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第1章4話.Moonからの依頼

 目を開いたオキナは仄暗い世界の中にいた。目先の上空一面には光が揺らめき、まるで海底から海面の方を見上げたような無数の光がユラユラと動いていた。そして背後から何かに両手両足を掴まれたまま、身動きがとれずに沈んで行く水底には永遠の闇が広がっていた。

 彼はその境界線上に身をゆだね、空気でも水でもない別の物で物質で満たされた何もない世界をただひたすらに浮遊していた。

 あぁまたここか、とうんざりした。いや、どうにかなる物でもないかと1人諦めていたと言うべきか。ここには何も無いし何も出来ない。足掻いても足掻いても変わらないのならば、何もしないのが1番いい。思考を止めて下へ、闇の底へと落ちる。瞳を閉じて潔く眠りを迎える。無駄な事をするより、そっちの方がよっぽどいいと思っていた。

 ふと、閉じた瞼に光が射し込む。それはほんのりと淡い物ではなく、確かな輝きを放っていた。たまらず目を開けると、そこには金色に輝く光の塊が手を伸ばせば届きそうな距離で留まっていた。そういえば最近、どこかで似たような物を見た気がしたが、どこだっただろうか? などと考えつつ、何故かその光に手を伸ばしてみたくなった。

 上げようとした腕は押さえ付けられているいのようにとても重たかった。だがあの光には触れなければならないような気がした、守ってやらなければならないような、そんな気がして仕方なかったのだ。

 ゆっくりと少しずつ腕を伸ばし、動かした指先が光に触れた瞬間、視界の先が全て純白の向こうに消えた。


 ――――ミツケテ――――





 窓の外で小鳥たちが奏でる、つたない音楽が聞こえた。

 ブラインドの間から射してくる細く刻まれた陽射しを目に受けて、オキナは目元をこすり、目覚めた。シーツを退けて起きあがると所々に痛々しい傷跡が残ったままの筋肉質な上半身が現れ、寝ぼけ(まなこ)で四方八方に跳ねた髪をかき欠伸を1つ。

 ベッドから降り、ブラインドの中間を人差し指でへし折ってそこから外の様子を伺った。目の前は灰色がかった別の建物の壁だが、上は青い空に白い雲、下は明るくなった路地裏を子供たちが駆けまわっていた。太陽の位置を確認しようとして真上を見上げたら、空の約半分は占めている大きなMoonの姿まで視界に入ってしまい、覗くのをやめた。

(また、同じだったな……)

 ふとオキナはさっきまで見ていた夢について考え始めた。近頃、似たようなものばかり良く見るようになった。

 それは暗闇に沈んでいき、その中で一際輝く光を見るというものだ。暗闇に沈むような夢なら今まででも何度か体験しているのだが、光を見るようになったのはここ最近だった。

 金色に輝き、太陽のように強く照りつける訳ではなく淡いなりに確かな輝きを放つ光、あれはまるで月だ。それは夢の中へ落ちる度に徐々に自分へと近づき、今日やっと触れる事が出来た。そして何かを聞いた――――気がした。

(まぁ、気にしていても仕方がないか)

 あれこれ考えていても始まらないと思い、オキナはひとまず大きく伸びをしてから部屋を出る事にした。





 豪遊都市ジャルバの中心にある巨大カジノ街から、1番外側に位置する居住区に建っている、とあるマンション。その3階にある303号室にオキナは住んでいた。

 古めかしいコンクリート造りの建物の木材で出来た階段を上り、通路から部屋の中に入ると左手にはリビングがあり、年代物の赤い横長ソファとテレビが向かい合って設置してある。ソファを背にして右手はダイニングキッチンであり、フローリングの床が敷居の代わりになっていた。そしてリビングの奥にある扉の先が、先程まで眠りについていた寝室だ。

 殺風景な部屋の中で唯一テレビ横に置いてある大きな観葉植物だけが、日の光を浴びて青々と輝いている部屋だった。1人暮らしにしては大きいような気もする1LDKである。

 キッチンの隣にある洗面台で顔を洗ってから髪を直したオキナは、リビングの机の上に置いてあるリモコンを手に取り、テレビをつけた。ちなみに、まだ半裸のままである。

 テレビでは相変わらず1日では紹介しきれないほど様々な犯罪についての報道が流れ続けていた。ジャルバではよく見る光景である。

 そういえばとオキナは寝室側の壁にかけられたカレンダーに目を向ける。今日はなんと謎の宇宙船がジャルバの近くに墜落して丁度1ヶ月目だった。宇宙船が墜落してからと言う物の、テレビでは連日連夜その話題で持ち切りだったのだが、半月が過ぎたあたりから事件についての報道は奇妙な程にパッタリと止まってしまった。

 確かあれは、それまでジャルバの警察が敷いた侵入禁止圏のせいで誰も近寄れなかった宇宙船の落下地点に突如、地球政府が介入した時期とほぼ同時だった事を思い出した。地球政府は墜落地点の調査を終えた後、その場所に大規模な施設を高速建築していた。一体何の施設なのか、とジャルバの住人は首を傾げ、テレビでは施設についての様々な見解が飛び交うようになった。

