17.特別訓練と新たな任務
翌朝。訓練場に着いたときには、もうグレイが待っていた。
銀髪が、明るさを拾って目立つ。あの人がそこに立ってるだけで、訓練場の空気が少し締まる。
「おはよう」
「おはようございます」
わたしとレオは拳を胸に当てて敬礼した。サイラスは杖をとん、と地面に突く。相変わらず手短だ。
「よし。今日から特別訓練を始める」
グレイが腕を組む。
「最初に確認する。お前たち三人で、連携して戦ったことはあるか?」
レオが即答した。
「サイラスと初めて会ったときが、一番強い敵だった」
「どんな敵だ」
「知恵持ちってやつ」
わたしも続ける。
「狼みたいなリーダーがいて、魔獣が何十匹も従ってて……」
「街の教会に巣を作っていた」
サイラスが淡々と足す。
「天井に仲間を隠して、罠もあった」
「でも、三人で作戦を立てて、リーダーを倒した」
レオが胸を張る。
「街の人たちが戻ってきて、よかったよね」
わたしが言うと、サイラスが小さく頷いた。
――そこで、グレイが止まった。
「……ちょっと待て」
声が低い。いつもの軽さが抜けている。
「それは……アーゼの街か?」
「はい」
レオが答える。
グレイの目が見開かれた。
「お前たちだったのか……」
次の瞬間、グレイは額に手を当てた。
「たった三人で、知恵持ちのリーダー格と配下の群れを……成人したばかりで……」
「まずかったです?」
思わず聞くと、グレイは息を吐いた。
「まずいって言うより……」
言い直すみたいに口を閉じて、もう一度言う。
「アーゼの件は報告が上がっていた。住民が自力で撃退した、って。誰がやったかは不明だった」
グレイが、わたしたちを見る。
「まさか、お前たちだとは思わないだろ」
「すごいことをやったんだな、俺たち」
レオが笑う。
「ああ。すごいを通り越してる」
グレイが苦笑した。
そして、にやりとする。
「よし。訓練の難易度を上げる」
「え!?」
三人で声が揃った。
「お前たちはもう実戦を経験してる。しかも、相手が相手だ」
グレイの銀目が鋭くなる。
「なら、それに見合った訓練をする。覚悟しろ」
厳しかった。
グレイが一人で、わたしたち三人を相手にする。
「来い!」
レオが木剣を構えて突っ込む。グレイが受ける。受けながら、レオの足運びだけをずらすみたいに弾く。レオが踏み直した瞬間、もう別の角度から返しが来る。
サイラスの声が飛んだ。
「契約執行――縛鎖」
鎖が走る。足から体を絡め取る形――のはずが、グレイは軽く跳んで避けた。跳び方が、わたしの“飛ぶ”よりずっと地味なのに、距離がある。
「イリス!」
呼ばれて、わたしは浮く。上から行くしかない。剣を振る――
グレイの木剣が、こっちへ向いてくる。
空中で体を捻って避ける。避けた先に、もう一手が来ていて、背中がひやっとする。わたしは勢いのまま着地した。
レオがもう一度詰める。サイラスが援護。わたしが上から牽制。
……なのに。
当たらない。
レオの剣は弾かれ、サイラスの拘束は空振りし、わたしの動きは読まれてる。
「まだまだ!」
グレイが笑いながら言うのが、腹立つ。余裕がある。
レオが叫んだ。
「くそっ!」
「息が合ってない」
グレイがすぱっと言う。
「お前たちはそれぞれ強い。だが連携が足りない。三人で作戦を立ててから来い」
それが一日で終わるわけがなかった。
何日も、同じことが続いた。毎日、やられる。攻撃はほとんど当たらない。たまにかすっても、グレイの表情が変わらない。
団長が「こいつら三人まとめたよりも強いやつ」と言ってグレイを選んだ意味が、身をもってわかった。
食堂で、わたしたちは作戦会議をする。
「頭を使わなくちゃだめだよね」
わたしが言うと、レオがすぐ返す。
「それは任せる」
「任せない」
サイラスが即座に切る。
「レオも考えろ」
「えー……」
「えーじゃない」
言い合うくせに、手はパンをちぎってる。スープも飲んでる。こういう時間だけは、訓練よりずっと楽しいのが悔しい。
「どうする?」
「グレイは速い。正面からじゃ無理だ」
「なら、どうすれば……」
サイラスが口を開いた。
「イリスが上から注意を引く。その隙に俺が拘束をかける。縛鎖じゃ遅い。拘束でいく。レオが決める」
「わかった」
「いいぞ」
翌日。やってみる。
わたしが上から攻める。レオが正面から迫る。サイラスが詠唱する。全部同時。
……でも、わたしが囮になるつもりが、逆に読まれてた
