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超能力学園の先生!

掲載日:2026/05/30

【第1話 最強の超能力者、教壇に立つ】

「俺が教師……? 断る理由が見つからなかった」


 日本随一の超能力育成機関・聖嶺超能学園。その高等部に本年度より赴任してきた神宮寺瞬かみやじ しゅんは、わずか二十二歳にして「空白領域ヴォイドフィールド」の使い手——あらゆる超能力を無効化し、あるいは増幅させる規格外の能力者だ。


 学園理事長・霧島厳きりしま いわおに呼び出された瞬は、ほとんど逃げ場のない形で担任辞令を手渡される。


「君しかおらんのだよ、神宮寺くん。二年A組の連中は、他の教師では手がつけられん」


 廊下に踏み出した瞬間、廊下の角から飛び出してきた少女と正面衝突。柔らかな感触と甘い香り——気づけば彼の顔は豊かな胸に埋まっていた。


「…………先生、顔が胸に刺さってますけど」


 深紅の長髪を揺らし、氷のような瞳で見下ろしてくるのは天野凛あまの りん、二十歳。炎を自在に操る「紅炎使い(クリムゾン)」で、クラス最高ランクの能力者だ。


「す、すまない!!」


「……五秒間。黙って謝罪を受け入れましょう。それ以上は焼きます」


 颯爽と歩き去る凛の背中を呆然と見送りながら、瞬は自分の担任生活がどれほど波乱に満ちたものになるかを、まだ知らなかった。


 教室に入ると十二人の少女たちが瞬を値踏みするような視線で迎える。電撃使い、念動力者、予知能力者、幻術師——いずれも一癖も二癖もある顔ぶれだ。


「えーと……神宮寺瞬、二十二歳。今日から君たちの担任です。よろしく」


 静寂。


 そして最前列の小柄な少女——桜井ひな(さくらい ひな)、二十歳——がぱちぱちと手を叩いた。


「わあ、先生って年上なのにちょっとしか違わないんですね! ひな、先生のこと下の名前で呼んでもいいですか?」


「ダメです」


「じゃあ瞬センセって呼びます!」


「……聞こえてましたよね?」


 クラス中に笑いが広がる。凛だけが窓の外を向いたまま、かすかに口の端を緩めていた。


 放課後、屋上で瞬が一人夕陽を眺めていると、気配もなく隣に凛が立っていた。


「……なぜ教師になったんですか」


「理事長に頼まれたから。あと……強い力を持つ人間が、どう使い方を間違えるか、見てきたから」


 凛は黙って空を見た。橙色の光が彼女の横顔を染める。


「……明日も来るんですか」


「来ますよ、毎日」


 短い沈黙の後、凛は「……そうですか」とだけ言って階段を降りていった。その後ろ姿がどこか柔らかく見えたのは、夕陽のせいだと瞬は自分に言い聞かせた。


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【第2話 電撃とラッキー、そして大惨事】

「これが超能力の授業なのか、それとも俺への罰ゲームなのか」


 超能力実技訓練室。瞬が初めて担当する実技授業は、開始三分で事故が起きた。


 電撃使いの月城雫つきしろ しずく、二十一歳——水色の長い髪に眠そうな瞳の持ち主——が欠伸をした瞬間、制御しきれなかった電撃が訓練室の配電盤に直撃。突然の停電と同時に自動消火装置が誤作動し、天井から大量の水が降り注いだ。


「ちょ、冷たっ!?」


 全員ずぶ濡れの中、雫の制服が水でほぼ透けており、それに気づいていないのは雫だけという状況が発生した。


「雫さん、そのまま動かないで——」


 振り返った雫の顔が瞬の顔の真横十センチに迫り、濡れた前髪が彼の頬に触れた。


「……センセ、近いです」


「いや、近いのは君のほうで——」


 どしゃん。


 凛の放った炎が訓練室の排水口を焼き飛ばし、床に溜まった水を蒸発させた。室温が一気に上がって室内が霧状の湯気に包まれる。


「ついでに先生の記憶も蒸発させてあげましょうか」


「凛さん、それ脅しですよね!?」


 ひなが瞬の腕にしがみつきながら「先生、ひなのことちゃんと守ってくれましたよね!?」と両目をキラキラさせていた。守っていない。守っていないが、言い返す体力が残っていなかった。


 授業後、雫が保健室で着替えを済ませて戻ってきた。ぺたんと瞬の隣に座り、目を細める。


「……ごめんなさい、センセ。電撃、まだうまく制御できなくて」


「いや、俺の準備が足りなかった。訓練室の配電管理を確認しておくべきだった」


 雫は少し間を置いてから、ぽつりと言った。


「……センセって、自分が悪くないときでも謝るんですね」


「どこかで聞き覚えのある話ですか?」


「うちのお父さんみたい」


 意外な答えに瞬が言葉を詰まらせると、雫は「冗談ですよ」と欠伸をしながら立ち上がった。だが耳の先が少しだけ赤かった。


 翌朝、出勤した瞬の机の上に「訓練室配電マニュアル(雫が書いた)」と「消火システム改善提案書(雫が書いた)」が置いてあった。表紙の隅に「センセへ」と小さく書かれていた。


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【第3話 透明少女と覗き見疑惑】

「透明になれる人間が着替え中に話しかけてくるのは反則だろ」


 「光屈折フェイドアウト」の能力者・椎名透子しいな とおこ、二十一歳は、その名の通り自在に透明化できる能力者だ。しかし彼女には一つ困った癖がある——透明のまま人に話しかけてしまうのだ。


 事件が起きたのは放課後。体育倉庫で体操服のまま荷物整理をしていた瞬が、背後から「センセ、補習の件なんですけど……」という声を聞いた瞬間、驚いて振り返り、ストッパーが外れた棚からバランスボールが三つ同時に降ってきた。


