塗ってないかー。ソファー動かすのは買い物から帰って来てからで良い?」


「何か考えが有るなら、それでも良いけど…。どうするの?」


舞が訊くと、花緒瑠は四つん這いになってソファーの足元をじっくりと眺め出した。


「重い物を運ぶ時は、下にシーツを敷いて、滑らせる様に運ぶと楽なのよ」


「へぇ。摩擦を減らすのね。なるほどなるほど、生活の知恵って奴ね」


感心する舞。

しかし花緒瑠は立ち上がってから難しい顔をする。


「新品のシーツを買おうかと思ったけど、それは勿体無い。手拭いで代用しようかと思ったけど…」


小枝と舞を交互に見る花緒瑠。


「ちょっと、筋力的に厳しいかな。でも持ち上げて運ぶよりは楽でしょうから、買い物先で手拭いを買おうか」


「分かったわ。ソファーがテレビの邪魔にならなければ良いんだから、中途半端にずらすだけでも良しとしましょう」


そう言った舞は、テレビ台を置く予定の場所をホウキで掃いた。

それからソファーのど真ん中に座り、その場の真正面をTV台の位置とした。

小枝と花緒瑠の二人掛かりでテレビ台をそこに置き、一息吐く。


「テレビの設置は後回しで良いか。じゃ、街に出ましょう」


「あ、ちょっと待って貰っても良いかな。日焼け止めを塗り直すので」


顔と首筋に日焼け止めを塗り、サングラス、手袋を装備する小枝。

そして折りたたみ日傘を鞄から出して準備完了。

その間を利用し、舞と花緒瑠がダンボールの空箱を部屋の隅に追いやる。


「お待たせ。行きましょう」


三人で新校舎の生徒玄関から出て、汗を流す運動部の少女達を見ながら商店街へと向かう。

まだ授業が無いのに、みんな本気で頑張っている。


「旧校舎の玄関から出入り出来る様に、部室に靴を置いておこうかなぁ。この学校、横に長過ぎる」


校門を出た所で、振り向きながら呟く舞。

小枝も振り向く。

学校の歴史から考えれば当然なのだが、旧校舎を中心にしてグラウンドやら新校舎やらが配置されている為、部活中は旧校門から出た方が早く校外に出られる。

新校舎は新校門から入った方が早いので、登校する時はこちらが良いのだが。


「対戦部の部室からなら、礼拝堂から出られれば良いんだけど。あそこは草ボウボウだからキツイよね。用務員さんにお願いすれば、礼拝堂の正面だけでも除草剤を撒いて貰えるかな?」


