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3.創世神話と滑走靴

 村長は奥の棚から、古びた革表紙の本を取り出した。


「虹ならば、ここに語られておるな」


 ページをめくる音。祈祷師も身を乗り出す。

 村長は低い声で、ゆっくり読み上げた。


「神の涙は海となり竜王を生んだ。

 神の声は光となり天使を生んだ。


 神は、天界の雲をみずからこねて土を作り、

 風をつかんで多くの命を作った。


 風に揺らされ、神は思わずくしゃみをした。

 それが嵐となり覇王が生まれた。


 神は嵐を消そうとしたが、美しい虹が出た。

 神は虹から人を作った。

 ゆえに人の命ははかない」


 竜王。天使。覇王。

 単語が強い。好き。


 ――って思った自分に、わたしがいちばん驚いた。

 前世のわたしなら、もっと斜に構えてたはずなのに。こっちの年齢に、気分まで引っ張られてるっぽい。


 悪くない。


「人間って、虹から生まれたの?」


 村長が頷く。

「そうだ。だから人の命ははかない。虹のように、すぐに消える」


 わたしは自分の左目を指差した。

「でも、それとわたしの左目とどんな関係があるの? 虹色ってどんな適性なの?」


 祈祷師が杖を拾い上げながら答えた。

「適性は……わからぬ。虹色の瞳を持つ者の記録が、ない。ただ、古い言い伝えには……」

 祈祷師は言葉を濁す。

「虹色は、天使が探す色、と。それ以上は、わからぬ」


 天使が探す色。わたしの左目を。

 目の奥が、うずく気がした。


 村長が本を閉じた。

「イリス、わしらがレオに眼帯を持たせたのは、お前の目が変わった色になると思っておったからだ」


「なんでわたしの目の色が?」


 村長が静かに言った。

「お前は幼い頃から、不思議な子じゃった。迷子の子を、理由もなく見つけ出す。危険な場所を、なぜか避けて通る。まるで、何かに導かれておるようじゃった」


 祈祷師が頷いて言う。

「モノリスがお前に、特別な色を与える。そう思うたのじゃ」

 わたしの顔に視線を移し、祈祷師が続ける。

「稀な色。金や銀があるかもしれぬと。銀目はこの村でもときおり出る。だがまさか、虹色とは」


 村長がどこか遠くを見て言った。

「イリス。お前はこれから、普通の人生は歩めぬかもしれん」


 わたしは頷いた。


 普通の人生。

 前世でだいぶ食べた。もういい。


 レオと一緒に村長の家を出る。


「レオ、あなたはどうするの?」


 レオが前を向いたまま答えた。

「俺は予定通り、王都へ向かう。王都兵団に志願する」


 そうだった。レオは兵士を目指している。

 わたしも、当たり前に同じ道へ行くつもりだった。体を動かすのが好きだし、剣も弓も、嫌いじゃない。


 でも――この虹色の目は、どうしたらいい。


「イリス、お前はどうする?」


 レオが立ち止まって、わたしを見た。


「……わかんない。とりあえず、今日は帰る」


「そうか」


 レオは何も言わなかった。ただ、わたしの肩を軽く叩いた。


 家の前で別れる。レオの家は隣だ。


「また明日な」

「うん」


 扉を開けると、父さんと母さんが笑顔で迎えてくれた。


「イリス、成人おめでとう!」


 テーブルには、ご馳走が並んでいる。

 両親も、この世界の大人として左右の目の色が違う。父さんは赤と黒、母さんは緑と黒。


「ただいま」


 わたしが眼帯を外すと、二人は一瞬息を呑んだ。虹色の左目を見て、明らかに驚いている。


 でも父さんは、すぐ笑った。


「まあ、そういうこともあるんだろう」


 母さんも頷く。


「そうね。イリスはイリスだもの」


 そのままの調子で受け入れてくれる。

 わたしはほっとした。そうだった。わたし、この二人が大好きだ。