 オキナ自身はというものの、今までと同じように殺し屋としての変わらない日常を過ごしていた。依頼を受け、現場に行って殺し、朝起きれば昨夜に見た奴らの顔と名前がテレビに仲良く並んでいる。トーマス・ディール死亡のニュースだけは宇宙船墜落から1週間後ぐらいに見たような気がするが、それ以外は変わり映えのない毎日。

 ただ1つ、あの夢だけを除いて。

 待てよ、とオキナはある事に気付く。そのいえばあの夢を見始めたのって確か、いっか――――

「ん?」

 思案に耽っていたオキナを我に返したのは机の上にある通信端末だった。端末は軽快な音楽を鳴らしながらホログラム画面を表示する。画面にはミロンの文字が浮かんでいた。

 端末を机の上から拾い上げ、指先で叩いて耳にはめ込んだ。

「おはよう、ミロン」

『お昼近いってのに、な~にがおはようよ』

「切るぞ」

『ちょ! ちょっと待ちなさいよ!!』

 ソファにかかっていた半袖Tシャツに腕を通しつつ、オキナはミロンの冗談を実力行使でねじ伏せようとする。短期決着に持ち込まれては敵わないと、彼女は慌ててそれを阻止した。

「一体何なんだ。起きぬけ1番にお前の声は色んな意味でキツい」

『アンタ最近、前にも増して冷たいんじゃなァい? まぁいいわ。店に来なさい』

「依頼、か?」

 オキナは黒のジーンズに履き代えて白地に黒色の線が何本も引かれたパーカーを羽織る。

 キッチンに向かい、腰の位置ぐらいの高さにある戸棚を引いた。中には錠剤用のケースと無造作に転がった白色の錠剤。薬に手を伸ばそうとしたオキナの表情が曇るが、それはほんの一瞬の事だった。もちろん、ケースの中にも薬はあるのだが、外に転がったいくつかの物の中から2粒選んで口の中に放り込む。

『依頼……依頼って言えば依頼になるのかしら』

「? どういう事だ?」

 ミロンの歯切れの悪い言い方にオキナは違和感を覚えながらも、コップに水を注いで口に含み、薬を流し込んだ。

『と・に・か・く!! 今すぐ来なさい、アンタの年代物バイク使えば1発でしょ』

「いや、歩いて行く」

 つけっぱなしのテレビを消し、玄関の方へと向かう。

『どーして!?』

 ミロンは酷くご立腹なようだ。多分、怒鳴り声が飛んで来るだろうと予想していたオキナは、端末を素早く耳から外して音量を物理的に調節をし、また耳に戻した。

「もう昼近いんだ、何か買ってからそっちに向かう」

 履き慣れた靴の紐をキツく縛って立ち上がり、爪先を軽く地面と打ち合わせて足を馴染ませる。扉に備え付けられたポストの中に何も入っていない事を確認した。

『もう何でもいいから早く来てちょうだいな』

「善処する」

 そういうと通信が切れた。取り外した端末に目を向けると先ほどまでの会話が思い起こされる。

(どうしたんだ? アイツ……)

 様子がおかしい事に疑問を持ったが、会えば分かるだろうとオキナはフードを被って外に出た。





 正午。

 表通りの歓楽街の一郭にあるその店にはネオン管灯で作られた大きな文字で“New Moon”と書かれた看板が掲げられていた。店の外装の色彩も紫や黄といった、派手な町並みの中でもより一層派手な配色であり、明らかに周辺の店よりも目立っていた。いや、目立っているというよりは怪しげな雰囲気と言った表現の方が合っている。外観からでは何屋なのか全く分かった物ではない。

 店へ来る途中で買ってきた食材などが入っている茶色の紙袋を片手に、オキナが店の前で佇んでいた。彼は立ち尽くしたまま看板を見上げ、今から数年前の出来事を思い出す。

 自分には子供の頃に仲の良かった友達、みーちゃんがいた。みーちゃんは自分より少し年上の男の子だったが、いつも遊んでくれた事を覚えている。そんな彼がある時、親の都合でGaiaでは楽園と称されるMoonへ行く事が決まったのだ。1度昇ったら最後、あまりの快適さに永住する事を決めてしまうと噂されていたMoon。当然、彼も二度と帰っては来ないだろうと思った。離れたくはないと泣きじゃくる自分に向かって、彼はこう言った。


『大丈夫、俺は必ず見違えるほど変わって戻ってくるよ!』


 その言葉を信じ、自分はみーちゃんを笑顔でMoonに送り出したのだった。

「はぁ……」

 軽く回想を終えた後、意を決したオキナはフードをとって店の扉を開けた。

 備え付けられていたベルがカランカランと軽い金属音を鳴らした。店の中は木製の壁と机が揃い、入り口の方から見て左側面の壁一面全てが酒とグラスで埋め尽くされていた。店の奥には小さな舞台があり、マイクスタンドが1本立っている。ベルの音に気がついたある人物が酒が陳列されてるショーウィンドーとカウンターの間から手を振った。

