表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/46

26.なにが真実か

 頭の中が、まとまらない。


 リディアの夢が、何度も割り込んでくる。

「黒い王が……嘘を……真実を……入れ替わる」

「虹色の方は、惑わされてはいけません」


 黒い王。――それは、この男のことだと思った。

 玉座にいる、覇王と呼ばれる男。


 けれど、いま目の前で語られている言葉は、嘘には聞こえない。

 この男がそう聞かせているだけなのかもしれない。そう思う自分もいる。

 何が本当で、何が嘘なのか。左目の熱だけが、ずっと途切れない。


 覇王が、ゆっくりと視線を戻した。


「天使を知っているか?」


 広間に落ちたその言葉で、左目がどくんと鳴った。


「神話に……」

 わたしはそう答えた。


「ああ。神話、か」


 覇王は玉座に腰を下ろし、淡々と続ける。


「かつて天使は、人のために在った。……ずっと、な。天井に明かりを与えた。この世界の天井が明るさを変えるのも、天使の力だ」


 神官が言っていたのと同じだ。


「それが、どうした」

 レオが剣を構えたまま言う。


 覇王の表情が、ほんの少し硬くなる。


「だが、竜王が隠した。――失われた」


「竜王?」

 サイラスの声が低い。


「ああ。竜王が天使を自分のものにした。人々から奪い、どこかへ隠したと言われている」


 言い方に、棘が混じる。


「なぜだ」

 サイラスが問う。


 覇王は一拍おいてから答えた。


「さあな。竜王の気まぐれか、それとも……」


「それとも?」

 グレイが促す。


 覇王がこちらを見た。


「……天使を独り占めしたいのだろう」


 引っかかった。

 声の端に、わずかな欠けがある。怒りとも違う、乾いたもの。


 レオが先に切り込んだ。


「それで、お前は何がしたい」


 覇王が立ち上がる。


「人は、天使を取り戻せる」


「天使を?」

 レオが眉をひそめる。


「ああ。たとえば天使の力で、おまえたちが困っている魔獣を、人から離すことも可能だ」


 覇王の視線が、わたしに止まった。


「虹色の瞳を持つ者。天使が探している色を持つおまえなら、天使と会える」


 覇王が、こちらへ手を伸ばす。


「竜王のところへ行け。天使を連れ戻せ。人の世のために」


「待て」


 グレイが、すっと前に入った。覇王とわたしの間を切るように。


「お前の言葉を、どこまで信じればいい」


「信じなくてもいい」


 覇王はグレイを見たまま、平然と言う。


「だが、虹色の瞳を持つ者はいずれ天使と出会う。それは避けられない」


 覇王の目が、もう一度わたしに戻る。


「ならば竜王のところへ行け。真実を知れ」


「真実……」


「ああ。お前が忘れていること。お前が探していること。全て、竜王が知っている」


 左目の熱が、言葉に合わせて脈を打つ。忘れていること。探していること。


 頭の奥で、声がした。


「また……忘れて……」


 わたしは覇王を見上げた。


「竜王は、どこにいるの?」


 覇王が、口の端を上げる。


「星の海だ」


「星の海?」


「ああ。この世界の果て。蒼い珠が最も美しく見える場所」

 覇王がまっすぐ前を指を差す。

「そこに、竜王の宮殿がある」


 そのときサイラスが一歩前へ出た。


「待て。お前は本当に、人のために天使を取り戻したいのか」


 覇王がサイラスを見る。


「疑り深いな」


「当然だ」


 サイラスは睨んだまま引かない。

 覇王は視線を遠くへ流し、短く息を吐いた。妙に甘い残り方をする吐息だった。


 沈黙が伸びたあと、覇王が静かに言う。


「わかった。白状する。……私も天使に会いたい」


 今度は、嘘ではない気がした。

 覇王は、天使に会いたがっている。


 でもサイラスは止まらない。


「証拠がないものを簡単に信じるわけにはいかない」


 覇王は薄く笑った。


「証拠か。――お前の祖先は、かつて覇王家の者だったようだ」


 覇王家?

 そんな家が、あったの?


 覇王は続ける。


「今は血が薄まり散ってしまった」

 そしてサイラスへ手をかざした。

「証拠を見せよう」


 その瞬間。


 サイラスの右目が、黒く輝き始めた。


「人の血など薄まるものだが……おまえは濃く出ているな」


「サイラス! 右目が!」

 レオが叫ぶ。


「……左じゃない」

 グレイが呆然とする。


 サイラスの右目は色としては黒いままだ。けれど、覇王の瞳みたいに、宝石のような硬い輝きが宿っている。


 サイラスが右目を押さえる。


「成人の儀じゃないのに……何をした」


「ただ、眠っていた血を呼び起こしただけだ」


 覇王が微笑む。


「お前の力が増す。喜べ」


「……迷惑だ」

 サイラスが吐き捨てる。


 覇王は楽しそうに口角を上げた。


「そのうち慣れる。感情が高ぶった時、力を使う時、右目が輝くだろう」


 サイラスは食い下がる。


「俺の右目をおまえの力で変えただけだ。おまえが天使に会いたがっているという証拠にはならない」


 覇王はとうとう声を立てて笑った。


「おまえはよいな。名は……サイラスか。覚えておく」


 サイラスは憮然としている。

 右目は黒いダイヤみたいに硬く光り、左目の青紫と並んでしまった。


 ――綺麗だった。

 口にしたら、サイラスの眉間がさらに寄るだけだろうけれど。


 覇王が、玉座に戻る。


 いろんなことを言われて、なにが真実なのかわからなくなってきた。


 魔獣は覇王の眷属ではない。

 天使はかつて人のために在った。

 竜王が天使を隠した。

 天使には魔獣と人を離せる力がある。

 覇王も天使に会いたがっている。

 サイラスは覇王家の血を引いている。

 わたしは天使に会える。

 竜王は星の海にいる。


 どこかに嘘があって、どこかに真実があるのだろう。

 いまは、全部いったん抱えるしかない。


「さて。お前たちに、もう一つ教えておこう」


 まだあるの。


「何だ」

 グレイが言う。


「魔獣は私の眷属ではない。ただ、この世界に生まれてくるものだ」


「それは、さっき聞いた」

 レオが噛みつくように返す。


「ああ。だが――最近、魔獣が増えている」


 覇王の表情が変わる。軽さが消える。


「誰かが、魔獣を呼び寄せている」


「誰が?」

 サイラスが問う。


「さあな。だが、それは私ではない」


 覇王が、わたしを見た。


「竜王のところへ行け。そうすれば、全てがわかる」


 黒い瞳が、ひときわ強く輝いた。


 その瞬間、左目が激しく脈動する。


「あ、あ……」


 わたしは目を押さえて、膝をついた。


「おまえ、イリスに何をした!」

 レオの声が遠い。


 覇王の声だけが、耳に残る。


「竜王のところへ行け」


 床が沈んだ。身体が下へ引かれる。

 そのまま、意識が切れた。



 目が覚めた時、誰かの背中だった。大きな肩に、頬が当たっている。


「あ、わたし……」


「気づいたか」

 グレイの声。


 肩の向こうの景色で分かった。ここはもう城の広間じゃない。洞窟の通路だ。


「イリス、大丈夫か!?」

 横からレオの声がする。


「うん……」


 左目がまだ熱い。

 わたしは無意識に、その熱いところをグレイの首に寄せた。冷えた肌が、少しだけ楽にしてくれる。


「眠れ、イリス。もう大丈夫だ」

 グレイの声に、「ん」とだけ返した。


 そして、わたしはまた眠った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