11.王都のグレイ副団長
「グレイ!」
レオが叫んだ瞬間、わたしの足も勝手に速くなる。
門の前に立っていた男が、ニヤリと笑って両腕を広げた。
「レオ! よく来たな」
レオは男に抱きついた――いや、飛びついた。でかい体が全力で突っ込んでも、男はびくともしない。受け止めたまま、レオの背中を叩く。
「来てくれたのか!」
「ああ。兄貴から連絡があってな。そろそろだと思って、物見に頼んでおいた」
男――グレイ。レオのお父さんの弟。三十歳くらい。たぶん。
銀髪で、雰囲気がレオにそっくりだ。
ただ、左目は銀。金属みたいに冷たく澄んでいる。
「銀髪でデカくて赤い目の、俺に似た奴が来たら教えろってな」
「言い方!」
レオが笑いながら抗議してる間に、わたしも距離を詰めた。
「グレイ!」
抱きつくと、懐かしい匂いがする。洗った布と、革と、鉄の匂い。
グレイはわたしの頭も遠慮なくくしゃくしゃにした。
「イリス。成人おめでとう。――よく来たな」
そこで、声が少しだけ落ちる。
「……お父さんのことは聞いた」
「うん」
言葉が短くなる。胸のあたりに顔を寄せてしまった。
グレイは何も言わずに、ただ頭を撫でた。手が重い。ちゃんと人の手だ。
少し離れたところで、サイラスが立ち止まっている。背筋がやたら真っ直ぐ。
レオが手招きした。
「グレイ、こいつがサイラス。仲間だ」
胸を張って言うレオに、グレイは軽く頷いて、サイラスへ向き直る。
「俺はグレイオス。レオの叔父だ。グレイでいい」
「……サイラスだ」
グレイが手を差し出す。サイラスが一拍置いてから、その手を取った。握手は短い。けど、ほどけなかった。
「よろしく頼む。レオとイリスを支えてくれてるんだろ?」
「……そうでもない」
サイラスは視線を逸らす。グレイは気にしない。
「三人で歩いてきた。それだけで十分だ」
サイラスのまばたきが一回増えた。予想外の褒められ方をした顔だ。
「さて。王都は初めてか?」
「うん!」
わたしとレオが揃って返す。
「俺も初めてだ」
サイラスが小さく言った。
「なら案内してやる。まず兵団の宿舎だ。部屋も用意してある」
「部屋?」
「レオの親父に、しばらく預かってくれって頼まれててな」
グレイが門をくぐる。わたしたちも続いた。
門番の兵士が、姿勢を正して敬礼する。
「グレイ副団長、お帰りなさい」
「ああ」
兵士の視線が、わたしたちにすっと移る。一瞬だけ鋭い。
「そちらの方々は?」
「俺の甥と、その仲間だ。問題ない」
「承知しました」
道が開く。
え。ほんとに、それだけ?
身分証とか、通行札とか。そういうの、ないの?
わたしが思わず足を止めると、レオが得意げに鼻を鳴らした。
「グレイがいるからな」
サイラスが、小さく眉を寄せている。
「……こんなに簡単に入れるものなのか?」
「ついて来い。王都で立ち止まると踏まれるぞ」
グレイが振り返って笑う。わたしたちは慌てて歩き出した。
門の向こうは、街だった。
人。人。人。
石畳の両側に三階建ての建物が詰まっていて、空が細い。声が飛び交って、荷車が鳴って、子どもが走って、兵士が列で通り過ぎていく。
ゼロの村と同じ世界とは思えない。
「でけえな……」
レオが呟く。
「百倍はあるぞ」
グレイが笑った。
露店がずらりと並んでいる。赤い果物、緑の野菜、吊るされた肉、氷の上の魚。見たことのない形ばかりで、目が忙しい。
「迷子になるなよ」
グレイが先導して、人波を割るみたいに歩く。わたしたちは必死でついていく。
しばらくして、サイラスが小さく言った。
「……本当にいいのか」
「何が?」
「俺のことだ。身元も確認しないで、グレイは俺を――」
途中で言葉が止まる。グレイが立ち止まったからだ。
振り返って、サイラスをまっすぐ見る。
「当たり前だ」
「……え?」
