1章-8 ファマグスタの長い1日 ③
ユニーク&お気に入り&評価してくださって本当にありがとうございます!!
それを原動力にしてがんばります!!ほんとに大感謝です^^!!
・・・・えっ・・・うぇ・・ん―――ひっぃ・・・・ぃえっ・・・・ひっく―――
・・・・・身体がいうことを利かない・・・・・・なんだろう・・・?泣き声が・・・聴こえる・・・?
瞼がとても重い。開くにもとても体力を使う。けれど、堪えるような小さい子供の泣き声が気になって、何とか目を開いてみた。
大きな檻の中に、とても小さな子供達が5人ほどお互いを支えあうように1箇所に固まり、そのうち数人はシェハラザードの身体に縋り付いて泣き声を抑えながらも必死に彼女の身体を揺さぶり続けていた。
・・・な・・・・に?此処は――――――?
先程から、意識が朦朧として上手く頭が働かないのを、必死になって思考を組み立てようとする。確か、あたしは―――
――――ああ・・・あたしは、アレク様と市場でお買い物をしていて―――お洋服と髪飾り買って貰って・・・・うれしかったの――――それではしゃいじゃって・・・それで―――
『シェラ!!!』
「アレク様!!!」
そこまで思い出すと、完全に自分に何が起きたのか把握できた。そうだ、あたしは買い物の途中で拐わかされたんだ。急に引っ張られたと思ったら何かを嗅がされて急速に意識が落ちてしまった。
『アレク様の従者たる身に在りながら、なんという失態を・・・』
誘拐された恐怖より、アレクシスに心配を掛けているということが心に重く圧し掛かり、思わず唇をかみ締める。
あの異世界から来た娘は必死に自分に隠そうとしているが、この世界に来て想像以上に精神に負担を掛けていた。いつも笑っているけれど、ふと一瞬とても暗い眼をする時があるのをシェハラザードは知っていた。
ピンと限界まで張り詰めた糸。
そんな彼女の支えになりたいのに。自分の命の恩人であるアレクシス。そのアレクシスの命を助けた忍。その二人の心の安らげる場所になりたいのに。
自分の願いと全く逆の状況になり、余りの自分の不甲斐なさに耐え切れない涙がぽろぽろと溢れ落ち、膝の上に握り締めていた手の上に吸い込まれて消えていく。
そして、そんな彼女の感情に引き摺られたのか、周りの子供達が泣き声を挙げようとした途端、檻の中に幾つかの飴玉が乗った手が差し出された。
「ほら、みんなあんまり泣くと目が溶けちゃうっていうぜ。こんなのしかないけど、みんなで分けあって食べな。」
こんな状況で余りにも場違いなとても優しい声が聞こえ、シェラハザードを始め子供達も途端に泣くのを止め声の主をまじまじと見入った。
アッシュブロンドの髪に明るい真冬の青空の瞳。咥えタバコをした唇は悪戯っぽそうに弧を描いている。10人中7人は格好良いと表現しそうな顔をしているのに、全身から漂う悪餓鬼といった雰囲気がその印象を大きく下げている。だが、それさえも楽しんでいるような飄々とした空気を身に纏っていた。
「その飴玉さ、“アンジェリカ”で買ってきたからきっと美味しいぞ。」
彼はそうファマグスタでも1、2を争う有名菓子店のお菓子であると言うと、それまで沈んでいた子供達の顔に少し明るさが蘇り、先を争うように飴玉を口に頬張ってゆく。その顔をニコニコしながら見ていた彼は、まだシェハラザードが口にしていないのを見ると包装紙を捲り、おもむろに「ほら、お嬢ちゃんも」といって彼女の口に押し込んだ。
シェハラザードの口の中に、柔らかい、染みとおるような甘さが広がり、ささくれ立った心をジンワリと癒していく。
彼女の顔つきが穏やかになったのを確認すると、彼はちょっと顔を近づけ気のせいかと思うぐらいの小さい声で一言
「もう少しだから、みんながんばってくれ」というと何事も無かったかの様に表情を消し、他の見張りのところに戻っていった。