 避けようとして体育マットに倒れ込んだ瞬は、全体重がかかったマットが「ふわっ」と柔らかく沈んだことに気づいた。……おかしい。マットはそんなに柔らかくない。


「……センセ、私の上にいます」


 透子が再出現したのは、まさに瞬が倒れ込んだ位置だった。体育マットの上に横たわっていた透子は、その上に完全に覆い被さった瞬と目が合い、両頬を林檎色に染めた。


「ご、ごめん!!」


「……私が透明なのが悪いんです。でも」


 すっと透子が視線を逸らす。


「……三秒くらいは、動かないでいてくれてもよかったです」


 声が消え入るように小さく、瞬は一瞬自分の耳を疑った。


 しかし問題はそこでは終わらなかった。廊下から「なんか変な音がしたけど——」と顔を出した凛と、「先生と透子ちゃんが倉庫に入るのを見た!」と主張するひなにより、二人は職員室で事情を「説明」させられることになった。


「透明のまま話しかけるのをやめれば解決します」と凛。


「でも、透明のまま話しかけたくなるときもあるじゃないですか」と透子。


「ありません」と凛。


 瞬はコーヒーを飲みながら、この会話に加わるタイミングが永遠に来ないことを悟った。


 翌週から透子は透明になる前に必ず「センセ、今から話しかけます」と声をかけるルールを自主的に設けた。クラスの皆には「なんか新しい挨拶?」と思われている。


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【第4話 予知夢と朝のハプニング】

「未来が見えるなら、今朝のことも見えていたはずだろ!?」


 予知能力者・千歳さくら(ちとせ さくら)、二十歳は、主に「今日起こる恥ずかしいこと」だけを鮮明に予知してしまうという、非常に不便な能力の持ち主だ。


「センセ、今日の朝は学生寮の二階渡り廊下を使わないでください」


「なんで?」


「……見てしまったので」


 瞬は素直に従って一階を歩いた。しかしそこにも落とし穴があった——さくらの予知が「先生が一階を使う」場合の未来に自動更新されており、結果として一階廊下の先に鉢植えの積み重なった台車と正面衝突した。


 跳ね飛んだ土と花びらが全身に降りかかった瞬の目の前に、駆けつけたさくらが滑り込み、勢い余って胸元に飛び込んできた。さくらのふわふわした桃色の髪が瞬の顔を包み込む。


「こ、これも見えてたのかい……?」


「…………見えてました」


「じゃあなぜ止めなかった!?」


「……止めたかったんですけど、もう一つ見えてて……このあとセンセが笑ってくれるのが」


 さくらが赤い顔のまま、おずおずと上目遣いになる。


「センセって、いつもムスッとしてるから……笑ってるとこ見たくて」


 瞬は目を丸くした後、仕方なく吹き出した。土まみれで鉢植えに突っ込んでいる自分の状況がおかしくて、止められなかった。


「……見えた通りだ」とさくらが安堵したように呟いた。


 この日から瞬は、さくらの予知に「なぜ教えてくれたのか」と「なぜ教えてくれなかったのか」を必ず確認するようになった。答えはだいたい「センセが笑う未来が見えたので」だった。


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【第5話 念動力少女と脱衣事故】

「念動力は万能だが、感情が高ぶると制御できないらしい」


 念動力者・桐島椿きりしま つばき、二十二歳は、クールな外見と裏腹に感情が揺れると念動力が暴走するという弱点を持つ。大振りなリボンがトレードマークの、クラス委員長的存在だ。


 事件は瞬が「桐島さん、次の能力評定、少し厳しく採点します」と告げた直後に起きた。


 椿の念動力が無意識に周囲の物体を引き寄せ——廊下のカーテン、ロッカーの扉、そして瞬の上着と……椿自身のブレザーのボタンが全部弾け飛んだ。


「ちょっ、えっ、なんで!?」


「桐島さん、深呼吸して!」


「わかってます、でも——センセが意地悪なことを言うから——!」


 椿の念動力がさらに高まり、教室の机が一斉に浮き上がった。瞬は「空白領域」を即座に展開し、念動力の連鎖を止める。静寂が戻ったとき、二人は対面する形で立っており、椿のブレザーは床に落ち、白いシャツ一枚になった椿が両腕でそれを押さえながら瞬を睨んでいた。


「……見ましたか」


「……教室の惨状しか見ていません」


「嘘をつかないでください」


「……正直に言えと?」


 長い沈黙。


「……少しだけ見ました。本当に少しだけ」


 椿は三秒かけてゆっくり深呼吸をした後、床に落ちたブレザーをさっと拾い上げた。


「……評定が厳しいのは、構いません。ただ、心の準備をさせてください」


「善処します」


「……センセって、素直ですね」


 椿がかすかに笑った。それがとても綺麗だったので、瞬はしばらく余計なことを何も言えなかった。


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【第6話 感動回〜炎と涙の過去〜】

「強すぎる炎は、誰かを傷つけることがある——だから私は封印した」


 訓練評価試験の日。クラス全員が順番に能力を披露する中、凛だけが「パス」と言い放った。


 試験官が難色を示すと、凛は感情一つ動かさずに繰り返した。「パス、と言いました」


 放課後、瞬は凛を屋上に呼んだ。凛は来なかった。が、夜、寮の食堂に一人で残っていた凛を瞬は見つけた。


「試験を拒否した理由、教えてもらえますか」


 凛は長い間黙っていた。窓の外には夜の雨が降っていた。


「……一年前、私の炎で、友人に重傷を負わせました」


 静かな声だった。


「暴走した、というわけでは——」


「いいえ」と凛が遮る。「意図してではなかったけれど、私の能力の限界を正確に把握していなかった。それが原因です。能力者として、最も恥ずべき失敗です」


 瞬は何も言わなかった。


「その友人は……今は回復して、別の学校に転籍しました。手紙は来ます。でも……」


 凛がはじめて、言葉に詰まった。


「……顔を見せる資格が、まだ自分にあるとは思えないんです」


 瞬は静かに口を開いた。


「俺も一度、自分の能力で大事な人を傷つけました」


 凛が初めて驚いた顔で瞬を見た。


「俺の空白領域は、制御を誤ると逆に能力を暴走させることもある。十七のとき、仲間の一人を六ヶ月入院させた。……だからこそ、ここに来た。自分みたいな失敗を、君たちに繰り返してほしくなかった」


