30.イリス、どこだ!
【レオ視点】
朝、俺はいつものようにイリスの部屋の前に立っていた。
「イリス!朝飯だぞ!」
ドアをノックする。返事がない。
「イリス?」
もう一度ノックする。やっぱり、返事がない。
外に飛びに行ったのか?
時々イリスはそういうことをする。
ひとりで飛びたいときもあるんだろう。
でも朝飯の時間までに戻らないのは珍しい。あいつこの頃すげぇ頑張ってるから、飯もしっかり食うようになってる。空を飛んで戦うっていうのは、腹が減るんだろう。
なのにいない。嫌な予感がした。
「おい、イリス!開ける!」
ドアを開けた。部屋は、静かだった。
ベッドは、使われた形跡がない。
イリスが、いない。
「イリス!?」
俺は、剣に手をかけて、部屋の中を見回した。
机の上に、紙が置いてあった。俺の名前と、サイラスとグレイの名前もある。
俺は、紙を手に取った。
読む。
血の気が引いた。
「くそっ」
サイラスとグレイを呼んだ。
「どうした」
グレイが聞く。
「イリスが……!」
俺は、手紙を二人に見せた。
サイラスは、手紙を読んだ。
黙っている。表情はいつもどおりだ。
でも、右目が、かすかに黒く輝いている。見間違いじゃない。サイラスが怒ってる。
「……勝手なことを……」
サイラスの声が、低い。
グレイは、冷静に手紙を読んだ。
「神殿に行ったか。あの怖がりが、一人で」
「今すぐ追いかける!」
俺は、剣を掴んだ。
「なんで一人でだよ!俺たちがいるのに」
「落ち着け、レオ」
グレイが、俺の肩を押さえる。力が静かに強い。
「正面から行っても、しらを切られる」
「じゃあ、どうする!」
「ピピを飛ばす」
グレイが、サイラスを見た。
「神殿の中を探らせろ」
サイラスは、頷いた。
髪の中から、白い小鳥をそっと取り出す。
「待て。手紙をつける」
グレイが、紙を取り出した。
素早く書く。
「すぐに行く。返事を書け」
紙を小さく折りたたんで、ピピの足に結びつける。
「行け。イリスを探せ」
サイラスが、ピピに言った。
ピピが、ピピっと鳴いた。
窓から、神殿に向かって飛んでいく。
頼んだぞ、ピピ。イリスを見つけてくれ。
そして、俺たちも、神殿に向かった。
門の前で、神官が一人、整った顔で立っていた。
「これは、兵団の方々。何か御用でしょうか」
「イリスを探している」
グレイが、まっすぐ言った。
「イリス様……?」
神官が、首を傾げる。
「虹色の瞳の御使い様のことですか?」
「そうだ」
「存じませんが」
嘘だ。言い方がもう嘘だ。
「嘘をつくな!」
俺は、叫んだ。
「昨日、ここに来ただろう!」
「……さあ」
神官が、しらを切る。
くそっ。
「法王様に、お聞きになりますか?」
俺たちは、礼拝堂に通された。薄い香り。広い天井。立ってるだけで息が詰まる。気持ち悪い。
祭壇の前に、あの男がいた。
法王セブリウス。
「……兵団の方々……」
法王が、ゆっくりと振り返った。
「何か……御用でしょうか……」
「イリスを探している」
グレイが、視線を動かさない。
「虹色の瞳の者だ」
「イリス様……?」
法王が、首を傾げる。
「……存じませんが……」
またそれだ!剣に触れた指が白くなる。
「嘘だ!」
俺は、堪えきれず一歩出た。
「イリスは、ここに来た! お前が呼んだんだろう!」
「いいえ……待ちかねておりますが……」
法王は薄く笑う。
「神殿は……兵団の指揮下には……ありません」
ダルジード団長の言葉を、わざわざ裏返したみたいな言い方。
ぶん殴りたい。
剣を抜いたら、終わる。イリスが詰む。わかってる。わかってるのに――
「……お引き取りください……」
グレイが俺の腕を掴んで、引いた。強引じゃない。逃げ道を消してくる感じの手だ。
俺たちは外に出された。
神殿の中庭。石畳がやけに固い。
「くそっ……!」
俺は、地面を蹴った。
「追い返された……!」
「神殿は、独立している」
グレイが、腕を組んだ。
「無理に踏み込めば、こちらが罪に問われる」
グレイは落ち着いて言うけど、声には冷静とは違う何かが混ざってる。
サイラスは黙って空を見ていた。
右目は、まだ光ってる。本人は気づいていない顔だ。
イリス。何やってんだよ。
遠慮してる場合か。俺は親友だろ。
その時――
「あれ……!」
俺は、空を指差した。
「ピピ!?」
白い小鳥が、よろよろ降りてきた。
羽が裂けてる。小さな体に赤が滲んで、落ちるみたいに俺たちの前へ。
「ピピ!!」
サイラスが、駆けた。ピピを抱きかかえる。
ピピは、サイラスの手の中で弱々しく鳴いた。
「ピ……ピ……」
「誰が……」
サイラスの右目が、激しく輝いた。
俺は、ピピの足を見た。
紙が結ばれている。
急いで広げたが、それはグレイの書いた手紙のままだった。
サイラスは、ピピに治癒魔術をかけた。
ものすごく強くて大きな光が、ピピの小さな体が見えなくなるくらい降り注いだ。
ピピが癒しに溺れるんじゃないかと、俺のほうが息を止めた。
羽についた血を流すように、魔術で水洗いまでしてる。さらに風を送って乾燥。
必要なことだけ、迷いなく重ねる。容赦がないくらい正確だ。
治癒やお世話なのに、まるで攻撃みたいだった。たぶん、怒りの行き先がそこしかない。
ふわふわに戻ったピピが手のひらで、ピピっと首を傾げる。それを見てようやく、サイラスは魔術を次々にかけるのをやめた。
「……イリスの場所は、わかるか?」
サイラスが、元気を取り戻したピピに聞いた。
ピピは、ピピピピピっと強く鳴いた。いつもと違う鳴き方だ。
サイラスの肩に乗ってもまだ、羽を広げたままでいる。
「案内しろ」
サイラスが、立ち上がった。右目はまだ、光ったまま。
その時、背後から声がした。
「……おや……魔鳥が……怪我を……」
法王が、いかにも取ってつけたように言った。
――おまえか。
「……神殿には……結界がありますので……」
「結界……?」
グレイが、法王を睨んだ。
「……ええ……侵入者を防ぐ……魔術です……」
法王が、微笑む。
嘘だ。絶対、こいつがやった。
「……申し訳ありませんが……魔鳥は……侵入者と見なされたようです……」
「おい、お前……!」
俺は、剣に手をかけた。
こいつを、今すぐ――
「やめろ、レオ」
グレイが、俺を止めた。
「ここで争えば、イリスが不利になる」
くっ!
「……では……お引き取りください……」
法王が、ゆっくりと言った。
「……イリス様が……見つかることを祈っております……」
その“祈ってる”が、いちばん汚い。
俺たちは、神殿を出た。
「くそっ……!」
俺は、もう一度石畳を蹴った。
「イリス……!」
「落ち着け、レオ」
グレイが、俺の肩を掴んだ。
「今夜、忍び込む」
「忍び込む……?」
「イリスは神殿にいる。連れ戻す」
グレイが、サイラスを見た。
「ピピが、イリスの場所を知っている」
「……ああ」
サイラスが、光る黒目で頷いた。
「イリスを、必ず見つける」
イリス、どこだ。
待ってろ。今度は、置いていかせない。