「んもぅ、遅いじゃないオキナちゃあ~ん?」

 みーちゃんがMoonに昇ってから数年経ったある日、彼は本当にこのGaiaに舞い戻ってきたのだ。

 筋骨隆々な白い肌とカールした艶のある薄青の髪、たっぷりの口紅を塗った瑞々しい唇と厚塗りのファンデーションで化粧した顔にパッチリとした長い付けマツゲが印象的な碧眼、そして巨大な身の丈に合わせて作られた薄紫色の大きなドレスと右耳だけに三日月型のイヤリングをつけた彼、いや彼女こそMoonに1度行って帰ってきたその人、ミロード・ベイン。通称、ミロン。性別、オカマ。

 見違えるほど変わり過ぎた結果がコレである。

「俺の名前は沖鳴音(オキナオト)だって言ってんだろ? 何度言ったら分かるんだ、お前は」

 ミロンは昔からの知り合いであるにも関わらず、鳴音の事をオキナと好んで呼んだ。何でも、愛称があった方が接しやすいという独自の理論かららしい。さらには自分の事もミロンと呼ぶように強要したのである。自分が相手を呼ぶ事に関しては何の問題もないのだが、自分自身の事となると話は別だ。

 一向に直そうとしないミロンに対し、オキナは訂正するよう苛つきながら答えた。

「だ・か・ら~、オキナオトでしょ? 頭の3文字だけ取ったら、ホラ、オキナちゃん♪」

「一体どう考えたらそんな結論になるんだ? 何か一気に老け込んだ気になるんだよ」

「まぁまぁ、キニシナイの! そんな事より1杯どう?」

 ショーウィンドーの方に向き直り、1つのボトルを手に取ってミロンは微笑みかける。ボトルの大きさは通常の物なのだが、彼女が持つともの凄く小さく見えてしまうのは目の錯覚という事にしておこう。

 ジャルバの住人はカジノや娯楽施設が密集した中心地域を内郭、それ以外の周辺を外郭と呼んでいた。娯楽施設が多いという事は当然バーの数も多い。しかしジャルバには毎年、数え切れないほどの観光客が街の外から押し寄せてくる。内郭に存在するバーだけでは足らないのだ。

 そこで内郭に店を構える事の出来ないバーや酒場は丁度、内郭と外郭の境目あたりに店を出す。内郭で遊び尽くした観光客が外郭付近まで足を運んで落ち着いた雰囲気の店で1杯、なんて事はよくある話だ。

 かく言うこの店、バー・New Moon(ニュームーン)もその1つであり、彼女はオーナー、ママなのである。

「お前まだ昼間だぞ? いくら俺が20を越えて3年経ってるからって、こんな時間から飲むような事はしない」

「アラ、そう? アタシもアンタと2つしか違わないのに、どうしてこうも違うのかしらね~」

「それは単にお前が超絶な酒豪ってだけだろ」

 ミロンは手に取ったボトルを愛でるように撫でて、もとあった場所へと戻した。それと同時にショーウィンドー側にある店の1番奥の扉が開いた。

「ママ~、奥の掃除終わったよ~。次は何す……あ、鳴音さん、こ、こんにちは」

 扉の奥から現れたのは金色の髪をポニーテールにした女の子だった。カラフルな文字がプリントされたTシャツを着ていてその裾を結び、ショートデニムを履いた彼女は手にはモップを持っていた。

 ところどころ服が汚れていたが、オキナの姿を見つけるやいなや、慌てて身なりを整え始めて挨拶をした。

「おう、キャロル。久しぶりだな」

 オキナは片手を上げて挨拶を返した。ちなみにママというのはお気づきのようにミロンの事なのだが、別に血縁でもなんでもない。ただのオーナーと従業員の関係であるのにも関わらず、ミロンが“ママじゃないとダメ!”という訳の分からない理由で現在に至るのだった。

「ありがとうキャロル、丁度良かったわ。今度はここの掃除をお願いしようかしら」

 ミロンは近づいてきたキャロルを褒めて別の役目を与えつつ、チラリとオキナの方に目を向けてウィンクをした。それが何を意味しているのかオキナには理解出来た。

「それじゃアタシとオキナちゃんはちょっと用事があるから奥の部屋に行くわ」

「キャロル、手を出せ」

 ミロンは奥の扉の方へと歩いていき、オキナが紙袋の中を漁りながらそれに続いた。

 何だろうと思いながらもキャロルが手を差し出すと、1つのリンゴが紙袋の中から手渡された。

「あ、ありがとうございます!」

 受け取ったリンゴのように顔を真っ赤にして頭を下げるキャロルに対し、オキナは微笑みかけ、片手を振って扉の中へと入った。

 先を行くミロンが怪訝そうな表情をオキナに向ける。

「なんだ? その顔は」

「別に~、らしくないコトして、どうしちゃったのかしら~と思って」

「来る途中の露店で安く売ってただけだ」

「ハァ……キャロルが可哀想だわ」

「? キャロルは嬉しそうだったぞ?」

「ダメだわこの男、早く何とかしないと……」

 ミロンは両手で顔を押さえて嘆き、1人でブツブツと何か言っている。

 オキナは何がいけなかったのか全く分かっておらず、頭の中に疑問符が増えるばかりだった。

「それでいてアタシには何もないのね」

「お前の分のリンゴもあるんだが、それよりもっとしてほしい事があるだろ?」

 店の奥へ進んでいく2人は、ある扉の前で立ち止まる。他の部屋の扉と違い、その扉だけは良い材木を使った扉だった。

「ンフ♪ そうね、それじゃオキナちゃんにお願いしようかしら」

 扉を開けると中は白壁に囲まれた小さな書斎だった。中心に赤い絨毯が引かれ、すぐそばには大きな書斎用の机があった。その机を囲うように写真や観葉植物などが置かれた木製の戸棚、写真には紫色のロングヘアーに別の衣装を身にまとったミロンが大勢の人と撮った物のようだ。Moonの全体像ポスターが壁に飾ってあり、その他にも使用用途が分からない機械やペナントが同じように飾ってあった。

