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剣さんが中々帰って来ないので本棚を漁っていると、裏蜘蛛倶楽部の活動記録ノートの束を発見した。
妖しい名前の部活は、三十年以上もの歴史が有る様だ。
最後の部長が十八代目だから計算が合わないと思ったが、一人が二年三年続けて部長をしたり、部員不在の期間が有ったりしているらしい。
本当に空き部屋なら、今がその部員不在の期間中、って訳か。
活動内容にサラッと目を通していると、両手に荷物を持った剣さんが戻って来た。
「ただいま。部室申請通ったわよ。今からここが対戦部の部室です!」
荷物をテーブルに置いた剣さんは、両手を広げて部屋を見渡した。
とても嬉しそうだ。
「おかえりなさい。この部屋の前の持ち主が分かりましたよ」
小枝は使い込まれたノートを剣さんに見せる。
「ふーん。活動記録ノート、か。私も書かないとね」
早々にノートから目を放し、荷物を漁る剣さん。
今はもう無い部活には特に興味が無い様だ。
しかし活動内容を知ってしまった小枝には少々気になる事が有る。
「長い間この部屋の主だった裏蜘蛛倶楽部の活動なんですけど、どうやらこの学校で起こる不思議な現象を調べていたみたいなんです」
「ああ、だからか。部室申請に行った時、先生の顔が引き攣っていた理由は」
「曰く付きの部屋だったんですよ。場所が場所だけに、怖くありませんか?どうしましょう」
「どうもこうも。取り敢えず、お昼御飯にアンパンと牛乳を買って来たんだ。品数が少なくて、これしか無かったの」
購買に行くのがちょっと遅かったわね、と言いながらテーブルにパンを置く剣さん。
「あ、すみません。おいくらですか?」
「オゴリで良いよ。付き合って貰ってるし」
「いいえ、お金だけはキッチリしないといけません。これから長く部活をしようと思っていらっしゃるのなら、尚更」
懐からたまごパンダ柄のガマ口を取り出す小枝。
たまごパンダとは、卵みたいな丸い形をしたパンダのキャラクター商品である。
小学生になってお小遣いを貰う様になった時、入学祝いとして貰った物だ。
可愛いので、とても気に入っている。
「堅苦しいけど、まぁ、一理有るわね。お金のいざこざと食べ物の恨みは怖いって言うしね。じゃ、二百円」
「丁度ですか?」
「色々な物を急いで買ったから正確な値段は分からないの。多いかも知れないし、少ないかも知れない。次から気を付けるわ」
これは面倒臭いから適当に言ってるだけだな。
その態度には不満が有るが、細かい事にゴネるのは空気を悪くするだけだ。
なので百円硬貨を二枚渡す。
「ありがとう。前の部活の事は、今は無視しましょう。ここは私達の部室として受理されたんだから、もう変更は出来ない」
「確かにそうですね。祭壇の裏と言う事を気にしないのなら、ここは最高に居心地の良い部室ですし。ここを放棄するのは勿体無いと思います」
「でしょう?」
硬貨を無造作に制服のポケットに突っ込んだ剣さんはソファーに座る。
「さて。最初の活動を始めましょう。ポスターを作らないといけないの。部員募集のポスター」
「それは大切な事ですね」
「今は同好会だけど、すぐに部に昇格させないといけないの。なぜなら」
大きく開けた口でアンパンを齧る剣さん。
飲み込んでから話を続ける。
「部じゃないと、部費が出ないのよ!」
「なるほど」
小枝も剣さんの対面に座り、上品にアンパンを齧る。
「そしてもうひとつ。部じゃないとネット回線が引けないの。対戦部には必要でしょう?」
ここはお嬢様学校なので、裕福な家の子が珍しく無い。
そう言った子が部活の為にと重い機械を持ち込んだり部室の改造をしたりすると、旧校舎のバランスがとんでもない事になる。