 長い沈黙の後、凛がぽつりと言った。


「……センセが教師になった理由、ようやくわかりました」


「試験は来週、再設定します。一人で抱えなくていい」


 凛は返事をしなかった。でも翌日、職員室の机に「再試験の申請書(記入済み)」が置かれていた。凛の字で、端正に書かれていた。


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【第7話 幻術師のドッキリ大作戦】

「幻術で作った偽の俺が、ヒロインにキスしようとしていた件について」


 幻術使い・音無みこと(おとなし みこと)、二十一歳は、クラスで一番悪戯好きな少女だ。黒髪ショートで常にいたずらっぽい笑顔を浮かべており、その幻術は「本物と完全に区別できない」レベルの精度を誇る。


 みことが仕掛けたドッキリの内容は「瞬の幻像を使って各ヒロインの反応を盗撮する」というものだったが、計画は想定外の方向に転がった。


 みことが作り出した「幻の瞬先生」は、さくらの前で「君が好きです」と告白し始め、さくらが「もしかして……本当に?」と頬を赤く染めた瞬間——廊下から本物の瞬が現れた。


 幻術は瞬の空白領域に触れた瞬間に霧散する。


 さくら・幻瞬・本物の瞬が廊下で三者対面した一秒後、さくらが「ふええ!?」と絶叫し、みことが柱の陰でお腹を抱えて笑い転げ、本物の瞬が「みことさん、職員室に来てください」と額に指を当てた。


 問題はその後だった。みことを叱るために二人きりになった瞬の前で、みことがにんまりと笑いながら言った。


「センセ、幻術かけますね」


「かけるな」


「もう かけました」


 気づけば瞬の視界にはクラスのみんなが一斉に「先生大好き!」と詰め寄ってくる幻が展開されていた。幻術だとわかっていても、顔が熱くなるのは止められなかった。


「……こういう幻術の使い方、センセはどう思います?」


 みことが上目遣いで問いかける。その目に悪戯っぽさと、もう少し別の何かが混じっているのを、瞬は見逃さなかった。


「使い方は問いません。ただ、幻術で他人の感情を操作するのは倫理的に問題がある」


 みことの笑顔が少しだけ固まった。


「……センセって、ほんとに教師みたいなこと言いますね」


「教師ですから」


「……嫌いじゃないです、そういうとこ」


 みことは笑ったまま立ち上がり、廊下に消えた。瞬の視界には、しばらく彼女の笑顔の残像が残った。


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【第8話 重力少女と屋上の密着】

「重力を操れる人間に引き寄せられると、物理的に逃げられない」


 重力操作能力者・藤堂あかね(とうどう あかね)、二十二歳は、クラス最年長で小柄な体格のくせに重力を数百倍に操れる「最大質量クラス」の能力者だ。普段はのほほんとした笑顔で、食堂では必ず大盛りを頼む。


 事件は屋上での個別訓練中に起きた。あかねの重力操作の精度測定中に、測定器の数値が急上昇——あかねが集中しすぎて「引力モード」が暴走し、半径三メートルの全てを自分に向かって引き寄せ始めた。