小枝がそう言うと、舞は肩を竦めた。


「どうかな。でも、礼拝堂の玄関が使えれば、確かに楽かも。機会が有ったら頼んでみるか。自分でやれって言われたらみんなでやろう」


うららかな春の日差しの中、横に並んで坂道を下る三人の女子中学生。

雲が多いので日焼け止めは要らなかったかも知れない。


「そう言えば、どうして本体がプレイスキル3の方なの?格ゲーなら箱△の方じゃないの?舞ならそうすると思ったんだけど」


差している日傘をクルクルと回しながら訊く小枝。


「スティックタイプのコントローラーを即日で二個揃えられた方の本体を買ったからよ。家に有る自分のは箱△版」


「あ、そう言う理由も有るのか。納得」


そんな会話を聞いていた花緒瑠が苦笑いする。


「どうしよう。ゲームの話になると全然付いて行けない」


「大丈夫よ。これから分かる様になれば良いんだから」


「舞の言う通りよ。慌てる必要は無いわ。話は変わるけど、花緒瑠は部室でカレーを作りたいのよね?もしかして、毎日作るつもりなの?」


「勿論!と言いたい所だけど、お小遣いには限界が有るからね。週に一、二回、って所かな」


「材料代をカンパしたら、私と舞も食べても良いのかな」


「材料代は要らないよ。一人前をキッチリと作るのは逆に難しいしね。ただ、ご飯は自分で用意して貰うけど」


「なら炊飯器も買っちゃうか?なんてね。ハハハ」


自分の冗談で笑う舞。

花緒瑠も笑い返す。


「買って貰えるなら有り難いけどね」


そうこうしている内に白い壁が目印の小さな駅に辿り着いた。

田舎なので昭和っぽい風景の駅前商店街だが、商品は最新の物が揃っている。

当たり前だが。

先ずは古くて狭いお茶屋に入り、急須と湯呑み三個を買う。

舞の湯呑みは少し大き目で、茶色でデコボコした奴。

お爺ちゃんが使う様なデザイン、って感じの物だ。

どうして可愛くない物を選んだのか。


「これだと一度にいっぱい淹れられるでしょ?大きいと冷めるのも早いし。私、猫舌って訳じゃないけど、熱々は苦手なのよ」


花緒瑠の湯呑みは、花柄のはんなりとした物。

こちらも少し大き目で、口が広い。


「辛いカレーの時に水が飲み易いでしょう?」


小枝は白地に青い縦線が何本も入った湯呑みを選んだ。

選んだ理由は単純。


「腰のくびれが持ち易そうだからよ。ファーストインプレッションでこれに決めたわ」


お茶っ葉は、安めの奴をひとつ。


「部費が出る様になったらグレードを上げようね」


部員達に発破を掛ける様に言った舞は、お茶用の小物をいくつか買ってからお茶屋を後にした。


「次は金物屋に行っても良い?」


花緒瑠の提案を受け入れ、移動する。

お茶の道具は小枝と舞で分けて持っている。

重くはないが、割れ物が多いので意外に嵩張る。


「体操服を入れるバッグを空にして持って来れば良かったな」


「あー、そうね。学校を出る前にそれを言ってよ、小枝」


「そんな事言われても。今思い付いたんだもん」


そこそこ歩いた先の金物屋に入る三人。

客が一人もおらず、BGM等の物音が無く、しかも怖そうなおじさんが店番をしている店だった。

なので、思わず息を潜める女子中学生三人。

無言で品定めをした花緒瑠は、三徳包丁と金のザルと一口コンロの大きさに合う鍋を買った。

静かに店を出てから満足そうに微笑む花緒瑠。


「何かワクワクして来た!早くカレー作りたい!」


愛おしそうに鍋の箱を抱いている花緒瑠を見て微笑む小枝。


「舞と花緒瑠って似た者同士かも。テンションの上がり方が同じ」


小枝がそう言うと、ツインテールの少女と三つ編みの少女はお互いの顔を見た。


「そんな事無いと思うけど、まぁ良いわ。後は何を買うんだったかな」


不機嫌そうな顔になった舞は、荷物を持ち直した。

他人に似てると言われるのが嫌いらしい。

気を付けよう。


「まな板と、手拭いかな」


応えた花緒瑠を指差す舞。


「あー、手拭いだ。どこに行けば買えるかな」


「百円ショップで良いと思う。ソファーの足全部に噛ませるから、四枚」


「まな板も百円ショップに有るかな?」


「多分有ると思うけど、調理器具はしっかりしたのを買いたいな。長く使う物だし」


「分かったわ。花緒瑠が使う物だもの、花緒瑠が納得行く物を買えば良いよ。小枝は、何か買う物は有る?」


「うーん。お茶受け、くらい?」


「あ、それも要るわね。となると、お煎餅とかを入れて置く器も要るか」


「って言うか、それ以上はもう持てないよ」


持っている湯呑み入りの袋を掲げる小枝。

日傘も持っている為、両手が塞がっている。


「そうね。じゃ、百円ショップで手拭いとノート。適当な店でまな板、お茶受け入れを買って帰りましょう。お菓子はまた明日って事で」


「はーい」


買い物を終えた少女達は、全員が両手に荷物を持って学校に帰る。

途中、ふと思い付いた舞が花緒瑠に顔を向けた。


「あ、冷蔵庫の事だけど、いつ買うつもり?」


「今度の休日に電気屋に行こうと思う。配達先は旧校舎の礼拝堂、で良いのかな?」


「買う前に先生の許可を取ってね。一年二組担任の川上先生。勝手に電気製品を買うと部室取り上げも有るから、絶対よ」


無断で電気使用量を上げると、旧校舎のブレーカーが落ちるんだそうだ。

古い木造校舎なので、電線に負担を掛けると火事が起こる可能性も有るらしい。


「配達先は礼拝堂控室、で届くわ。テレビもそれで届いたから」


「分かった」