古い木造建築なので、下手をすれば倒壊する。
だから、そう言った事柄の申請にはかなり細かいルールが決められているんだそうだ。
同好会の状態だと、部室改造の許可が下りる可能性はほぼゼロらしい。
「そうですね。強くなる為には、ネットの向こうに居る色々な人と戦わないといけませんよね」
「その通り!部に昇格する条件は、同好会を結成した時の倍の人数を集める事。私達だと、あと二人居ればオッケーって訳」
「昇格条件も緩やかなんですね」
「そうね。でも、格ゲーだからなぁ。最悪、もう二人は頭数でも良いかなと思ってる。私と貴女と言うメインが居る訳だから」
随分と期待されていると感じ、顎を引く小枝。
照れ臭いと同時に重責で緊張する。
「で、人を呼べる様なポスターが必要な訳だけど…。殿里さんは、絵心有る、かな?」
「いえ…。人並み程度、だと自分では思っていますが…」
「そっかぁ。私もそんな感じだよ。どうしようかなぁ…」
牛乳を呷り、アンパンを平らげる剣さん。
食べるのが早い。
「まぁ良いわ。要は気合よ。熱さよ。対戦部だから」
「それはちょっと…。楽しさアピールの方が良いのではないでしょうか。女子校ですし」
小枝のアンパンはまだ半分くらい残っている。
「そうかなぁ。うーん。でもまぁ、そうね。女子校ですもんね。ガチでゲームをする人が居る割合は少ないか」
「はい。そう思います」
「ゲームをする人自体は居る筈だから、楽しくゲームをするタイプの人をターゲットにした方が入部して貰える確率は高いわね」
アンパンを啄みながら頷く小枝。
「頭数になる可能性が高くなるけど、贅沢は言えないか」
空の牛乳パックをテーブルの隅に置いた剣さんは、もうひとつの包みを開けた。
画用紙、絵の具、大き目のメモ帳。
そのメモ帳を開き、何かを書き込んで行く。
「対戦部、って漢字で書こうと思ってたんだけど、楽しさアピールならひらがなの方が良いのかな。こんな感じで」
メモ帳を渡される小枝。
ポップな感じで書かれている『たいせんぶ』の文字。
「はい、とても可愛いと思います」
「ローマ字、だとちょっと違うか」
メモ帳を返すと、ページを捲って再び書き込む剣さん。
今度もポップに『TAISENBU』と書かれている。
「やっぱりダメね。部のイメージと違う」
腕を組んで難しい顔をした剣さんは、そのページを破り捨てた。
「じゃ、タイトルはひらがなで決定。で、中心に格ゲーキャラでも描こうと思ったんだけど」
「ゲームのパッケージみたいにですか?」
「そんな感じ。素人絵でも、分かり易い方が良いかなと思って」
棒人間二人が妖しいダンスを踊っている絵を描く剣さん。
「運動部等でもそんな感じの絵を描いていますね」
小枝が納得した風に言うと、剣さんは白髪の少女を指差した。
「そうそう。で、その脇に部室の位置と活動内容。最後に部のアピールポイントね」
「和気藹々な部、みたいに?」
「うん。殿里さんの時みたいに、入部特典(仮)有り、で行こうかと思うんだけど、どう?」
「(仮)が詐欺臭いんですけど…」
「ですよねー。初心者優遇、じゃ意味不明だし。ガス水道付き、も意味不明か…。何か良いフレーズは無いかな…」
うーんうーんと唸って考え込む剣さん。
その間に昼食を終える小枝。
「お気楽に、とか、のんびりと、とかはどうでしょう」
「別に悪くは無いとは思うけど…。対戦っぽくは、ないかな。人間同士で争う物だから、どうしてものんびりにはならないでしょう」
剣さんは微妙な顔で首を傾げた。
「そうですか…」
曖昧な笑顔の後、無言になる小枝。
そのまま数分程考え込む二人。
この部屋にまでギターの音や演劇の発声練習が聞こえて来る。
