28.王宮謁見
馬車の車輪が、石畳をきっちり叩く。揺れまで律儀で、落ち着かない。
膝の上で指を組んで、ほどいて、また組む。落ち着くふりの練習。
向かいにグレイ。隣にレオ。反対側にサイラス。
侍従に連れられて、わたしたちは王宮へ向かっていた。兵団本部から馬車で十分ほどの距離――と言われたけど、その十分が長い。
「緊張するな……」
わたしは、小さく呟いた。
「大丈夫だ。王は、噂ほど怖くない」
グレイが、わたしを見て言った。視線が揺れない。馬車のほうが揺れてる。
「グレイは、王に会ったことあるの?」
「ああ。何度か」
「どんな人?」
「公正で、賢明な方だ。民のことを第一に考えている」
グレイの声には、尊敬の念が滲んでいた。
「なら、安心だな」
レオが、わたしの肩をぽんと叩いた。手はすぐ離れて、窓の外へ視線をやる。気にしすぎるな、って感じ。
「でも、王妃は?」
サイラスが聞いた。前を見たまま、すっと。
「王妃も、優しい方だ。ただ……」
グレイが、少し言葉を濁した。
「ただ?」
「神殿への信仰が篤い。法王セブリウスを、深く信頼しておられる」
「……なるほど」
サイラスが、眉をひそめた。
その「なるほど」は、冷たいほうだ。
会話が切れて、音だけが残る。
車輪の音って、静かに追い立ててくる。
やがて外の気配が変わった。兵士の声が近い。
王宮に着いた。
巨大な石造りの建物。高い塔が、いくつも空に向かって伸びている。門には、兵士が立っていた。
侍従が兵士に何か言葉を交わし、門が開いた。重い音。音だけで格の差を押しつけてくる。
わたしたちは馬車を降りて、王宮の中へ入った。
廊下は広く、天井が高い。壁には絵画や彫刻が飾られている。覇王の城よりも、ずっと華やかだった。
華やかなのに、足音がやけに響く。わたしの歩幅が短いのまで、ばれる。
「こちらへ」
侍従が、わたしたちを導く。長い廊下を進み、大きな扉の前で立ち止まった。
「謁見の間です。お待ちください」
侍従が扉の向こうへ入っていった。
わたしは深呼吸をした。吸って、吐いて――肩が勝手に上がる。身体、仕事しすぎ。
「大丈夫か?」
レオが、わたしを見た。
「うん……大丈夫」
声は出た。
でも眼帯の端が気になって、指が動きそうになる。触ったら余計に意識する。やめる。
サイラスが、わたしの眼帯を見た。
「眼帯は、外すのか?」
「……どうしよう」
「外せと言われたら、外せばいい」
グレイが言った。
「無理に隠す必要はない」
グレイの声は変わらない。ここでも変わらないのが、頼もしい。
扉が開いた。
「お入りください」
侍従の声が響く。
わたしたちは、謁見の間に入った。
広い。天井が高く、シャンデリアが吊るされている。床は大理石。奥に、玉座があった。
床まで偉そうで、ちょっと腹が立つ。
玉座には、二人の人物が座っていた。
王と、王妃だ。
王は五十代くらいの男性。白髪混じりの髪、穏やかな顔立ち。
左目は、青よりの濃い青緑――紺碧と呼びたくなる深い青緑だった。視線が来た瞬間、背筋が伸びる。
王妃は王よりも若く見える。美しい女性。優しそうな笑顔。でも、どこか憂いを含んだ表情。
左目は、黄色を少し含んだ緑。ライムグリーンに近い。やさしい色なのに、見つめ方が熱い。
「虹色の瞳の者、イリス。参上いたしました」
グレイが、わたしの代わりに言った。
わたしたちは膝をついた。床が冷たい。
「顔を上げよ」
王の声が響いた。穏やかだけど、威厳がある。
顔を上げると、紺碧みたいな左目がまっすぐわたしに来た。
「そなたが、虹色の瞳の者か」
「はい」
声が細くならないように、口を一度結んでから答えた。
「眼帯を外してもよいか?」
王が、優しく聞いた。
「……はい」
わたしは眼帯を外した。
左目が、王宮の明かりに反射して、虹色に輝く。
王妃が、小さく息を呑んだ。
「なんと……美しい……」
