5.レオとの約束
村を出て、草原を進む。灰色の空が広がっている。
しばらく黙って歩いた。
でもわたしは落ち着かなかった。だって、レオに嘘をついている。
魔道具だと言ってごまかした。本当は違う。わたしが飛んだ。
親友に嘘を持ち続けるのは、無理だった。
ごまかしたままだったら、わたしはこの人生を濁らせてしまう。
わたしは立ち止まる。
「ねえ、レオ」
レオも立ち止まって振り返った。
「どうした?」
眼帯に手をかける。そうしたほうがいい気がした。
外す。虹色の左目が、空気に触れる。
レオの赤い左目に、わたしの虹色が映った。
「本当のこと、話していい?」
レオは少し驚いた顔をした。でも視線を逸らさない。
「本当のこと?」
「うん。魔道具だって言ったけど……嘘」
レオは黙ったまま、待った。
わたしは続ける。
「滑走靴は、ただの滑走靴。魔道具じゃない。でも、わたしは飛べた。虹色の瞳の力なのか、なんなのか、わかんないけど。わたし自身が、飛んだの」
沈黙が落ちた。
レオが、ため息をついた。
「……やっぱりな」
「え?」
「なんとなく、わかってた。お前が嘘をついてるって」
レオはわたしの肩を叩いた。
「次は最初から本当のことを言え。俺たちは親友だろ?」
「レオ……ごめん。村のみんなには言えないけど、あなたには本当のことを言いたかった」
「わかってる。俺も黙ってる」
レオが笑った。
「それに、お前が飛べるなら、戦いで役に立つ。空から攻撃できるのは、強いぞ」
「そうなの?」
「ああ。俺と組めば、かなり強い」
わたしたちは再び歩き出した。胸のもやもやが消えていた。
「ねえ、レオ」
「なんだ?」
「あなたは、王都兵団で何がしたいの?」
レオは少し考えてから答えた。
「子どもの頃から、叔父さんに聞いてたから憧れもある」
わたしは黙って頷いた。
「でもなにより、強くなりたい。もっと強く」
レオの声が低くなる。
「リアを守れなかった。イリスの父さんも守れなかった。あの時、俺がもっと強ければ……」
「レオ……」
わたしは自分の痛みで精いっぱいで、レオの痛みに気づいていなかった。
「レオは、わたしを守れたよ。わたしはレオに助けらた。忘れない」
レオの赤い目がわたしを見て止まった。
そして静かに、でもはっきりと言った。
「俺は、もっと強くなる」
それはたぶん、レオの誓いだ。
「うん」わたしはレオの目を見返して言った。
レオはふっと力を抜いて、視線を遠くへ向けた。
「それから……いつか、竜王と戦いたい」
「竜王? あの神話の?」
「ああ。神話の。でもほんとにいると思ってる。笑ってもいい。いつか俺は、竜王と戦う」
銀色の髪が風に光る横顔。幼なじみの親友は、子どものような夢を、男の顔で言った。
笑ったりなんかするわけない。
「レオが竜王と戦うときは、わたしも一緒よ」
そう言うと、レオは一瞬驚いた顔をして、それから嬉しそうに言った。
「そうしてくれ」
赤い左目が、わたしをまっすぐに見た。
前世のわたしは、ただ毎日を流してた。
でも今は違う。
「わたしは、自分がやってみたいことだけをする。やらされてするのはごめん」
レオは頷いた。
「そうしろ」
「今やりたいことは、強くなって魔獣をいっぱい倒すこと。父さんの敵をとること」
「うん。二人で強くなろう。俺もイリスも」
わたしは強く頷いた。
「もう二度と、大切な人を奪わせない」
父さん。わたし、強くなる。そして、必ず自分の道を選ぶ。
そう心の中で誓った。
草原を抜けると、森が見えてきた。
森に入ると空気が変わった。木々が密集していて薄暗い。足元には苔。
滑走靴は履いたままだけど、森では滑れない。車輪は起動させずに歩く。眼帯も付け直した。
しばらく進むと、レオが立ち止まった。
「……何かいる」
レオが剣に手をかける。
わたしも剣を抜く。
茂みが揺れた。
そこから現れたのは――魔獣だった。
成人の儀で見たのと同じ、目が三つある犬のような魔獣。
少し小さい。でも、数が多い。
三匹、四匹……六匹。
レオが黙って前に出た。
わたしはレオの後ろをカバーする位置につく。
魔獣が襲いかかってきた。
レオが剣を抜き、前に出る。
一匹目が跳びかかった瞬間、剣が一閃。首が飛び、黒い血が散った。