古い木造校舎なので、防音が全くなっていない。
「剣さんは、どうして対戦部なんて物を作ろうとしたんですか?」
煮詰まって来たので、ヒントを探る目的で訊く小枝。
「うーんとね。格ゲーってさ、男の世界じゃない?ゲーム自体、男の子向きの物が多いけど、対戦物は特に」
「そうですね」
「だから、女子中学生チームで全国大会に出られたら面白そうかなー、って」
「全国大会に出るつもりなんですか?」
「そうよ。部活だもの、全国を目指すわ」
当然の様に頷く剣さん。
それを見た小枝は、手を横に振って慌てる。
「いやいや、さすがに私のレベルでは無理です」
「無理じゃなくなる様に部活で練習するの。それが部活って物よ。大会に負けるのを前提で練習する野球部員が居る?居ないでしょ?」
「そうですけど…」
「まぁ、そんなに気負わなくても良いわ。目指したからって絶対に出られるとは思っていないし」
どんな名門部だって地方予選で敗退する可能性は有るし、と言いながら脚を組む剣さん。
「目標が全国だから、同好会と部室の申請がすんなり通った、ってのも有る。最初はポスターに目指せ全国!って描こうと思ったんだけど」
メモ帳に視線をやる剣さん。
「それだと熱いでしょう?だからどうしようかなと」
「なるほど。どうしましょうか…」
また無言になると、剣さんは捻りの入ったツインテールを弄り出した。
「これは考えるだけ時間の無駄なパターンだわ。もう全部書いちゃおう」
「全部とは?」
「入部特典(仮)有り、初心者優遇、ガス水道付き、お気楽に、のんびりと、目指すは全国!」
小枝は苦笑いするしかない。
思いっ切り妖しい物件だが、剣さんがそれで良いのなら小枝が口出しする事は無い。
「これで決定しましょう。今日中に仕上げたいから」
画用紙を広げる剣さん。
「殿里さんは部室のチェックをして貰えるかな?雨漏り、隙間風とかの修理が必要な所が無いか。それと、水道、ガスがキチンと使えるかどうか」
「分かりました」
小枝は立ち上がり、正方形な部屋のチェックを始める。
「後、ネット回線をどこに引くかも。壁に穴を開けるから、外に出てみて、良さ気な所が有ったら覚えておいて」
「はい」
古い木造なので隙間風くらいは有って当然だと思ったのだが、それらしい所には防水シートが張られていた。
修繕の跡が新しい。
ふと思い付き、活動記録ノートを開いてみる。
裏蜘蛛倶楽部の最終活動記録は、今年の三月三十一日。
やはり、ついこの間だ。
「どうしたの?」
チェックを中断してノートを開いている小枝を不思議そうに見る剣さん。
「この部屋の前の持ち主は、この部屋をかなり大切に扱っていたみたいですね。修理が必要な部分が見当たりません。こんなメモを残していましたし」
食器棚に残されていたメモを剣さんに渡す。
「この部室は聖地である、か」
メモを一瞥した後、それをテーブルの脇に置く剣さん。
そして下書きを再開させる
「裏蜘蛛倶楽部の新入部員が来たとしても、ここはもう私達の物だわ。裏蜘蛛倶楽部には返さない。まぁ、祝福は有り難く受け取るけど」
殿里さんも気にしないでと言われたので、仕方なくノートを本棚に戻す小枝。
「分かりました。もう存在しない部に気を使ってもキリが有りませんしね。私達も大切に使いましょう」
気持ちを前向きに切り替えた小枝は、部屋の状態確認を続ける。
雨漏りは雨が降らないと分からないので、次は水道が使えるかどうかを確かめよう。
蛇口を捻り、水を手で掬ってみる。
コップが無いので、そうするしかないのだ。
透き通っていて、変な臭いも無い。
先日まで使われていただろうから大丈夫だと確信して口に含んでみる。
サビ等の味は無い。
普通の水道水。