サイラスの喉が鳴ったのが見えた気がした。
「レオが仲間だと言う。信用しない理由がない」
「でも……」
グレイは肩をすくめる。
「俺はレオを信じてる。レオはお前を信じてる。だから俺も信じる。話はそれで終わりだ」
サイラスが黙り込む。青紫の目が、どこにも焦点を合わせないまま止まった。
「難しく考えるな。仲間ってのは、こういうもんだ」
グレイはまた歩き出す。
レオが隣で、うんうんと大きく頷いた。
「ほらな」
「……そういうもの、なのか」
サイラスはそれ以上言わなかった。ただ、歩幅だけは崩さず、前を見て歩く。
人混みを抜けていくと、石造りの大きな建物が見えた。
「あれが兵団本部だ」
グレイが指差す。
「かっこいい……」
レオの声が子どもみたいになる。
「中も見せてやる。けど先に宿舎だ」
本部の脇を抜けて、隣の建物に入る。中は長い廊下。足音がよく響く。
「部屋は三階。レオとサイラス、二人部屋で平気か?」
「もちろん」
レオが即答する。
「問題ない」
サイラスも淡々と返した。
三階の奥。扉が開く。
「ここがレオたち。隣がイリスだ」
ベッドが二つ。机が一つ。窓から王都の屋根が見える。
十分すぎる。
「狭くないか?」
「十分です」
サイラスが先に答えて、レオが笑った。
「俺も十分!」
「ならよし。荷物を置いたら来い。飯だ」
グレイが廊下へ戻っていく。
――王都だ。ようやく着いた。
わたしは息を吐いて、荷物を床に下ろした。
「グレイ、副団長なんだね」
「強いし、人望あるからな」
レオが誇らしそうに言う。
サイラスが、ぽつり。
「あの人の左目、銀だ。稀色だな」
「村じゃ、たまにいるらしいよ」
レオが答える。
「銀目と虹色。変わった村だ」
サイラスはそれだけ言って、視線を前に戻した。
荷物を置いて廊下に出ると、グレイが先で待っていた。合流して、四人で歩く。
そのとき、階段の下から慌ただしい足音。兵士が駆け上がってきて、グレイの前で止まる。
「副団長!」
「どうした」
兵士は息を整える暇もなく続けた。
「緊急報告です。西の森で――覇王の眷属が」
「数は」
「三体確認。ですが……」
「言え」
「三体とも、知恵持ちです。戦術を使います」
空気が変わった。
グレイの顔から、さっきの軽さが消える。銀の左目が冴える。
「他も寄ってくるな。厄介だな」
「偵察隊が二名、負傷しました」
「わかった。すぐ行く」
グレイはわたしたちを見る。
「悪い。急ぎの仕事だ」
「大丈夫です」
「食堂は一階だ。先に食って――」
言いかけて、グレイは一度止まった。
「……今日は戻れないかもしれん。部屋で休んでろ」
「はい」
グレイは兵士と一緒に階段を駆け下りていった。
わたしたちは、その背中が見えなくなるまで動けなかった。
「知恵持ち……」
レオが眉を寄せる。
「アーゼで戦ったのも、そうだったのか?」
「たぶんな」
サイラスが腕を組む。
「罠、連携。普通の魔獣と違う」
レオが階段の方を見て、唇を噛んだ。
それが三体。
「……行くぞ」
サイラスが歩き出す。
「食堂?」
「ああ。指示通りにする」
一階の食堂は広かった。長テーブルが並び、兵士たちが飯をかき込んでいる。
わたしたちが入ると、一瞬だけ視線が集まって、すぐ戻った。新入りに慣れてる目だ。
「適当に座ろう」
わたしたちは空いてる席に腰を下ろし、給仕に三人分を頼む。
わたしが周りを見回したときだった。
兵士たちはもうこちらに興味がない。
――けど、一人だけ違う。
黒いローブの痩せた男。三十前後。
その視線が、最初から最後まで、サイラスに刺さっている。
サイラスも、その男を見返した。表情は動かない。
「サイラス? 知り合い?」
声をかけても、返事がない。
男が椅子を引く音がして、立ち上がった。
まっすぐ、こちらへ歩いてくる。