 瞬が空白領域を発動しようとした一瞬早く、あかねの重力が瞬を胸元まで引き寄せた。


「あ、わあ、センセ!?」


「空白領域、発動——」


「ちょっと待って、解除するから——でも集中できない——センセが近すぎて——!」


 あかねが制御を取り戻そうと必死になればなるほど、重力が不安定になり、瞬の体があかねに押しつけられる。あかねの顔が完全に瞬の胸元に埋まった状態が三十秒ほど続いた。


 ようやく重力が正常化したとき、あかねは真っ赤な顔のまま仰向けに寝転んだ。


「……ごめんなさい……超……恥ずかしい……」


「俺もそれなりに恥ずかしい」


「センセも恥ずかしいんですか?」


「当たり前でしょう」


 あかねがふいに笑い出した。コロコロとした、屈託のない笑い声だった。


「センセって正直ですよね。変な誤魔化し方しない」


「誤魔化すほどの器量がないというか……」


「そういうとこ、好きです」


 さらりと言ったあかねが気づいていないのか、あるいは気づいた上で言ったのか、瞬には判断がつかなかった。ただ、夕焼けの中でのそのひと言は、妙に長く記憶に残った。


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【第9話 感動回〜雫の雨の中の告白〜】

「電撃は雨の中では使えない。でも、言葉は使える」


 梅雨の季節に入った聖嶺学園。雫が能力評定で最低点を記録した翌日、彼女は授業に来なかった。


 瞬は雫の寮室を訪ねたが返事がなく、食堂にも図書館にもいない。夕方になって、瞬は雨の降る中庭に一人で立っている雫を見つけた。傘もなく、制服がずぶ濡れになっていた。


「雫さん」


 雫は振り向かなかった。


「……センセ、電撃使いって、雨の日は使えないんですよ」


「ええ」


「……役立たずですよね、雨の日は」


 瞬は傘をさしたまま、雫の隣に並んだ。


「超能力にも天候の制約がある。それは君だけじゃない」


「でも私の評定は——」


「一回の評定で能力者の価値は決まらない。それは俺が一番よく知ってる」


 雫が初めて振り返った。雨で濡れた睫毛が頬に張り付いていた。


「……センセって、私のことを心配してくれてるんですか」


「当然でしょう。担任ですから」


 雫が小さく笑った。


「……それ、担任だからじゃないですよね」


 瞬は答えられなかった。


「センセが来てくれるって、なんとなくわかってたんです」と雫が続ける。「……電撃が使えない日に、誰かが来てくれるって」


「予知能力があるわけでもないのに?」


「……センセのことは、なんとなくわかるんです」


 瞬は傘を雫の上に傾けた。二人ぶん入るには少し小さな傘だったが、どちらも動かなかった。


 雫が「ありがとうございます」と呟いたのは、雨が少し弱まった頃だった。その声はとても静かで、雨の音に溶けるようだった。


 翌週の追試で、雫は最高点を記録した。


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【第10話 テレパシー少女の心を読む危機】

「テレパシーで俺の心を読まれたら、終わりだと思った」


 テレパシー能力者・白川奈緒しらかわ なお、二十歳は、無意識に相手の思考の「表層」が読めてしまうという能力を持つ。だから彼女はいつも人混みを避け、イヤホンをつけて歩いていた。


 瞬の「空白領域」はテレパシーにも干渉するため、奈緒は瞬の近くでだけ、他人の思考が聞こえなくなる。それが奈緒にとっての「安息」だった。


「先生の近くだと、静かなんです」


 ある放課後、奈緒が珍しく自分から話しかけてきた言葉だった。


「そうか……それは良かった」


「……だから、今から少し先生の隣にいてもいいですか」


 奈緒は慣れない様子で瞬の隣の椅子に座り、参考書を広げた。静かに一時間が過ぎた。


 問題が起きたのは、テレパシー制御の授業のとき。奈緒の感知範囲を広げる訓練中に「能力解放」の瞬間だけ空白領域が緩み、奈緒が瞬の思考をわずかにキャッチしてしまった。


 ほんの一瞬の、断片的な思念——「奈緒さんが安心してる顔、いいな」という、まったく整理されていない感想。


 奈緒の頬がじわりと赤くなった。


「…………聞こえました」


「…………」


「先生って、いつもそういうこと思ってるんですか」


「違います、あれは誤解で——」


「誤解じゃないですよね。テレパシーで聞いたんですから」


 反論できなかった。


「……私、先生の近くにいるとき、実は……先生の声だけ聞こえるようにしてるんです」


 奈緒が膝の上で参考書をぎゅっと持った。


「他の人の思考は全部遮断して、先生のだけ——ちょっとだけ、聞きたくて」


 瞬はしばらく窓の外を見ていた。


「……ルール違反ですね」


「……はい。ごめんなさい」


「でも」


 瞬は奈緒の方を見た。


「もし次も聞こえたら、こっちも正直に話しますから」


 奈緒が両手で顔を覆った。耳の先が真っ赤だった。


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【第11話 合宿前夜の混浴騒動】

「能力合宿の旅館が混浴だと知らされたのは、もう扉を開けた後だった」


 年に一度の能力強化合宿。場所は山間の温泉旅館——そこに到着した瞬は、学園支給の「施設案内」に「大浴場は混浴(時間制)」の一文を発見したのが夕食後だったという不運に見舞われた。


 しかも「女子の時間」は二十時から、「混浴時間(訓練者向け共同浴)」は二十一時——瞬が入ったのは二十時五十八分。つまり入浴中に切り替わり、続々と生徒たちが入ってきた。


「せ、先生!?」


「神宮寺先生がいるじゃないですか!?」


 ひなが「きゃーっ!」と飛び上がり、バランスを崩して岩風呂の縁から派手に転落——落ちる前に瞬が手を掴んで受け止めた。が、ひなの勢いで引っ張られた瞬が前のめりになり、後ろから入ってきた凛にぶつかるという二段階事故が発生。


 湯気が立ち込める中、凛は湯の中で仁王立ちになり——


「目を、閉じなさい」


「とっくに閉じてます!」


「閉じながらなぜ私の方向を向いているんですか」


「向いていない、向いてないはずです!」


「向いています。私のシルエットが見えているはずです」


「……見えて、ないです……(小声)」


「今ので確認しましたね?」


 椿が「全員退場、男性は即時退出」と号令をかけ、瞬は素早く退場した。扉の外で正座して三十分待った後、「次回からは時間割を事前確認すること」という椿からの書面が滑り込んできた。