ペッと吐き出し、水を止める。
裏蜘蛛倶楽部の先輩が、春休み前まで通常通り使っていたんだろう。
なら、ガスの方も大丈夫だろう。
コンロに繋がっているホースに孔や裂け目が無いかを確認してから、ガスの元栓を開ける。
暫く待ってみても異臭が無いので、コンロの抓みを捻ってみる。
青白い炎が普通に出た。
すぐに消し、元栓を閉める。
「水道とコンロは問題無く使える様です。これから外に出て外側をチェックします」
「はい、お願い」
画用紙に鉛筆を走らせながら返事をする剣さん。
部室を出た小枝は、静かにマリア像の前に立つ。
校舎へ行く観音開きのドアは、右手側の壁の奥に有る。
それと同じ装飾のドアが正面奥にも有る。
履物を脱ぐスペースが有るので、礼拝堂の玄関だろう。
礼拝堂を縦断してその扉を開くと、一歩先から草がボウボウに生えていた。
年単位で誰かが通った形跡が無い。
裏蜘蛛倶楽部の先輩はここを利用していなかった様だ。
だが、小枝は出なければいけない。
出なければ礼拝堂の外側は見られないから。
しかし足が前に出ない。
草で脚の皮膚を切りそうだし、湿気でスカートが汚れそうだし、虫が絶対に居る。
凄く嫌だが、やっぱり前に進む事にした。
進まなければチェックが終わらない。
紫外線カットのタイツを履いているから大丈夫だと自分に言い聞かせ、サングラスを掛けて太陽の下に出る。
と思ったが、片足を上げたまま動きを止める小枝。
そう言えば上履きのままだ。
外履きに替えるにも、本校舎の生徒玄関まで行かなければならない。
現在位置は生徒玄関の間逆で、校舎全体の端と端の位置に当たる。
軽く二百メートルは歩くから、正直面倒臭い。
うーん、どうしようか。
考えた結果、やはり履き替えた方が良いと言う結論に至った。
靴が汚れるのは別に構わないが、礼拝堂を汚すのは気が引ける。
それに、ポスター描きはまだまだ時間が掛かると思うから、早く帰ってもヒマだろう。
手伝う事が出来ればれば良いのだが、二人で一枚の画用紙に向かうのは不可能なので、小枝は小枝の役割をこなすしかない。
と言う訳で普通校舎に向かう。
そして外履きを持ち、礼拝堂に戻る。
途中ですれ違った生徒が変な顔をして小枝を見たので、またか、とうんざりした。
アルビノがそんなに珍しいか!
と思ったが、実はサングラスを外し忘れていただけだった。
屋内で色眼鏡を掛けていれば、そりゃ後ろ指を指される。
卑屈になるのはいけないな。
必要としてくれている人も居るんだし、その人の期待を裏切らない様にしっかり頑張ろう。
気合を入れてサングラスを指で押し上げた小枝は、礼拝堂の玄関で靴を履き換えた。
そして膝まで伸びている草を踏み分けながら礼拝堂の壁沿いを歩く。
草の影からバッタが飛び出したりして驚いたが、予想していた事なので無心で進む。
歩き難いので時間を掛けて礼拝堂裏まで行くと、すぐに明かり取りの小窓が見付かった。
アレのお陰で部室の位置が手に取る様に分かる。
さて、と一息吐いてから辺りを見渡す小枝。
小窓以外に何にもない、ただの木の壁。
外から見ても、どこに孔を開けて良いのか分からない。
と言うか、どこに開けても変わりが無い。
モデムを置く場所に合せて回線の孔を開ければ良い、かな。
こんな所か。
念の為に木造校舎側の壁もチェックしてみる。
すると、草の影に取っ手が有った。
草を掻き分けながら屈み、それを良く観察してみる。
高さが五十センチくらいしかない扉がそこに有った。
全てが鉄で出来ていて、赤茶色に錆びている。
恐る恐る取っ手を掴み、開けられるかどうかを試みる。
引いてみたら、軋み音と共に開いた。
結構固いので、蝶番も錆びている様だ。