その彼の姿を呆然と見送っていたシェハラザードであったが、自分のあずかり知らぬ所で何かが動いていることを察すると、子供達を確りと見つめ何かあった場合は自分が出来うる限り守ろうと心に誓うのであった。
******
さて、あたしはロイと暫く見詰め合ったまま何と会話を切り出していいのか思案に暮れていた。
いきなり『記憶喪失なんです』といっても普通は信じないだろう。それに此処に来るに至った状況が状況だ。あたしなら絶対に疑う。
そんなことをつらつらと考えていると、思いも寄らぬ所から会話の切欠はやってきた。
「閣下?そちらの方とはお知り合いですか?」
モイラは、ロイの態度を見て知り合いであるとは確信していたが、上官の口から状況の説明を求めていた。
するとロイは彼女の強い視線を受け、まるで悪戯が見つかった子供のようなバツの悪そうな表情を浮かべつつも冒険者時代の話を取り上げつつ、
「ほら、以前話した・・・」と続けて彼女へのそれ以上の説明を濁していた。
すると彼女は少し記憶の淵を彷徨った後、直ぐ思い当たることがあったらしく、「ああ!あなたが・・・」と声を挙げ、モイラはしみじみとあたしの全身を見て納得したように頷いたのだった。
・・・なんか、どのような説明をされているのか非常に気になるんですけどね・・・
二人の応対をみて、取り合えずあたしが誰であるのかは説明不要と判断する。と、ロイはふとそれまでの穏やかな雰囲気を変え、笑みを消してこちらに向き直ると、
「ところで、アレク。シェハラザードの姿が見えないが・・・」
いつも傍に居て決して離れない存在がいつまでたっても現れないことに疑問を投げかけてきた。
これこそがあたしが此処に着いてきた理由であり、一番に尋ねなければならない問題である。
自分の中で状況を整理する為一つ息をすると、あたしは今まで起きたことを1つ1つ説明することにした。
ファマグスタに向かう最中、盗賊に襲われその時記憶をほぼ全て失ってしまったこと。
ロイの手紙を頼りにファマグスタに到着したが、市場で買い物の途中シェハラザードが攫われてしまったこと。
何とか捕らわれているであろう場所を突き止めることが出来たが、そこでモイラに遭い無謀な行動を窘められ情報を与える旨示唆され、ここまで着いて来たこと。
ロイはあたしが説明している間、視線をこちらに向けたまま黙って話を聞いていたが終わると小さく息を付き、ゆっくりとこちらに近づくと、その大きな手を掲げてあたしの頭の上に乗せクシャクシャと労わる様に撫で始めた。
「・・・記憶が無い状態でよくがんばったな・・・辛かっただろう。」
あたしはハッとロイを見上げて彼の目をじっと覗き込み、
「記憶が無いことは疑わないのか?」と一番疑問に思っていたことを口にした。
それに対しロイは淋しそうな笑みを浮かべてはいたが、やがて確信を伴った口調で肯定の意を示す。
「いつもと様子が違うのは、お前が入ってきたときから分かっていたさ。お前は俺のことを『初めて観る』っていう顔をしていたし。何よりもお前はもっと騒がしい奴だったからな。」
そう言いながらも、彼の手は止まらず絶えずあたしの頭を力強く、優しく撫で続けていた。
そんなロイの行動に『こんな風に子ども扱いするからアレクが抵抗して騒がしくなるんじゃないか』と思いつつも、その大きな手の温もりにこの世界に偶然辿り着いてしまってからずっと堪え、気付くまいとしていたものが溢れ出しそうな気がして、あたしはシェハラザードを助け出すまでは決して気を緩めまいと必死で拳を握り込んだ。
動揺した心を落ち着かせ、意識を完全に切り替え『男』としての仮面を被りなおすと、勢い良く頭上の手を払いのけ、
「いい加減ガキ扱いは止めてくれませんか?それよりもそっちの情報を教えて欲しいんですけどね。」
と、促すことで少々強引ながらも話題を変える。すると二人はそれを受け表情を引き締め、1歩モイラがこちらに進み出でると「閣下の身元保証があるということと、当事者の一人であるため事件の経緯についてお話しますがくれぐれも特例であると認識してください。」と確認をしてから事の説明をはじめたのだった。
