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1章-7 ファマグスタの長い1日 ②

 シャルナ湖はスプリット山脈に囲まれたファマグスタにとって無くてはならない物流の拠点である。


 満々と満ちたシャルナ湖の水はサイオン河へと流れ込み、北にある大海へと通じている。この為古くからファマガスタは交通の要所として、また山海の出入り口として発展を続けてきた。ファマグスタと隣接している湖畔は辺り一面護岸工事が施されており尚且つ大型船が着岸出来るような大規模な港が造られ、港の周りには物流の中心地であることを象徴するかのように沢山の倉庫がひしめき合うように乱立していた。


 そして、その倉庫街の中でも更に奥まった所にある、人の手が入っていないような古びた倉庫の中から鈴の音は聞こえてきていた。


 あたしは正に飛ぶような勢いで港まで辿り着くと倉庫の位置に中りを付けると、周囲の状況を確認しながらゆっくりと倉庫への距離を詰めていった。


 倉庫の出入り口は正面と左横に各1つ。正面から5メートル程上に明り取りの窓があり、侵入するにはその何れかしか経路は無いであろう。中の気配を探ると1箇所に固まって6人ほどと、若干それより離れた所に3人、そして出入り口付近に各2人感じる。


 ここで一気に強襲するって云うこともできるが、余りにも倉庫内に居る人が多すぎる。それに闇雲に動くとシェハラザードに危険が増すからそれは避けたい。さて、どのように侵入しますかね・・・と考えていた所で後ろから気配を感じあたしは弾かれたように後ろを振り向くと、腰を落とし直ぐ動けるよう体勢を構えた。


「あら、坊やがこんな所で何をしているのかしら?」聴こえてきた女の声に更に警戒を強くする。

 倉庫の影から紅いロングスカートの裾が見え、ついで壁に片手をつきながらゆっくりとした動作で女がその全身を露わにした。

 

 年の頃は20代前半ぐらいだろうか。薄汚れた真紅のロングワンピースを身に纏い、その胸元はギリギリまで大きく開けられていてその豊満な胸と肌の色の白さが強調されていた。少し下がり目の目尻と目元の泣きボクロが妖艶さを与え、そして少し乱れた状態の灰色の纏め髪が彼女の婀娜めいた雰囲気とよく合っていた。


「もしかして迷ってこんな所に来たのかしら?」彼女は煙管を一服すると息を吐きながら言葉を続けた。

「ここはね、荒っぽい連中が多いから坊やみたい育ちの良さそうな子には危ないから早く街へお帰りなさい。」


 艶やかな笑みを浮かべ煙管を吹かす彼女を警戒を解くことなく見つめながら慎重に口を開いた。


「帰れません。」

「まぁ、それはなんで?」

「ここで俺にとって命にも代えがたい大切なものを無くしました。・・・見つけるまでは帰れません。」

「・・・そう、でもねもう日も沈んでくる時間。いくら大切なものでも自分の命が無くなるよりはマシでしょう?」


 彼女の言葉で改めて太陽の位置を確認する。確かにもう夕方近い時間になり、周りの雰囲気が刻一刻と悪化しているのが感じ取ることが出来た。そんなことを感じたあたしに更に彼女は言葉を繋げる。


「今日は一度出直して、明日日が昇ってからまた探しに来なさい。・・・その方があなたの為よ。」

 あたしは彼女の思いのほか強い力を放つ目をじっと見返しながらゆっくりと首を横に振った。

「・・・明日になれば、大切なものを完全に失ってしまいます。今でなくては駄目なんです。」

「何を失ったか、訊いてもいいかしら?」

「いえ、個人的なことなので・・・では失礼します、御忠告ありがとうございました。」


 頭の中に響き渡る鈴の音をずっと感じながら、あたしはこの彼女との不毛な会話に焦れていた。

 シェハラザードは直ぐ近くにいるのに助け出せない焦燥が募り、ついに会話を一方的に終わらせると女性に意識を向けつつ背を向けて目的の倉庫へ近づこうとした。


「お待ちなさいな。」


 あたしは耳元で聴こえた思いのほか強い口調の言葉に驚いて振り向いた。見ると彼女は全く動いた気配は無いが声だけが聴こえる。あたしの背中に冷たい汗がゆっくりと流れ落ちた。

「安心なさい、【風脚】の魔法の応用よ。」また耳元で声が聞こえた。彼女は続けて

「たぶんあなたの探し物が何であるか大体の想像が付くわ。・・・ねえ、あなたが必死になるのも分かるけど貴方が不用意に行動することで貴方が探しているような失せ物が沢山もう手に入らない場所に行ってしまうのだけれど、それでも良いのかしら?」

「・・・どういうことか分かりませんが、仮に貴女が仰った内容がその通りだったとしても俺には貴女を言うことを信じるにはまだ根拠が足りませんが。」


 魔法を使われたことであたしの警戒心は格段に跳ね上がる。右手に持つ棒を強く握り締めながら、しかし彼女が言った内容がとても気になり更に彼女の話を促した。


「ええ、確かにその通りね。でも、あなたが一人だけで探し物を見つけようとしても色々と上手くいかないのではなくて?それに・・・」

 そこで彼女は一息つくと、あたしの顔をしっかりと見ながら嫣然と微笑み一言一言区切りながらいった。


「あなたの探し物は今日の夜半まで動かないわよ。」


 ギン!!

