表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/38

16.兵士たちの食卓

 試験が終わったあと、わたしたちはそのまま食堂へ流れ込んだ。足は勝手に軽いのに、胃だけは空っぽで鳴りそうだった。


 扉を開けた瞬間、空気が跳ねた。


「来たぞ!」

「新入り!」

「合格おめでとう!」


 あちこちのテーブルから声が飛ぶ。兵士たちが立ち上がって、わたしたちを囲む。悪意のない圧。距離が近い。


「レオ、さっきの速さ、何だよ」

「村で毎日やってただけです」

「毎日であれになるのかよ……天才っているんだな」


 レオは照れた顔で頭をかく。周りが笑う。笑われてるのに、嫌な感じがしない。ここは、そういう笑い方をする。


 サイラスのほうにも人だかりができた。今度は魔導士っぽい連中だ。手元の杖や札が似てる。


「契約執行って、どう組む?」

「術式の骨組みだけでも!」

「……説明は難しい」


 サイラスは困ったように視線を落とした。断られてるのに、相手は引かない。たぶん、興奮してる。


 そして――わたしにも来た。


「イリス、目!」

「もう一回見せてくれ!」

「飛ぶのもすげえ!」


 わたしは眼帯に手をやって、外した。隠す動作じゃなく、見せる動作になるのが自分でも分かる。


 顔が近い。


「おお……」

「本当に……」


 そこへ女兵士の声が飛ぶ。


「ほら、近い! 覗き込みすぎ! 新入りが引く!」


 周りが「すまんすまん」と笑って距離を戻す。助かった。わたしは眼帯を軽く握り直して、息を整えた。


「座れ座れ。飯だ」


 長テーブルに押し込まれるみたいに座る。給仕が肉の煮込みとパン、野菜のスープを運んできた。湯気が立ってる。匂いだけで腹が鳴る。


「いただきます」


 一口目で分かる。うまい。試験のあとの飯って、ずるい。


「なあ、レオ。副団長の甥なんだって?」

「はい」

「納得だ。あの踏み込み、育ちが出てる」


 レオは「そうかな」と言いながら、嬉しそうにパンをちぎった。


「サイラスはどこで学んだ?」

「……研究施設にいた」

「へえ。実戦は?」

「……ある」


 質問が続くのに、サイラスは逃げない。短く答えて、食べる。わたしはその横顔を見て、少しだけ安心した。


 そのとき、食堂の入り口がざわついた。


 黒いローブ。痩せた男。

 エドワード。


 空気が一段だけ冷える。本人だけが気づいてない顔で歩いてくる。


「やあ、サイラス。合格したと聞いた。おめでとう」


 明るい声。中身のない明るさ。


「何の用だ」

 サイラスが言う。


「君たち、知っておいたほうがいいと思ってね」


 エドワードは周りを見回した。


「そいつは研究を盗まれたと言い張って、追い出されたんだ。信用していいのか?」


 食堂の音が薄くなる。視線がサイラスに集まる。


 レオが椅子を鳴らして立ち上がった。


「おい!」

「レオ」


 サイラスがレオの腕を掴む。


「いい。放っておけ」


 でもレオは止まれない。


「さっきの魔術見ただろ! 本物だった!」


 エドワードが肩をすくめる。


「魔術が使えることと、信用できることは別だよ」


 そこで、がっしりした兵士が口を開いた。さっきレオと模擬戦をした男だ。


「過去は知らねえ」

 声が太い。

「俺たちが見たのは試験だ。あれは本物だった」


「盗んでできるなら俺もやる」

「命預ける場で見るのは、結局そこだろ」


 次々に声が乗る。エドワードの顔が歪む。


「君たちは分かってない……」


 その言葉に、別の声が割り込んだ。


「分かってるさ」


 グレイが立っていた。テーブルの端から、ゆっくり前に出る。視線が一点に集まると、場が整う。


「兵団は実力で見る。それだけだ」


 グレイの左目が、エドワードを真っ直ぐ捉えた。


「エドワード。お前、魔導部隊だったな」

「……ええ」

「なら分かるはずだ。サイラスの魔術が、どれだけのものか」


 エドワードは言葉を失う。


「過去の話を振り回すのは、見苦しいぞ」


 それで終わりかと思った。けれど、グレイは一拍おいて続けた。


「ただな、エドワード。お前の水の魔術も、何人も助けてきた。俺は知ってる」


 食堂が静まる。エドワードが驚いた顔をした。周りも同じ顔になる。