「相変わらずだな、お前の部屋は」

 ミロンの書斎に足を踏み入れたオキナは周辺を見回して呆れたように言った。部屋の中は整理整頓されてはいるものの、物が多すぎて目が回ってしまいそうだった。腰に両手を当てて、置いてある珍しそうな品物に目を向けていたオキナの後ろで鍵が閉まる音が聞こえた。

「? ミロン?」

 鍵をかけたのはミロンだった。いつまで経ってもこちらを向こうとしない彼女に対し、オキナは訝しげに尋ねる。

「やっと……やっと……やっと」

「ミ、ミロン?」

 小声で言葉を唱え続けるミロンから不穏なオーラがにじみ出始める。あまりの不気味オーラにオキナはたじろぎ、冷や汗を流して後ろへと1歩下がった。

「ま、まさッ!!」

「やっと、2人っきりになれたわね! オ・キ・ナちゃあ~ん!!」

「でぇい!」

「へぶッ!!」

 突如振り返ったミロンは満面の笑みを浮かべてオキナに抱きつこうとした。シルエットだけで見ると、その体格差から熊が青年に襲いかかろうとしている光景になっていた。

 身の危険を感じたオキナは自分の後ろにある書斎用の机に両手を置き、迫り来るオカマの顔面に強烈な蹴りを食らわせる。とっさの判断が分けた勝敗だった。

「何よッ! ちょっと絡みたかっただけなのに、ヒドいわね!」

「馬鹿な事してないでさっさと開けろ」

 足跡がくっきりついた顔を撫でるミロンに対し、怒り心頭に発したオキナが催促するように親指で机の方を指さす。

 ミロンは涙目になりつつも机の上に置いてあった小さな天使像の右翼を下へと押した。すると机の上にホログラムの文字盤が浮かび上がった。

「ちょっとくらいノってくれてもイイじゃない……」

「何か言ったか?」

「ナンデモないわよ!」

 ミロンは文句を口にしながらも淀みない手つきで、その文字盤を操作してゆく。

――声紋照合を行います、お名前をどうぞ――

 天使像から音声が聞こえ、その口から小型のマイクが飛び出して彼女の方に向けた。コホン、とミロンは咳払いを1つ。

秋田(あきた)御戸斎(みとのさい)

――照合完了。おかえりなさいませ、(マスター)――

 実はミロード・ベインという名はバーで使っているただの源氏名であり、本名は秋田御戸斎という名前なのだ。何ともまぁ古き良き時代を重んじたような名前である。さらには今までの明るい声とは打って変わって、その口から発せられたのはもの凄い重低音である。心なしか決め顔もしていた。

 あまりの変化にオキナは吹き出すのを必死に抑えている。

 マイクが引っ込んだと思ったら自動的に机が2つに割れ、地下への隠し通路が現れた。下の方は暗くて何も見えない。

「あ~……この声紋照合がお前じゃなきゃ絶対ダメだなってのが再確認できたよ」

「んも~、アタシはイジられるよりイジり倒す方が好きなの! だから名前でイジるのはやめてちょうだい! とにかく、行きましょ」

 ミロンは体をクネらせながら地下通路へと先に入っていく。2人が中に入ると彼女は壁のある1ヶ所を触って反転させ、現れたボタンを押した。すると頭上の入り口が閉まり、木材とも石材とも違う素材で作られた白い扉が光り輝いて横に開いた。

 扉の向こうの部屋には大小様々なモニターが所狭しと並び、それぞれが何かのグラフや波形を表示していた。地面には機械の部品と何本ものコードがモニターに繋がれており、歩くのもままならない状態だった。部屋の隅には彼女の趣味である、大きくて煌びやかなドレスコレクションが幾つも並んでいた。

 ミロンはモニター前の回転椅子に座り、足を組んでオキナの方に向き直し、微笑んだ。これが彼女の持つもう一つの顔、依頼人と殺し屋の仲介人、サポートのプロフェッショナル、情報統制のスペシャリスト、情報屋ミロード・ベイン。

 オキナは扉から部屋の中に1歩入り、足下に紙袋を置く。ミロンを正面に見てすぐ近くの壁にもたれかかって腕を組んだ。

「さてと……1ヶ月前、覚えてるわよね?」

「!」

 忘れるはずがないとオキナは頷いた。

 1ヶ月前、それはこのジャルバに謎の宇宙船が飛来してきた日だ。厄介な事に印象に根強く残りすぎて、今でも当時の光景から始まる肌に感じた風の冷たさ、草の燃えた焦げ臭さ、その他五感諸々に関する感覚を鮮明に思い出す事が出来てしまうほどだった。

