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その少女は、教卓を前に仁王立ちをしていた。

背後の黒板には大きく『対戦者求む』と書いてある。


「え、えっと、貴女、何をなさってらっしゃるの?」


妙に言葉使いが良い少女が仁王立ちの少女に話し掛けた。

他の子達は遠巻きに見ているだけなのに、勇気が有る子だ。


「見ての通り、ゲームで遊ぼうとしているんです」


仁王立ちの子が教卓の上に置いてある二台の携帯ゲーム機を指差す。

その拍子でウエーブが掛かっているツインテールが揺れる。


「なるほど。ですが、そう言った物を学校に持ち込むのはどうかと…」


「それは大丈夫。先生の許可は取ってあります。で、貴女は強いんですか?」


挑む様な強い視線を言葉使いの良い子に向ける仁王立ちの子。

その表情は古風なセーラー服に似合っていて、奇妙な力強さを感じさせた。


「え?あ、いえ、私はそう言った物はあまり…。許可を取られているのでしたら問題は有りませんね。では、ごきげんよう」


微妙に引き攣った愛想笑いをした言葉使いの良い子は、そそくさと教室から出て行った。

それを皮切りにしたかの様に他のクラスメイト達も帰って行く。

入学式後のホームルームは終わったし、ゲームをする気も無いからだろう。

ここは歴史と伝統の有る中高一貫の女子校。

通っているのは基本的にお嬢様ばかりだから、ゲームに興味が無いのも仕方ない、と小枝は思う。

仁王立ちの子もそれが分かっているのか、帰って行く子達には目もくれていない。

人が少なくなってざわめきが無くなると、微かに音楽が聞こえて来た。

ゲーム機の電源が入っているのか。

点けっ放しだと電池が切れると思うんだけど…。

あ、そうか、そんなに長い時間を待つ気は無い、って事か。

現に、教室内に残っているのは小枝と彼女を含めて数人しか居ない。

ふと仁王立ちの子と目が合う。

小心者の小枝は反射的に目を逸らし、残っているクラスメイトを見た。

そのクラスメイト達は入学前からの知り合いの様で、仲良く談笑している。

微かに聞こえる会話内容から、ネットの音楽で知り合った趣味仲間らしい。

入学初日から友達が居るのは良い事だ。

そう思ったら、仁王立ちの子が少し可哀そうになった。

好意的に捉えても、彼女の行動は奇行だ。

明日もこんな事をするのなら、クラスメイト達に敬遠されかねない。

そうなったら、中学の3年間、一人ぼっちになる可能性が有る。

この学校は生徒数が少ない為、大きなクラス替えも期待出来ないし。

そんなのはダメだ。

だから小枝は勇気を出して立ち上がり、教卓の前に進む。


「ゲームがやりたいのなら、ゲーセンやネット対戦で良いのでは?ワザワザ教室内でする事もないと思うんですけど」


やんわりと行動を窘めたのに、彼女の顔は喜びの色になる。


「貴女は分かっている人みたいね。一回で良いから対戦しましょう。私はゲームが出来る仲間が欲しいんです」


「仲間、ですか?」


「詳しい話は対戦してから。ね?」


携帯ゲーム機を無理矢理持たされる小枝。


「はぁ…」


画面を見てみると、対戦型格闘ゲーム、略して格ゲーのオープニングムービーが流れていた。

これは確か、世間の評判が残念だった奴か。


「やった事有る?」


「いえ、これは有りません。ゲームは兄の相手をする程度なので、兄が買わなかったゲームは出来ないんですよ」


「お兄さんの相手、か。それでも、必殺技とかのコマンドは有る程度分かりますよね?」


「はい。知っているキャラが居るので何とかなるかと。でも、弱かったらごめんなさい」


「それは気にしないわ。じゃ、始めましょう」


メニューを選び、キャラ選択画面へ。

