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33.目覚め

 目を開けると、自分のベッドだった。見慣れた天井。


 昨夜のことが、遅れて押し寄せる。


 ――抱きついて、泣いた。


 布団を鼻まで引き上げた。熱い。顔が熱い。

 子どもみたいだった。自分でも分かる。


 それでも、胸の奥が軽い。何かが抜けたみたいに、息が通る。


 ゆっくり横を向いた。


 椅子にひとり、座っている。


「……っ」


 グレイだった。背もたれに深くもたれているのに、目だけがこっちを見ている。


「起きたか」


 それだけで、喉が詰まる。昨夜の腕の強さが、まだ体に残ってる気がした。


「お、おはよう……」


「おはよう、だな」


 いつもの声。いつもの顔。

 なのに、視線が逸らせない。逸らしたら、さっきの記憶が全部戻ってきそうで。


「……グレイ、ここにいたの?」


「ああ。見張りだ」


 さらっと言う。


「逃げないように。顔でも見ておくか、と思ってな」


「……え」


 顔。見ておく。

 言葉が妙に具体的で、心臓が変なところを叩いた。


「イリス様、騙されてますよ」


 明るい声が横から弾んだ。


 隣の簡易ベッドに、ルミナリアが座っていた。金髪がふわっと揺れて、にこにこしている。


「グレイ様は先ほどお見えになったばかりです」


 グレイが、口の端だけ上げた。


「……グレイ!」


「嘘じゃない。見張りに来たのは本当だ」


 その言い方がずるい。

 ルミナリアは楽しそうににこにこしている。


「イリス様は騙されやすいのですね」


 ルミナリアに言われるなんて。心外。


 扉が開いて、レオとサイラスが顔を出した。


「イリス、起きたか!」


 レオが一歩で近づいてくる。

 サイラスはいつも通りの顔で、短く頷いた。


 わたしは布団を押さえて、深く頭を下げた。


「……みんな、ごめんなさい」


「終わったことだ」

 サイラスが言う。


「もういい」

 グレイも続けて、軽く言った。


「おまえが無事なら、それでいい」

 レオが笑った。まぶしいくらいの、いつもの笑い方。


 胸の奥がまた熱くなって、形になりそう。

 でも今度は、目の奥に溜まる前に飲み込めた。


「まず飯だ!」

 レオが拳を上げた。


「……そうだな」

 グレイが頷いて、ルミナリアを見る。


「食堂は避ける。目立つ」


「じゃあ、作戦室で食べよう。あそこの机は広い!」

 レオが即答した。


 結局、作戦室に集まった。

 レオが食堂から運んできた朝食は、山盛りだった。


 パン、スープ、チーズ、肉、果物。

 見ただけでお腹が鳴りそうな量。


「まあ……!」

 ルミナリアが目を輝かせる。

「こんなに……!」


「食え食え。足りなかったら追加する」

 レオが嬉しそうに言う。


 ルミナリアは、遠慮なく食べた。早い。しかも結構入る。

 それを見て、呆れた顔の男が椅子にもたれた。


 ダルジード団長だ。


「ここを食堂にするのは、おまえくらいだな、グレイ」


「俺じゃない。レオだ」


 グレイが涼しい顔で返す。


 ダルジードは、わたしに視線を寄こした。


「イリス。一連は聞いた」


「はい……」


「神殿が動く。そろそろ来る」


 言い終える前に、扉がノックされた。


「団長! 神殿から法王セブリウス猊下がお見えです!」


「通せ」


 ダルジードの声は低い。


「イリス、グレイ。来い」


 わたしとグレイは、食事をやめ、団長に続いて応接室へ向かった。


 法王セブリウスは、そこにいた。


 いつものねっとりした声がない。

 代わりに、抑えきれない焦りが滲んでいる。


「……イリス様を……神殿に、お帰りください……!」


 言葉が震えた。怒りというより、焦燥だ。


 ダルジードが静かに聞く。


「なぜ、神殿に置きたい」


「天使様復活のために……!」


「なぜイリスがいると復活する」


「聖典に……書いてある……!」


 法王は縋るように言った。


「虹色の瞳の者が現れしとき……天使は地に降りる……」


 ダルジードが、こちらを見る。


「天使は、おまえのもとへ来るか」


 わたしは息を吸った。


 夢の中の天使。

 責めるような声。「また忘れている」。


