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パーティー会場では、シャンデリアが煌煌と輝き、たくさんの貴族令嬢が歓談している。
姉ユーリアは、いつも通りの完璧な笑顔で、貴族たちの輪の中心にいた。
笑い声、賛美の言葉、きらびやかなドレスの裾が舞う中、
ユーリアは誰よりも派手なドレスをひらめかせながら、話す。
「王太子殿下も、私の舞踏を気に入ってくださったご様子なの」
「公爵夫人からも、お褒めの言葉をいただいて……」
自信に満ちた声で語るその瞳は、まるで“未来の王太子妃”のよう。
自分が王太子妃に選ばれるのを確信している表情だった。
だが、会場の正面にある舞台で立ち上がった王太子の口から発せられたひと言――
「リューリク王国第一王子である、私、ウィリアムは、
本日ここに、正式に、婚約したことを発表いたします。
相手は――――――
アクリオン公爵令嬢、マリア・フォン・アクリオン!!」
―――――場が静まり返った。
選ばれたアクリオン公爵令嬢マリアがしっかりとした足取りで舞台に上がるのと同時に、
ユーリアの手から、持っていたグラスが落ち、床に割れる音。
「……うそ……嘘よ……なんで、私じゃないの……私こそが、ずっと……!」
その呟きに触発されてか、興奮した貴族たちがさまざまに話し出す。
ざわつきが広がる中――――――
会場の扉が再び、ゆっくりと開き始めた。
「遅れて申し訳ありません」
澄んだ声と共に、重厚な空気をまとった二人が入場する。
レオンハルト・フォン・バルト――銀白の髪と瞳を持つ、冷厳な美丈夫。
そして、その隣に立つのは、―――――ミラ。
地味令嬢と蔑まれた姿は影も形もなく、
ピッタリに仕立てられた蒼のドレスが、上品にひらめき、
胸元にはレオンハルトから贈られた大きなダイヤのネックレスが、星のように輝いている。
「遅いぞ、待ちきれず発表してしまったじゃないか!」
「申し訳ありません殿下、雪で足を取られまして」
「そうか、まあ、いい。よく来たなレオ、わが相棒よ」
「もったいなきお言葉です」
「隣に連れているのは、自慢の婚約者殿かい?あとで紹介してくれよ~」
王太子が気軽な調子でレオンハルトと話す傍ら、
「……ミラ……? 嘘よ……なんで……そんな格好して……そのネックレス……レオンハルト様から……?
ありえない……ありえないわ、私が選ばれなくて、あの子があんなに輝いてるなんて!」
ユーリアの顔が青ざめ、次第に、怒りに染まっていく。
そして、我を忘れたようにウィリアムに詰め寄る。
「ねえ殿下も、レオンハルト様も!騙されているんですわ!
ミラは地味で優雅さのかけらもないような女よ!
私のドレスをお古で着てたような、何の価値もない子なのよ!」
キンキンと叫び声が響き渡る。
「私のほうが、綺麗で愛らしいでしょう!ほら、ミラ、そこをお退きなさい!あなたはもうお役御免よ!」
殿下がだめなら、気が変ったわ!
レオンハルトがミラの手を優しく取った。
「ミラは、私の誇りだ。誰にも、侮辱はさせない」
はっきりと、静かに、けれど確固たる意志を込めて言い放つ彼の声に、会場の空気が震えた。
ユーリアの顔が引きつり、歪む。
「はあ? 何をおっしゃるかと思えば……! この、社交界の華である私が、わざわざ田舎臭い辺境へ“嫁いであげる”と言っているんですのよ!? 喜んで受け入れなさいな!」
ユーリアはなおも高圧的な言葉を浴びせる。
だが、レオンハルトの表情は、ぴたりと冷えた。
「……哀れだな、ユーリア・フォン・ショーベルグ。君はまだ、自分が何か選べる立場だと思っているのか?」
その言葉は、氷の刃のように冷たく、鋭かった。
ユーリアが言葉を失って口をぱくぱくと動かす。
その横で、王太子ウィリアムもようやく口を開いた。
「ユーリア嬢。……君は、本当に、何も、見ていなかったのだな」
「え……?」
「レオンハルトが選んだミラ嬢が、どれほどの成果を辺境でもたらしたか。
民の信頼、魔物討伐、農業改革。ミラ嬢の働きは、国政にも影響を与え、私の耳にも入っている」
「で、でも、でもっ……っ!」
なおも食い下がろうとするユーリアを、王太子は静かに一瞥する。
「そのような言葉が出るうちは、君が“王太子妃”の座にふさわしかったことなど、ただの幻想にすぎなかったと証明しているようなものだ」
「っ……!」
周囲の貴族たちも、口を噤む。中には明らかに目を背ける者もいた。
ユーリアは、ついにその場に崩れ落ちそうになりながら、叫んだ。
「なんでよ……! 私のほうが美しいのに! 私のほうが、ずっと、家族に愛されてきたのに……!」
ミラは、そっと視線を落とし、淡く微笑んだ。
「そうね、お姉様は……ずっと、愛されていた。私は、その影だった……でも、今はもう違うの」
レオンハルトが、勇気づけるように、しっかりとミラの手を握る。
その手は、暖かく、力強い。
「君はもう、誰かの影じゃない。これからは、共に未来を築いていこう」
その言葉に、ミラは涙をこらえながら、深くうなずいた。
――その瞬間、
人々は、心からの拍手を送った。
それは、偽りの栄華に対する終焉であり、本物の輝きを手にした令嬢への、純粋な称賛だった。
なんとか書き上げました(ほっ)