このゲームはタッグマッチなので、自分が使うキャラを二人選ばなければならない。

小枝は主人公クラスの二人を選んだ。

この二人は、同じ必殺技を使うスタンダードタイプ。

プレイした事の無いゲームでも、一応は戸惑わずに操作出来るだろう。

対戦者である彼女も小枝と同じ二人のキャラを選んだ。

そして、対戦開始。

初めて触る携帯ゲーム機と言う事で操作が思う様に行かず、必要以上に慎重に動く小枝の操作キャラ。

格ゲーはキー操作が忙しいので、思いっ切りやるとボタンを押す度に本体ごと揺れるのだ。

そうなると画面が見難くなるから、静かにボタンを押さなければならない。

そんな感じで激しい戦いは出来なかったが、相手が手加減してくれたのか、それなりの勝負にはなった。

結局は負けたけど。


「ふぅ。楽しかったわ。ありがとう」


携帯ゲーム機を下し、笑む彼女。


「私も面白かったです」


そう応えるや否や、彼女が前のめりになった。


「もっと対戦したいと思わない?強くなりたいとは思わない?」


「え?ええ、まぁ。負けるよりは勝った方がより楽しいとは思いますけど」


小枝の返事を聞き、そうでしょうそうでしょうと言いながら何度も頷く彼女。


「もしも部活に入るアテが無いのなら、対戦部に入らない?」


「タイセンブ?それは、こうしてゲームで対戦をする部活、と言う事ですか?」


「そうよ。楽しそうでしょう?」


「まぁ、ゲームする部活なら面白そうですけど、そんな部活が有るんですか?格式高いこの学校に」


「これから私が作るの」


胸を張る彼女。


「この学校は生徒の自主性を尊重するとか、女性の地位を向上させる為とかで、自由に部活を作る事が出来るのよ」


彼女が言うには、この学校には百以上の部活が有ると言う。

活動内容が被ると生徒会の手が入って合併させられる事も有るが、それでも数は増える一方らしい。


「自由と言っても条件が有って、まずは同好会から始めなければならないの。部活動を行える最低人数を揃えれば、同好会は作れる」


「へぇ…。読書同好会なら一人でも作れる、って事ですか?」


「そう言う事。つまり、対戦同好会なら二人居ればオッケー。でも、ゲームが出来ない人を入れても仕方ないから、こうして待ってたって訳」


この間まで小学生だったからゲームに興味が有る子も居るかと思ったんだけどね、と言いながらゲーム機の電源を切る彼女。

小枝も切る。

すると、完全な静寂に包まれた。

先程まで居た子達はいつの間にか消えていて、教室内には小枝と彼女しか残っていなかった。


「貴女は、あ、えっと、私は剣舞(つるぎまい)。宜しく。貴女は?」


彼女が名乗ったので、小枝は姿勢を正して名乗りを返す。


「私は殿里小枝(とのさとこえだ)です」


そう言えば、名前も知らずに会話していたな。

入学初日だからしょうがないが。


「殿里さん。もし良かったら、対戦部に入ってくれませんか?」


捻りが入ったツインテールを揺らしながら勧誘して来る剣さん。

小枝は少し考える。

入りたい部活が有る訳ではないが、ゲームをする部活に入るのはどうだろう。

ゲームに偏見は無いが、かと言ってゲームが好きと言う訳じゃない。

対戦部って事は、ゲーム全般をする訳じゃないだろうし。

もっと詳しく部活内容を聞いてから判断しようか。

と考えていると、迷っていると思われたのか、剣さんが必死に説得を始めた。


「ゲームするだけだから、そんなに厳しい部じゃないよ?今はまだ考えて無いけど、入部特典も有りますから!」


「特典?」


「うん。例えば、家でも対戦出来る様にゲーム機プレゼント、とか」


「…格ゲーが出来る人は、大体…」


手を(かざ)し、小枝の言葉を遮る剣さん。