軽くかわされる。かわされるだけじゃない。かわしながらレオをいなす。いなしながらサイラスを見てる。
訓練後、わたしは思わず息を吐いた。
「……わたしの攻撃力が足りないんだよね」
「攻撃力か」
レオが顎に手を当てる。
「イリス、速さはある。でも“当て方”がもったいない」
「剣を振るうんじゃなくて、突くほうがいいのかな」
「それだ」
サイラスの目が少し鋭くなる。
「突け。突くなら――剣じゃなくて槍がいい」
言われて、わたしの中で何かが繋がった。
「たしかに……」
「ならいっそ投げようぜ」
レオが目を輝かせる。
「上から投げたら、速さも乗る」
「レオ、見直した」
サイラスが言う。
投げる。
剣じゃなく、槍。
わたしの“飛ぶ”が、ちゃんと武器になる感じがした。
翌日。
「行くぞ」
レオが言う。サイラスとわたしが頷く。
レオが正面から切りかかり、わたしは助走をつけて浮く。いつものように左目の奥がじんとする。時間はかけない。背中に隠していた木槍を引き抜く。
グレイの頭上。死角。
力いっぱい投げた。
「……っ!」
グレイは落下速度の乗った槍を木剣で薙ぎ払った。――その瞬間、サイラスの声が重なる。
「契約執行――拘束」
今度の鎖は足元じゃない。腕。槍を払った右腕に素早く絡みついた。
レオが一気に詰める。首元へ木剣が走る。
グレイは咄嗟に地面を蹴って後ろへ跳び、ついでみたいにレオを蹴り飛ばした。
わたしは急降下する。落ちてきた槍を拾って、そのまま着地したグレイの胸元へ突きつける。
グレイが体をずらす。槍先が脇へ流れる。
外した!
止められない。わたしは勢いのまま、グレイの胸にぶつかった。
息が詰まるくらい硬い。グレイの左腕がわたしの背中に巻かれて、身体が固定される。
レオがグレイの背中に切り付けようとして――抱え込まれてるわたしを見て止まった。
「レオ」
グレイが、わたしを左手で胸に押しつけたまま言う。
「そこで決めろ」
何でもない指導みたいな口調なのに、距離が近すぎて頭が追いつかない。
グレイがしゃべるたび、声が振動になって胸板から伝わってくる。
乾いた草の匂いに、土が混じる。風の通る場所の匂い。――グレイの匂い。
心臓の音が耳の近くで鳴った。
ドクン。
「イリス」
グレイが続ける。
「短剣を仕込んでおけ。こういう時に使うんだ」
サイラスの魔術の光がすっと消えた。
グレイが右腕を軽く降って、それから、わたしを離した。
急に支えが消えて、足が地面を探す。
「よし、ここまで!」
グレイが笑う。
「よくやった」
わたしたちは息を切らしながら頷いた。
レオは蹴られたところをさすりながら、でも笑ってる。
サイラスはじっとわたしを見ていたけれど、杖を握り直して小さく息を吐いた。
「工夫したな。連携が取れてきた」
グレイが木剣を鞘に戻す。
「お前たちなら、大丈夫だ」
「大丈夫?」
わたしが聞き返すと、グレイは頷いた。
「ああ」
その顔が、さっきまでと違う。笑ってない。
「実は、お前たちに任務がある」
「任務?」
「団長からの指令だ」
グレイが腕を組む。
「王都近くの街道に、魔獣が出る」
「街道に?」
「ああ。しかも、ただの魔獣じゃない」
声が低くなる。
「人の言葉を話す魔獣だ」
三人とも息が止まった。
「人の言葉を……」
「ああ。知恵持ちより、さらに上だ」
サイラスが聞く。
「詳細は」
「不明」
グレイが即答した。
「旅人を襲い、言葉巧みに誘い込むらしい。罠を張って、心理戦を仕掛けてくる」
銀の左目が、わたしたちを順に捉える。
「お前たちの初任務だ。俺も同行する」
「いつ出発ですか?」
「二日後」
グレイが頷く。
「準備をしておけ」
⸻
訓練のあと、宿舎に戻って三人で話した。
「人の言葉を話す魔獣か……どんなやつなんだろう」
レオが言う。
「分からない」
サイラスが短く答えた。
「だが上位の存在だ。油断はできない」
「うん」
わたしは自分の装備のことを考える。槍は手応えがある。短剣も用意しよう。
……それなのに、ふいに思い出すのは訓練の最中のことだった。
抱え込まれたときの、あの距離。匂い。音。
胸のあたりが、ざわっとする。何これ。
「大丈夫」
レオが明るく言った。わたしの内側を見たわけじゃないのに、ちょうどいいところに声が来る。
「俺たちなら、やれる」
「ああ」
サイラスも頷く。
「三人でなら」
わたしも振り向いて頷いた。
「うん。一緒なら、怖くない」
集中しよう。
人の言葉を話す魔獣。
わたしたちは、どんな敵と出会うんだろう。




