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42.竜王を抱きしめる

 天使の後を追って、歩く。


 星の海を進むと、やがて建物が見えてきた。

 宮殿だ。


 白い石で作られている。でも、石なのに透明感がある。星の光を反射して、きらきらと輝いている。


 入口に門はなかった。


 天使が、そのまま中へ入る。さっきから彼は何も言わない。わたしも何も言えることがない。

 ただ、ついていく。


 広い。天井が高い。柱が並んでいる。

 そして――

 部屋の真ん中に、誰かが立っていた。


 背を向けている。


 天使が、その人の前で立ち止まった。

 わたしたちも、止まる。


 その人が、振り向いた。


 ――青。


 全体に、青だった。


 長い髪も、切れ長の瞳も、透明な青のグラデーション。


 海の色。

 蒼珠の色。

 夜の色。


 すべてが混ざり合って、ゆっくりと移り変わる。


 海から生まれた竜王。

 こんなに、美しいなんて。


 竜王は、わたしを見た。


「名は?」


 声は、低く穏やかだ。


「イリスです」


 竜王は、天使を見た。


 天使は、わたしを見ていた。そのまま悲しそうに首を振った。


 竜王は、またわたしに視線を寄越す。


「イリス。おまえは、グングニルを虹の力で目覚めさせたね」


「ええ、そうです」


 わたしは、背中の槍に軽く片手をやって頷いた。


「これは、あなたの? 勝手にごめんなさい」


「グングニルは、おまえを選んだ」


 竜王は、淡々と言った。


「だが、持っていても持っていなくても、どちらでも良い。好きにしなさい」


「好きに……?」


「そう。自分で選べばよい」


「はい」


 竜王は、少し間を置いてから、言った。


「この者、天使は、おまえをずっと待っていたよ」


 わたしの胸が、痛んだ。天使はさっきからわたしから目を離していない。ずっと視線を感じている。


「……はい。呼ばれている、だから来ました。左目が熱くなって、夢も、見て」


「そうか。そばにいたければ、いるがいい。いなくてもよい」


 竜王の声は、感情がない。

 でも、それが逆に、重く響いた。


「わざわざここまで来た理由はそれだけかい?」

 竜王が尋ねる。

 

「覇王に聞いたのです」

 切れ長の青い目がゆっくりと瞬く。

「天使の力があれば、魔獣と人を分けておくことができると。それで……」


 竜王はじっとわたしを見つめた。ごまかしは許さない目。

「この者の、力が欲しいと?」

「……はい。倒しても倒しても魔獣は減らない。もうこれ以上、奪われたくない」


 竜王はまだ視線を逸らさない。

「魔獣が人を襲うのは、魔獣の自由だ。人が何を食料としても良いのと同じこと。そして人は魔獣と戦い、倒すこともできる」


 魔獣の自由。覇王も似たようなことを言ってた。


「だが、人が天使を好きなように利用するのは、自由とは言わない」

 

 竜王の声は変わらない。視線も変わらない。けれど、わたしは刺されたような気持ちになった。

 

「天使を、彼を、利用しようと思ったわけではないです!わたしは、わたしは」

 

 ああ、でもそうなのかもしれない。竜王の言うとおり、天使を利用しようとした。

 思い出せないのに。この人は、待っていてくれたのに。


 何も言えなくなる。竜王から視線を外して、天使の顔を見た。まつ毛が静かに震えている。


 竜王は視線を動かし、ルミナリアに声を掛ける。


「名は?」


 金色の髪をそっと流して、ルミナリアが一歩前に出た。


「ルミナリア・アリアです」


 何か硬い、思い詰めたような声をしている。緊張しているの?さっきまでの明るくて元気な様子と違う。

 

「ルミナリア。おまえも飛べるのかい?」


「魔力を叩きつけるようにしたら、浮かんで飛びました」


 竜王がルミナリアをじっと見た後に、ふっと柔らかく笑った。その笑顔には、あたり一面の空気を変えるほどの威力がある。

 

「おまえの魔力は、美しいね」


 その一言に、ルミナリアの顔がかーっと真っ赤になった。

 