 その言葉を認識した瞬間、あたしは一瞬で彼女まで跳躍するとその勢いで金棒を突きつける。が、彼女は持っていた煙管で金棒の軌道を呆気なく変え受け流すと涼しい顔のままあたしを見上げた。

「何故そんなことをあなたが知っている!?」

「それを知りたいのならあたしに着いていらっしゃい、ぼうや。ここでは詳しい話はできないわ。」


 その言葉を合図にあたし達は互いの獲物を引くと、女性は身を翻し後について来るよう目配せをする。あたしはそれに頷くと一度シェハラザードが捕らわれている倉庫をじっと見つめ、改めて鈴の音がそこから聞こえることを確認してから女性の後に続いて歩いていった。


 ******


 あたし達はそれから15分ぐらい歩いた倉庫街の一角にある宿に入っていった。


 1階に酒場と2階を宿屋を構えているごく普通の宿であったが、どうやら彼女はちょっとした人気者らしく酒場に屯していた酔っ払い達からしきりに声を掛けられるのを笑って上手くあしらいながら、マスターに一言声を掛けるとどんどん2階に上がって行き、最奥の部屋に入るとあたしを招きいれドアを閉めた。


 そして、部屋の中に置いてある本棚の中から1冊の本を奥へと押し込む。すると、何処からか「カチッ」と鍵のような音が聞こえた。その後彼女は本棚を左にゆっくりとスライドさせると本棚の奥にもう1枚扉が存在し、居住まいを正してから扉を軽くノックした。


「どうした?」中から男の声が聞こえてくる。あたしは少し腰を落とし直ぐに動けるよう体勢を変え様子を伺う。

「失礼します」と扉を開け、女性は先程までと全く違った雰囲気になり中に居る人物へ敬礼する。

「モイラ・ヘインズ少尉です。閣下、例の件で関係者と思しき人物と接触した為こちらに連れて来ましたが如何なさいますか」

「・・・こちらへ通せ」

 モイラと名乗った女性は「どうぞ」とあたしが部屋の中に入るよう促した。部屋の中は想像よりも大きく10畳ぐらいの広さがあり正面に大きく窓とかなり重厚な造りのデスクがあるのがとても印象的で、良くも悪くもそれ以外は本棚以外家具らしい家具が全く無い殺風景な部屋であった。


 一通り部屋の中を観察し終わるとあたしはこの部屋の主たる人物に視線を移す。思っていた以上に若い男性であったが、その男性はあたしの顔を見て驚愕の余り動きが止まっていた。


「・・・?閣下?」彼の様子に思わずモイラも声を掛けるのを躊躇っているようだったが、その声で我に返るとあたしの顔を見ながら懐かしそうに顔を綻ばせた。

「久しぶりだな、アレク。・・・まさかこんな事でまたお前に会うなんてな。」

 今度はあたしがびっくりする番だった。知り合い??誰??

 あたしが余りにも驚いたからであろう。彼は人の良さそうな顔に苦笑を滲ませ、

「こんな格好しているから驚くのは無理ないか。俺だよ、ロイ・カルヴァートだよ。」と屈託の無い笑みを浮かべた。


 あたしはそこで改めて彼を見直した。見事なブロンドに蒼天の瞳。一見貴族的に感じる美貌ながら印象はあくまでも男性的であり、ブルーに金糸で刺繍されている軍服に身を包みながらも判る無駄の一切無い鍛え上げられた肉体と185センチほどは有ろうかという立派な体格がその事を更に裏付けていた。


 ロイ・・・手紙の人だ!!漸くそこで記憶が繋がり、あたしはシェハラザードから聞いていたロイに関する情報を脳内から引っ張り出す。たしか、アレクにとっては兄貴的ポジションで冒険者仲間。最近家業を手伝っている・・・て、さっき閣下って呼ばれていたからもしかして家業って軍人かよ?!


 シェラハザードが攫われた今、知り合いに偶然出会えたことは間違いなく僥倖に違いないのだが、この記憶が無い、彼の事を一切知らないと言う状態をどう説明し協力を求めたらいいのか・・・あたしは心の中でそっとため息をつくのであった。






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