22.神殿からの使者と次の任務
その日の朝、わたしは宿舎で身支度をしていた。今日も訓練がある。グングニルの扱いも、だいぶ慣れてきた。
部屋の外が落ち着かない。靴音が行ったり来たりしていた。廊下に出ると、レオとサイラスがすぐに駆けてくる。
「イリス!」
「どうしたの?」
「神殿から使いが来たらしい」
サイラスが言った。
「お前を指名で」
「え? わたしを?」
「ああ。なんでも、虹色の瞳の者に会いたいと」
わたしは、困惑した。神殿? 虹色の瞳?
「とにかく、団長が呼んでる。行こう」
レオが言った。
わたしたちは、兵団本部に向かった。
本部の入り口に、白い長衣を着た人物が複数立っていた。神官だ。
神官たちは、わたしを見た瞬間――
「おお……!」
目を見開いた。
「……やはり。虹色の瞳」
それだけ言って、神官は息を詰めた。次の瞬間、声が跳ねた。
「本当に……本当に、いらっしゃった!」
神官のひとりが、わたしに駆け寄ってくる。
「なに? なに? なんなの?」
わたしは、後ずさった。
「あなたさまこそ、御使い様。天使様がお探しのお方! 」
「ふさわしい場所は神殿です! さあ、今すぐに!」
手が伸びてきて、反射で一歩引いた。
「……やだ。やめて」
その瞬間――
「そこまでだ」
ダルジードの声が落ちた瞬間、グレイがわたしの前に出た。わたしの視界から神官の腕が消える。
「団長……グレイ……」
「神殿の者よ」
ダルジードの声が、低い。
「ここは兵団の本部だ。勝手に団員に手を出すな」
「しかし! この方は! 天使様の――」
「帰れ」
グレイの声が、冷たい。
「神殿の奴らを入れるな!」
ダルジードが、周囲の兵士たちに命じた。
兵士たちが、神官を取り囲む。
「お、お待ちを! 私どもは、ただ――」
「兵団は、神殿の支配下にはない」
ダルジードが言い切った。
「イリスは、我が兵団の一員だ。お前たちに渡すつもりはない」
神官は、悔しそうな顔をした。
「……わかりました。ですが、いずれ、御使い様は神殿に来られるでしょう。天使様がお待ちです」
神官は、最後にわたしを見て、去っていった。
わたしは、呆然としていた。
「イリス、大丈夫か?」
グレイが、わたしの肩に手を置いた。
「う、うん……でも、なに、あれ」
「神殿は、昔から天使を崇拝している」
ダルジードが説明する。
「天使は、昔、人々に様々な恩恵を与えた。この内殻の空が光るようにしたのも、天使だと言われている」
「天使……」
「そして、神殿には古い口伝が残っている」
ダルジードが続ける。
「虹色の瞳を持つ者が現れた時、天使が再び人々の元に戻る、と」
わたしは、自分の左目に手を当てた。
「だから、お前を連れて行こうとしたんだ」
「でも、団長は……」
「俺は、神殿の連中が気に食わん」
ダルジードの口元が、少し歪む。
「天使の名を借りて、人を支配しようとする。お前は、兵団の一員だ。神殿に渡すつもりはない」
「ありがとうございます」
その時――兵士の一人が、慌てて駆け込んできた。
「団長! 第三班と第五班から、連絡が途絶えました!」
「なに?」
ダルジードの表情が変わった。
本部が、ざわざわとざわめき始めた。
「詳しく報告しろ」
ダルジードが、兵士に言った。
「はい。第三班と第五班は、三日前、王都の北西、外殻近くへの偵察任務に出ました。昨日の夕方には戻るはずでした。ですが、合図が一度もありません。」
「捜索は?」
「すでに出しましたが、手がかりなしです」
ダルジードが、深く息をついた。
「わかった。グレイ、俺の執務室に来い」
「承知」
ダルジードとグレイが、執務室へ向かう。