******
事件は2ラスほど前に遡る。
ある子供が友達と遊んだ後、家に帰宅する途中忽然と姿を消した。両親と軍の捜索も空しく、何か事故に巻き込まれたとも、事件にあったという証言も得られるまま5リス程経過したある日、また子供が一人買い物の途中に姿を消した。そして、それから実に3~7リスに一人という異常なペースで子供・・・6歳から11歳ぐらいの見目麗しい子供達が次から次へと行方不明になっていった。
以前も子供が行方不明になるという事件はあったのだが、この最近のように頻繁に発生することは今までに無い異常さであった。この事を重要視した国王は軍に事態の早急なる収拾を図るよう指示をし、それを受けロイを始めとする特務部隊が捜査を開始する。
捜査の結果、スラムを拠点とするとある犯罪組織が人攫いを行っており、子供達は倉庫街のある区画にある名義不明の倉庫に数人集められてから、新月の夜に船でシャルナ湖にある無人島へと運んでいくようである。そして潜入している部下からの報告によると今日人数が集まり、移動の条件も整ったので島に連れていくと連絡が入った。
「そして、今日の午前25時に子供達を乗せた船は出港する予定となっていますが、その中にはあなたの探している人の特徴を満たしている人も含まれて居ます。」
「本当ですか!?彼女の様子は?」
噛み付かんばかりの勢いのあたしに、モイラは安心させるよう淡く微笑みを浮かべつつ、
「それについては安心なさい。潜入中の仲間が接触し、彼女をはじめ一緒に捕らえられている子供達の安全は確認してあるわ。」
私達の仲間を信用なさいと、彼女は優しく訴えかけたのであった。
取り敢えずシェハラザードの無事を聞かされ、一番危惧していた心配が回避されたことであたしはようやく肩の力を少しだけ緩めることができたが、あたしには絶対やらなくてはならないことがある。
「お願いします!俺も一緒に連れていってください。」
あたしが二人の顔を見比べながら、自分にとって絶対に譲れない事を主張した。シェラハザードが攫われたのはあたしの不注意に原因がある。彼女はどんな事があっても助けださなくては。
ロイはそんなあたしの様子に苦笑いを浮かべながら「お前の事だから、どうせダメだと言っても黙って付いて来るだろう?」と認めたものの、たが条件があると言葉を繋いだ。
「以前のお前の実力なら大歓迎だが、・・・記憶を失ったお前はどのぐらい戦えるのか確認させてもらおう。」
そう言って心底楽しそうな凶悪な笑みを口に湛える男を見ながら、あたしは軽く慄きながらもどこかでこの展開を待ち望んでいる自分が居たことを感じていたのだった。
「地下にちょっとした訓練所がある。そこなら少しなら時間は取れるだろう。ヘインズ少尉もそれぐらいなら大丈夫だろう?」
ロイは呆れ顔をしているモイラを横目にそそくさと絨毯の下に隠してあった地下通路を開けると、あたしの背中を押してどんどんと奥に進んでいく。少し湿った螺旋階段を下りると直ぐ突き当たりとなり、小さな木の扉を開けるとちょっとした大きさの石造りの広間に出た。壁に剣やら槍やら並んでいるのを見ると、此処が訓練場なのだろう。
はーっと疲れた声が聞こえ、振り向くとモイラが眉間に手を当て痛みをこらえる仕草をしていたが、露骨に溜め息をつくと
「・・・分かりました―――閣下、3分です。それ以外は絶対に許可しませんので。私が合図したら開始してください。」といって思いっきりロイを睨み付けていた。
なんか、モイラさん色々苦労が絶えないようで・・・ちょっと申し訳なく思ったけれど、不思議と心の奥から湧き上がる高揚感に突き動かされ、すぐ感心がロイに向いてしまう。―――判る・・・アレクはロイと剣を交えることをとても楽しみにしていたんだ!!
