表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/43

6.アーゼの街

 ゼロの村を出て、三日が過ぎた。


 草原。森。草原。

 見上げれば灰色の天井みたいな空で、朝と夜の差だけが、なんとなくわかる程度。

 景色だけ切り取ったら、同じところをぐるぐる歩いてるみたいなのに。


 不思議と、退屈はしなかった。


 レオと話しながら歩く。

 時々、魔獣が出る。犬みたいなのが多いけど、うさぎが大きくなったみたいなのや、可愛くないリスみたいなのもいた。

 共通点はひとつ。縦に並んだ三つの目。


 強さは、まだそこまでじゃない。

 厄介なのは数だ。増えると面倒。でも――


 レオの剣と、わたしの飛ぶやつで、なんとかなる。


 飛ぶのも、少しずつ慣れてきた。

 油断するとバランスを持っていかれるけど、前よりは戻せる。


「イリス、あれが見えるか?」


 レオが前を指差した。丘の上に、街が見えた。


「あれが、アーゼの街だ」


 地図を確認して、レオが言う。


「そこで一泊して、また進む」


「どんな街なの?」


「丘の上にある、自然豊かな街らしい。人々は穏やかで、商業も盛んだって聞いてる」


 へえ、やっと“街”っぽいところ。

 宿場町ばっかりだったから、ちょっと楽しみ――だったのに。


 丘を登って、街の入り口が見えたところで。

 わたしは立ち止まった。


「ねえ……なんか変じゃない?」


 静かすぎる。


 建物はある。道も整ってる。なのに、人の気配がない。

 窓は閉ざされ、扉も固く閉じられている。

 風鈴の音ひとつ、犬の鳴き声ひとつしない。


「聞いていた雰囲気と全然違うな」


 レオも眉をひそめた。


 わたしたちは慎重に街へ入った。手が勝手に剣に行く。

 石畳の道。両側に並ぶ家々。……誰もいない。


「宿屋を探そう」


 レオの言葉に頷いて歩き回る。

 でも、開いている店も、人影もなかった。


「まるで廃墟ね」


 少し大きな建物が見えた。看板に「宿」の文字。


「ここだ」


 扉の前で足を止める。レオが慎重に押す。鍵はかかっていなかった。


 中は薄暗くて、埃っぽい匂いがした。


「誰かいますか?」


 返事はない。


「とりあえず、ここで一泊しよう」


「そうだね。他に選択肢もない」


 荷物を置いた、その時。


 外で、何かが動いた。


「レオ」


「ああ」


 わたしたちは剣を抜いて外へ出た。


 路地から、魔獣が出てきた。

 初めて見る形。猪みたいな胴体に、やっぱり縦に三つの目。


「街中にまでいやがる」


 レオが剣を構える。魔獣が突っ込んできた。

 レオが前に出て、一匹を斬る。倒れる音が石畳に響く。


 もう一匹が、わたしへ向きを変えた。


 滑走靴を起動する。地面を蹴って、体が浮いた。

 剣を振り下ろす。背中に刃が入る。黒い血が噴き出して、魔獣が沈んだ。


「やっぱり、飛べると強いな」


 レオが息を整えながら言う。


「まあね」


 ……って言ったけど、内心はまだドキドキしてる。

 街の中で戦うの、落ち着かない。


 そのとき、視線を感じた。


 路地の影から、小さな人影。子どもだ。


「ねえ、大丈夫?」


 声をかけた瞬間、子どもはビクッとして走り去った。


「待て! 危ないぞ!」


 レオが叫ぶ。わたしたちは追いかけた。


 子どもは路地を抜け、古い建物の中に滑り込む。

 わたしたちも中へ。


 薄暗い部屋。奥に、子どもが隠れている。

 そして――その前に、誰かが立っていた。


 長い黒髪を後ろで結んだ、美形の男。わたしたちより少し上くらい。

 左目は青紫。鋭く、冷たい。


「何の用だ」


 声も冷たい。


 わたしは一瞬、言葉が詰まった。


「あ、ごめん。驚かせるつもりはなかったの」


 レオが一歩前に出る。


「この街は危険だ。眷属がいる」


 男は表情を変えずに答える。


「……知っている」


 感情がない。ほんとにない。


「お前たちも、早く逃げたほうがいい」


「逃げない」


 即答だった。


「なんで? この街、人もいないし、魔獣だらけじゃない」


 レオも聞く。


「その魔獣の中に、なぜ居座る? 他の住人はほとんどいないのに」


 男は少し間を置いてから、言った。


「……関係ない」