「分かってる!ゲーム好きがゲーム機持ってない訳ないもんね。それに、高価な物で釣ると生徒会に怒られるかも知れないから、それは無しで。だから今は考え中なの」


「なるほど。えっと、活動内容ですが、格ゲーだけをする部、って感じですか?」


教卓の上に置いた二台の携帯ゲーム機に視線を下す小枝。

剣さんも頷いた流れで視線を下す。


「そう。格ゲーだけ。格ゲーで強くなる部です」


「分かりました。部に入っても良いかと思いますが、条件が有ります」


「何ですか?」


「ご覧の通り、私はアルビノなんです」


小枝は自分の長い髪を撫でる。

日光の下では黄色にも見える、白髪。

肌も日本人とは思えない程に白い。


「それ自体はゲームには関係無いんですが、目が、ちょっと」


「悪いの?」


小枝の瞳を見詰める剣さん。

知らない人には二度見される、ぶどう色の瞳。


「幸いな事に、目には少しだけ色素が有るらしく、裸眼でも生活出来ます。が、激しい光に弱いので、長時間のゲームは厳しいんです」


「そっかー。まぁ、格ゲーは一試合五分も掛かりませんし、大丈夫じゃない?」


「ええ。ですから、兄とゲームで遊ぶ時は格ゲーが多かったんですよ。そんな私で宜しければ」


活動内容自体は自分の体質に合っているので、笑顔で了承する小枝。


「入部してくれる?ありがとう!詳しい事は明日話すから、ここにサインしてください!」


一枚の紙を教卓の上に置く剣さん。

同好会申請書、と大きく印刷されている。

会作成者の欄には、すでに剣舞と記入されている。

小枝は会員の欄に自分の名前と学年を書けば良い様だ。


「ハイ、ペン」


ボールペンを受け取り、記入する。

殿里小枝、一年二組、と。


「よーし!じゃ、申請して来る!ありがとね、殿里さん!また明日!」


二台の携帯ゲーム機をセーラー服のポケットに無造作な感じで仕舞った剣さんは、猛ダッシュで教室から出て行った。

元気だなぁ。

教室に一人残された小枝は、紫外線対策用の手袋とサングラスをして下校した。

紫外線をカットするタイプのタイツは毎日穿き続けないといけないので、今から夏の到来を憂鬱に思っている。

そして翌日。

登校して教室に入った途端、ツインテールの剣さんが瞳を輝かせながら走り寄って来た。


「殿里さん!同好会発足が認められたわ!」


いきなりだったので目を丸くした小枝だったが、すぐに気を取り直してサングラスを取る。


「おめでとう、剣さん」


微笑んで言うと、頬笑みを返された。


「早速だけど、今日の放課後から部活をしようと思うの。部室探しとポスター作りだけどね」


「ポスター作りは分かりますが、部室探しとは何でしょう?」


「詳しくは部活の時間で」


教室の壁に掛かっている時計を指差す剣さん。

後数分で予鈴が鳴る。

のんびりと立ち話をしているヒマは無い。


「分かりました。では、また後で」


放課後はすぐに来る。

入学二日目なので、授業がまだ無いからだ。

担任の川上先生が教室を後にすると同時に小枝の席の前に立つ剣さん。


「部室探しに行きましょうか」


「はい」


鞄を教室に残し、二人で校舎内を歩く。

この学校は歴史が長いから、木造の旧校舎エリアと、鉄筋の普通校舎エリアに分かれている。

授業は鉄筋の方で行い、文化系の部活は木造の方で行っている様だ。

対戦部は生徒会によって文科系に分類されたので、そっちの部室に入らなければならない。

一枚のプリントを見ながら、そう説明してくれる剣さん。


「部活の数が多いから、部室も殆どが埋まっているのよね」


「そうなんですか。所で、そのプリントは何ですか?」


「昨日の内に生徒会から貰っておいた部室の割り当て表。殿里さんって、紫外線に弱いんだって?席も壁際だし」


入学式直後の席割は、出席番号順になっている事が多いと思う。