 翌朝、凛だけが瞬と目を合わせず朝食を食べていたが、その耳が朝から赤かったことを、瞬はずっと気にしないふりをした。


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【第12話 感動回〜合宿最終夜、星の下で〜】

「能力より大切なものが、ここにある——かもしれない」


 合宿三日目の夜。訓練で疲弊した生徒たちが就寝した後、瞬は一人縁側に出て夜空を眺めていた。


 一人、また一人と、眠れない生徒たちが縁側に集まってきた。


 凛、雫、さくら、透子、椿、あかね、みこと、奈緒、ひな——気づけば全員が揃っていた。誰も何も言わずに、ただ星を見ていた。


 最初に口を開いたのはひなだった。


「先生、私たちってどこまで強くなれるんですかね」


「どこまでもなれる。限界は本人が決めるものじゃない」


「……先生が言うとなんか信じられる気がする」とさくら。


「センセが一番強いくせに、全然えらそうにしませんよね」と雫。


「強さと偉さは別物ですから」


 しばらくの沈黙の後、椿が静かに口を開いた。


「……先生に来てもらって、よかったと思います。最初は、また扱いにくい新任が来たと思っていましたが」


「最初からそう思ってたの?」


「当然です。前任が三人、一ヶ月で辞めていますから」


「……そんな情報、最初に教えてほしかった」


 笑いが広がった。凛だけが笑わずに星を見ていたが、やがて小さな声で言った。


「……私も」


 全員が凛を見た。


「……来てもらって、よかったと思っています」


 凛が瞬の方を見ないまま、短くそう言った。


 瞬は何も言わなかった。でも、胸の中でこれが教師として最初の、本当の意味での「よかった」だと静かに感じていた。


 流れ星が一つ、長く尾を引いて消えた。誰かが「あ」と小声で言い、また静かになった。


 その夜、縁側に人がいなくなったのは夜中の二時を過ぎた頃だった。

【第13話 氷結少女と保健室の密室】

「能力が暴走して保健室が凍りついた、その中に俺もいた」


 氷結能力者・水瀬こころ(みなせ こころ)、二十歳は、体調が悪くなると能力が体温に連動して暴走するという厄介な体質を持つ。ポニーテールが揺れる度にさらさらの銀髪が光る、クラス一の「天然」な少女だ。


 保健室で発熱したこころの体温が三十八度を超えた瞬間、室内の温度が急激に低下し始めた。保健の先生が逃げ出し、たまたま様子を見に来ていた瞬だけが部屋に残された。


「こころさん、深呼吸して。空白領域で少し和らげるから」


「……先生……寒い……」


「うん、そうだろうね」


「先生のそば、あったかい……来てもいいですか」


 こころがベッドの上で瞬の方に両手を伸ばしてくる。意識が少し飛んでいる状態で、瞬は「仕方ない」と判断して隣に座り、こころの手を両手で包んだ。


 室温が徐々に回復し始めた。こころが瞬の腕にもたれかかったまま、とろとろと眠り始めた。


 三十分後。扉を開けた凛が見た光景は、「瞬の肩にもたれて眠るこころ」「手を握ったまま固まっている瞬」という、どう解釈しても言い訳の効かない構図だった。


「……説明してください」


「氷結暴走の緊急対応でした」


「なぜあなたが手を握っているんですか」


「体温が下がりすぎていたので」


「なぜその体勢で眠らせているんですか」


「……動かしたら悪化すると思って」


 凛が三秒間、完全に無言で瞬を見つめた。


「……次は、私を呼んでください」


「はい」


「……彼女の回復を優先したのは、正しかったと思います」


 凛がそっとドアを閉める直前、「……先生は優しいですね」という声が聞こえた気がしたが、扉の隙間が閉まるのが早くて確認できなかった。


 こころは翌日「先生の手あったかかったです……またやってもいいですか」と全く遠慮なく言ってきた。


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【第14話 風使いと屋外の乱気流】

「風が吹いたのか、風を使う人間が意図的にやったのか——後者でした」


 風操作能力者・東風谷あおい(こちや あおい)、二十一歳は、明るくおしゃべりで、いつも笑っているが、感情が昂ると風が制御を逸脱する。ショートカットに大きなイヤリングというスポーティな見た目の持ち主だ。


 体育祭の練習中、あおいが走り幅跳びの記録を計測していた。瞬が「あおいさん、今日の記録は二メートル落ちてるね」と告げた途端、あおいの感情が爆発し、グラウンドに突風が吹き荒れた。


 スカートを押さえる間もなく、クラス全員のスカートが一斉に翻った。


「あ、あおいちゃん!!」とひなが叫ぶ。


「ごめん、ごめんって! 感情と直結してて——!」


 さらにあおいの風が瞬の方向に向き、瞬の上着が後方に飛んで——その勢いであおい自身が前につんのめり、瞬の胸に正面から突っ込んだ。


「いたっ……」


「大丈夫か?」


「大丈夫じゃないです……先生に胸から突撃した」


 あおいが鼻を押さえながら上目遣いになる。鼻が少し赤い。


「……先生って、胸板あるんですね」


「なぜそれを今言う」


「だって今確認できたから」


 周囲に笑いが起きた。あおいも笑い出し、次第に風が穏やかになっていく。


 後片付けをしながら、あおいがこそっと瞬に言った。


「……今日の記録が落ちてたのは、先生のことをずっと考えてたからです。練習に集中できなくて」


「……それは教師として対処が難しいな」


「対処しなくていいです。ただ、言いたかっただけなので」


 あおいはそれだけ言って走って行った。風が一陣、花びらを運んでいった。


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【第15話 感動回〜ひなの秘密〜】

「天真爛漫に見えるひなが、一番深いところに傷を持っていた」


 学校祭の準備期間。クラスで一番明るいはずのひなが、ふと気づくと輪の中にいないことが続いた。


 瞬が夜の図書館で見つけたひなは、窓際のソファで膝を抱えていた。


「ひなさん」


 ひなが振り返り、一瞬で笑顔を作った——が、その笑顔が「作った」ものだと、瞬には分かった。


「先生! こんな時間にどうしたんですか?」


「君を探してた」


 ひなの笑顔がわずかに揺れた。


「……なんで、わかったんですか」


「ずっと明るい人間が急に静かになったとき、一番心配が必要な時だから」


 ひなが膝をぎゅっと抱え直した。


「……私の能力ってバリア系で、攻撃的な能力がないじゃないですか」


「ええ」


「お父さんに言われたんです。『バリアしか使えないなら、この学園にいる意味がない』って」


 瞬は黙って聞いた。


「……笑ってたほうが誰も心配しないから、ずっと笑ってました。でも、学校祭の役割決めで……クラスのみんなが『ひならしくていい』って言ってくれて……その「ひならしい」って何だろうって思ったら、急に怖くなっちゃって」