 アレが一体何だったのか、ジャルバの住人たちは知らない。知る由もない。当然、オキナ自身も何が何なのかさっぱりだった。

 普段のオキナならば面倒事を避けるため自分から積極的に物事に首を突っ込む、なんて事はしない性格をしているのだが、今回は訳が違う。あの宇宙船が気になって仕方ないのだ。

 その理由は突然介入してきた地球政府が何かを隠そうとしているから、だと思っていた。そう自分に言い聞かせていた。だがそう言い聞かせても、胸騒ぎが収まる事はなかった。それどころか日に日に増していくばかりなのだ、その胸騒ぎというやつは。

「Moonからの飛来物落下後、半日という異例の早さでジャルバ警察に侵入禁止圏を敷かせるよう命じた地球政府はそれから半月後、落下地点を訪れて正体不明の施設を建造した」

 ミロンはここ1ヶ月の発展を説明しつつ、椅子を回転させて片手でモニター前のキーボードを叩いた。すると中心に集められた大きな四つのモニターに、四方向から撮った施設の映像が映し出された。

 屋上や施設へ唯一出入り出来る扉を地球政府軍の武装兵が固めている。なんとも物々しい雰囲気である。

「マスコミに対しては沈黙の一点張り。本部に問い合わせた猛者もいたそうだケド、相手にされなかったそうよ」

 ミロンは両手を上げて肩をすくめる。

 そこまで情報規制が激しいという事は、それだけ外部に漏らしたくない情報があの宇宙船に積まれていたのか、それとも本当に何か積まれていた(・・・・・・・・)かのどちらかだ。

「ハッキングは?」

「地球政府のサーバーはアタシの絹のような柔肌みたいにペラッペラファイアウォールだからカ・ン・タ・ン♪」

 ミロンは産毛一本無いツルツルの腕を見せつけて指でなぞってみせるが、そんなものは見たくないとオキナは顔ごと目を背けてアピールする。当人はその行為をやる事自体に満足しているので、こちらの反応などハナから求めていないのだが。

「でもダメだったワ。サーバーには何も無し。この施設自体のサーバーにも入ってみたケド……」

「けど、なんだ?」

 椅子を回転させ、肘掛けに肘をついて体の前で指を組んだミロンは困ったような表情をしている。あまり見ない表情(かお)だ。

「施設自体には難なくよ。でも、一部の場所だけ超高度なプロテクトがかけられていて突破出来なかったワ。しかもアタシにもブチ抜けないような精巧で難解なプロテクト、優等生お坊っちゃん(地球政府プロテクト)とは根本的に違う。外部から仕掛けられた物よ」

 ミロンは悔しそうに爪を噛んだ。普段から飄々とした態度が多かったのもあるのだが、これはこれで新鮮味がある。

 しかし彼女ほどの腕利きでも解けないとなると、これは相当大切な代物が入っていそうな気がしてきた。

 オキナはあの宇宙船の中身に俄然、興味が沸き始めていた。しかしそれと同時に、何故自分が呼び出されたのかを思い出した。

「ハッキングの方は分かった。それで、俺への依頼は何だ? 誰を殺してほしい?」

 そう、オキナは殺し屋。ある時は個人的に、ある時は大企業の総意としてミロンを介して依頼を受け、人を殺して報酬を得ている職業である。用心棒とは対をなす存在で、陰謀渦巻くジャルバでは天職と言っても過言じゃなかった。

 そしてミロンは依頼人を繋ぎ留める仲介人兼、情報屋だ。今日の天気からサーバーのハッキング、ジャルバ全店の開店時間からターゲットの一日のスケジュールまで全てお見通しという、外見も然る事ながら中身も何気に凄まじいスーパー超人である。自分なんかよりコイツの方がよっぽど殺し屋に向いてるんじゃないか、とさえオキナが思うほどなのだ。

「それがぁ~……ねぇ?」

 通信端末で話していた時と同じ反応だ。どこか歯切れの悪い物言い、ぎこちない動き。

 訝しげにしているオキナをよそに、ミロンはゆっくりとデスクの引き出しを開け、中から書類の束を取り出した。それが今回の依頼内容が載った紙だと思い、手を伸ばした瞬間だった。

「なんだって……がっ!?」

「オキナちゃん!」

 突然、オキナの視界がグニャリと歪み、足に力が入らなくなって倒れそうになった。

 間一髪、近くにいて反応も早かったミロンがオキナの両脇を抱えて何とか倒れるのを防いだ。糸の切れた人形のように手足には力が無く、小刻みに痙攣している。

「アンタ、アタシのあげた薬、朝夕とちゃんと飲んでる?」

「あ……ぁ、今朝も、飲んで……きた」

 体の痙攣は治まる気配は無く、呼吸も意識して行わないと出来ないほど荒くなっていた。身体全体に嫌な汗をかき、服に張り付いて気持ちが悪かった。

「とうとうアタシの薬でも効かなくなってきたみたいね。何とかしないと……」

 それから少しして体の痙攣は治まり、汗も引いた。呼吸も次第に自然に行えるまでに回復していった。

「いや、お前はよくやってくれてるよ。ありがとな゛ッ!?」

「アラ、可愛い♪」

 語尾が上擦ってしまったが、これは先程の症状がまた現れたという訳ではなく、ただ支えていたミロンが接触しているのをいいことに、オキナの尻に手を伸ばしたのが原因だった。しかも触れ合っている体の面積も、気付かれないよう地味に増やしつつあるのだ。いつの間にかほぼ密着状態、なんて事も少なくはない。

