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第1章2話.ある“物”の記憶《データ》

 初めて見た世界は一面、黄金に輝いていました。その視界の中で無数の気泡が、下から上へと昇っていくのが見えたのです。

 私は身体を動かしましたが手は何もつかめず、足は何も触れられませんでした。声を出してみようとも思ったけど、それすら叶いませんでした。

 それからすぐに声が聞こえました。

「バイタルサイン、オールグリーンです」

「精神グラフも非常に安定しています」

 私の前で会話をしている人がいました。姿は見えなかったけど、近くに居ることだけは分かりました。話している内容は知らない事ばかりで、理解が出来ません。

 しかし、不思議とその会話を聞くのが私は好きでした。その中でも1番、好きな声がありました。

「君は……一体、何を考えているんだい?」

 彼の声だ、私はそう思いました。返事する事の出来ない私に言葉を投げかけてくれる人はほとんどいませんでしたが、彼はいつも話しかけてきてくれたのです。

 しわがれていて柔らかい物腰で話す彼の口調には、優しさと信念の強さを感じました。彼の強い気持ちを感じ、私は彼の事が好きになりました。もし彼が許してくれるのであれば、彼に1日中話しかけていてほしいとさえ思いました。

「さぁ、案外何も考えてないかもしれませんよ?」

 すぐ近くで別の声、こちらのは彼と違って若々しさを感じる声でした。

「そんな事はないと思うぞ。彼女にも、夢を見る権利は与えられているのだからな」

 内容を理解する事は出来ませんでしたが、彼は庇ってくれたのだと思うのです。私はそれがたまらなく嬉しかった。一言でいい、お礼が言いたいと願いましたが、やはりそれは不可能な事でした。

「そんなまさか。だってコレはバイ――――」

 私の意識はここで途切れ、意識は深く深くへと落ちていきました。



★☆★☆★



「――――のむ――――だ」

「――をあけ――――くれ」

 声が聞こえた気がしました。多分、彼の声。だけど、その声は酷く不鮮明でした。

「おね――だ。うご――――――れ」

 段々と鮮明になってくる彼の声に答えたくて、私は意識を引き上げて目を開けました。

 瞬間、視界に映る全てが赤黒くなっていました。壁は剥がれ落ちて天井は崩れかけ、あちこちに真っ赤な何かがユラユラと揺れ動いているのが見えました。それは轟々と音を立てながら、熱を放っていたのです。そして、けたたましい警報音と赤い光が部屋を1色に染め上げていました。

 私はいつも目覚める場所とは違う所にいて、誰かに抱きかかえられていました。

 手足が自由に動いて物に触る事が出来る、ここが外なのだと少しして理解しました。ゆっくり見上げると、そこには白い服を所々黒く汚し、服と同じ色の髪と髭を生やした人が息を切らしているのが分かりました。

 その人が私を見てニッコリと微笑むのです。

「よかった! 起きてくれたんだな」

 彼だ、声を聞いて私はそう確信しました。

 ずっとお話したかった人、1度でいいから感謝したかった人。触れる事の出来る今しかない、そう思って手を伸ばし、言葉を紡ごうとしましたが、やっぱり声は出ませんでした。

「博士、早くしてください!」

 部屋の出入り口付近にもう1人、若い声の人が急かすように言っているのが聞こえました。

 ハカセ……そうか、貴方の名前はハカセっていうのですね。

 ハカセは私の意識を確認すると床へと降ろし、その両腕で私を抱きしめてくれました。精一杯の力で、強く。

「いいかい? よく聞くんだ」

 ハカセは私を抱きしめたまま耳元で囁きました。その声は優しくも張りつめていました。

 近くでまた天井が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。ユラユラと蠢いている赤い何かも、さっきよりこちら側に迫って来ているように思えました。

「ここはもうダメなんだ」

――――え?