草に日光が遮られているせいで中は暗闇だが、三十センチくらい先に縦線の様な光源が有る。
鉄扉のすぐ正面にまた扉が有り、その隙間から光が漏れている感じ。
位置的には部室の中に繋がっている筈なので、その縦線を目指して手を伸ばしてみる。
思った通りに扉が有り、それはすんなりと開いた。
だから四つん這いになって短いトンネルを進む。
「…何だ、殿里さんか」
顔を上げてみると、剣さんが部室の入り口で震えていた。
白髪少女の顔を確認したツインテール少女は、長く息を吐いて身体の力を抜く。
「曰く有りの部屋って言われてたでしょ?その後で食器棚の裏から物音がしたから、柄にも無く本気で驚いちゃったよ」
袖で額の汗を拭い、ソファーに戻る剣さん。
「ごめんなさい、驚かせちゃって」
部室内に全身を入れた小枝は、立ち膝になって振り向いた。
小枝が顔を出したのは、食器棚の下段スペースだった。
二枚目の扉は棚の扉だったから、軽く押しただけで開いた様だ。
「隠し通路、かな」
前屈みになり、黒檀のテーブルに肘を突く剣さん。
「多分、ただの裏口でしょうね。雑草が伸び放題なので隠れてはいましたが、通常なら外から丸見えでしたから。隠されてはいません」
横座りになった小枝は、外履きを脱ぎながら剣さんの言葉を否定する。
「ただの裏口じゃないでしょうよ。だって、食器棚から出入りする?」
剣さんの疑問に言葉を詰まらせる小枝。
「それは…。それは、裏蜘蛛倶楽部の人にしか分からないのでは…?」
「あはは、そうね。まぁ、部室を使っている内に謎が解けるかも」
「そうですね。ちょっと上履きを取って来ます」
つま先立ちで礼拝堂の出入り口に向かい、上履きを履く小枝。
外履きは玄関部分に置く。
そしてサングラスを外しながら部室に戻る。
「良し、出来た。まずはこんな物かな」
色鉛筆を置き、画用紙を眺める剣さん。
手を掛けた時間が短かったせいか、全体的に雑な出来だ。
中心に描かれている二人のキャラクターは、中途半端な少女漫画みたいな絵柄で戦っている。
「ちょっと見栄えが悪いかなぁ。ま、これで人が来なかったら描き直せば良いでしょう」
「そんな適当で良いんですか?」
「良いのよ。四月中は仮入部期間だから、色々な部に体験入部する人が多いでしょ?そう言う人へアピールする為の物だから、早目に張らないと」
「なるほど。スピード勝負、と言う訳ですね」
「そう言う事。さ、これを貼りに行きましょう」
礼拝堂玄関に置いておいた外履きを持った小枝は、剣さんと共に旧校舎に移動する。
「派手な勧誘は下品だと言う理由で新入生への声掛けが禁止されているから、新入部員はこうした掲示物で募集するしかないのよね」
「え?なら、昨日の剣さんの行動は、厳密に言えばルール違反に当たるのではないでしょうか」
「ただし同好会作成の勧誘はその限りではない。だってさ。派手じゃなければ良いみたい。生徒手帳の校則欄の、部活動に関するなんとか、って所に書いて有るよ」
「あ、そうだったんですか。校則は読んでいませんでした」
「まぁ、普通は読まないわね」
そんな事を喋りながら普通校舎の廊下に入る。
二人の話し声がうわんうわんと反響する。
二人以外の声も反響している。
「こちら側の校舎は、声が良く響きますね」
小枝が小声で言うと、剣さんも小声になった。
「人が居ないと障害物が少なくなるからね。この侘しい感じはちょっと苦手かも。怖くない?」
「ええ。さっきも靴を取りに通りましたが、放課後の校舎は意味も無く緊張してしまいますね」
そして生徒玄関に辿り着く。
「えっと、張れる隙間が無いんですけど…」
自分の下駄箱に外履きを仕舞いながら周囲の壁を見渡す小枝。
部員募集のポスターは、登校時と下校時に必ず目にする様に、生徒玄関前の廊下に張り出される。
