表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/37

8.鐘が鳴る

 魔獣のリーダーが倒れた瞬間、地下室の空気がふっと軽くなった。

 さっきまで、息を吸うのにも引っかかりがあったのに。


 わたしたち三人はその場で立ち止まって、荒い呼吸を整える。

 剣先を下げても、手がまだ震えていた。


「やったな!」


 レオが剣を軽く振って、赤い目を細めた。言葉が跳ねる。いつものレオだ。

 わたしも声を返そうとしたのに、最初に出たのは息だった。


「……うん」


 喉に詰まってたものがほどけて、肩が落ちる。

 追い払えた。ほんとに。


 わたしはサイラスを見る。

 サイラスは杖を持ったまま、倒れたリーダーから目を離していない。顔はいつもどおり整ってるのに、目だけが固い。


 でも――さっきの魔術。


「サイラス。いまの、エンフォース……すごかった。魔術って、あんなふうに使うの?」


 聞きながら、自分の声がちょっと浮いてる気がした。戦いのあとのテンションって、変になる。


 サイラスはようやくこちらを見て、


「……ああ」


 短い。終わり。


 終わり!?

 わたしは思わずレオのほうを見た。レオは「だよな」と言いたげに肩をすくめてる。


 気を取り直して、もう一歩だけ踏み込む。


「魔術って、わたしにもできるかな」


 わたしの声に、レオの視線がちらっと動いた。たぶん同じこと考えたことある顔。


 サイラスは迷いなく言った。


「無理だな。今まで発動したことがないなら、いまさら出てこない」


 ばっさり。

 言い方が冷たいというより、ただ“結果だけ”を並べてる感じ。


「……ちっ」


 わたしが小さく舌打ちすると、サイラスの視線が一瞬だけ揺れた。


「おまえは飛べる。それでいい」


 その一言だけ、少しだけ角が丸い気がした。

 わたしは返事を飲み込んで、剣を鞘に戻す。


「行くぞ。まだやることがある」


 サイラスが階段へ向かった。

 わたしたちは慌てて後ろにつく。




 教会の外へ出ると、空が明るくなっていた。

 街の石畳が、朝の色に変わりはじめている。


 サイラスは教会の尖塔を見上げた。


「鐘を鳴らす」


「鐘?」


 わたしが聞くと、サイラスは目線を外さないまま答えた。


「ずっと鳴らせなかった。魔獣が去った合図だ。街の人々が戻ってくる」


 なるほど。

 言葉は少ないのに、ちゃんと目的がある。


 サイラスが教会の中へ戻り、上へ上へと階段を登り始めた。

 わたしたちも続く。息はまだ整いきってなくて、階段が地味にきつい。


 鐘楼に着くと、立派な鐘がそこにあった。

 思ってたより大きい。これ、ほんとに鳴るの?