 ひなの声が少しだけ震えた。


「バリアって……本当は、誰かを守れる能力ですよね」


 瞬が静かに言った。


「合宿で、あかねさんの重力暴走を最初に止めたのは、君のバリアでした。君がいなければ、三人は壁にぶつかっていた。君が笑い続けてくれるから、クラスの空気が保てている日が何度もある」


 ひなが顔を上げた。


「……先生、見てたんですか」


「担任ですから。全員、見てますよ」


 ひなが少し笑った。今度は作った笑顔じゃなかった。


「……瞬センセって、やっぱり瞬センセですね」


「それ、どういう意味ですか」


「一番ちゃんとしてるってこと、ですよ」


 ひなが立ち上がり、手を差し伸べた。


「学校祭の飾りつけ、まだ残ってるんです。手伝ってくれますか?」


「喜んで」


 二人で夜の図書館を出た。廊下の窓に月が出ていた。


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【第16話 学校祭とラッキースケベの連鎖爆発】

「学校祭の仮装は、俺の精神力の限界を超えてきた」


 聖嶺超能学園の学校祭「嶺峰祭」。二年A組の出し物は「超能力体験カフェ」と決定し、各自が仮装コスチュームで接客することになった。


 問題は朝のコスチューム確認から始まった。


 みことが「先生用の衣装も用意しました」と取り出したのは、学園長コスプレ(ガウン付き)だった。着替え室に向かった瞬がガウンを羽織った瞬間、透子が「センセ、ちゃんと着れましたか」と透明なまま中に入ってきた。


「透子さん、透明解除して!!」


「あ、ごめんなさい——」


 透子が焦って再出現した位置は、ガウンの内側だった。


 なんとかその難を逃れ、カフェ営業が始まると、あおいが風で看板を飛ばす→凛が炎で着地直前に焼いて止める→その衝撃でひなのトレイが傾く→トレイのジュースが瞬にかかる→ずぶ濡れの瞬を雫が「拭きます」とハンカチで近づいてきて転ぶ→瞬が受け止める→二人でテーブルに激突してテーブルクロスが全部剥がれる——という七連鎖が発生した。


 昼休みの混乱が収まった後、椿が「被害報告書」を瞬の前に置いた。


「これが今日の午前の記録です」


「……読みたくない」


「読んでください」


 被害報告書の最後の欄に「担任教師・神宮寺の精神的疲労度:推定限界値の90%」とあり、その下に「でも笑ってくれていた時間:4回(椿観測)」と記されていた。


「椿さん……これ、記録する必要がありますか?」


「必要があります。先生が笑った瞬間を記録しておくのは、私の担当です」


「なぜ君の担当なんですか」


「……決めました、今」


 椿が書類を回収してさっと立ち去った。その背中が少しだけ急ぎ足だったことが、瞬にはなんとなく嬉しかった。


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【第17話 凛の再試験と過去の解放】

「一年間、封印してきた炎を、今日ここで解き放つ」


 凛の能力再評価試験の日。特設訓練場には瞬と凛、二人だけがいた。


 凛はしばらく無言で訓練場の中心に立っていた。


「……怖いんです」


 珍しく、凛が最初に口を開いた。


「一年前と同じことが起きたら、どうしようって……」


「俺がいる」


 凛が振り返る。


「空白領域で、最大出力まで俺が制御する。どんなに暴走しても、この場の外には出さない。君の炎は、俺が全部受け止める」


「……傷つくじゃないですか」


「俺の能力の範囲内です」


 凛が長い間、瞬を見つめた。


「……信じていいんですか」


「信じてください」


 凛が前を向いた。


 それから十秒後——訓練場を満たした炎は、かつて見たことのない規模だった。壁を這い、天井を舐め、空間そのものが紅く燃えるような熱量。それでも瞬の空白領域が静かにその外縁を押さえ、炎は外に漏れなかった。


 三分間。凛は全力を出し続けた。


 炎が収まったとき、凛は膝を折って床に座り込んだ。瞬が駆け寄ると、凛の目に涙が光っていた。


「…………一年間」


 凛が掠れた声で言う。


「ずっと……怖かった。こんなに使ったのは……一年ぶりで——」


 凛が顔を覆った。


「よく頑張りました」


 瞬が静かに言った。それだけだった。でも凛の肩が、ゆっくりと震えた。


 しばらく経って、凛が顔を上げた。目が少し赤かった。


「……先生は、私が泣いていても何も言わないんですね」


「泣くことは、恥ずかしいことじゃないから」


「……また、そういうことを言う」


 凛が目を拭いながら立ち上がった。


「評定は、満点を出してください」


「出します」


「……あと、今日のことは、クラスの誰にも言わないでください」


「約束します」


 凛が訓練場の扉に向かう。扉を押し開けながら、一度だけ振り返った。


「……ありがとうございました、先生」


 その声が、今まで聞いた中で一番柔らかかった。


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【第18話 念動と重力の二重衝突事故】

「椿とあかねが同時に暴走したとき、俺は物理的に詰んだ」


 期末試験前の緊張感が漂う教室で、まず椿が答案用紙の記述ミスを発見して念動力を暴走させ——同時刻、あかねが「試験勉強してなかった」事実に気づいて重力を暴走させた。


 椿の念動が瞬を「引き寄せ」、あかねの重力が瞬を「別の方向に引き寄せ」——二つの力が競合した結果、瞬は教室の中央で空中に浮いたまま固定されるという奇妙な状態に陥った。