 ハカセは抱きしめるのを止め、私の両肩に手を置いて話し始めました。

「この場所は奴らに知られてしまった。だからもうここにはいられない、君は逃げるんだ」

 それじゃあ、ハカセも一緒に。

 言葉にする事は出来ませんでしたが、動く事なら出来る。

 立ち上がろうとする彼の白い服の裾を私は掴み、首を横に振ることによって1人で逃げるのを拒む意志を示しました。彼は驚いた様子で私の顔を見て、またしゃがみ込みました。言いたい事を悟ってくれたのか、彼は微笑みかけるのですが、その目はどこか悲しい物をしていました。

「残念だけど、私は君と一緒には行けない。行け、ないんだ」

 そう言っている最中、ハカセの額から赤い色をした液体が流れてきていました。

 私はそれをぬぐってあげるのですが、次々に溢れてくるのです。液体に触る姿を見て、彼がふっと笑ったように思えました。

「!」

 突然、大きな音が響きました。何かが弾けたような音が、部屋の出入り口の方から聞こえました。

 ハカセが急いで振り返り、私もその横から顔を出して何が起きたのかを確認しようとしました。しかし、そこには何もありませんでした。文字通り、何も無く、誰もいませんでした。ついさっきまで出入り口の所にいた若い声の人の姿が消えていて、その代わりに部屋の外には横たわった足がみ――

「駄目だ!」

 私の視界が突然暗くなる。ハカセがその大きな腕で私の両目を覆っていました。

 あまりにも力が強かったので、放してもらうよう腕に触りました。そして気がついたんです、彼は震えていました。何故、そんなにも震えているのか分かりませんでした。

 私にはまだ理解出来ない事ばかりある。その全てをこの人に教えてもらいたいと思っていました。

 だけど、最期は唐突にやってきたのです。

「いたぞ! こっちだッ!」

「!!」

 多くの足音、聞きなれない声、私を引き寄せて強く抱きしめるハカセ、さっきと同じ何かが弾ける音、1つ、2つ、3つ、4つ――――

 いくつかの音が弾けた後、腕の力を緩めた彼は両手を地面につけました。私の右目の下にポタッと何かが1滴、落ちるのを感じました。手で触れてみると、それはあの赤い液体でした。

「近くにいるはずだッ、探せ!!」

 それからすぐ足音は遠くなっていきました。ハカセは両腕で身体を支えていましたが、その姿には力が無くユラユラと揺れてました。

「こ、こまで……か」

 ハカセのしわがれた声がさらに弱々しくなっていくのが分かりました。

「君に、ひと……1つだけ伝えなけ、ればならない事が、ごふっ……あ、る」

 口から赤い液体を吐き出しながらも、彼は言葉を繋げていく。

 すると今度は左目の下に何かが落ちてきました。彼の目からこぼれたソレは色がなく、透き通っていました。

 もう喋るのを止めてほしかった。そんな悲しい顔を私は見たくなかった。あれほどずっと話したいと思っていたのに、今止めなければ何か、いけないような気がして仕方がなかったのです。

 だけど、私には彼を止める術が無い。

「君、は1人、じゃ……ない。ぐぅッ! 世界には…………君と同じッ、仲間がいる。生き……ろ、その人とと、も……に」

 私のすぐ横に頭が落ちる。ハカセはそのまま動かなくなりました。

 私は腕をどかし、すぐそばに座り込みました。どうしたのかと考えを巡らせ、彼の身体に触ると耳から警報音が遠くなっていくのが分かりました。

 私は出ない声で語りかけました。



ハカセ――――ハカセ――――


 私は服を掴んで揺すってみました。それでも彼は動きません。


ドウシテネテルノ? ココハキケンナンデショウ? アブナイヨ。


 私は指先で軽く叩いてみました。それでも彼は動きません。


ネェ、ハカセ。イッショニニゲヨウヨ。ネェ、ハカセ!


 私は両手で強く叩いてみました。それでも彼は動……かない。


ハカセ、オキテ。


 彼は動かない。


ハカセ、メヲサマシテ。


 彼は動かない。


ハカセ、ワラッテ。


 彼は動かない。


ハカセ――――ハカセ――――ハカ――――――



『ああアあ゛あアあああァぁァあぁぁア゛ぁぁぁァぁぁ゛ぁぁぁアああ゛アああアアあぁああァアアッ!!!』

 私の中で何かが崩れさっていく。

 とても簡単な事だ、その言葉はすでに学習していたし、意味も文字の羅列としてなら記憶していた。だけど、それがどういったモノなのか、どういった現象なのかは理解していなかった。そしてたった今、理解してしまった。生命の“死”を。

 生きとし生ける者全てに訪れるモノ。決して逃れる事の出来ないモノ。生命活動の停止。別れ。

 目の前の現象を表した言葉が私の頭の中に浮かんでは消えていく。もう一生会えない、ハカセは“死”んだんだ。

 それを理解した途端、声が聞こえた。人の声とは言い難い、得体の知れない叫び声。それが自分の物だと認知するのに数秒の時間を要した。

 何だ、出るんじゃないか。もっと早く出す事が出来ていれば、彼を止める事が出来た。死なせずにすんだ!

