49.魂の片割れ
【天使視点】
竜王の城の中へ入った。
広い空間。高い天井。柱が並んでいる。
そして、中央に、二人がいた。
竜王セレノヴァルクが長椅子に座っている。
その膝の上に、ルミナリアが座っている。
セレノヴァルクの腕が、ルミナリアの腰を抱いている。
ルミナリアの頭が、彼の肩に預けられている。
青と金が、絡み合っている。
金色の髪の先が、青く染まっている。
ルミナリアの右目も、青い。
二人とも、静かに目を閉じている。
穏やかな表情だ。
――また、これか。
私は、ため息をついて言った。
「何の用で呼んだ」
セレノヴァルクが、ゆっくりと目を開けた。
ルミナリアも、目を開ける。
「天使様!」
ルミナリアが、嬉しそうに声を上げた。
でも、彼の膝から降りようとはしない。
セレノヴァルクが、静かに言った。
「アイリスを、内殻へ帰してしまったのだね」
いきなり、それか。
私は、黙った。答えたくない。
ルミナリアが、心配そうに私を見る。
「イリス様は、帰ってしまわれたのですね」
それから、セレノヴァルクを見上げた。
「わたくし、ここにいてもよいですか?」
セレノヴァルクが、ルミナリアの髪を撫でた。
長い指が、金色の髪を梳く。
「どちらでも。おまえの望むように」
「ありがとうございます!わたくしはセレンのおそばに」
ルミナリアが、嬉しそうに笑う。
私は、セレノヴァルクを見た。
「いいのか?人は……儚いぞ」
切れ長の青い瞳が、静かだ。
「人を愛する儚さとつらさを、私も知りたくなった。この清らかな魂を、愛し尽くしてみたくなってね」
ルミナリアが、顔を真っ赤にする。
彼の胸に顔を埋める。
私は、イライラした。
見せつけるのもいい加減にしてほしい。
「何の用だと聞いている」
セレノヴァルクが、ふっと笑った。
「いつでも行きたければ、内殻へ行ってもよいのだと言おうと思ってね」
私は、目を細めた。
「なぜ急に」
「おまえが行きたいのなら行けばいいよ」
「なぜだ」
セレノヴァルクが、私を見つめた。
深い青の瞳が、私の目を捉える。
「星の海から、悲鳴が聞こえてきた気がした」
私は、息を呑んだ。
「あれはおまえの悲鳴ではないかい?」
穏やかな声が、静かに響く。
悲鳴。
私の、悲鳴。
セレノヴァルクが、続ける。
「いつも不思議だった。たしかにおまえのアイリスは、いつも祝福で左目が虹色になる。だが、毎回まったく違う人物のようだった」
そして少し首を傾げる。
「髪の色も違う。瞳の色も違う。性格も、声も、笑い方も、すべて違う」
そうだ。
みんな、違った。
「それでもどの虹目の者でも、おまえは大切に慈しみ愛情を注いだ」
セレノヴァルクが、私を見つめる。
「虹目だったからかい?」
「違う!」
私は、強く言った。
「じゃあなぜ?」
「みんなアイリスだったからだ。アイリスの魂だったからだ」
私は、拳を握った。
セレノヴァルクが、頷いた。
「そうだね。魂だ。アマレリオン。おまえとあわせて、ちょうどひとつになる、魂の片割れだね」
そのとおりだ。私の片割れ、それがアイリスだ。
それから、静かに聞いた。
「先ほどのイリスはどうだった?アイリスの魂ではなかったのかい?」
私は、言葉を失った。
イリス。
虹色の左目。
薄茶色の髪。
明るい笑顔。
『アイリスじゃなくて、イリスを見てほしい。今のわたしを』
必死に言っていたあの声にこめられた願い。
――アイリスの、魂。
「アイリスの魂だった……」
私は、呟いた。
そうだ。
イリスは、アイリスだ。
思い出せなくても。
違う名前でも。
違う姿でも。
魂は、同じだ。
私の「半分」だ。
なのに、私は。
私は、何をしていたのだろう。
セレノヴァルクが、柔らかく言った。
「おまえは長く待ちすぎて、すこし心が疲れているんだろうね」
心が、疲れている。
そうかもしれない。
ルミナリアが、立ち上がった。
「癒しをさしあげましょうか」
金色の瞳が、優しく私を見つめる。
セレノヴァルクが、頷いた。
「いたしかたない。特別に。ルミナリア、頼んだよ」
ルミナリアが、嬉しそうに言った。
「はい!」
ルミナリアが、私の前に来た。
そっと、両手を私の胸の前に差し出す。
金色の光が、溢れ出した。
温かい。
優しい。
光の粒が、ゆっくりと私を包む。
まるで、包み込まれるような温もり。
体が、軽くなる。
胸の奥の、重いものが、少しずつ溶けていく。
呼吸が、楽になる。
セレノヴァルクが、立ち上がった。
「わたしからも。魂を見失わないように。おまえが、迷子にならないように」
セレノヴァルクが、手を掲げた。
青い光が、天井から降り注いだ。
海のような、深い青。
夜のような、静かな青。
蒼珠のような、透明な青。
金と青の光の粒が、私の周りで舞う。
混ざり合う。
また分かれる。
光の粒が、ゆっくりと回る。
美しい。
光の中で、私はただ立っている。
心が、静かになっていく。
怒りも。
嫉妬も。
苦しみも。
少しずつ、溶けていく。
消えていく。
代わりに、何かが満ちてくる。
温かい何かが。
柔らかい何かが。
――ああ。
これが、愛だったのか。
私が、アイリスに注いでいたものは。
アイリスが、私に注いでいたものは。
やがて、光が消えた。
私は、目を開けた。
「……ありがとう」
私は、セレノヴァルクとルミナリアに言った。
心から、感謝を。
「私は、内殻へ行く」
セレノヴァルクが、頷いた。
「そうか」
それから、付け加えた。
「先に、アレのところへも寄ってやれ。孤独を知るなら、あの者の気持ちもわかるだろう」
覇王のことか。
私を、待ち続けている男。
「……わかった」
私は、翼を広げた。
「行ってくる」
ルミナリアが、手を振る。
「イリス様によろしくお伝えください!」
セレノヴァルクが、静かに言った。
「見失うなよ」
私は、頷いた。
城を出た。
星の海が、広がっている。
私は、大きく羽ばたいた。
風が、翼を押す。
星の光が、体を包む。
私は、飛んだ。
星の海を。
一面の夜と星の中を。
心が、軽い。
翼が、軽い。
もう、迷わない。
イリスは、アイリスだ。
アイリスの魂だ。
思い出せなくても。
それでも。
私は、アイリスを愛している。
内殻へ。
アイリスのところへ。