「ありがとう」


「さあ、座って。お祝いの食事よ」


 楽しい夕食だった。レオの話もした。笑いも出た。


「イリス、これはお前への成人の祝いだ」


 父さんが包みを渡してくる。

 中には黒い革の“靴みたいなもの”。底に車輪。


 インラインスケートだ。


「滑走靴だ」


 父さんがにこにこ言う。

 この世界では滑走靴って呼ぶらしい。可愛い。


「ほんとに!? ありがとう!」


 前世のわたしは、こういうのが得意だった。

 この世界のわたしも、たぶん好きだったんだと思う。身体がうずく。


「このまえ村へやってきた、王都の商人から父さんが買ったの」

 母さんが嬉しそうに言った。

「イリスに贈り物したいって言ったら、なぜかすごく安くしてくれたのよ。『その子にはこれが必要だ』って、不思議なことを言ってたわ」


 必要、って何。

 気になる。


「さっそく履いてみろ」

 父さんに言われて、わたしは履いた。ぴったりだ。

 立ち上がった瞬間、足が勝手に「知ってる」って顔をした。


「外で試してくる!」


「気をつけなさいよ」


 母さんの声を背に、わたしは外へ飛び出した。


 村の広場へ向かう。滑り出しはスムーズで、気持ちいい。

 広場で何度か旋回していると、村の見張りの鐘が鳴った。

 え!?

 辺りを見回すのと同時に――悲鳴が聞こえた。


「助けて! 誰か!」


 わたしは急いで滑っていった。道端に人だかり。レオのお母さんが叫んでいる。


「魔鳥が! 魔鳥がリアを!」


 リアはレオの末の妹。まだ小さい。

 空を見ると、巨大な鳥がリアを掴んで飛んでいく。目が三つある。魔獣だ。


「リア!」


 レオが剣を抜いて飛び上がった。でも届かない。魔鳥は高く、高く。


「くそっ!」


 レオが地面に着地して、歯ぎしりした。


 わたしは考えるより先に動いていた。滑走靴で滑り出す。速度を上げる。

 そして――左目の奥がじんとした、その瞬間。


 飛んだ。


 いや、飛んだというより、滑った。空を滑るみたいに上がっていく。体が軽い。

 魔鳥に追いついて、背中に飛び乗った。


「離して!」


 頭を思いっきり殴る。魔鳥が悲鳴を上げ、リアを離した。


 リアが落ちる!


 わたしも飛び降りた。空中でリアを抱きかかえ、地面へ向かって滑降する。

 着地は――ぎりぎり間に合った。転がりながらも、リアを守る。


「リア、大丈夫!?」


 リアは泣きながら頷いた。


「うん……」


 レオが駆け寄ってきた。


「イリス! お前……飛んだのか!?」


 周りの村人たちも、呆然としている。


「イリスが……空を飛んでた……」

「あんなこと、見たことない……」


 わたしはとっさに言った。


「これ、滑走靴、魔道具なの。父さんと母さんが成人のお祝いに奮発してくれた」


 レオは目を丸くする。


「魔道具? 飛行の?」


「たぶん。わたしも昨日初めて知った」


 レオは滑走靴を見つめた。


「なんだ、そうだったのか」


 そう言いながらも、どこか引っかかってる顔。でも、それ以上は聞いてこなかった。


 レオの両親がリアを抱きしめた。


「ありがとう、イリス! ありがとう!」


 わたしは足元を見た。滑走靴。まだ車輪が回っている。

 なんで飛べたんだろう。周りの反応を見る限り、普通じゃない。


 『その子には、これが必要だ』


 商人は、知ってたの?


 空を見上げる。魔鳥は、まだ旋回していた。三つの目が、こっちを睨む。低い唸り声が聞こえた。


「早く家へ入れ!」

 村の兵士の声がする。

 わたしたしは家路を急ぐ。


 魔鳥はいつまでも見ている気がした。


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