しかし小枝の席だけは番号を無視して窓から離されている。

太陽の光に当たらない様に、との特別な配慮からである。


「はい。今も顔と手には日焼け止めクリームを塗ってあります」


「それってどんな感じなの?気を付けないと命に関わる位?」


「いえ、そこまでは」


紫外線の肌ダメージは、若い内は何ともないが、中年くらいからシミ等になって現れて来る。

普通の人ならその程度で済むが、先天的に色素が無い小枝はそれ以上の重大な病気になる可能性が非常に高いらしい。

小枝本人はそれ程警戒してはいないのだが、医者に気を付けろと言われた親の方がとても怖がっているので、だから気を付けているに過ぎない。


「そう。じゃ、やっぱり殿里さんの意見も必要かな。日当たりが良い部室だとダメって事でしょ?」


事情を知った剣さんは、廊下に並ぶ窓の外を見た。

今日は良い天気で、紫外線がたっぷりと降り注いでいる。


「すみません、ご迷惑をおかけして…」


軽く頭を下げる小枝。

日焼けなんか関係無いぜ!って思える性格なら良かったのだが、残念ながら小枝は引っ込み思案だ。

日陰で静かにしている方が性に合っている。


「んー。平気平気。私にも条件みたいなのが有るしね」


余所見をしながら素っ気なく言う剣さん。

小枝は、彼女を横目で見ながら微かに唇を噛む。

この体質は色んな人に迷惑を掛ける。

しかし、大抵の人は気にしないでと言ってくれる。

だけど本心はどうなのかは分からない。

小学生中学年くらいの時、小枝の体調を気に掛けてくれていたクラスの女子が小枝の陰口をしていたのを聞いてしまった事が有る。

自分フィルターを通してマイルドな表現にして覚えているが、太陽に弱いヴァンパイアは棺桶で寝てろキャハハ、的な内容だった。

悲しかったが、反論は出来なかった。

彼女達の気持も分かるから。

腫れ物の様に扱われるのは嫌だが、腫れ物に触る方も嫌だろう。

だから、どうしても卑屈になってしまう。

つい疑ってしまう。

しかし、次のセリフで小枝は驚いた。


「殿里さんのお陰で同好会が作れたしね。貴女が居てくれて良かった」


「私が居て、良かった…?」


思わず立ち止まってしまった小枝に気付かず、先に進み続ける剣さん。


「ちなみに私の条件は、お茶が湧かせられて、冷蔵庫を置けるスペースが有る事かな」


剣さんはプリントを見ながら言っているので、小枝が遅れている事に気付いていない。

と言う事は、何気ない言葉なんだ。

裏表の無い、本心からの言葉。

家族以外に必要とされたのは初めての事なので、凄く嬉しくなってしまった。


「え、えっと、どうして冷蔵庫が必要なんですか?」


嬉しさが声に出ているのを気にしながら剣さんに追い付く小枝。


「格ゲーやってると喉が渇くから。で、お茶ばっかり飲んでると甘い物が欲しくなるでしょ?だから、甘味を入れる冷蔵庫も欲しいなって」


「学校にそんな物を持ち込んでも良いんですか?」


「ちゃんと許可は取ってあります。ちなみに、殿里さんは食べられない物とか有る?アレルギーとか」


「アレルギーは有りません。好き嫌いも有りません」


「あら素敵。私は納豆とかが苦手なのよ」


「納豆は苦手な人、多いですね。匂いがダメとか?」


「匂いと言うか、ネバネバする物がどうにも気持ち悪くて。めかぶとか、とろろとか」


雑談しながら一階廊下の突き当たりに有る両開きの鉄扉を開ける剣さん。

安普請な渡り廊下を挟んだ向こう側に、古めかしい木造校舎が聳え立っていた。

そこへ続く木製ドアを潜るセーラー服の少女二人。


「ここが旧校舎ですか」


キョロキョロと周囲を見渡す小枝。

なんと言うか、夜中に肝試しをしたら風の音だけで腰を抜かせられる雰囲気、って感じ。