王妃が、わたしを見つめている。その目には、涙が浮かんでいた。ライムグリーンが濡れて揺れる。
「天使様が、お選びになった色……」
王妃が立ち上がった。玉座から降りて、わたしに近づいてくる。
「王妃様!」
侍従が慌てて止めようとしたけど、王妃は気にしなかった。
王妃が、わたしの前に立った。距離が近い。香の匂いがかすかにする。
「イリス……でしたね」
「はい」
「お父様を、魔獣に奪われたと聞きました」
王妃の声が、震えている。
「はい……」
わたしは俯いた。俯くと、床の模様がやけに整って見える。こんなときに綺麗じゃなくていい。
王妃が、わたしの手を取った。
「なんと……痛ましい……」
王妃の手が温かい。指先に力がある。
「そなたのような者を、二度と出してはならない」
王妃が、わたしを見た。
「天使様の力が、必要です。そなたの力が、必要です」
「王妃様……」
「神殿に、協力してください。法王セブリウスが、そなたを待っています」
王妃の目が、わたしを見つめている。善意に満ちた目。でも、どこか狂信的な光も宿っている。
押し返したら罪になるみたいな目だ。
わたしは言葉に詰まった。手も離れない。
その時、王が立ち上がった。
「王妃」
王の声が、優しく響いた。呼びかけだけで、空気の向きが変わる。
「イリスは、まだ若い。無理を言ってはならぬ」
「でも、陛下……」
「神殿のことは、後で話そう。今は、イリスたちの報告を聞きたい」
王が、わたしたちを見た。
「グレイ。覇王の城での出来事を、報告せよ」
「はっ」
グレイが立ち上がった。鎧が小さく鳴って、姿勢がきっちり決まる。
“場”が、グレイのほうへ寄る。
グレイが、覇王との対話を報告した。
魔獣は眷属ではないこと。
竜王が天使を隠していること。
星の海に竜王の宮殿があること。
王は黙って聞いていた。時折、頷いたり、眉をひそめたりしている。
王妃は玉座に戻っていたけど、わたしを見続けていた。目だけが、離れない。
「……なるほど」
王が腕を組んだ。
「覇王は、竜王のところへ行けと」
「はい」
「そなたは、どうしたい? イリス」
王が、わたしを見た。
息をひとつ落としてから答える。震えをごまかす時間を、一拍だけ。
「……わたしは、竜王に会いたいです」
「なぜ?」
「わたしが忘れていることを、竜王が知っているかもしれないから」
わたしは正直に答えた。
王が、静かに頷いた。
「わかった。ならば、そなたの意志を尊重しよう」
「陛下!」
王妃が立ち上がった。
「神殿が、イリスを必要としているのです!」
「わかっている。だが、イリスの意志も大切だ」
王が王妃を見た。声は穏やかなまま、線だけは引く。
「法王セブリウスと、話し合おう。イリスが竜王のところへ行くことを、神殿にも伝える」
「……わかりました」
王妃が、渋々座った。衣擦れの音が残る。納得の音じゃない。
王が、わたしを見た。
「イリス。そなたの旅路が、無事であることを祈っている」
「ありがとうございます」
わたしは頭を下げた。
謁見の間を出た。扉が閉まる音が、背中側でやけに大きい。
廊下を歩きながら、わたしは小さく息をついた。
眼帯を着けなおす。
「疲れたな……」
「よく頑張った」
グレイが、わたしの頭を軽く叩いた。
「王は、理解してくれたな」
レオが言った。
「ああ。だが、王妃は……」
サイラスが、足を止めかけた。
廊下の奥、謁見の間の扉の前に、黒い法衣の男が立っていた。
細身。背筋が妙に真っ直ぐで、壁の装飾より目に刺さる。
侍従が、反射みたいに小さく頭を下げた。
「……法王セブリウス猊下」
その言葉で、思わず足を止める。
馬車で聞いた名だ。
グレイが、わたしの半歩前に入る。
法王セブリウスはこちらを向いた。
左目は、黒っぽい濃い灰色だった。
そのまま、ゆっくり微笑んだ。
笑っているのに、笑っていない。
眼帯の上から、左目ごと見られた気がした。




