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流れと火と、開かれた穴

生きるという行為は、

本来、教えられるものではないのかもしれません。


喉が渇けば水を求め、

空腹であれば食を得る。


それらは理屈ではなく、

“知っている”ものとして存在している。


では、その“知っている”とは何なのか。


記憶なのか。

本能なのか。

それとも――もっと別の何かなのか。


まだ何も持たない存在が、

初めて「生きる」をなぞるとき、


世界は少しだけ、形を持ちはじめます。

歩き出してから、どれほどの時間が経ったのかはわからない。


ただ、足は止まらなかった。


理由はない。

だが、進むべきだと――“わかっている”。


 


やがて、景色が変わった。


 


岩肌に、大きな窪みがある。


雨風をしのぐには十分な広さ。

自然にできたもののはずなのに、どこか“手が加えられている”ような気配があった。


 


近づく。


 


そこには――


 


石が、積まれていた。


 


ひとつ、ふたつではない。

無数に。


小さなものから、大きなものまで。

誰かが意図を持って積み上げたとしか思えない形で、そこかしこに並んでいる。


 


……これは、何だ。


 


儀式か。

祈りか。

あるいは――


 


“願い”か。


 


言葉は浮かぶ。

だが、答えは浮かばない。


 


ただ、その場所には確かに、

“何かが積み重なっている”感覚だけがあった。


 


視線をずらす。


 


すぐ横には、細く澄んだ流れ。


 


川だ。


 


せせらぎの音が、静かに響いている。


 


喉が、渇いていた。


 


理由はわからない。

だが、その感覚もまた“理解している”。


 


しゃがみ込み、両手を合わせる。


 


水をすくい、口へ運ぶ。


 


冷たい。


 


だが、それ以上に――


 


“満ちる”。


 


乾いていた何かが、確かに満たされていく。


 


「……水、か」


 


自然と、言葉が漏れる。


 


そのとき。


 


水面の下で、何かが動いた。


 


魚。


 


影が、揺れる。


 


――捕れる。


 


なぜか、そう思った。


 


手近に落ちていた木の枝を拾い上げる。


重さ、長さ、しなり。


 


……ちょうどいい。


 


水面を見つめる。


呼吸を止める。


 


そして――


 


突く。


 


一瞬。


 


だが、その一瞬で、結果は決まっていた。


 


枝の先には、魚が貫かれている。


 


「……」


 


驚きはない。


 


できると“知っていた”。


 


それが不思議だとも、思わない。


 


捕らえた魚を岸へと置き、周囲を見渡す。


 


乾いた枝。

燃えやすそうな葉。


 


それらを集め、ひとところに寄せる。


 


そして、手をかざした。


 


意識を、集中させる。


 


――熱。


 


その概念を、引き寄せる。


 


指先に、わずかな揺らぎが生まれた。


 


火だ。


 


小さな火が、確かにそこに“在る”。


 


それを、落とす。


 


乾いた枝が、音を立てて燃え始めた。


 


「……火」


 


これもまた、“知っている”。


 


なぜかは、わからない。


 


だが、扱える。


 


それで十分だった。


 


魚を火にかける。


皮が焼け、脂が落ち、匂いが立ち上る。


 


やがて、焼けた。


 


それを手に取り、口に運ぶ。


 


調味料などない。

味付けもない。


 


だが――


 


「……うまいな」


 


それだけで、十分だった。


 


食べ終え、しばらくその場に座る。


 


風の音。

水の音。

火の残り香。


 


それらを感じながら、

静かに時間が流れていく。


 


やがて、立ち上がる。


 


進むべき方向は、決まっていた。


 


川の上流。


 


理由はない。

だが、それが“正しい”と、わかっている。


 


歩き出す。


 


しばらく進んだ先で、それは現れた。


 


巨大な、洞穴。


 


その入口の横には、転がるようにして置かれた――


 


大きな岩。


 


かつて、この穴を塞いでいたもの。


 


そうとしか思えない形だった。


 


そして――


 


近づくまでもない。


 


そこからは、明確に“何か”が溢れていた。


 


重い。

濁った。

まとわりつくような気配。


 


邪悪。


 


その言葉が、自然と浮かぶ。


 


「……」


 


あの感覚だ。


 


どこかで知っている。

だが、思い出せない。


 


それでも、理解だけはできる。


 


これは――


 


「ダンジョン、か」


 


口にした瞬間、確信に変わる。


 


なぜわかるのか。


 


それは、わからない。


 


だが――


 


“入るべきだ”。


 


そう、わかっている。


 


「……その前に」


 


ふと思い出す。


 


もう一つ、確認すべきことがある。


 


意識を内側へと向ける。


 


言葉を紡ぐ。


 


「――ステータス、オープン」


 


視界の奥に、情報が浮かび上がる。


 


数多の項目。


 


その中のひとつに、目が留まった。


 


――状態:満足


 


「……そうか」


 


小さく、呟く。


 


満たされている。


 


だからこそ、次に進める。


 


光は、まだ名を持たない。


 


だが確かに――


 


“生きている”。


 


そして、その足は。


 


迷いなく、闇へと向かった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


この回では、

水を飲み、火を扱い、食を得るという、

ごく当たり前の行為を描いています。


ですが、この物語においてそれは、

“ただの当たり前”ではありません。


何も持たない存在が、

初めて世界と関わり、

初めて“生きる側”へと踏み出した証でもあります。


そして、その先に現れた“穴”。


あの場所は、この世界における

ひとつの境界となる存在です。


光がそこに踏み入れたとき、

何が起こるのか。


それはまだ、誰にもわかりません。


次回――はじめての“対峙”。


この存在が、世界の異質なものと向き合う瞬間へ。

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