今は昼間だし、少女達の話し声や足音があちこちから聞こえて来るから、全く怖くないけど。


「空き部屋はいくつか有るから、適当に回りましょう」


「はい」


最初に入ったのは、かなり広い部屋だった。

雰囲気的には教室だろうが、黒板が無いからただの広い部屋に見える。


「うーん。ここは広過ぎかな。みんなもそう思って遠慮してるのかな」


適当に教室内を歩く剣さん。

机もロッカーも無いので、話し声が壁に反響している。

掃除がされていないせいか、古い木の匂いがちょっと気になる。


「ここはダメね。次に行きましょう」


次に入った部屋は物置だった。

狭過ぎるし、コンセントも無い。

電源が無ければゲームが出来ないので速攻で却下し、次に。


「ここは、殿里さん的にダメかな…」


美術準備室と書かれた札が掛かっているその部屋には、水道とコンセントが有った。

条件的は最高なのだが、壁の一面が大きなガラス窓だった。

外の風景が良く見えるので絵画の練習は捗るだろうが、春でも日焼けしそうな日当たりの良さだった。


「ごめんなさい、これはちょっと…」


「良いのよ、謝らなくても。これだけ眩しいと画面も見えないだろうし。それに、隣もうるさいしね」


腕を組む剣さん。

隣の美術室で、数人の子がエレキギターの練習をしていた。

音楽系の部活らしい。

騒音でゲームに集中出来ないのは明らかだ。

彼女達が悪い訳ではないので、ここは自分達が退散するしかない。

それからも色々な部屋を回ったが、良さそうな所が無かった。


「く…。まともな部屋が美術準備室だけとは…」


一階と二階の間に有る踊り場でしゃがみ込み、プリントを睨み付ける剣さん。

水道が有る部屋が全て埋まっていたのは予想外だった様だ。


「窓に遮光カーテンを張って、防音シートを張るか?でもそれだと夏が地獄か…。クーラー無いもんなぁ。うーん」


「一番最初の教室でも良いんじゃ?水道は無いですけど、水筒とかで代用すれば」


棒立ちで提案してみる小枝。

少し考えた剣さんは、小さく溜息を吐いた。


「そうねぇ…。広い所は複数の部活での共存になる事も有るんだけど、妥協も仕方ないか…。ん?」


何かを発見したのか、プリントに顔を近付ける剣さん。


「ここは何だろう?離れ、かな?ちょっと行ってみよう」


「どこですか?」


「旧校舎の一番奥ね。新校舎から一番遠い所。広い部屋と狭い部屋が有るんだけど、どっちも空き部屋だわ」


一階に降り、廊下を進む。

途中、教室っぽい部屋のひとつから荒々しい大声がした。

ケンカかと思ったが、どうにも言葉運びが拙くてわざとらしい。

歩きながらドアが開いている教室を覗く剣さん。


「演劇部か…。そうよね。広い部屋は、こう言う大所帯が使うべきよね」


呟きながら騒ぎの中心を通り過ぎる。

そして廊下の突き当たり。

ゴシック式と言うのだろうか、外国製っぽい観音開きのドアが二人の少女を待ち構えていた。


「あの…。妙に豪華な装飾がされたドアなんですけど…。入って良いんでしょうか?」


小枝が恐る恐る言うと、剣さんはノブに手を掛けた。


「立ち入り禁止ならどこかにそう書いて有るでしょ」


徐にドアを開ける剣さん。


「開いた。カギが掛かっていないって事は入って良いって事でしょう」


その遠慮の無さが羨ましいと思う反面、ちょっと怖い。

先生に怒られる事になった場合、きっと小枝も連帯責任を被るだろうから。

オドオドしている小枝を残し、開いたドアの向こうに行く剣さん。


「おー。これはこれは…」


剣さんの感嘆がウワンウワンと響いている。

教室より広い空間の様だ。


「ここを部室には出来ないわね。でも、念の為に奥の部屋も見ておきましょう」


踵を鳴らして視界から消えて行く剣さん。


「剣、さん?」