「ちょっ、椿ちゃん!」


「わかってる、でも集中できない——!」


「あかねさん、重力切って!」


「切ったら先生が落ちる——!」


「俺は落ちても大丈夫です!」


「落ちたら痛いじゃないですか!」


「……あかねさん、それは俺を心配して言ってますか」


「当然じゃないですか!」


 空中の瞬をめぐって二人が言い争っている間に、雫がのんびりと教室に入ってきた。


 浮いている瞬を見て。


「……センセ、また何かやりましたか?」


「俺は何もやっていません」


「……そういう事故に巻き込まれやすい体質なんですか」


「そう思いたい」


 雫が「電気流すと二つの能力が干渉するかもですよ」と呟き、わずかな電撃を空間に流した。椿とあかねの能力が一瞬中断し、瞬がフワッと床に着地した——が、ちょうど良いタイミングで椿とあかねが両側からよろめき、瞬を挟む形になった。


 三人で固まった一秒後、全員が一斉に離れた。


「椿さん、あかねさん、試験の補講を組みます」と瞬。


「……はい」と椿(真っ赤)。


「……わかりました」とあかね(真っ赤)。


 雫だけが「私は点数取れてるので補講いらないです」とさらっと言って自席に戻った。


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【第19話 奈緒の失声とテレパシーの代弁】

「言葉が出ないとき、テレパシーで伝えようとした子がいた」


 ある朝、奈緒が声を失った。風邪ではなく、過剰なテレパシー受信による「感覚過負荷」——他人の思念を受け取りすぎた結果、自分の声を出す回路が一時的にシャットダウンしたのだ。


 奈緒は筆談ボードを持ってきたが、書くのが遅く、授業中に困り果てていた。


 瞬は授業を一度止めて言った。


「奈緒さんがテレパシーで俺に送ってくれた内容を、俺が声に出します。——奈緒さん、今日の課題について思うことがあれば、送ってください」


 クラス全員が少し驚いた顔をした。


 奈緒が少し迷った後、瞬に向けてテレパシーを送った。


 瞬がゆっくりと口を開く。


「……『今日の課題は、能力の制御範囲を広げることですが、私は制御範囲を狭めることの方が大事だと思います。広げるより、精密に絞る方が実戦では役立つから』」


 クラスがざわめいた。凛が静かに「それは正しい観点です」と言った。


「……俺もそう思います。奈緒さん、今日の課題はその方向で組み直します」


 奈緒が筆談ボードに「ありがとうございます」と書いた。


 放課後、奈緒が職員室を訪ねた。声はまだ出ない。彼女はボードを差し出した。


「——声に出してくれると思ってました」


「なぜ?」


「——先生は、ちゃんと受け取ってくれるから」


 瞬は奈緒のボードをしばらく見ていた。


「ゆっくり治してください。声が戻っても、テレパシーで送ってきてくれるなら、また代わりに話しますから」


 奈緒が筆談ボードに何か書きかけて、止めた。代わりに微笑んで、お辞儀をして帰っていった。


 翌日、奈緒の声は戻っていたが、授業後に「さっきのテレパシー、受け取ってもらえましたか」と確認しに来るのが習慣になった。


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【第20話 みことの幻術・真夜中の告白劇場】

「幻術の中で告白されても、本物の気持ちかどうかわからないはずだった」


 学園の能力研究発表会で、みことが発表したのは「完全没入型幻術空間」——見る者を完全に別の現実に引き込む、これまでで最も精緻な幻術だった。


 発表のデモとして、みことは瞬を実験台に選んだ。


 瞬が誘い込まれた幻術の世界は、二年A組の教室だった——ただし夜で、みこと一人だけがいた。


「……センセ、本物かどうかわからないかもしれないけど」


 幻術のみことが言う。


「こっちは本物なんです」


「……みことさん、これは幻術の中ですよね」


「そうです。でも」


 みことが一歩近づいた。


「こっちでしか言えないこともあるじゃないですか。幻術の中だから言えること、あるって思うんです」


「……何を言いたいんですか」


「センセのことが、好きです」


 瞬は黙った。


「幻術だから嘘かもって思うかもしれないですけど、幻術を作るのは私の感情なので……嘘をつこうとすると幻術が崩れるんです。私の幻術は、本心しか映せないから」


 瞬が目を開けると、幻術が解けていた。発表会の会場に戻り、みことが少し照れたような顔で立っていた。


「……聞こえましたよね」


「……聞こえました」


「答えは、いつでもいいです」みことが笑う。「でも、幻術の中にいる間は、ちゃんと聞いててくれてましたよね」


「……聞いていました」


「それだけで、今日は十分です」


 みことがさっと向き直って「発表会、続きます!」と会場に声をかけた。その背中が微妙に小刻みに震えていたが、みことは最後まで笑い続けた。


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【第21話 冬の大浴場と大集合事件】

「修学旅行の浴場で、なぜ全員と鉢合わせするんだ」


 冬の修学旅行。行き先は京都の老舗旅館——そこの浴場は「二十一時以降は貸切制度」で、瞬が予約したはずの「男性専用時間」が、フロントの手違いで「全フリー時間」になっていた。


 瞬が大浴場に入った五分後。扉が開いた。


 第一波:さくらが「予知で先生がいるのは見えてたんですけど……止まれなかった」と言いながら入ってきた(湯気で気づくのが遅れた)。


 第二波:こころが「温泉入りに来ました」と何も考えずに入ってきた。


 第三波:あかねが「こころが一人で行くって言うから心配で」と続いた。


 第四波:のれんをめくったひなが「あーーーーっ!!」と叫んだ。


 そこへ凛が「騒がしい」と確認のために扉を開け——即座に「全員退出、男性側との区画を確保」と命令し、自分が最後に出た。


 廊下で正座した瞬に、凛が静かに告げた。


「……フロントへのクレームは私が書きます」


「ありがとうございます」


「ただし」


「はい」


「……入ってしまったことの責任の一部は、私たち側にもあります」


「……そうとも言えますが」


「だから、今夜のことは……不問にします」


 凛が廊下を歩き始めた。四歩ほどで止まり、振り返らずに言った。


「先生は……見ていませんでしたよね」


「……目は閉じていました」


「……そうですか」


 凛の足音が廊下の奥に消えた。その背中が、また少し赤かった。


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【第22話 感動回〜さくらの最後の予知〜】

「私の予知に映った未来——先生がいなくなる日」


 一期の終盤。さくらがある朝、血相を変えて職員室に飛び込んできた。


「先生! 先生がいなくなる予知が見えました!!」


 瞬が落ち着いて聞くと——予知の内容は「来年度の担任変更」だった。理事長から「君の能力をより上位の研究機関に活かしてほしい」という打診が来ており、それを受けると二年A組の担任を離れることになる。