 その不気味という言葉が一番似合う顔面が間近に迫り、絶妙な手つきで体をまさぐっている事にオキナは0度以下の悪寒を覚える。

 力の戻ったオキナにミロンのドデカい顔面横がすぐさま殴り飛ばされたのは言うまでもない。彼女の持っていた依頼書類だけが宙を舞った。

「んもぅ! 痛いじゃない!!」

「前言を撤回する。今すぐ死んでくれ、この変態野郎」

「アタシは野郎じゃなくてオ・カ・マ! そこんトコ間違えんじゃないわよ」

 ミロンは女性のように両足を合わせ、片手を地面について頬を撫でながら訳の分からない所を訂正した。

 構図的にシリアス映画のワンシーンっぽいのだが、ヒロイン役の図体がデカ過ぎてアクション映画でよく見る、正義のヒーローに倒されかけた悪役にしか見えない。

 そんなミロンを軽蔑と殺意の眼差しで見下したオキナは、宙をヒラヒラと舞い落ちてくる資料を掴んでその内容を確かめた。書類には細かな文字がビッシリと並んでおり、読むのにも一苦労しそうだった。

「決行時刻は今夜0時過ぎ、場所は――――!」

「そう……ここよ」

 殴られた左頬を擦りつつ、椅子に座り直したミロンが指さしたのは先程からずっとモニターに映っていた施設。あの宇宙船の墜落地点に建てられた地球政府の施設だった。

 オキナは彼女が何故、最初にこの施設の映像を出し、話を始めたのか疑問に思っていたが、それがやっと理解できた。だが、ここでまた新たな疑問が浮上する。

「依頼人は誰なんだ?」

 殺し屋の仕事は人を殺す事。しかもそれは、誰かにとって都合の悪い誰かを殺す事だ。自ずとターゲットは政府要人や事件の重要参考人、果てには殺し屋(どうぎょうしゃ)なんて場合もある。つまりはターゲットが一般人である事はまずないのだ。

 だが今回、指定された場所である地球政府施設には、そのような重要な人物が来ているという情報は一切無い。何故なら、毎日飽きもせずに様々な事件を放送し続けるテレビニュースで、それに関係する報道など何一つ見あたらなかったからだ。名の知れた人物が来ているのであれば、その人物についての報道が1つや2つ流れていてもおかしくはない。

 そこで注目するのが依頼人の方である。依頼したのが誰なのか、どこの企業なのかが分かれば、後はその依頼人にとって邪魔な奴を絞り、情報収集と状況整理だけで答えは導き出せるのだ。

 いつもなら手元の資料にその依頼人の名前なり企業なりが書いてあるはずなのだが、今回だけ何故か空欄のままだったため、オキナはミロンに問いただした。

「ん~……言わなきゃダメぇ?」

 人差し指を顎に当てて回転椅子を左右に動かしているミロンが、上目遣いと猫撫で声のコンボでやんわり拒否権を発動させる。

 依頼の話となると急に歯切れ悪くなる原因が、もしやここにあるのでは、とオキナは考えた。もしそうならば引く訳にはいかない、もっとも引く気もない。

「右頬も腫れさせたくなければな」

 不気味さMAXの強烈コンボも物ともせず、物理的な一撃KOを狙おうとするオキナは両手をポキポキと交互に鳴らす。そんな笑みの裏に阿修羅像を隠し持ったかのようなオーラを放ちつつ、笑顔で詰め寄った。

 あまりの気迫に流石のミロンも大量の冷や汗を流し、両手を上げてすぐさま降参の意志を表した。大きく息を吸い込んで溜息1つ。

「――――Moon政府よ」

「!!」

 こればかりは心底驚いた。

 Gaiaに地球政府という統治機構があるように、Moonにも同じような政府が存在すると言われていた。大昔ではGaiaとMoonは同等の立場にあってその均衡は保たなければならない、と言われてきたのだが、今ではその力関係のバランスも崩れ、Moonの方が格上だという認識が強まってきている。そこにはMoonで作られた独自の政府の力が関与していたとの噂が流れていたのだが、その存在を確認する事は出来ず、幻の政府とまで言われていたものだった。

 あるはずがないと言われていた機関からの依頼。もしこれが悪戯だったならばミロンの技で簡単にバレてしまうのだが、彼女はその事について何も言わない。ということは、その依頼はしかるべき場所から送られてきているという事なのだ。