古めかしい木造校舎に一人残されるのは不安なので、小枝もドアを潜る。

中は、木のベンチが沢山並んでいるホールだった。

等身大くらいの聖母像が立っている祭壇が奥に有る。

旧校舎が現役だった時代はミッション系の学校だったんだろうか。

現在は宗教的な行事は無い、筈だ。

そう言った説明は一切無かったし。

ドア近く、最後尾のベンチに歩み寄ってみる。

埃が積もっていて、誰かが座った跡は無い。

大分昔に使われなくなった施設なんだろう。

侘しいが、神々しい空気は失われていない。


「おっほー!ここに決めた!殿里さん!殿里さーん!」


厳かな雰囲気をぶち壊す勢いで正面の祭壇裏から飛び出して来る剣さん。

木の床が軋む音が、とても高い天井に響く。


「部室申請は早い者勝ちだから、早速申請して来る!殿里さん、奥の部屋に行って場所取りしていて!」


「え?ここを部室にするんですか?」


と質問している小枝の声が聞こえていないのか、脇目も振らずに礼拝堂を飛び出して行く剣さん。

本気でここを部室にするらしい。

バチ当たりな気もするが、他に良い場所が無かったんだからしょうがないか。

小枝は従うしかない。


「申し訳有りません。失礼します」


マリア像に一礼してから祭壇裏に回ってみる。

そこには短い廊下と古いドアが有って、そのドアは開けっぱなしになっていた。

剣さんが閉め忘れたのか。

その中は、九畳くらいの正方形な部屋だった。

旧校舎と同じく、床と壁は全て木の板。

正面の壁に明かり取り用の小さな窓が有るが、少々薄暗い。

悪天候時には電気を点けなければ暗闇になって仕舞うだろう。

部屋の中心には、長方形の黒檀テーブルと、それを挟む様に置いてある二脚の長ソファー。

そして、沢山の本が詰まった本棚と、空の食器棚。

ドアの横には水道と使い古された一口コンロが有る。


「へぇ…。秘密基地みたいで、確かに良い部屋」


部屋の中に入り、水道を捻ってみた。

水は出る。

コンロは、ガスの元栓が閉まっている。

火を点けてみようかと思ったが、まだ対戦部の部室になると決まった訳じゃないので止めた。

チェックもせずにガスを使うのは危険だし。

取り敢えずソファーに座ってみる。

窓から差し込んでいる日の光の中で埃が舞う。

学校の中とは思えないくらいに居心地が良い、理想的な部室だと思う。

どうしてこんな部屋が開いているのだろうか。

祭壇の裏だから、常識として遠慮しているのかも知れない。

しかし、礼拝堂と比べれば、埃の量が少ない気がする。

つい最近まで誰かが使っていた様な感じ。

立ち上がり、本棚に近付いてみる小枝。

古い本と新しい本、両方有る。

実は空き部屋じゃありませんでした、って事も有り得るんじゃなかろうか。

手続きミスで空き部屋扱いされていた、とか。

もしもそうなら、(いさか)いになる前にここを出ないといけないな。

視線を動かしていると、本棚の隣に有る食器棚の中に一枚の紙が残されている事に気付いた。

陶器で出来た蜘蛛の置物で重しをされている。

ガラスの開き戸を開け、その紙を観察してみる。

埃は積っていないし、黄ばんでもいない。

なので、紙だけを抓み、慎重に引き抜いてみた。

八本脚が太く短くデフォルメされた造り物とは言え、蜘蛛に触るのは気持ち悪いから。

二つ折りの紙を開くと、こう書かれていた。



『これを読むのは、裏蜘蛛倶楽部の後輩だろうか。それとも、全く無関係な部活の者だろうか。

 どちらにせよ、この部室は聖地である。貴女は先輩達に護られている。

 貴女の活動に幸多からん事を祈る。

                           裏蜘蛛倶楽部 十八代目部長より』

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