「……まだ決まってません」


「でも、迷ってますよね」とさくら。「予知の先生は、迷った顔をしてるから」


 瞬は否定しなかった。


 その夜、クラスの全員が職員室に集まっていた。


「来たんですか」


「みことが全員に連絡した」とあかね。


「……盗み聞きしてました」とみこと。「でも大事なことだったので」


 凛が全員を代表するように言った。


「先生の判断を邪魔するつもりはありません。でも……今日だけ、言わせてください」


 一人ずつが、順番に話した。


 雫「電撃が制御できるようになったのは、先生が信じてくれたから」


 透子「透明で誰とも話せなかった私が、ここにいられるのは先生のおかげです」


 椿「私の欠点を叱ってくれた人は、先生が初めてでした」


 ひな「先生が来てくれなかったら、私まだ作り笑いしてたと思います」


 さくら「笑う未来が見えたとき、全部先生がいました」


 最後に凛が言った。


「……私は、炎を取り戻せた。それは先生しかできなかった」


 瞬は答えを出さなかった。でも翌朝、理事長室に向かった瞬は、辞令を断った。


 職員室の机に戻ると、机の上に全員の寄せ書きが置いてあった。さくらが「こうなる予知は最初から見えてました」と添えてあった。


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【第23話 全員集合・最後のラッキー大爆発】

「卒業式前日の大掃除で、全能力が一斉に暴走した件」


 一年の締めくくりとなる大掃除の日。全員の「能力開放解禁タイム」が重なった奇跡的な事故が発生した。


 発端はひなが「先生に感謝状を渡したい」と言い出し、緊張したさくらが予知を誤発動させたことだった。


「二十分後に先生が渡り廊下に来るのが見えました!」


「じゃあそこで渡そう!」とあかね(重力が浮き始める)。


「飾り付けしましょう」とみこと(幻術で花が舞い始める)。


「風で花びらを流せます」とあおい(突風)。


 突風で感謝状が飛び、あおいが慌てて風を逆転させ、今度は廊下中の雑巾が宙に舞った。みことの幻術が誤爆して廊下が「桜吹雪のテーマパーク」状態になり、こころの動揺で廊下の一角が凍りつき、雫の慌てた電撃が照明をすべて点滅させた。


 渡り廊下に現れた瞬が見たのは——雑巾が舞い、桜が舞い、廊下が半分凍り、照明がディスコ化した中で、十人全員が「先生、感謝状です!!」と叫びながら走ってくる光景だった。


 全員が同時に滑って転倒し、瞬が全員を順番に受け止めようとして三人目のひなのあたりで耐えきれず、全員で廊下に重なって倒れた。


 しばらく無言が続いた後、瞬が言った。


「……ありがとうございます」


「感謝状、まだ渡せてませんけど」とさくら。


「気持ちは十分伝わりました」


「……先生って、損な性格ですよね」とみこと。


「どういう意味ですか」


「こんな状況でもちゃんと受け取ってくれるから、こっちが恥ずかしくなる」


 笑いが廊下に広がった。凛だけが少し遅れて笑い、それがこの一年で一番自然な、凛の笑顔だった。


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【第24話(最終回) 感動最終回〜来年も、ここで待ってる〜】

「一年後、俺たちはまた同じ教室にいた——それが答えだった」


 一年が終わった。


 三月の終わりの教室に、瞬は一人で立っていた。黒板には全員が書いた「また来年もよろしく」という言葉が残っていた。消し忘れたのか、わざと残したのか。


 一人ずつ、メッセージが脳裏に蘇る。


 さくら「来年もここにいるのが見えました。だから安心して冬休みを過ごせました」


 雫「先生が隣にいる日が、一番電撃の精度が高いんです。ずるいと思います」


 透子「透明のまま話しかけても、ちゃんと聞いてくれたの、先生だけです」


 みこと「幻術の中の告白、いつか返事ください。でも急かしません」


 あかね「先生の隣、来年も確保しますから」


 あおい「記録が伸びたのは先生が見ててくれるからです。来年もよろしくお願いします」


 こころ「手があったかかったです。また暴走したときは助けてください」


 奈緒「テレパシーで送るのは先生だけです。今年も来年も」


 椿「笑った回数、来年も記録します。増やしてください」


 ひな「先生がいるから、ひなは本物の笑顔でいられます」


 最後に、一枚の紙が黒板の端に貼ってあった。凛の字だった。


 ——「炎を封印していた一年を、先生は一日で終わらせた。感謝は言葉では足りないので、来年の実技評定で証明します。また明後日」


 瞬は紙をそっと外して、折り畳んでポケットに入れた。


 春休みが明ける。また教室に行く。また全員の顔を見る。それが今の瞬にとって、何より確かなことだった。


 窓の外に、桜が一輪、咲き始めていた。


 終——【第1期 完】


 次回予告:「超能力学園のセンセイ!第2期——今度はクラスに転入生がやってくる!?新しい能力、新しい騒乱、そして変わらない温かさを。来年度もよろしくお願いします」

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