24.外殻へ向かう道
24.外殻へ向かう道
三日間の旅は、思ったより順調だった。
草原を抜け、森を通り、少しずつ標高が上がっていく。遠くに見えていた山々が、だんだん近づいた。
魔獣との遭遇は何度かあった。目が三つある犬みたいなやつ、巨大な蜘蛛。
でも、わたしたちは連携して倒した。動くたびに息が白くなる。手順だけが体に残っていく。レオの剣が赤く染まり、サイラスの魔術が魔獣を凍らせ、わたしがグングニルで止めを刺す。グレイは、わたしたちの癖を見抜いたみたいに、必要な指示だけを落としてくる。
ピピは、サイラスの肩や頭に乗ったまま、ピピピと鳴いていた。戦闘中は籠に入れるけど、それ以外はサイラスにべったりだ。
「サイラス、ピピに好かれてるね」
わたしが言うと、サイラスは小さくため息をついた。
「……別に好かれたくはない」
そう言いながら、指先だけは自然にピピを撫でている。
二日目の夜、わたしは夢を見た。
誰かの声が聞こえる。優しい声。でも、誰?
「また……忘れて……」
その声に、胸がきゅっと縮む。
「誰?」
夢の中で叫んだ。
「誰なの? わたし、あなたを忘れてるの?」
でも答えはない。
ただ、声だけが繰り返される。
「おまえは……忘れてしまった……」
目が覚めると朝だった。
焚き火の横で、レオが剣の手入れをしている。サイラスは本を開き、グレイは地図を広げて確認していた。
「おはよう」
わたしが声をかけると、レオが振り返った。
「おはよう。よく眠れたか?」
「……うん」
嘘だ。でも言ったところで、みんなの手を止めさせるだけだ。
サイラスが、こちらを一度見た。
「顔色が悪い」
「大丈夫。ちょっと悪い夢見ただけ」
「そうか」
サイラスは、それ以上は聞かなかった。代わりに、ピピを落ちない位置へそっと寄せた。
三日目の午後、わたしたちは山の麓に着いた。
「ここから、山を登る」
グレイが言った。
「この山を越えれば、外殻だ」
わたしは山を見上げた。高い。
でも、ゼロの村から外殻へ抜ける洞窟を思い出す。あの洞窟も、この山のどこかに繋がっているのかもしれない。
「行こう」
わたしたちは山道を登り始めた。
山道は険しい。足場が悪く、ときどき岩が崩れる。
それでも、四人の歩幅は崩れなかった。
グレイが立ち止まる。
「……何かいる」
前方の茂みが揺れた。
そこから現れたのは、巨大な熊。目が三つある。魔獣だ。
一頭じゃない。茂みの向こうから、同じ目が次々増える。十頭以上。
熊の群れが、わたしたちを包むように広がっていった。
「くそっ、群れか!」
レオが剣を抜いた。
「数が多すぎる……」
サイラスが呟く。
熊がじりじり距離を詰める。
そのとき、グレイが鋭い声を上げた。
「待て! あそこを見ろ!」
グレイの指先の先、岩陰に何かが見えた。
兵団の制服だ。岩の隙間に、何人か隠れている。動かない。熊の身体が入らない隙間。
失踪した班の――
「生存者!」
わたしは叫んだ。
「でも、熊が邪魔だ!」
レオが前に出る。
グレイが、わたしたちを見る。
「群れを分断する。サイラス、できるか!」
「やる」
サイラスが杖を構えた。
「レオ、前へ。イリス、上から」
「任せて!」
わたしは滑走靴を起動して、跳ね上がった。
不思議なことに、外殻に近いここでは、いままでより自然に浮ける。体が軽い。空気の流れに、手応えがある。
「ここなら、もっと動ける!」
空中で旋回する。視界が広い。群れの形も、生存者の位置も、一気に入る。
下で、サイラスが術式を切った。
「契約執行――氷壁!」
巨大な氷の壁が立ち上がり、熊の群れを二つに割った。
「こっちに五頭、あっちに十頭!」
サイラスが状況を切る。
「レオ、グレイ、十頭を頼む! 俺は五頭!」
「わかった!」
レオとグレイが十頭へ向かう。
レオの剣が赤く息づくみたいに揺れ、踏み込みが迷わない。
グレイは速い。熊の死角へ滑り込み、短い動きで確実に崩す。
強い。――「銀狼」の異名は、伊達じゃない。今日は、わたしを守る距離を測らなくていいぶん、動きが研ぎ澄まされている。
うん。絶対に足手まといにならない。
わたしは上からグングニルを投げた。
穂先が虹色を帯び、熊の背に刺さる。熊が吠えた。グングニルが手元へ戻る。
もう一度。戻る。
落とさない。迷わない。投げるたび、指の位置が決まっていく。
