27.王都帰還
次に目を覚ました時は、まだグレイの背中だった。でも景色が変わっていた。
洞窟を抜けて、山道を下りている。
「......グレイ」
「ああ、起きたか」
「ごめんなさい......重くて......」
「気にするな。お前は軽い。もっと飯を食ったほうがいい」
グレイが、そっとわたしを下ろしてくれた。足元がふらついたけど、なんとか立てた。
「大丈夫か?」
レオが駆け寄ってくる。サイラスも、心配そうにこちらを見ていた。
「うん。ありがとう」
ゆっくりと歩き始める。ここからは下りだ。滑走靴を起動して、スピードが出すぎないように気を付けて滑るように歩く。
グレイが腕をつかんでいてくれる。
「どうやって......城から......?」
わたしは、覇王の城での記憶を思い出そうとした。
覇王が、わたしを見た。左目が激しく脈動した。それから......。
「覚えてないか」
グレイが聞いた。
「うん......倒れて......それから......」
「すごかったぞ!」
レオが目を輝かせて言った。
「床が沈んで......!」
「覇王が竜巻になった」
サイラスが、続けた。
「竜巻......?」
わたしは、二人を見た。
「ああ! 黒い竜巻が現れて、扉が全部バーンって開いて!」
レオが身振り手振りで説明する。
「押し出された。かなり飛ばされた」
サイラスも、いつもより少し早口で話している。
え? サイラスまで......興奮してる......?
「お前を抱えて、必死で着地した」
グレイが、淡々と言った。
「ありがとう」
「気にするな」
「それでさ!」
レオが、また続けた。赤い目がキラキラしている。
「竜巻が......黒い竜になったんだ!」
「城をバックに、俺たちを見下ろしていた」
サイラスの目もなんだかキラキラしていて……。
「あ!サイラス」
「ん?」
「右目!宝石みたいになってた」
「あ。ああ」
サイラスの右目をじっと覗き込む。今は普通の黒い目だ。
「キラキラしてない」
「残念そうに言うな。いつもピカピカしていたらいい迷惑だ」
サイラスが目をそらして、顔を離す。
レオがまだ興奮したまま話す。
「サイラスは、あの竜巻覇王の子孫ってことだよな。すげえな」
「やめてくれ。俺はあんな……適当ではない」
「もしかして、サイラスも竜になれる?」
「なれん!」
二人のやりとりがおかしくてくすくす笑ってしまう。
「竜巻覇王か」
わたしは、呟いた。
「ああ。あれが、嵐から生まれた覇王だ」
グレイが頷いた。
「見たかったな......」
わたしは、少し残念に思った。
その時、サイラスの髪から、ピピが顔を出した。
「ピピ!」
「ピピは無事だった。髪の中に隠れてた」
サイラスが、ピピを優しく撫でた。
「良かった......」
わたしは、ほっとした。
「でもな」グレイが言う。「ピピがサイラスから離れなくてな。兵団への伝言、飛ばせなかった」
ピピってば。
「すまない」
なんでか、サイラスが代わりに謝ってる。
覇王が言っていたいろんなこと、まだ頭の中でぐちゃぐちゃだけど、四人でちゃんとこうして帰ってこれた。今はそれがほんとうによかったと思う。
途中、助けた生存者たちと合流した。五人の兵士たちは、覇王の城に向かったわたしたちを気にして、振り返り振り返りゆっくり進んでいたらしい。
「副団長! サイラス!」
兵士の一人が、わたしたちを見て駆け寄ってきた。
「無事だったのですね!」
「ああ。お前たちも、よく頑張った」
グレイが、兵士たちを労った。
「覇王は......」
「話は、王都に戻ってからだ」
グレイが、そう言って話を打ち切った。
王都の門が見えてきた。
門の前には、人だかりができていた。
「あ、帰ってきた!」
「ご無事だった!」
「虹色の瞳のお方が!」
人々が、わたしたちを見て叫んでいる。
え? 何?