 そう考えると、外傷が無いのに身体はキシキシと痛み、胸の辺りが苦しくなった。

 遠くから複数の足音が近づいてくるのが分かった。多分、ハカセを死なせた奴らだ。ハカセを、殺した奴らだ。

 部屋の出入り口に頭から足までを1枚の布で覆い、色とりどりの服を着た人たちが現れ、黒く細長い物体を構える。私はゆっくりと立ち上がった。

「いたぞ! ターゲット発見、至急応援をよこせ!!」

「動けなくするだけでいい、破壊はするな! よし、撃て!」

 また弾ける音。私の身体に強い衝撃が走り、後ろへもっていかれそうになるが踏みとどまり、倒れる事はない。それに何も感じない。痛みを、感じない。

 通常、攻撃を受ければ痛みは感じる物だと教わっていたが、私にはその感覚が無かった。それよりも身体の内側の方が痛かった。

 ハカセは奴らに知られてしまったと言った。それは多分、目の前にいる人たちの事だ。こんな事になったのは奴らのせいだ。私は奴らを睨みつけた。

「ひいぃッ!」

「ちぃ、化け物め!!」

 私の姿を見たある人は顔に恐怖の色を浮かべて腰を抜かし、ある人は蔑みの眼差しで焦りの表情をしていた。

何故、そのような事を言われなければならないのか理解出来ない。私は、皆と一緒ではないのだろうか。

 足を踏みだそうとしたその時、何かが倒れる音が聞こえた。そちらの方に顔を向けると、銀色をした箱のような物が倒れ、地面には透明な破片が散らばっていた。その破片に、私は自分の姿を見た。

 ボロ布1枚を着て、その隙間から見える穴の空いた身体、そこから流れ出る赤い液体、半分しかない長い髪、黄金に輝く瞳、そして肌色と銀色の2つ分かれた顔。

――これが私なのか? いや違う、私は、私は皆と同じ人で……ッ!

「応援は何をしている!!」

 出入り口にいる1人が声を張り上げる。その声が混乱しかけていた私を我に返してくれた。心を落ち着かせ、彼らの姿を視界に入れる。

 数は3。1人は意識を失い倒れ、1人は壁を背にして震え、最後の1人だけがまだ私を警戒していた。奴さえなんとかすれば……。


――――ニゲナキャ。


 ハカセが言った事を思い出した。実行しなくては。

 身体に空いていた穴はいつの間にか消えてなくなり、私は姿勢を低くして出入り口へと静かに走り出す。身体が動く、まるで重さを感じないほどに。

『クヒ……ハハハハハハハハハハハハ!』

「ちぃ!」

 こちらを気にしていた奴が懐から黒くて小さい物体を取り出し、向かってくる私にそれを構える。

 それが何なのか、たとえ形状が違っていても理解出来た。ハカセを殺したのと同じ物だ。

 音が弾ける。黒い物から銀色で小さな弾が放たれるのが、私には見えたていた。身体を少し傾けて避け、速度を変えないでただひたすらに進む。

「もう覚えやがったか!!」

 2発、3発と続けざまに放たれる銀弾を私は紙一重で避け、唯一の抜け道である出入り口上部の空間へ飛び込んだ。私の小さな身体は、奴の頭上と天井との間をすんなりと通り抜け、難なく通路への脱出に成功した。