サイラスは五頭と対峙していた。
氷壁で割ったとはいえ、ひとりで五頭は多い。熊が一斉に突進してくる。
サイラスは一歩も引かず、杖を掲げた。
「契約執行――氷槍!」
サイラスの周りに無数の氷の槍が現れた。
槍は間を置かずに飛び、熊に突き刺さる。一本、二本、三本――抵抗が鈍っていく。
熊たちが、次々に倒れた。
「サイラス……すごい……」
レオとグレイも、ほんの一瞬だけ目を見開いている。
まだ息のある熊がいた。
わたしはグングニルで、レオとグレイも迷いなく仕留める。
全部、倒した。
サイラスが少し息を切って、杖を下ろす。
「……終わったか」
戦闘が切れると同時に、わたしたちは岩の隙間の兵士たちに駆け寄った。
五人いた。まだ息がある。
「生きてる!」
レオが叫ぶ。
「でも、怪我がひどい……」
わたしは一人の傷を見る。深い爪の跡。出血が多い。
「サイラス、治癒魔術だ」
「任せろ」
サイラスは五人に次々と治癒魔術をかけた。
傷がゆっくり塞がり、顔色が少しずつ戻っていく。
一人が目を開けた。
「……誰だ……?」
「王都兵団の特別編成部隊だ。助けに来た」
グレイが答える。
兵士が、やっと息を吐いた。
「助かった……ありがとう……」
「何があったんですか?」
わたしが聞く。
「魔獣が……多すぎた……城に近づくと……さらに増えて……逃げられなくて……」
か細い声。
「城?」
「ああ……覇王の……城……本当にある」
サイラスの治療で、五人は歩けるようになった。
「すごいな、サイラス」
レオが言う。
「治癒魔術、いつの間にこんなに上達したんだ?」
「……少しずつだ」
サイラスが短く返す。
「それに、さっきの氷槍。あれは何だ? いつの間にあんな魔術?」
レオの問いに、サイラスは少し考えてから言った。
「……最近だ。イリスの槍を見て、思いついた」
「わたしの槍?」
「ああ。空から投げる。戻る。あの流れを見て、数を増やせば効率がいいと思った」
サイラスが、こちらを見る。
「お前の戦い方を参考にした」
わたしを、参考に。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
グレイが口元を上げた。
「仲間の動きを盗む。いい癖だ」
「……当然だ」
サイラスは顔を背ける。髪の間からピピが顔を出し、ピピっと鳴いた。
レオが感心したように言う。
「すげえ。俺も観察する」
サイラスが何か言いかけてやめて――でも、口を開いた。
「レオ、強くなったな。安心して任せられた」
「おお。任せろ」
レオが胸を叩く。
サイラスは、何かを飲み込むみたいな顔をして、それ以上は言わなかった。
生存者たちは歩いて帰還することになった。
「気をつけて帰れ。団長への報告も頼んだ。俺たちは先へ進む」
グレイが言う。
「この先に……たしかに城が……あった。あれはきっと覇王の城……」
「副団長、気をつけて……あの場所は……覇王の城は、危険だ……」
兵士の一人が絞り出す。
「わかってる」
グレイが短く返した。
わたしたちは、再び山を登り始めた。
そして――山の頂上の洞窟を抜けた瞬間。
目の前に、岩だらけの荒れ地が広がった。
外殻だ。灰色の地面。遠くまで続く、何もない大地。
その空に、蒼い珠が浮かんでいた。
「……久しぶり」
わたしは小さく呟いた。
前世で暮らしていた、あの星。ここから見ると、ひどく遠い。
「イリス?」
レオが横顔を覗く。
「ううん。なんでもない」
わたしは首を振った。
この前、レオと一緒に初めて蒼珠を見た日が、もうずっと前みたいだ。
蒼い珠を一度だけ見上げて、それから視線を切る。
わたしたちは、蒼珠が小さくなる方へ進まなきゃいけない。
外殻を歩き出すと、遠くに何かが見えた。
灰色の岩山――じゃない。
城だ。
「あれが……覇王の城か」
グレイが息を吐くように言う。
城は、地面から生えてきたみたいだった。地面と同じ灰色で、輪郭が岩と溶け合っているのに、そこだけが“形”を持っている。
左目の奥が、小さく脈を打った。
嫌な感じじゃない。ただ、進む方向が一本に絞られる。
わたしは背中のグングニルを確かめる。
「行く」
それだけ言った。
グレイが先に歩き出し、レオが隣につく。
サイラスは一拍だけ周囲を見てから、静かに続いた。ピピが肩で小さく鳴いた。
覇王の城へ。




