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21.強くなる

 翌朝。訓練場に集まると、グレイはもう中央に立っていた。


 銀色の左目が、レオを捕まえる。


「レオ。昨日、お前の剣が赤く滲んだな」


「はい」

 レオの背筋が伸びる。返事が速い。


「赤目の片鱗だ。強い感情が刃に乗る。昨日は、それが噴き出た」


 グレイはレオの木剣を指で軽く叩いた。


「ただし、爆発に頼るな。小さい揺れで出せるようにする。制御できなきゃ、武器じゃない」


 レオは一瞬、唇を結んだ。


「……許せなかった。イリスに手を出したのも、グレイが傷ついたのも」


「それでいい」

 グレイは否定しない。

「ただし、怒りだけを育てるな。怒りは速いが、視界が狭くなる。お前は前に出る。狭くなったら、死ぬ」


 レオの赤い左目が揺れて、すぐに静まった。


「教えてください」

「今やる」


 グレイが木剣を放る。レオが受け取って構える。


「いま、何がある」

「え?」

「胸の中だ。言葉にしろ」


 レオは少し考えた。


「……緊張」


「いい。場所を探せ。胸か、腹か、手か。見つけたら剣へ流せ」


 レオが息を整える。目を閉じた。

 次の瞬間、木剣の縁が、ほんのわずか赤く染まった。


「……出た!」


 レオが目を開けた。自分の手の中を見て、目を丸くしている。


「出たな」

 グレイの口元が僅かに緩む。

「いまのは小さい。だから繰り返せ。小さく出せる奴が、必要な時に大きく出せる」


「はい!」


 レオの返事に、勢いが戻る。


 そこでサイラスが口を開いた。


「グレイ」

「ん」


「俺の目は青紫だ。赤も混ざってる。俺にも、同じことが起きるのか」


 言い方は淡々としているけれど、視線は真っ直ぐだ。


「起きる」

 グレイは即答した。

「赤は刃を強くする。魔術にも乗る。だが――」


 そこで、間が落ちた。


「トリガーが感情だ。サイラス、お前は感情が昂ることはあるか?」


「……ないな」

 サイラスが迷わず言う。


 レオが吹き出した。


「即答かよ」

「事実だ」


 グレイの肩が小さく揺れた。


「そのうち勝手に出る」

 グレイは話を切って、サイラスに顎をしゃくる。

「お前は魔術を詰めろ。治癒もな。昨日のは大きい」


 サイラスは短く頷いて、杖を握り直した。


 次に、グレイの視線がわたしへ来る。


「イリス。グングニル」


「はい」


 背中から黒い槍を抜く。穂先は、今はただの鈍い銀色だ。戦いの時みたいな気配はない。

 それでも、握ると手が落ち着く。


「投げて戻せ。まずは当てろ」


 グレイが的を置く。距離は短くない。


 滑走靴を起動する。足裏が軽くなる。

 わたしは軽く助走をつけて飛ぶ。呼吸を一つ入れて投げた。


 槍が飛ぶ。速い。


 ――外れた。


 的の脇を抜けて、壁へ刺さる。


「あ」


 思わず声が出た。次の瞬間、槍が壁からするりと抜ける。宙で一度止まって、それから――まっすぐ戻ってきた。


 手が勝手に受けてしまう。


「……戻る」

 当たり前みたいに、戻る。


「もう一回」

 グレイの声は淡い。


 わたしは柄の位置を指で確かめた。狙いを少しだけ変える。


 投げる。


 今度は的の中心に当たった。木が鳴る。槍はまた戻ってくる。戻って、手に収まる。


 ほっと息が漏れた。


「いい」

 グレイが頷く。

「高度を変えろ。角度を変えろ。お前は空中から打てる。戻る武器は相性がいい」


 わたしはもう一度浮いて、少し高く上がった。

 投げて、受けて、投げて――


 四投目。受け損ねた。


 落とす――慌てて身体を捻ったら、うっかりバランスを崩した。しまった、落ちる!と思った瞬間。


 サイラスの杖の先が、ほんの一瞬だけ赤く光った。


契約執行(エンフォース)――水柱(ピラー)

 

 サイラスの声と同時に地面から水が噴き上がり、わたしの落下を受け止めて、衝撃を逃がした。


 軽く転がってすぐに止まる。どこも痛くない。

 わたしはびしょ濡れで、地面に四つん這いになって見上げる。


「ありがとう、サイラス。いま、杖、赤――」

「落ちるな」

 サイラスはかぶせるようにそう言って、すぐに後ろを向いた。束ねた黒い髪が揺れる。


 グレイが満足そうに頷く。

「イリス、怪我はないな。よし、もっと投げろ。今日は腕を潰すまでやる」


「うわ……」

 レオが小声で言う。

「出た。グレイの優しさ」


 グレイがサイラスに目線を送る。

 

「今のは水の魔術だな。エドワードから教わったのか」

 あ、たしかに。

「そうだ。俺の術式に組み込んだ」


 すごいな、サイラス。

 うん。グングニルを握り直す。


 そこから先は、ひたすら反復だった。

 レオの木剣が赤く滲む瞬間が増えていく。本人が一番驚く顔をする。

 サイラスの術式は紙の端まで埋まって、書き直しの回数が増える。

 わたしの指は、グングニルの柄に少しずつ馴染んでいった。


 夕方。食堂で皿を並べるころには、腕が上がらない。


 それでも、席につくとお腹は鳴った。


「疲れたな」

 レオが肉を頬張りながら言う。


「ああ」

 サイラスが短く頷く。


 わたしもパンをちぎった。噛むと、体の奥が少し戻る。


 少し離れた席で、兵士が笑いながら話している声が聞こえた。


「最近、王都の外が騒がしいってよ。魔獣の報告が増えてる」

「街道だけじゃない。森もだ。魔獣が増えてる」

「兵団が動いてんのに、神殿がやけに口を出すんだと」


 神殿? なんだろう。記憶を探しても知らない。

 別の声が、ひそめる。


「……虹目の話も、もう外に回ってるらしいぞ」

「誰が喋ったんだよ」

「そりゃ誰かだろ。あの試験の日、見物が多すぎた」


 わたしはパンの端を、指で少し潰してしまった。


 グレイが、皿を置く音が一つ。


「その話、ここでするな」


 声は大きくないのに、周りが一息で静まった。


 兵士たちが気まずそうに笑って、話題を変える。

 でも、その沈黙が残る。わたしの左目の周りが、急に熱くなる気がした。


 レオが、わたしの顔をちらっと見て、口を開きかける。

 言わなくていい、って目で返したら、レオは噛みしめるみたいに肉を飲み込んだ。


 サイラスは黙って水を飲んだ。

 その杖は、膝の横にある。さっきの淡い灯りのことなんて、最初からなかったみたいに。


 グレイが、わたしたちにだけ聞こえる声で言った。


「変な噂は、放っておけ。動くな。動けば向こうが喜ぶ」


「向こうって……」

 レオが小声で言う。


「神殿だ」

 グレイは短く言い切る。


 神殿は、あまり友好的な相手ではないらしい。

 わたしは、パンをちぎって口に入れた。

 味がするのに、舌が少し鈍い。


 魔獣が増えている。

 虹色の目の噂が広がっている。


 その二つが、同じ棚に置かれた感じがした。


 サイラスが、ふいに言った。


「明日も訓練だ」

「うん」

 わたしは頷く。

「やることをやる」


 グレイが軽く息を吐く。


「それでいい」


 皿の上の肉が、まだ温かい。

 なのに、食堂の外が少しだけ遠く感じた。

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