「イリス、眼帯」
サイラスが、小さく言った。
わたしは、眼帯を慌ててつける。
でも、もう遅かった。
「虹色の瞳の方だ」
「本当に、虹色だった」
「天使様の使者だ! 御使い様だ!」
人々が、わたしに向かって手を振っている。
わたしは、戸惑った。
「どういうこと......?」
「噂が広まっているようだな」
グレイが、眉をひそめた。
「噂?」
「虹色の瞳の者が、天使様の使者だという噂だ」
サイラスが、周囲を見回しながら言った。
「でも、わたし、何もしてない......」
「誰かが、噂を流したんだろう。おそらくは神殿だ」
グレイが言う。
出立前に来た、あの神官たち。思い出したらなんだかプルっと体が震えた。
「いつ戻るかわからないのに、ああして待っていたの?」
「そういうことだな。兵団へ急ごう」
わたしたちは、兵団本部に駆け足で戻った。
ダルジードが、執務室で待っていた。
「よく戻った」
ダルジードが、わたしたちを見た。
「報告しろ」
グレイが、覇王との対話を報告した。
魔獣は眷属ではないこと。
最近魔獣が増えていること。
竜王が天使を隠していること。
星の海に竜王の宮殿があること。
そして、サイラスの右目のこと。
「......覇王家の末裔か」
ダルジードが、サイラスを見た。
「そのようです」
サイラスが、淡々と答えた。
「右目は、今は普通に見えるが」
「感情が高ぶった時、力を使う時に輝くそうです」
「そうか」
ダルジードが、腕を組んだ。
「厄介なことになったな」
「厄介......?」
わたしは、聞いた。
「噂だ。虹色の瞳の者が天使の使者だという噂が、王都中に広まっている」
ダルジードが、窓の外を見た。
「神殿が、動いている」
「神殿......」
「ああ。法王セブリウスが、噂を流しているようだ」
ダルジードの声が、低くなる。
「お前を、神殿に引き入れようとしている」
その夜、わたしは宿舎の部屋で一人、考えていた。
覇王の言葉。
竜王のところへ行け。真実を知れ。
神殿の噂。
虹色の瞳の者は、天使の使者。
何が本当で、何が嘘なのか。
考えるほどに、わたしは、わからなくなっていた。
ノックの音がした。
「イリス、入るぞ」
レオの声だ。いつもの、まっすぐな声。
「うん」
扉が開いて、レオとサイラスが入ってきた。レオは少し心配そうな顔をしている。サイラスは、いつもの無表情だけど、わたしを見る目に何か気遣いがある。
「大丈夫か?」
レオが、わたしの隣にどさっと座った。ベッドが少し沈む。
「うん……考えてた」
「何を?」
レオが、わたしの顔を覗き込む。
「覇王のこと。神殿のこと」
サイラスが、窓際に立った。
「どちらも、お前を利用しようとしている」
冷静な声。
「利用……」
その言葉が、胸に刺さる。
「ああ。覇王は、お前を竜王のところへ行かせたい。神殿は、お前を天使の使者にしたい」
サイラスが、わたしを見る。青紫の左目が静かだ。
「お前は、どうしたい?」
わたしは膝を抱える腕に力を入れた。
「……わからない。でも……」
左目に手を当てる。今は落ち着いているのに、触れたくなる。
「わたしは、誰かを忘れている。約束を思い出さなきゃいけない」
声が、自分で思ったより掠れていた。
「それが、竜王のところにある?」
サイラスが一歩近づく。
「わからない。でも、覇王はそう言った。天使が呼んでいる、って」
レオの手が、わたしの肩に置かれた。温かい。
「……なら、行こう。竜王のところに」
「レオ……」
わたしは顔を上げた。
レオは、いつもの真っ直ぐな目で――でも、どこか一回、考えてから決めたみたいな目で見てくる。
「俺も、竜王に会いに行く」
「え……」
「前にさ。ゼロの村を出発したとき。俺、竜王と戦いたいって言ってたろ」
レオが、少しだけ照れたみたいに笑う。
「強いものって、やっぱり……憧れるんだよ。叔父さんの話を聞いて、余計に」
その言い方が、妙に素直で。
わたしの胸の中で、あのときのレオがすっと立ち上がった。
「でも今は――」
レオが息を吐いた。
「戦うって決めつけるのは、違う気がする。会って、自分の目で見たい」
憧れが消えたわけじゃない。
ただ、憧れだけで走らないっていう感じだ。
「それに――イリスが行くなら、なおさらだ」
レオの手が、わたしの肩に少し力を入れる。
「俺たちは、イリスの味方だ。どこへでも一緒に行く」
サイラスも頷いた。
「そうだ」
短い言葉。でも、逃げ道がない感じがする。頼もしいほうの。
喉の奥がほどけた。
「ありがとう」
レオが、わたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「よし。決まりだな」
サイラスは小さく息をついた。でも、口元がほんの少しだけ緩んだ気がした。
翌朝、王宮から使者が来た。
兵団の廊下に、金色の装飾をつけた侍従が立っている。
廊下の部屋や階段から、仲間の兵たちが顔だけ出して覗いてる。
「虹色の瞳の者、イリス殿。王がお呼びです」
「王!?」
侍従の声は、丁寧だけど、有無を言わせない響きがあった。