つい、こんな状況なのに笑顔を浮かべてしまった。不謹慎だと思うのに、彼と戦えると思うと気持ちが止められない。
ロイは訓練用の片刃刀を手に取り重さを確かめると、あたしに得物はどれにするか聞いてきたが、あたしは手に持った金棒を見せてこれを使うと合図した。
あたし達は訓練場の真ん中に近づくと、それぞれの位置で構え間合いを計り始める。永劫のような一瞬が訪れた後、モイラさんの高らかな試合開始の声が響き渡った。
あたしは1歩大きく踏み出すと、上段突き・上段横面突きの2回攻撃後身体を回転させ振りかぶってか左袈裟懸けを仕掛けてみる。が、ロイはそれを難なく見切ると、腰の片刃刀に手を掛けるとぐっと大きく踏み込んできた。刀身が煌めき、刃の残像が見えたがそれを見た途端、全身の肌が泡立ち、咄嗟に棒で受けるのを止め地を蹴り大きく間合いを広げることで回避する。
「・・・・いい判断だ。」
そういって笑うロイに言いようの無い寒気を覚えた。頬に冷や汗と、それとは違う液体が流れる感覚が伝わってくるが、それが却ってあたしに気合を与えた。見よう見まねの棒なんて使っていたら本当にヤバイ怪我をする。あたしは金棒を投げ捨てると、緊張で固まった身体から呼吸することで力を抜く。その姿をニコニコしながら見ていたロイは、あたしが落ち着いたのを見計らって声を掛けてきた。
「準備運動はもういいのか?」
「ああ、悪かったな。これからは本気でいかせてもらうよ。」
そう言って、腰を落とし構えるあたしを心底楽しいものを見ている様子でいたロイだったが、一瞬のうちに表情を全て無くすと凄まじい勢いで突きを繰り出してきた。上半身の急所を狙った複数の重い突きを体裁きで必死にかわし続けて何とか反撃のタイミングを計る。突きをした瞬間の腕が伸びた隙を見逃さず外払いをし、ロイの体制が僅かに崩れたの狙い間合いに飛び込むと中段突きを見舞おうとするが、刃を返すことで回転してきた刀で薙ぎ払われそうになり咄嗟に上半身を捻って刃を交わすとそのままバク転をしながらロイの顎を蹴り上げた。
一旦、双方共に間合いを取り攻撃のタイミングを伺う。そしてロイが再度腰を落とし踏み込みの動作をし、あたしがそれよりも先に彼の間合いに飛び込もうとした時、無常にもモイラの「時間です!!」という終了を告げる声が響き渡ったのであった。
「・・・で、閣下。お楽しみの所申し訳ありませんが、結果は如何なさいますか。」
そのモイラの声に今更ながら本来の目的を思い出しあたしは不安げにロイを見たが、ロイは再度あたしの頭をグシャグシャ掻き回しながら「少尉、今更そんなことを聞くのか・・・」とつぶやいていた。
「ヘインズ少尉、俺の壱の刀をかわせた奴は今まで全く居なかったのだが、それを見切っただけでも十分に力量が知れると思うけれどね。」
「わかりました。では、今回の作戦時では一時的に彼を部隊の指揮下に配することにいたします。」
二人の会話を聞いていたあたしは、思い切り顔を綻ばせる。もしかして、それって!!
「じゃあ、今日は宜しく頼むよ、アレクシス。」
こうして、あたしとロイは改めて握手しあい、何とか今回の救出作戦に加わることが出来たのだった。
・・・今回は本当に難産でした><!もう戦闘シーン書いている方って本当に凄すぎです!!