「力があるやつ同士なら分かるだろ。だったら相手を認めて褒めとけ」


 どこからか笑いが漏れ、すぐ広がった。


「出た、褒めとけ!」

「銀狼のやつ!」


 空気が一気に戻る。肩を叩く音が混じる。


「ほら、握手しろよ」

「同じ部隊だろ、どうせ」


 サイラスが立った。エドワードの前まで行く。


「お前の水魔法はたいしたものだと思う。今度教えてくれ。術式に組み込みたい」


 サイラスの口元が、ほんの少しだけ緩む。見間違いじゃない程度に。


「……なんで」


 エドワードが小さく言う。


 模擬戦の兵士が笑った。


「当たり前だろ。どっちも本物だからだ」


 エドワードの喉が動く。


「……分かった。教えてやる」


 ぎこちなさは残ったままでも、場が前へ進む音がした。


 わたしはその様子を見ながら、自分の腹の中を見つけてしまった。さっき、エドワードが言い負かされたとき、少しだけ気分がよかった。

 サイラスは、絶対そんなことを望んだりしない。「ざまぁ」に喜んだのはわたし自身だ。自分が……恥ずかしい。


 グレイが隣に座る。


「イリスも、よくやったな。眼帯だったとはな」

「……うん」


 グレイの笑顔を見て、なんだかちょっと泣きそうな気持ちになった。

 え? 慌てて顔をぬぐう。

 

「虹色の瞳を見せる決断、簡単じゃなかっただろう」

「あ、うん……」

 グレイの声が、優しい。


「でも、お前は選んだ。それが大事だ」

 わたしは、グレイを見た。

 銀色の髪。銀色の左目。

「ん? どうした?」


「わたし、また、自分が、恥ずかしくなって」

 なんとか言葉にする。

 グレイは、黙って聞いてくれる。

「さっき、エドワードがグレイに言い負かされたようになって、そのときその……いい気味だって、思っちゃって」

 恥ずかしい。こんなこと言うの。でも、グレイなら聞いてくれる。


「イリス」グレイはふっと息を緩める。

「おまえはそうやって、逃げずに強くなるやつなんだな。尊敬する」

 グレイがじっとわたしを見る。光を反射して銀色に輝く目。

 え……。吸い込まれそう。

 わたしは慌てて視線を逸らした。


「あ、褒めとけってやつだ!」

 

 わたしが言うと、グレイは軽く笑った。そして逸らしたわたしの目を覗き込んでくる。

「疲れてるんだろ。ゆっくり食え」

 笑うグレイの息が頬にかかる。

 近い。近いよ、グレイ!


「う、うん……」

 わたしは、パンに手を伸ばして顔を離す。

 一口かじった。

「ここのパン、うまいだろ。粉とか酵母が違うらしいぞ」

 噛むほどに味が膨らむ美味しいパン。


「言えるなら大丈夫だ。逃げないやつは、伸びる」

 ふいにグレイはそう言って、同じ皿に手を伸ばす。わたしがはっと顔を上げるとなんでもない顔で言う。

「食え」

 うん。美味しい。


「そういえば配属、そろそろ来るはずだ」

 言った途端、食堂の扉が開いた。


 ダルジード団長が入ってくる。兵士たちが一斉に立ち、拳を胸に当てた。


「座れ」


 団長が短く言うと、場が一息で落ち着いた。


 団長はわたしたちのテーブルへ来る。


「レオ。サイラス。イリス」

「はい」


 わたしたちはもう一度立ち上がった。


「配属を告げる。お前たちは特別編成部隊だ」

「特別編成部隊?」

 レオが聞き返す。


「三人一組で動く独立部隊。指揮官は――グレイ」


 グレイが目を丸くした。


「俺が?」

「お前が適任だ」


 団長の視線がわたしたちを順に走る。


「レオの戦闘、サイラスの魔術、イリスの飛行。まとめて使うには柔軟な指揮が要る」

 団長の赤紫の目が、グレイを見る。

「こいつら三人まとめたよりも、強いやつじゃなくては務まらない」


「承知」

 グレイが拳を胸に当てる。わたしたちも同じ動きをする。


「明日から訓練を始める」


 団長はそれだけ言って去っていった。


 残った空気が、少し遅れてざわつく。


「三人で動けるのか!」

 レオが笑う。

「助かる」

 サイラスが短く言う。


 わたしも頷いた。


「うん。一緒にやろう」


 グレイが、わたしたちの頭に手を置く。軽く、順番に。


「よろしくな」


 大きくて温かい手だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