「だがどうやって依頼が来たんだ? まさか直接連絡が来た訳じゃないだろ」

「アタシの可愛い坊や(メインコンピューター)に逆ハッキングを仕掛けてきたのよ。流石はMoonの技術ね、侵入に1分も掛からなかった。情報を送るのとほぼ同時にMoon側からまたファイアウォールを構築、なんとか解析できたのが発信元がMoonの中枢からだって事だけだったワ」

 肩をすくめてお手上げ状態を表すミロン。

 今更ながら気付いた事なのだが目の下のくまを隠すため、いつもより厚く化粧を塗っているようだ。昨夜に起こったのであろう電子戦に負けたのだ、肉体的に加えて精神的にもボロボロの疲労困憊なのだろう。

 口では絶対に言わないが、オキナは彼女の奮闘を心の中で労った。

「でもそれだけじゃ政府からだという確証にはならないだろ」

「それは送られてきた情報源を見れば一発よ」

 ミロンは回転椅子で遊ばせていた体を足で止め、淀みない手つきでキーボードを操作していく。真っ暗になった中心のモニターをオキナは注目した。


 ――ヒメヲミツケヨ――


 暗い画面から浮き出る様にゆっくりと現れたその文字列は、最初の1つが現れると同時に部屋にあった全てのモニター画面全体を文字列で埋め尽くしていった。するとコンピューターに取り付けられたスピーカーから警告音が鳴り響いた。

 あまりにも甲高い音だったので聞き慣れていないオキナは驚くが、ミロンの方は平然としている。

「これをこのまま放っておくとアタシの可愛い坊や(メインコンピューター)がクラッシュしてしまうの。並大抵の輩には任せる気はないという防犯対策ね。フフフ……今こそ! 雪辱を遂げる時!」

 ミロンは昨夜のリベンジを果たすべく鬼神の如きオーラをその身にまとい、目を輝かせて再度キーボードを叩き始める。心なしか風もないのに薄青の長髪が逆立ち始めているように見えるのだが、多分気のせいである。というか一度戦ってるのだから勝って当たり前だと思った。

「フォオオオオオオ!!」

 奇声を上げながらの作業はまさに化け物以外の何者でもないのだが、腕は確かであり、現にスピーカーからの警告音は止み、画面を埋め尽くしていた文字が消えて正常に作動し始めたのだ。

「これで! 終わりヨオォォッ!!」

 最初に表示された画面に一文だけが残り、ポーズを決めてからミロンはエンターキーを押した。

 すると上下に盾のような枠の中に上を向いた三日月の中心を1本の線が貫いている絵が現れる。それは紛れもない、Moonの紋章だった。紋章には証明書と同じような役割があり、他人が偽造出来ないよう表面上からは分からない何層ものプログラムが仕込んである。その情報量は並大抵のコンピューターなら紋章を扱う前に即フリーズと言った所だ。

 故にこの依頼は正真正銘、Moonからの物だと言う事になり、発信元のMoon中枢と掛け合わせても答えはMoon政府しかないのだ。

「ア、アタシの手にかかれば、こ、こんなもんよ」

「はいはいお疲れさん」

「アン、冷たいッ!」

 実力を誇示したいミロンがモニターの前に立ってみせるが、邪魔だと言わんばかりにオキナに片手でどかされてしまう。

 流石に冷たすぎると思ったのか一応、労いの言葉はかけておく。込められた気持ちは0%。

「…………」

 オキナは黙ったままモニターを見つめた。

 ヒメヲミツケヨ、姫を見つけよ? それが何かの暗号なのか、はたまた文章自体に意味は無いのか。考えても始まらないと思った瞬間だった。


 ――――ミツケテ――――


「アラ、どうしたの?」

「――なんでもない」

 オキナの脳裏に今朝の夢の中で聞いた声がよぎる。

 まるで月明かりに照らされた夜風のように淀みなく透き通った声。それが今になって思い出されてしまうのだ。

 何の関係は無い、そう決めつけて自分の頭の中にふと思い出された声をかき消す。そう、関係あるはずないのだ。

「でだ。俺は何をすればいい?こんなんで分かるはずないだろ」

 手元にある資料を呆れ返った様子でミロンに向けて振り、詳細な情報を伝えるよう催促する。

 何故ならその資料には最も重要な、ターゲットの詳細が載っていなかったからだ。

 書いてあるのは座標、依頼遂行場所から考えてあの地球政府施設内のとある一室なのは間違いないのだろうが、それだけではなんの納得もいかない。何をどうすればいいのか、一番肝心な所が抜けている事に憤りを感じていた。

「ふぅ、口ごもっても結局言っちゃうんだから意味ない……か。これ、見なさい」

 流石に三度目となればどんな馬鹿でも賢くはなる。殴られてから言うより殴られる前に言う方が賢明というものだ。

 しかしミロンは殴られた時に若干だが嬉しそうな顔をするのだが、それは構ってもらえたから嬉しいというだけであり、彼女がMだからという事実は全く存在していない、多分。

 ミロンは溜息を吐きつつもキーボードを操作していく。モニターに映し出された地球政府施設の映像が真上から撮った物に映り変わり、次に骨組みだけの構造図へと変化した。引いていたカメラが除々に近づき、透明になった施設内の通路を縫うように進んでいく。そして最終的にたどり着いた場所は施設の中心部に位置する円状の巨大な一室だった。

