閑話 青い竜王と金の天使
星の海は、波立たない。
白い石の宮殿が、そこに立っている。柱は高く、床は広い。石の面には、遠い星の気配が淡く映る。
宮殿には、竜王と天使がいる。
竜王も天使も、人に似た姿をしていた。二人とも男性に見える。
けれど、生き物の匂いがしない。呼吸の音もない。
長椅子に座っているのは、竜王だった。
竜王は――青。
長い髪も、切れ長の瞳も、透明な青が層になっている。ひとつの色に見えて、よく見れば少しずつ違う。
竜王の少し後ろに、天使が立っていた。
彼の羽根は畳まれ、肩から背にかけて白の段が重なっている。金色とも白金ともつかない髪が静かに落ち、琥珀から白金へ揺らぐ目が、ゆっくり瞬きをした。
竜王が、片肘を長椅子の背に預けた。
「……グングニルが、虹の力を得たようだね」
天使は、返事をしなかった。
ただ、指先がわずかに動く。握り直すほどではない。押さえたまま確かめるような癖だけが出る。
「君が力を与えたのかと思ったが。違うのかい?」
竜王の問いに、天使は短く答える。
「……違う」
天使の声は平坦だった。
それでも、空気が一段落ちる。言葉が重い。
竜王は笑わない。からかいもしない。
「なら、彼女が決めたんだね」
「彼女が、槍を……」
天使は言いかけて、口を閉じた。
続ければ、崩れると知っている顔だった。
竜王は静かに青い目を細めた。
「彼女は忘れているようだね。今回も。いつも通り」
天使のまつげが、一度だけ震えた。
竜王が続ける。
「それでも、残ったものがある。だから槍が反応した。――いい兆しだね」
竜王は天使を見上げた。
青い瞳は穏やかで、押しつけない。
「行きたいのかい?」
天使は即答しなかった。
沈黙が長い。
「……行けば、また泣かせる」
「泣かせたくないんだね」
「……泣かせたくない」
竜王は頷いた。
「ずっと待って、やっと生まれてきたのにね」
天使の視線が、床の一点に落ちた。
そこに何かがあるわけじゃない。ただ、見ないと立っていられないときの目だ。
竜王が、声の調子を変えずに言う。
「下が、騒がしくなる。虹目を道具にしたい連中が、必ず出る」
天使の瞳が、わずかに細くなる。
「……止める」
「止められる範囲で、ね」
竜王は、ゆっくりと言葉を置いた。
「君が降りれば、世界は君を囲う。君が黙れば、勝手に意味を貼る。君が何かをすれば、次はそれ以上を求める」
天使は硬い顔のまま聞いている。
「だから――」
竜王は確かめるように天使を見る。
「“何もしない”ことが、守りになる時もある。覚えておきなさい」
天使の唇が少しだけ動いた。
「……私は」
「彼女が、君の片割れなのはわかっているよ」
竜王は軽く息を吐く。
「君は、そのままでいい。焦るな。君が崩れたら、彼女は受け止めきれない」
天使は、目を伏せないまま竜王を見た。
「……いつまで」
竜王は、少しだけ首を傾げた。
「二人は、また出会う――君の願いは、きっとかなうよ」
天使は答えない。
けれど、否定もしない。
竜王は最後に、静かに言った。
「今は、槍が得たものを見ておきなさい。虹の力は、彼女の中にある」
星の海は、変わらず静かだった。
天使は、宮殿の端へ歩いた。
羽根を畳んだ背中は、動かないまま夜を見ている。