「イリス、左!」
声に反射して振り向く。
二匹。まっすぐ、わたしに来る。
速い。訓練の的とぜんぜん違う。
剣を構えた。
――跳んだ。
滑走靴を起動する。車輪が出る。
木々の合間を縫って助走をつけると、体がふわっと浮いた。左目の奥がじんとする。
「わ!」
自分でびっくりした。
実戦でも、飛べる。
空中でバランスを取る。体重をずらして向きを変える。
魔獣の頭上を越えた。
地面に着地した魔獣が、こちらを見上げる。
レオが後ろから斬りつけた。一匹が倒れる。
でも、残りの一匹がわたしへ跳んでくる。
わたしは空中で体を捻り、剣を振り下ろした。手応え。
背中に刃が刺さり、黒い血が噴き出す。魔獣は地面に落ちた。とどめまでは届かない。でも、もう動けそうにない。
「ふう……」
まだいる。
レオが二匹を相手にしていた。動きが速い。無駄がない。
訓練の時より、ずっと鋭い。赤い左目が、戦いの中で冷たく光っている。
もう一匹が、わたしを狙って走ってきた。
わたしは上から様子を見ていた――つもりだった。
魔獣が跳ぶ。
避けようと体を傾けた、その瞬間、バランスが崩れた。
「うわっ!」
体が傾く。制御できない。
目の前に太い幹。まずい。
咄嗟に捻る。間に合わない。肩が木に当たり、回転したまま落ちていく。
下を見ると――
魔獣が口を大きく開けて待っていた。
三つの目。耳まで裂けた口。歯がびっしり。
間に合わない――
「イリス!」
レオの声。
でもレオは別の魔獣と戦っている。
落ちる。口が近づく。
死ぬ――!?
必死で体重を右に移した。滑走靴が反応して、軌道がわずかにずれる。
魔獣の口をぎりぎりでかすめて、地面に転がった。
「っ痛い!」
肩を打ちつける。息が詰まる。
魔獣が振り向いて、もう一度跳びかかろうとした。
その瞬間、何かが空気を切った。
レオの短剣が飛んできて、魔獣の横っ腹に突き刺さる。
魔獣が怯んだ。
レオが駆けつけて、剣で斬り伏せた。
最後の一匹も、レオが素早く倒した。
見回す。
六匹、全部倒れている。黒い血が地面に広がっていた。
「はあ……はあ……」
息が上がる。心臓がうるさい。肩がずきずきする。
レオが来た。
「大丈夫か?」
「うん……なんとか」
レオは息を整えながら、わたしを見た。
「飛ぶのは、まだ慣れてないな」
「バランス崩すとは思わなかった。なんでだろ」
「それでも、よく立て直した。普通なら、あのまま食われてた」
真顔で言うの、やめてほしい。想像が追いつく。
「でも、飛べるのはやっぱり強いな。空から攻撃されたら、魔獣も対応できない」
その言葉に、やっと肩の力が少し抜けた。
初めての実戦。訓練とは別物だった。
死にかけた。でも――やり切った。レオのおかげが大きい。それでも、わたしもゼロじゃない。
倒れた魔獣を見る。
三つの目。裂けた口。黒い毛。鋭い爪。
三つの目を見ると、あの魔鳥がよぎる。父さんの敵。
「この魔獣たちって、なんなの?」
レオの顔が引き締まった。
「覇王の眷属だ」
「覇王? あの神話の?」
「ああ。竜王、天使、覇王……神話に出てくるやつらは、本当にいる。叔父さんから聞いてた。王都兵団は覇王の眷属と戦ってる。こいつらは、その中でも下っ端だ」
レオが倒れた魔獣を蹴る。
「人を襲う。だから討伐してる。でも数が多い。きりがない」
「覇王は、なんで人を襲わせるの?」
「わからない。でも覇王は創世神話でも、神が消そうとした存在だろ」
そうだ。
神が消そうとした嵐。
「覇王の眷属は、強さで階級がある。こいつらは最弱。上に行けば行くほど、強くなる」
レオが森の奥を見る。
「いつか、覇王本人とも戦うことになるかもしれない」
「覇王と?」
「ああ。竜王の前に、覇王を倒さないといけないかもしれない」
レオの目が遠くを見た。
わたしは頷く。
覇王。竜王。天使。
神話が“昔話”じゃない世界。
「行こう。日が暮れる前に、次の村に着きたい」
レオが歩き出す。
わたしも続いた。肩をさすりながら。痛いけど、歩ける。
森を抜けると、草原が広がっていた。
遠くに村が見える。
「あそこの村で今夜は泊まろう」
レオが指差した。
初めての戦闘。初めての実戦。
肩は痛い。けど、まだ歩ける。
魔獣に誰も、奪わせない。