 サイラスが綱を掴む。


「手伝え」


 命令っぽいのに、どこか必死さが混じっている気がした。

 レオが先に綱へ手を伸ばし、わたしも並ぶ。


「せーの!」


 レオの合図で、三人で一斉に引いた。


 がぁん――


 空気が震えた。

 耳の奥に、ずん、と重い音が残る。


 がぁん、がぁん、がぁん。


 わたしたちは何度も綱を引く。

 鐘の音が、丘の上から広がっていく。街の外へ、さらに外へ。

 戻ってきて、って言うかわりに、音で呼んでるみたいだった。


 最後にもう一度引いて、綱を離す。

 鐘の余韻が、ゆっくり薄くなっていく。まだ耳の奥で鳴っている気がした。


「これで、いい」


 サイラスが言った。

 それだけで、少しだけ肩が下がる。




 鐘楼を降りて、わたしたちは街の広場へ向かった。

 そこで、待った。


 しばらくすると――街の入り口に人影が見えた。

 一人。もう一人。ぽつり、ぽつりと増えていく。


 老人、女性、子ども。

 みんな、足を止めながら、確かめるように街を見ている。


「……本当に、魔獣が去ったのか?」


 老人が声を絞り出す。


「ああ」


 サイラスが答えた。


「リーダーを倒した。もう、魔獣は来ない」


 そこから先は、一気だった。


「本当か!」

「助かった!」

「鐘を鳴らそう!」

「男たちも、直に気がついて戻ってくる!」


 歓声が上がる。

 子どもが走り出して、女性たちが泣きながら抱き合っている。

 さっきまで死んだみたいだった街が、やっと息をし始めた。


 そのざわめきの端で、わたしは気づく。


 建物の陰から、小さな子が出てきた。昨日、サイラスと一緒にいた子。

 その後ろに、もっと小さな子たち。五人、六人……十人近い。

 みんな痩せていて、服が汚れている。目だけが大きい。


 その先頭の少女が、サイラスに駆け寄った。


「サイラス……終わったの?」


「ああ」


 サイラスが頷く。


「もう、魔獣は来ない」


 次の瞬間、子どもたちが一斉にサイラスへしがみついた。

 サイラスは固まった。ほんの一拍。どうしていいかわからない顔。

 それから、ぎこちなく子どもたちの頭に手を置いた。撫でる、というより、確認するみたいに。


 わたしはレオのほうを見る。レオもわたしを見ている。

 言葉は要らなかった。


 この人、守ってたんだ。

 魔獣だらけの街で、一人で。だから逃げなかった。


 広場の人々が、子どもたちに気づいて近づいてくる。


「サイラス、お前が魔獣を……」


 男が言いかけたところで、サイラスが首を振った。


「俺じゃない。こいつらだ。契約を果たしてくれた」


 サイラスが、わたしたちを指した。


 人々の視線が、わたしたちに集まる。


「ありがとう!」

「本当に、ありがとう!」


 頭を下げられて、わたしは居心地が悪くなる。

 剣で戦ったのに、こういう場面がいちばん汗をかく。


「いや、サイラスと三人でやっただけだよ」


 わたしが言うと、レオも続けた。


「それに、俺たちは旅の途中だ。通り道で、ちょうどぶつかっただけだ」


 でも、人々は笑顔のまま、わたしたちの手を握る。

 温かい。ひとの手って、こういう温度なんだなって思ってしまう。


 サイラスが子どもたちに何か短く言った。

 子どもたちは頷いて、広場の大人たちのほうへ走っていく。

 抱きしめられて、泣いて、また泣いて。街がざわざわとほどけていく。


 サイラスが言った。


「この子たちを、頼む」


 少しだけ声が低い。


「親を魔獣に殺された子たちだ。俺が匿っていた」


 前に出てきた女性が、迷いなく頷いた。


「わかったわ。私たちが面倒を見る。……もう、大丈夫よ」


 子どもたちの背中に手が添えられる。

 その瞬間、サイラスの顔がほんのわずかだけ緩んだ気がした。気のせいかもしれない。でも、見えた。


 サイラスが小さく頷き、こちらへ向き直る。


「行くぞ」


「え?」


 わたしが聞くと、サイラスは当たり前みたいに言う。


「王都へ行くんだろ」


 青紫の左目が、静かにこちらを捉えている。


「俺も行く。おまえたちとの契約だ」


「契約?」


 レオが聞き返す。


「ああ。魔獣のリーダーを倒す契約は果たされた。報酬として、王都まで同行する」


 声は変わらず平坦なのに、言ってる内容は強引だ。


 わたしはレオを見る。

 レオは一瞬だけ眉を上げて、それから「まあ、そうなるか」みたいな顔になる。


 わたしはサイラスに向けて笑顔で言う。

 「契約なら仕方ないよね。一緒に行こう」

 レオも頷いた。

 「契約だものな。三人なら、もっと強い」


 サイラスは少し驚いたような顔をした。それから、一拍置いて小さく頷く。


「そうだ……契約だ」


 言いながら、自分に言い聞かせてるみたいだった。




 街の人々に見送られて、わたしたちはアーゼの街を出た。


 振り返ると、広場がまだざわざわしている。

 子どもたちが手を振っている。声も飛んでくる。


 サイラスは振り返らなかった。


「王都まで、どれくらいかかる?」


 レオの横顔に目をやって、言う。


「順調に行けば、五日」


 レオが地図を確かめながら答えた。


「五日か……」


 長い。だけど、昨日までの二人旅とも違う。


「ああ。でも、三人なら大丈夫だ」


 レオは前を見たまま言う。

 サイラスは何も言わない。口数は増えないまま、ちゃんと同じ方向を見ている。


 耳の奥で、さっきの鐘がまだ鳴ってる気がした。

 終わった合図。始まりの合図。


 わたしは眼帯の端に指を添えて、歩く速度を少しだけ上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