 わたしが何か言い返そうとしたけど、レオが手で止める。


「わかった。事情には踏み込まない。でも俺たちはここで一泊する。宿屋に泊まる予定だ」


 男は、黙って頷いた。


「好きにしろ」


 そう言って、男は子どもの手を取り、部屋の奥へ消えた。


 わたしたちは顔を見合わせる。


「なに、あの人」


「わからん。でも事情がありそうだ。……とりあえず宿に戻ろう」


 宿へ戻る途中、また魔獣が出た。二匹。

 倒したけど、息が上がる。


「この街、魔獣が多すぎるわ」


「ああ。何か理由があるはずだ」


 宿の一階の食堂に座る。

 荷物から乾燥肉と木の実を出して、簡単に食べる。


「明日、早めに出よう」


「うん。この街、長居する場所じゃない」


 そう言った瞬間、扉が開いた。


 さっきの男だ。こちらを見て一瞬止まり、意を決したように近づいてきた。


「……話がある」


「何?」


 レオが聞く。


 男は椅子に座り、わたしたちの顔を見た。


「お前たち、魔獣と戦える」


「まあね」


 わたしが答えると、男はまっすぐ言った。


「契約をしたい」


 契約? いきなり?


「この街には、魔獣の巣がある。街の北側、廃墟になった教会だ。そこにリーダー格の魔獣がいる」


「リーダー?」


 レオが身を乗り出す。


「ああ。知恵のある魔獣だ」


 青紫の目に、一瞬だけ何かが走った。


「そいつが指揮を執って、街を襲っている」


「あなた、詳しいのね」


「……観察していた」


 声が、どこか遠い。


「リーダーを倒せば、他の魔獣も散らばる。街は少しは安全になる」


「それで、わたしたちにそいつを倒せって?」


 男は頷く。


「報酬は出す。魔道具、情報、金。何でもいい。お前たちと共に旅をして力を貸すのでもいい」


 レオが、じっと男を見る。


「おまえは何者だ?」


 男は少し間を置いて答えた。


「サイラス。魔導士だ」


 魔導士。そんな職があるんだ。


 サイラスは自分の左目を指さした。青紫。


「頭脳系の適性だ。戦闘は得意じゃない。だから、お前たちの力が必要だ」


 青紫の瞳は初めて見た。村にもいなかったし、道中でも見なかった。

 珍しい色――たぶん。


 レオが腕を組む。


「なんで、お前がそんなことを? この街から逃げればいいだろう」


 サイラスの表情が、わずかに揺れた。


「……逃げられない理由がある」


「どんな?」


 わたしの問いに、サイラスは一瞬黙る。

 でもすぐ顔を上げた。


「言えない」


 冷たく言い切る。


「ただ、リーダーを倒す必要がある。それだけだ」


 わたしは一瞬だけ、王都へ急ぐべき?って思った。

 でも、すぐ打ち消した。


 この街を見てしまった。

 子どもがいる。怯えて隠れてる。


 わたしはレオを見る。

 レオも、わたしを見る。

 言葉はいらなかった。


「いいよ」


 わたしが言った。


「その魔獣、倒そう」


 サイラスが少し驚いた顔をした。戸惑いが混じる。


「……報酬は?」


「いらないわ」


 わたしはサイラスを見つめた。


「この街、放っておけないでしょ。子どももいるしね」


 サイラスの青紫が、わたしをまっすぐ見る。


「……わからない」


「何が?」


「お前たちが、何を考えているのか」


 首を振る。


「普通、見返りなしに動かない」


「見返りはあるわ。魔獣を倒す。それがわたしたちの目的」


 サイラスは黙った。

 しばらくして、口を開く。


「……明日、案内する。リーダーの居場所を教える」


「うん」


 サイラスは立ち上がり、扉へ向かった。


「夜明けに、ここで待ち合わせだ」


 扉に手をかけたまま、背中越しに小さく言う。


「……ありがとう」


 その声は、さっきまでのどれより柔らかかった。


 すぐに扉が閉まり、足音が遠ざかる。


 わたしとレオは顔を見合わせた。


「なんか、変なやつだな」


「うん。でも、悪い人じゃなさそう」


 レオが小さく頷いた。


「明日、頑張るか」


「うん」


 食堂の静けさが、街の静けさと同じで、逆に落ち着かない。

 夜明けに向けて準備をしながら、わたしは一度だけ窓の外を見た。


 丘の上の街は、眠っているみたいに黙っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