「冷蔵庫購入自体は計画として受理されているから、ダメとは言われない筈。部長である私も一緒に行けば確実にオッケーだと思う」


思い出した様にあっと声を上げる舞。


「事後報告になってごめんなさい。私が部長って事になってるの。良いかな?」


「それは構わないわ。発起人だから、普通に部長だと思ってたし」


笑顔で言う小枝。

荷物が多いせいで日傘が斜めになってしまい、顔に当たる日光を防いでいない。

日焼け止めを塗り直していて良かった。


「普通は部になってから部長を決めるんだけど、ウチは最初からテレビがないといけなかったから。部長が居ないと買えなかったのよ」


「何の問題も無いわ」


三つ編みを揺らして頷く花緒瑠。

そして部室に戻った部員達は、全ての荷物をテーブルの上に置いて一息吐いた。


「じゃ、ソファーを動かしましょうかね。花緒瑠、どうすれば良いの?」


腰に手を当てて指示を求める舞。


「えっと。私と舞の二人掛かりで一角だけを持ち上げよう。で、小枝がその足の下に二つ折りの手拭いを敷く。オッケー?」


頷く小枝と舞。

そして力仕事が始まる。

三人共か弱い少女なので手間取ったが、何とか四つの角に手拭いが敷かれる。


「さぁ、いよいよソファーの移動よ。舞と小枝は背凭れ側の角に」


花緒瑠は腰を掛ける側の中心で屈む。


「二人は、片手でソファーの足を支え、もう片方の手で手拭いを引っ張って。後退さる様に引き摺るの。分かった?」


頷く舞。


「手拭いで抵抗を減らして滑らせるのよね。分かったわ」


目的地は、明かり取り窓の真下。


「行くわよー。1、2の3!」


花緒瑠の掛け声と共に踏ん張る三人。

しかし動かない。


「コツを掴めば動きそうだわ。小枝、花緒瑠、もう一度行くわよ」


再び踏ん張る。

加減が分かったので、限界ギリギリレベルで力を込める。

少し動いた、と思ったら、滑る様に動き出した。

小枝と舞は中腰のままソファーを4分の1回転させ、目的地の壁と背凭れを平行にする。

平行になったら、腰を掛ける側に居る花緒瑠が精一杯押す。

そのまま勢いを殺さずバックし、小枝と舞が壁にぶつかる直前で足を止めた。


「うおおぉ…。女子三人でも動くもんだなぁ」


ソファーの前に移動しながら感心する小枝。


「最後は三人で押せば完了。間を置かずにやりましょう」


花緒瑠の両隣で中腰になる小枝と舞。

そして呼吸を合せてソファーを押し、背凭れを壁に付ける。


「はいオッケー。お疲れ!」


一仕事終え、背筋を伸ばす花緒瑠。

小枝と舞は床の上にへたり込んだ。


「力仕事なんか滅多にしないから疲れたよ。ちょっと休憩」


舞に同感な小枝も休憩する。


「一服したら手拭いを取ってね。私は…、そうね。その間に掃除でもしておくわ」


ホウキを持ち、ソファーが元々有った場所に向かう花緒瑠。

長年そこに置かれていたので、かなりの量の埃が積っている。


「生活の知恵って凄いわね。あんなに重い物を引き摺ったのに床に傷が付いていないわ」


床を擦る舞。

その後膝立ちになり、ソファーの足から手拭いを引き抜こうとする。


「さて、さっさと準備を終えて対戦しましょうかね。初心者も居る事だし、早い方が良いでしょう。…ぬ。取れない」


「手伝うわ。…せーのっ」


ソファーを持ち上げてみる小枝。

が、一人の力では全然上がらない。

しかし手拭いに掛かる重量は軽減出来た様で、何とか手拭いは抜き取れた。

そうして四本の手拭いを抜き取る。


「引き摺ったせいでボロボロになっちゃったわね。ヒマな時に雑巾にしちゃいましょう」


四枚の手拭いを纏めて畳んだ小枝は、それをソファーの脇に置く。


「じゃ、お待ち兼ねのテレビ設置を始めましょう」


ウッヒッヒと笑ってテレビの箱を開ける舞。


「んー。新品の電化製品の香り。さぁ、花緒瑠も手伝って。小枝は…、あー!」


いきなり大声を上げた舞は、その場でクルクルと回り出した。

膝が隠れる長さのプリーツスカートが僅かに広がる。


「ど、どうしたの?舞」


突然の奇行に戸惑っている小枝に真剣な表情を向けた舞は、拳法映画等で見る鶴の構えみたいなポーズを取った。


「二人共、コンセントを探して!」


「…あ」


対戦部として一番大事な物の存在を失念していた少女達は、コンセントを探して部屋中を彷徨った。


「見付けた」


本棚と食器棚の間に有る僅かな隙間。

その奥に二個口コンセントが有った。

それを発見した小枝の周りに集まる舞と花緒瑠。

対面の壁に有るテレビ台には確実に届かない。


「…。買って来た物を然るべき場所に仕舞って、今日はお仕舞いにしましょう」


意気消沈して言う舞。

捻りの入ったツインテールが心成しか萎んで見える。


「え?終わるの?また街に行くのはダメなの?」


素朴に訊く花緒瑠。

舞は溜息交じりで食器棚に背を向ける。


「行って帰って来る頃には下校時間になっちゃうから。テレビの設置はまた明日。帰りに私が延長コードを買っておくわ」


腕時計を見る小枝。

数十分位の余裕が有る様に思えるが、ゲームをするには時間が足らないか。


「今日出来なかった分、明日はいっぱい対戦しようね、舞」


「うん…」


小枝が努めて明るく振る舞っても、舞は肩を落としたまま頷くだけだった。

今日はもう何を言っても立ち直る事は無いだろう。

明日を待つしかない。

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