「ひぃいいい!」

 壁にもたれかけていた人が目の前にきた私を見て震え上がり、通路の左の方に逃げ出した。

「うわああああ!!」

 その直後、天井が一気に崩れ落ち、逃げた人の姿は見えなくなってしまった。残された道は1つしかない、私は右の通路を走り出した。

「逃がすか!」

 逃げる私の後ろから声が聞え、また音が弾ける。頬を銀弾がかすめて行ったが、ためらわず走り続けた。

 そのあと、また建物が崩れる音がした。私は振り返る事こそしなかったが、多分、走ってきた通路も塞がってしまったのだと思う。だって、私を追いかけてきた足音が途中で聞えなくなってしまったのだから。



★☆★☆★



 相変わらず警報音は鳴り響き、目に映る世界は赤一色である。

 ある程度進んだ所で、私は走るのを止めた。一刻も早く通路を抜け、この場所から逃げたしたかったが、さっきまで軽かった身体が嘘のように重くなり、動かすのが精一杯だった。言う事を聞いてくれない足を引きずり、壁に手をつけながら1歩ずつ前へと進む。

『――!』

 顔を上げた先に、それは突如現れた。通路左側にある扉の1つ、それが閉ざされていたのである。

 走っている間にもいくつかの部屋を通り過ぎたが、全て開けられているか、破壊されているかの2つしか見た事がなかった。それなのにこの扉は閉じたまま、そこに存在していた。

 何故だろう、私はその部屋に入らなければならないような気がした。扉に近づき、そばにあったパネルに触れた。

 動き出したパネルが音を出して光り、扉のランプが赤から緑に変わってひとりでに開いた。

『!』

 私は何かに導かれるかのように、その部屋へと踏み込んだ。後ろで扉が閉まる。

 途端、違う世界に迷い込んだのではと思った。先ほどまでの警報音が完全に消え、静寂に包まれたその空間は薄黄色の光に包まれていた。私はこの光景を見るのが初めてではないように感じた。部屋は広く、中心に配置されている物体以外、何1つ余計な物が無かった。

 私は1歩ずつソレに近づき、見上げた。ソレは白色をしていて、とても大きく半球の形をしていた。

 私がソレに触れた瞬間、手を中心にして半球体に光が走った。私は驚いて手を引っ込め、後ろに下がった。

――――マスターを認証。起動します――――

 どこからともなく、綺麗な声が聞こえた。同時に、私の前に段差が次々と現れて伸びていき、半球体の一部分が開いたように見えた。

 一瞬、ためらいはしたものの、足はその階段を上るために動き出していた。物体に開いた穴の中には椅子のような物があり、私はそれに座った。

――――接続開始――――

 椅子が倒れ、私の身体は自然と上を向いている状態となった。

 周囲に無数のコードが現れ、それらが自分の手足に入り込んでいくのが見えた。頭の方にも衝撃が走る。多分、首の後ろにも1本、繋がれているのだと思う。

 不思議と痛みは感じなかった。階段が消え、目の前に半透明で薄黄色の膜が、私の座っている空間を覆った。

――――接続完了。続いて充填を開始します――――

 その言葉が聞こえた後、身体から外側に向かってコードの中を光が動いていくのが見えた。途端、私は身体に一切の力を入れれなくなってしまった。あまりの虚脱感に目を開けているのが精一杯だった。

「この部屋はなんだ? 破壊しろ!」

 部屋の外から声が聞こえ、扉がいとも簡単に吹き飛ばされる。すぐに警報音と赤いランプが部屋の静寂を喰い尽くしていく。

 そこに現れたのは私が目を覚ました部屋で、ハカセを殺した人物と似たような姿をした人たちだった。大人数が部屋へと押し掛け、こちらを見ては驚いた顔をしていた。

――――照準の設定を行います――――

 身体が小刻みに揺れる。いや、揺れているのは私が乗り込んでいる、この物体自体だった。

 部屋に入ってきた人たちは皆、天井を見上げている。私は力の入らない身体ながら、目だけを動かして真上を見た。

 そこに天井は無く、目に映る端から端までの黒と無数の小さな光、そしてその中心にはひときわ大きくて丸く輝く黄色の円があった。

 きれい。その光景を見た私は、いつの間にかそう思っていた。そして瞳から何かが出て、頬をつたっているのに気がついた。手で頬を触り、その物体を確認しようとしたが色が無いため何かは分からなかった。確か彼も瞳から私と同じような物を流していたのではないか、とハカセの顔が浮かんだ。