 待っていても、来ない。

 そういう感覚だけが、はっきり残っている。


「……来ないと思います」


 わたしは、言葉を選んだ。


「たぶん、こっちから行かないと」


「だそうだ」


 ダルジードが、法王へ淡々と言う。


 わたしは続けた。


「それと……神殿には戻りません」


 法王の顔が歪む。


「……では……お戻りにならないと……?」


「はい」


 法王は、渋い顔のまま立ち上がった。


「……また……お会いしましょう……」


 声は諦めていなかった。


 法王が去ったあと、わたしたちは作戦室へ戻った。


「まず休め」


 ダルジードがわたしに言った。


「次は、聖女だ」


「イリスの部屋で匿うしかない」


 グレイが短く言う。


「イリス様と一緒に暮らすのですね!」


 ルミナリアが目を輝かせた。


「ここ、お食事も美味しいですし……量も多いですし……わたくし、ここにいます!」


「外には出せない」

 サイラスが冷静に言う。

「自由はない」


「いつもと同じです」

 ルミナリアが、さらっと返した。


 空気が止まった。


 レオが口を開きかけて、閉じた。

 グレイも目を細めた。

 わたしも、何も言えなかった。


 ――神殿に返したくない。

 この場にいる全員が、同じ方向を向いたのが分かった。


「ルミナリア」

 サイラスが尋ねる。

「昨夜、“オーラ”が見えると言ったな。どういう意味だ」


「オーラはオーラです」

 ルミナリアはにこにこしたまま言う。

「皆様の周りに、もやのように漂うもの。皆様のオーラは、とてもよく似ています」


「……似ている?」


「ええ。それぞれ色合いは違いますが、とても澄んでいて温かです」


 そのとき、窓辺から白い影が飛び込んできた。


 ピピだ。サイラスの肩に止まる。


「まあ!」

 ルミナリアが目を丸くする。

「この魔鳥さんは、サイラス様と同じ色合いのオーラがあります!」


「同じ……」

 ダルジードが顎に手を当てた。

「サイラス、ピピに魔術を使ったか?」


 サイラスが頷く。

「大怪我をしたから癒しを」


 そうだったんだ、ピピ。

 元気になってよかった。


「魔力が、ピピの核に溜まったか」


「核……?」


「魔獣には核がある。魔力を帯びて、性質が変わることもある」


 ダルジードの説明は短い。


 サイラスがピピを撫でた。

 ピピが嬉しそうに鳴いた。


「昼は、イリスとルミナリアで部屋で食え」

 ダルジードが言う。


「はい」

 グレイたちは、訓練へ行き、わたしとルミナリアは部屋に戻った。

 

 わたしは母さんに手紙を書く。

 ルミナリアは、何か静かに祈りをささげていた。


 そしてふたりで話をした。

 ルミナリアは孤児だったという。赤ん坊のときに神殿で拾われて、以来ずっと神殿しか知らないそうだ。


「皆様わたくしに、さみしいですね、とか、おかわいそうに、とか、おつらいですね、とか」

 ルミナリアは何でもないことのように言う。

「でも最初からなかったものを、欲しがるのは変ですよね。わたくしは、ちっともつらくないです」


 ルミナリアの純真な明るさは、欲のなさからくるものなのかもしれない。

 持っていないものを欲しがらず、持っているものを与える。だから聖女なのだろう。


「そういえば、サイラス様は覇王様とよく似ていらっしゃいます!神殿にある絵姿とそっくりです」

「あ、やっぱり? わたしも最初に覇王を見たときに、サイラスと似てるなって思った」

「え! イリス様は覇王様とお会いになったのですか!お聞かせください」


 キラキラした目のルミナリアに覇王と会ったときのことを話す。

 ルミナリアは、白い手をぎゅっと握って聞いていた。


 やがて昼食が運ばれてきた。

 相変わらず、たくさん。


「わあ……!」


 ルミナリアがまた目を輝かせる。


 並んで食べる。

 ふと、ルミナリアの手元を見る。祈りのときと同じように、指が揃っている。


「ルミナリア」


「はい?」


「天使のこと、教えて」


 ルミナリアは嬉しそうに頷いた。


「天使様は、とてもお美しいのです」


 そう言って、話し始めた。


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