部活の数が多いと剣さんに聞いていたが、改めて見ると本当に多い。
壁の方を見ると視界全部にポスターが並んでいる、と言った感じだ。
全てのポスターが同じサイズなので、これにもそう言った決まりが有るんだろう。
「だから急いでいたのよ。今朝より埋まってるわね。こっちこっち」
生徒玄関を背にして廊下を進む剣さん。
「部室使用許可と同時にポスター張り出し許可が貰えるからね。遅いとドンドン端に追いやられるって訳よ」
剣さんの手によって玄関から一番遠い場所にポスターが張られる。
すぐ横は透明なガラス窓なので、本当にギリギリ間に合ったって感じ。
「これで良し、と」
やり遂げたぞと言わんばかりに腰に手を当てる剣さん。
小枝にもその嬉しさが伝わり、一緒になって胸を張る。
「後は入部希望者が来るのを待つだけね。…所で、殿里さん」
自分が色鉛筆で描いたポスターを見詰めている剣さんは、ツインテールの毛先を弄り出した。
「何でしょう?」
「もしも部に昇格出来なかったとしたも、対戦同好会を続けてくれる?」
「ええ。そのつもりです。剣さんが宜しければ、続けさせてください」
「ありがとう。じゃ、さ。名前で呼び合いましょうか。その方が格ゲー仲間って感じがするし。私を舞って呼んでよ、小枝」
「そうですね。分かりました、舞さん」
「さん、は要らないかな。あと、丁寧な言葉使いも止めて欲しいな。距離を取られているみたいで嫌だから」
ギクリとする小枝。
他人と距離を取ってしまう無意識のクセを見抜かれてる?
「今日、私はずっとタメ口だったの、気付いてた?小枝も自然とタメ口になってくれるかな?と思っての事だったんだけど」
ぶどう色の瞳を見詰める舞さんの頬がほんのりと赤い。
彼女に緊張させてしまっていたのか。
小枝は、自分は空気が読める人間だと思っていた。
と言うよりも、身体的特徴から人目を気にする性分になった。
が、彼女みたいに裏表無く近寄って来る人の気持ちは読む事が出来なかった様だ。
そんな人は滅多に居ないんだからしょうがないと思い、素直に反省して彼女の望む通りにする。
「えっと、その、…うん。分かった。これで良いかな、…舞」
呼び捨てにされ、照れ笑いする舞。
「オッケーオッケー。良いよ、小枝。仲良しって感じ。じゃ、今日はこれで解散にしましょう」
「はい、じゃなくて、うん」
「明日は部活に必要な物の買い出しをしに街に出ようと思う。お昼は、お弁当にしましょうか。それとも、外食が良い?」
「そう、ね。お弁当が良いかな。私、日焼け止め臭いので、外食だと他人に迷惑を掛けるの」
兄との会話の様な口調を意識している小枝に顔を近付ける舞。
「あ、それって日焼け止めの匂いなんだ。良い香りだから香水でも付けてるのかと思った」
「学校では臭くない物を使っているの。だけど、長時間外に出る時は紫外線カット率を重視するから、どうしても匂いが。ごめんなさい」
「だから謝らなくても良いって。じゃ、登下校の時はどうしてるの?塗り直し?」
「いいえ。日傘にサングラス、手袋で間に合わせているわ。天気によっては帽子とストールも。全部UVカット仕様」
サングラスを掛けて見せ、すぐに外す小枝。
「部室探しの時も言ったけど、本当はそんなに気を使う必要は無いの。真夏に海に行ってビキニになっても良い。日焼けだけを気を付ければ」
「そうなんだ。まぁ、得の無いリスクに挑戦しても無意味だよね」
「そう言う事」
「じゃ、どうしようか。買い物と言ってもお茶の道具だから、私一人でも良いんだけど」
「折角なので私も行きます。明日もまだ授業が無くて時間が余りそうだし」
「そっか。じゃ、そう言う事で。また明日!」