「狙いはまさか……アレか! あ、あの装置を破壊しろ! 何としてでも止めるんだ!!」

 何が起ころうとしているのか理解した1人が、驚いたように声を張り上げ、周囲の人たちに命令する。それを聞いた他の人たちが一斉に手にしていたあの黒い物体をこちらに向けて構える。

 避けられない、そう思いながらも私の身体はコードと繋がれているため、身動きをとる事が出来なかった。

 音が鳴り、銀弾が放たれる。この音を聞くのは3度目であり、そして最後だと思った。しかし、そんな事にはならなかった。

 私の前に張られた薄黄色の膜に銀弾の衝撃が吸収され、その全てが阻まれていた。何発かは半球体自体に命中していたが、全てを弾き返し、傷一つついてなかった。

 また激しい振動が起こる。自分の真上で何かが音を立てて動いてるのが分かった。少ししてそれは姿を現す。

 細長くて丸い形をした白い物が、半球体の中心から上に向かって伸びているのが見えた。

――――照準設定完了――――

「まずい……砲身を狙え!!」

 黒い物体を構えた人たちが、狙いを砲身と呼ばれた物に変える。だけど、聞こえてくる音は弾かれるものばかりだった。

――――充填完了まで3――――

 私は胸の中心が急に熱くなるのを感じた。よく見ると、熱くなったあたりが、あの真上に存在する光り輝く円と同じ黄色に輝いていた。

「後ろへさがれ!」

――――充填完了まで2――――

『――――ゥ――ァ――――ッ!』

 胸がさらに熱くなり、呼吸も荒くなる。命令を出していた人が、こちらに大きな筒状の物体を肩にかついで構えた。

「やめろおおおおおおおッ!!」

――――充填完了まで1――――

 筒状の物体から今までの比ではないくらい大きな弾が放たれ、砲身に直撃して爆発を起こす。その衝撃によって、砲身が少しだけ傾いたのが見えた。

――――充填完了。発射――――

 一瞬の間をおいて強い光と音と振動が部屋を襲う。砲身から薄黄色の光が撃ち出され、上へと昇っていった。光の先にはあの円があった。

 放たれた光が消えると同時に今度は目の前が真っ白になり、重低音と振動が起こった。あまりの眩しさに、私は目を閉じる。

 光、音、振動が治まるまで数秒かかり、治まってからもしばらくは静寂が部屋を包んでいた。警報機も壊れてしまったのか、何も聞こえない。

「――見ろ! あの空を!」

「なんという事だ!」

 声が次第に聞こえてきた。

 私がゆっくり目を開けると、映る光景が驚くほど変化していた。淡く輝いていた円の上部に、大きな穴が開いてしまっていたのだ。姿が変わってしまった円の周囲を数多くの光の線が走り消えるか、その光をまとったまま視界から外れていった。

 胸の光が消えると共に繋がっていたコードが引っ込み、私を守っていた薄黄色の膜と椅子も消えてしまった。へたりこんだ私は半球体の壁につかまりながらも立ち上がる。

 この場から逃げなければ……それだけを考えて足を動かそうとするが、身体はどうにも言う事を聞いてくれない。半球体の離れた場所から1段ずつ階段が現れる。私は最初の1段を踏み出すが、バランスを崩してしまい転げ落ちた。

 周囲には奴らが、皆が空を見上げて唖然としている中、1人が私の前に立った。

『――――ァ――お―――――ッ』

 もう頭すら動かす事が出来ず、私は悔しくて仕方がなかった。逃げる事もこの状態では叶いそうにない。

 前に立った奴は私を見下し、唇を噛んでいた。

「化け物め、とんでもない事をしてくれたな……。月の破壊により、世界は大きく変貌してしまうだろう。貴様は使い物になるまで眠っててもらおうかッ!!」

 奴は手にしていた筒状の物体を振り上げ、力任せに私の頭を殴りつけた。視界が乱れ、色を失う。


――――ワタシハ、バケ――モノジャ――――ナイ――


 光が、消えていく……。


――ハカセ――ハカセ――ハカセ――ハ――――カ――――――セ――



 私の意識は暗く深い闇の中へと沈み、新たなる目覚めの時を待っている。

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