わたしたちは、その場に残された。
「第三班と第五班……」
レオが呟いた。
「どちらも、経験豊富な班だ」
サイラスが言った。
「それが、帰ってこない」
わたしは、不安になった。
何が起きているんだろう。
わたしたちは、廊下の隅で待っていた。
しばらくして、グレイが執務室から出てきた。グレイの表情が、いつもより硬い。
「グレイ」
レオが声をかけた。
グレイが、わたしたちに気づく。
「お前たち、まだいたのか」
「何かあったんですか?」
サイラスが聞いた。
グレイは少し迷ってから、小さく頷いた。
「……ああ。少し、厄介なことになった」
グレイが周りを見回す。他の兵士たちは、まだ本部の方で話し込んでいる。
「ついてこい」
グレイが小声で言った。
わたしたちは、グレイについて訓練場の隅へ移動した。誰もいない。
「団長が、魔獣の動きを分析した結果を教えてくれた」
グレイが腕を組む。
「最近の魔獣の目撃情報には、共通点がある」
「共通点?」
レオが聞く。
「ああ。全て、外殻近く、北西の方角だ。しかも、魔獣の種類が似ている。知恵持ちや、人語を話す魔獣が多い」
外殻――成人の儀で出た、「外側」にある荒れた地だ。
先日戦った、人語を話す魔獣の声がよぎる。
「つまり……」
サイラスが言葉を継ぐ。
「魔獣を束ねている何者かがいる」
「そうだ」
グレイが頷く。
「兵団は、それを覇王と呼んでいる」
「覇王……」
わたしは呟いた。
「伝説じゃ、覇王は外殻に住む。兵団ではこの頃、伝説じゃなく事実だと考え始めた」
レオが拳を握った。
「じゃあ、第三班と第五班は……」
「おそらく、覇王に捕まったか、殺されたか」
グレイの声が、低い。
「団長は、次の手を考えている。だが、簡単じゃない。覇王がどれほどの力を持っているか、わからないからだ」
わたしは、胸が締め付けられるような気持ちになった。
二つの班が、帰ってこない。
みんな、わたしたちと同じ兵団の仲間だ。
「俺たちに、行かせてください」
レオが言った。
グレイが、レオを見た。
「何?」
「俺たちに、覇王を倒しに行かせてください」
レオの赤い目が、真剣だ。
「俺たちは、特別編成部隊です。強くなるために訓練してきました。仲間を助けたい。そして、覇王を倒したい」
「レオ……」
グレイが眉をひそめる。
「お前たち、まだ新米だぞ」
「でも、やります」
サイラスが言った。
「俺たちは、成長しました。グレイが言ったじゃないですか。三人でなら、どんな敵も倒せるって」
グレイは、黙っていた。
わたしは、グレイを見た。グレイの銀色の目が、揺れている。
「わたしも、行きたいです」
わたしは言った。
「仲間を、助けたい」
それに――わたしの左目が、また熱くなっている。覇王のところに、行かなきゃいけない。そんな気がする。
グレイが、深く息をついた。
「……団長に、相談する」
その日のうちに、わたしたちは執務室に呼ばれた。
「覇王討伐に志願したそうだな」
団長が言う。
「はい」
レオが真っ直ぐ答えた。
サイラスも続ける。
「第三班と第五班の捜索。必要なら戦闘も。俺たちなら動けます」
団長の赤紫の目が、わたしに向いた。
「イリス。お前は」
わたしは一拍、息を整えた。
「……行きます。逃げない」
団長が頷く。
「条件がある。グレイ同行。無理だと思ったら撤退。いいな」
「はい!」
「明朝出発だ。準備をしろ」
執務室を出ると、廊下の空気がまだ落ち着いていなかった。神殿の白が残した気配と、帰らない班の重さ。
背中のグングニルに触れる。手のひらが、そこだけ冷える。
覇王。
外殻。
明日、そこへ行く。




