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1章-6 ファマグスタの長い1日 ①

 リヴォーネ国はまだ建国100シーク程の新興国だが、ファマグスタ自体は旧国家の建物をそのまま使用しているため新旧建物が入り乱れつつもそれが独特の活気を生み出している都である。


 街はスプリット山脈側に城門が存在し、城門の周囲の内側から中心部に向けて市街地、貴族街、王城といった順番で構成され、近い建築方式で例えるならば、ゴシック様式とアールヌーヴォー建築が乱立しているように感じるが、それが不思議と独特の壮麗且つ優雅な雰囲気を生み出していた。


 そんな中でも特に目立つのは闘技場の存在であろうか。ローマのコロッセオを彷彿とされる重圧感漂うこの建築物は、優美な印象を持つこの街の中では一際異彩を放っていた。


 そして馬車を降りたあたし達は捕まえた盗賊団を憲兵に出すことで得た僅かな懸賞金を財布にしまうと、痛んでしまった服や保存食料を整える為一旦市場に足を向けた・・・んだけど、もう彼此2時間近くシェハラザードがあらゆる甘味屋さんを男女の区別なく店員さんをその美貌で誘惑し味見をせしめております。無駄に美貌の大安売りをしているのか、それとも経済的にとても効率の良いことをしているのかあたしには良く分かりません!!でもシェハラザードが市場を歩き廻ってくれているお陰で貨幣のことは若干理解できるようになったから、まあ良しとしよう。


 メイン通貨は“クローナ”大概このクローナが通貨単位になるんだけど、それよりも単位の小さい硬貨が存在しそれは“シリン”と呼ばれている。ちなみに100シリンで1クローナと言うとても分かりやすいのは本当にありがたかった。(それと貨幣の種類としては20クローナ銅貨、50クローナ銀貨、100クローナ金貨に分かれていた)大体1日2クローナもあればお腹一杯食べることが出来て、4人家族なら50クローナあれば衣食住足りた生活を送れる金額ということだった。


 シェハラザードの様子を見ると甘いものを沢山食べてとっても幸せそうな顔をしていたので、本来の目的である装備を整えるために露天を探してみることにした。でも、そこは身体は男でも心は乙女・・・つい装備よりもシェハラザードの洋服選びの方についつい熱が入ってしまった。いや、可愛い女の子は何を着ても似合うからもう選び甲斐があるある!


 結局迷った挙句、綺麗な赤毛を引き立たせるためライトグリーンのシフォンのような柔らかな素材のワンピースと動きやすさを重視してオフホワイトのスパッツのようなズボンを重ね着することに決定した。ワンピースは襟ぐりと裾部分に金糸で細かく唐草模様が刺繍されているのがとても上品でスカート丈も膝上ぐらいなのでそれだけ単品で着ても十分に可愛い造りになっていた。


 また、髪の毛が腰まであるため一緒に髪留めもコーディネートする。パピヨンの翅が薄い緑と金色の七宝になっていてそれが太陽の光をキラキラと反射することで彼女の可愛らしさを一層輝かせているのに非常に満足したのであった。


 で、あたしの服選びというとごくあっさりとしたものだった。目に付いた襟に銀の簡単な刺繍の入ったシンプルな黒いシャツとそれと揃えで置いてあったスボンに脚を通し、その後上半身に薄い金属板を挟み込んだ黒く染め上げられた軽量さが売りの革鎧を身に付け、最後に武器屋を覗き身長ぐらいの長さのある棒を手に取り、素材と重さを確認するとこれを購入することにした。


 あたしの手に取った棒を見てシェハラザードが不思議そうな顔をしていた。うん、そうかもしれないね。もうアレクシスの武器としてロングソードを持っているのだから。でも、いくら『人殺しも時と場合によっては許される』世界に来たとしても、あたしは人の身体を斬るという行為を出来るだけしたくはなかった。日本と言う戦争のない国で育まれた倫理観。それとこの記憶だけがあの世界からあたしが持ってこれた最後の財産。あたしは自分に残されたその財産を守る為、相手を成るべく生かすしながら攻撃力を0にする為に棒を持つことにしたのだ。まあ、棒といっても鉄で表面を包んでいるから十分に殺傷力はあるけれど剣よりは全然マシ。


 さて、一通り市場も堪能したことだし、そろそろ手紙の送り主に会いに行こうかと4メートルほど前を跳ねるように歩いているシェハラザードに声を掛けようと目を遣ると、丁度シェハラザードの身体が真横に引っ張られ路地の奥に引き擦り込まれていた。


「シェラ!!」大声を上げ人を掻き分けシェハラザードが引き擦り込まれた路地に飛び込む。しかし左右に入り組んでいる構造の為か今目の前で起きた出来事なのにもうその姿を見ることができなかった。

 くそ!!あんなに人目を引く子なのに!あたしは今居る世界とまだ日本と同じ感覚で居たのか。人殺しでさえ理由があるなら正当化される世界なんだからちょっと目を放したらあんな綺麗な子がどんな目にあうか、少しの想像力を働かせたら直ぐ判るだろうに!!


 自分を思い切り罵りながら路地の奥へ奥へとシェハラザードの姿を探し血眼に走り回る。奥は迷路状態のスラム街になっていて、必死にもしかしたらシェラハザードが上げているかもしれない声を聞き取ろうとしても全く聴こえず、辺りを探っても気配も感じることが出来なかった。更に奥に進んで行くと無気力に座り込んでいる子供達が居たため、こちらに赤髪の女の子が拐かれて来なかったかと聞いてみるが、いずれの子供も申し訳なさそうに目を逸らし返事をすることはなかった。


 その彼らの姿を見て確信する。シェラハザードはこのスラムを統括する組織にさらわれた。


 あたしは余りの自分の情けなさと無力さに、目の前が真っ赤に染まったかと思うほど怒りに駆られていた。こうして手を(こま)いているうちに益々彼女は手が届かない場所に連れて行かれてしまう。

 『シェラ、シェハラザード!!何処だ、せめて何か手掛かりが・・・!!』

 思わず余りの不甲斐なさに力いっぱい唇をかみ締めた。口の中に血の味が拡がる。


 と、その途端 頭の中に涼やかな鈴の音が鳴ったと感じた瞬間あたしの知覚範囲は全方向に対し爆発的に拡がっていた。それと同時に感覚は一つに集約され真っ直ぐ神経が伸びるかのごとく1方向に進んで行き、ある地点にある鈴の音と辿り着き、それと完全に結合するとあたしは夢から覚めたように覚醒し何が起きたかを完全に認識する。


“血の契約”――その意味をあたしは理解した。


 アレクシスはシェハラザードに己の血と精気を与えることで相手の身体を自分の身体の一部へと変化させていた。自分の身体なら目を瞑っていても何処で何をしているのか当然理解できるし、“ワコク”の民のように自分のキャパ以上の魔力を保持できるようになったからこそ、瀕死状態のシェラハザードにキャパ以上の生命力(魔力)を強制的に注ぐことによって通常の【再生】では不可能な傷も癒すことが出来たのだ。


 そして、今あたしはシャルナ湖に向けて全力で走り出した。小さくか細く鳴っている鈴の音

 ――シェハラザードがそこに居るのを確信して。


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