「その座標の位置はこの部屋よ。この部屋の中心にある……ある物を取ってきてほしい」

「ある物って?」

「――――不明よ」

 流石に堪忍袋の緒が切れたのか、オキナは資料を床に投げ捨てて踵を返し、出入り口の開閉ボタンを押した。

「オキナちゃん!」

 行かせはしまいとミロンが即座に呼び止める。彼女の反応が早かったのは、こうなる事が予測出来たからだった。

 一歩踏み出すかしないかの所でオキナの動きが止まる。

 階段上の入り口の隙間から入り込んだ微かな風が部屋の中へと流れ込んだ。

「ミロン、俺は何だ?」

 振り向かずオキナは問いかける。

「ふぅ……殺し屋よ」

 この問いもミロンは想定していた。溜息を混じらせつつもありのままを答える。

「そう、俺は殺し屋だ。便利な何でも屋じゃない」

 つまりオキナが言いたいのは殺し以外の仕事はしない、という事だった。しかも取ってくる物が何か分からないだなんてのはありなかった。コチラ側のリスクがあまりにも大きすぎるのだ。

 振り返ったオキナは自分の胸に親指を突き立てて、改めて自分自身の存在がどういった物なのかを主張する。その瞳の奥の炎は人殺しの血で薄汚れてはいたものの、プライドという材料を燃料にしてギラギラと燃え盛っていた。

「ツクヨミ」

「――っ――!」

 無言のまま睨み合いを続けていた二人だが、ミロンの放った一言でオキナの表情が一変する。その言葉は以前、トーマス・ディールを殺害する際にも尋ねた言葉だった。

「依頼内容を黙ってた事は謝る、地球政府の施設に潜り込むのも無謀極まりなし、ましてや奪還物が不明だなんて論外。ケド、アンタにはそれでもやらなきゃならない事があるんでしょ?」

「――この富裕層の集まるGaiaの豪遊都市ジャルバなら何かしらの情報は得られると思ったんだかな」

 オキナが開閉ボタンを離して扉を閉める。真剣な面持ちだったミロンの表情が、ひとまずは出ていく事はなくなっただろうと安堵の表情になって溜息を吐いた。

「膨大な情報を保有しているMoonのデーターベースなら、何かツクヨミについて分かるかもしれない。大丈夫♪ そこはアタシが直接かけあってみるから!」

「ふぅ、頼んだぞ?」

 いいように言い包められてしまったようにも思ったが、それもまたミロンのなせる技なのだろう。

 呆れると同時に苦笑いもしたオキナは投げ捨てた資料を拾い上げ、再度中身に目を通す。しかしその目の動きがある一点で止まってしまった。

「おいミロン」

「なぁに、オキナちゃん?」

「なんで条件欄に死者を出すなって書いてある?」

 オキナはミロンの目の前まで行き、資料の一部分を指差して突き出した。

 あろうことかMoon政府は地球政府関係の人間に危害を加えるなとの条件を提示してきたのである。依頼において障害の有無は依頼自体の成功率に関わると言っても過言ではない。

 オキナの場合、障害があったとしても排除さえすれば何の問題もないのだが、どうやら今回はそれもダメらしい。ハイリスクにも程があった。

「もし殺しといてオキナちゃんが捕まったとする。そうなった場合、依頼元がどこなのかなんて割れるのは時間の問題だから、Moon政府が殺人を依頼したとして大問題に発展。政府のお偉いさん方は責任をとってGaiaへ追放……なんて事にはなりたくないからなんじゃない?」

「俺は捕まらないし、口も割らない。勿論、お前の事もだ。結局は保身のためか、くだらないな」

「アタシの事も守ってくれるのはキュンときて痺れちゃうケド、依頼人の命令は絶対よ。そっちも守って頂戴、ね?」

 ミロンは両手を合わせてウィンクしてみせるが、全然可愛くない。逆に気色悪い。

「…………」

 正直に言ってしまうとオキナは、こんな危険な依頼は受けたくないと思っていた。第一、殺しをしない殺し屋がどの世界にいるのだろうか。これでは本当に何でも屋――――

「オキナちゃあ~ん、ツ・ク・ヨ・ミ♪」

 煮え切らないオキナにミロンが最期の一撃を浴びせる。

「あ~もう! 分かったよ! その代り、ちゃんとツクヨミに関する情報を掴めよ!! いいな!!」

 乱暴に資料を丸めて懐にしまったオキナは、ミロンを指さして念を押した。何か腑に落ちないと思いつつもも扉の方へと歩いていき、置いてあった紙袋を持って開閉ボタンに手をかけた。

「まっかせなさぁ~い♪ それじゃ、お願いね~♪」

 椅子に座ったまま足を組んだミロンがオキナに向かって手を振る。

 そんなミロンの方を一度も振り返らずに、オキナは外に出て扉を閉めた。閉まった扉にもたれかかり、彼は眉間にしわを寄せ、紙袋の中をあさり始める。

「リンゴで済ませときゃ……良かったかな」

後悔先に立たずと思いながらも、オキナは取り出したその真っ赤なリンゴを恨めしそうに見て、かじりついた。

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