「竜王様……」


 ルミナリアが、少しはくはくとした声を出した。


「なんだい?」


「わたくし、お役に……立ちたいです」


 ルミナリアの声が、震えている。


「そうか」


「なんでも、ご命令ください」


「そうか」


 竜王は、表情を変えない。


「あの……なんでも、なにか、ありませんか」


「別に」


 ルミナリアが、困った顔をした。金色の左目が潤んでいる。


「……わたくしにできることは、なにもないのでしょうか」


「あるかもしれないし、ないかもしれない」


「……」


 竜王の深い青の瞳が、ルミナリアをとらえる。


「やりたいことをやればいいよ。おまえが私のためにしたいと思うことがあれば、すれば良い」


 ルミナリアの目が、見開かれた。


「自由にやりなさい。自分で決めて」


「わたくしの……やりたいこと……」

 ルミナリアが、呟いた。

「今まで一度も、誰も……」


「あればやる。なければよい」


 竜王は、自由にしろと言ってるのに、わたしにはなんだか逃げ道を塞ぐみたいに聞こえた。

 ずっと命令されることがあたりまえだったルミナリアに、竜王の言葉はどう聞こえているのだろう。

 

 ふと、グレイの声を思い出す。

 『自由には、意志と決断と、欲が要る』


 でも。

 ルミナリアは数歩前に出た。


 そして、両手を伸ばして竜王に駆け寄り、その身体に抱きついた。


「ルミナリア……!」

 わたしは、息を呑んだ。


 ルミナリアは、目をつぶらなかった。

 大きく目を開いたまま、竜王の身体を抱きしめて、顔を見上げている。


 竜王は、両手を宙に浮かせたまま、戸惑っている。

 ルミナリアを、見下ろして言う。

「……何を、している?」

 竜王の声は、訝しげだ。


「こうしたかったのです」

 ルミナリアの声は掠れている。


「あなたが、消えてしまいそうで」

 ルミナリアが、竜王の目を見つめたまま言葉を紡ぐ。

「溶けて、ほどけて――どこにもいなくなりそうで、苦しくて」

 吐息とともにそっと言う。

「だから、捕まえていたくて……」


 竜王が、わずかに目を細めた。


「……苦しいのかい?」


「……とても、苦しいのです」


「……何が、苦しい」


 ルミナリアの金の瞳が、揺れた。


「ここにいると、わたしが、わたしじゃなくなる」


 竜王は、黙った。


 それから、低く言った。


「……なら、こうしていなさい。私を抱いていればいい」


 抱き返さない。

 けど、指先が、ほんの少し動いた。


 ルミナリアは、瞬きをしなかった。じっと竜王を見つめ続けている。

 乾くはずの目が、乾かない。竜王の顔を見上げたまま、瞳がぶれない。


「……瞬きをしなさい」


 ルミナリアは、首を横に振った。


「嫌です。見ていたいのです」


 ルミナリアが命令に従わない。

 金の瞳だけが、生き物みたいだった。


 竜王が、小さくため息を吐いた。


「わかった……おまえに、青をやろう」


 その瞬間――


 ルミナリアの黒い右目が、透明な青に変わる。

 金色の緩やかな髪の先も、青く染まっていく。


 竜王の青に染まりながら、ルミナリアはささやいた。

 

「ここも」


 ルミナリアは、目を開けたまま、竜王の唇に自分の唇をつけた。


 切れ長の目を見開き、唇が合わさるままにしていた竜王は、静かに顔を離した。

 唇を離されて、ルミナリアの瞳が涙で潤む。


 竜王が、低く言った。


「……口を開け」


 ルミナリアが、口を開いた。


 竜王が、深く口づけた。


 ルミナリアの金色の魔力の光が、竜王へ流れていく。魔力を……吸っている?


 竜王は、唇を離して低く呟く。

「ずいぶんと、魔力をためているね」

 そして片手でルミナリアの頭を引き寄せ、もう片手で腰を抱き、また唇を合わせる。


 青く揺らぐ竜王と、金色に輝く聖女。

 

 わたしは、ただ、見ていることしかできなかった。


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