表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地味な次女は辺境に嫁ぎます!  作者: あけはる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/4

 

 両親は、姉には一流の教師陣がつけたが、

 私には一度もつけてくれたことはなかった。


 社交界の礼儀も、舞踏の作法も、すべて書物から学んだ。

 本が――私を育てたのだ。


 侯爵家の西翼、埃をかぶった図書室。

 そこは、私だけの空間だった。

 父も母も姉も、

「辛気臭い本など何の役にも立たない」と、見向きもしなかった。


 けれど私にとっては、

 そこに並ぶ古書たちこそ、何よりも心躍る宝で、誰よりも頼もしい先生たちだった。


 魔法理論、薬草学、失われた禁術、古代語の読み解き方、さらには領地運営や経済学、戦略論。


 飢えた心に、知識が染みわたる。


 自室に閉じこもる時間、誰にも必要とされない静寂の中で、

 私は黙々と読み続け、記録し、考え続けた。


 孤独だったけれど、寂しくはなかった。


 だって、本の世界は私を拒まなかったから。



―――――――――


 姉の代わりに、バルト辺境伯令息のもとへ嫁ぐことに決まった時、

 私には驚きも怒りも、なかった。


 ただ、「ああ、いつものこと」と思っただけだった。


 ボロボロのトランクに、数枚のお仕着せと、使用人が嫌々詰めた最低限の持参品。

 新しいドレスも、装飾品も一切用意されなかった。


 でも私は、その中に数冊、お気に入りの本を忍ばせていた。


 ――それが、新しい人生の始まりになるとは、その時はまだ知らなかった。


――――――――――


 バルト辺境伯領。


 吹雪に閉ざされ、空気が凍てつくような世界。


 中央貴族が「地の果て」と呼ぶその地に、私は一人、降り立った。



「……君が、ミラ・フォン・ショーベルグか」

 堅牢な城の玄関、迎えに来たのは、噂に聞く辺境の戦闘狂、


 レオンハルト・フォン・バルト。


 鋭い氷のような銀白の瞳は知性をたたえながらも感情に乏しく、冷たい。

 背が高く、スッと伸びた背中は、北方の冬の朝の澄んだ空気に、似ている。

 凛然たるその姿に、一瞬で息を呑んだ。


「ミラ・フォン・ショーベルグと申します。お初にお目にかかります。」


 震えそうになる声を押し殺し、私は丁寧に頭を下げた。


 その目が一瞬、何かを見極めるように細められる。


「……そうか。本邸まで馬車を用意してある。乗れ」


 短く、ぶっきらぼうな声。

 だがその言葉に、実家で向けられたような、あからさまな蔑みは感じられなかった。


 それが、少しだけ――嬉しかった。


 ミラは小さく息を吐き、本邸への馬車に乗り込んだ。


―――――――――


 辺境に来てから、私はまず、この土地の土壌と気候を徹底的に調べた。

 次期領主の婚約者になるのだから、この土地のことを知らないと、その一心だった。


 厳しい寒さ、日照時間の短さ、やせた土地。農業には過酷すぎる条件だった。


 実際に作物の育ちにくさについて領民から話を聞くにつれ、

 

 ショーブルグ侯爵家の蔵書の、ある一節が脳裏に甦った。


 ――氷原でも芽吹く“アイスミント”。強い清涼香を持ち、薬草としても活用される寒冷地植物。


「これなら……」


 ミラは、辺境伯領の農業研究所と協力し、

 もち麦とこのアイスミントを交配して栄養価を高めた、通称”アイスミント麦”を作ることに成功した。


 実際に育ててもらうため、多くの農民に声をかけたが、

 最初は、使用人も農夫も鼻で笑った。

「本ばっかり読んでる人が、土のことなんかわかるかよ」


 でも私は諦めなかった。


 自らスコップを持ち、氷の張った畑に膝をつき、土を掘り返す。

 手袋越しでも手はかじかみ、爪の間に土が入り込んだ。

 それでも、誰よりも早く畑に出て、誰よりも遅くまで作業をした。


 やがて――芽吹いた。

 凍てついた大地を割って、小さな芽が顔を出したのだ。


 農民たちは驚き、そして徐々に、私の言葉に耳を傾けるようになった。

 収穫された麦は、芳しい香りと甘みを持ち、保存もきいた。


「お嬢様のおかげで、今年の冬は飢えずに済みます……」


 年老いた農夫が、震える手で私の手を握った。

 その手は、冷たくて、でも、どこまでも温かかった。


 胸がじんと熱くなる。


 侯爵家では“不要”とされた私が、今、ここでは、役に立てた。


 ――生まれて初めて、“生きている意味”を感じた瞬間だった。



――――――――

 一方、魔物討伐にも私の提案が採用された。


 私が図書館で独自に研究し、古代魔法と現代戦術を融合させて設計した新しい魔法陣。


 設置と発動にかかる魔力の効率を改善し、さらに周囲への影響範囲を広げ、複数の魔物に一斉に効果を与える仕組みだった。


「面白いが、実戦で通用するとは限らん」


 最初に見せたとき、騎士団の副団長が眉をひそめたのを覚えている。


 無理もない。戦場では、一瞬の判断の遅れが命取りになる。素人の考案など、重く受け止められるはずがなかった。


 けれど、試験運用の後――空気が変わった。


「本隊の消耗が減った」


「魔物の動きを予測していたかのようだった」


 騎士たちの口から漏れた声に、私は信じられない思いだった。


 正式採用が決まった日、私はレオンハルトの執務室に呼ばれた。


 重厚な扉の向こう、書類の山に囲まれた彼は、いつも通りの無表情で、私に一通の手紙を差し出した。


「……君の魔法陣。騎士団長から礼状が来ていた。実戦で、非常に大きな効果があったそうだ」


「……そう、ですか……それは……嬉しいです」


 言葉がうまく出てこなかった。胸の奥がじんわりと熱くなり、でも、涙は見せたくなかった。


 彼は一拍置いて、机から視線を上げた。


「……君は、思っていたより、ずっと強い」


 短い一言。


 けれど、それはまるで、凍てついた氷の上に一滴の温もりが落ちたかのように、私の心を溶かした。


 ずっと遠くに感じていた彼が、初めて真正面から私を“認めた”。


 それが、どれほど嬉しかったか、言葉にはできなかった。

 


 そんななか、王都からのパーティーへの招待状が届いた。

 王太子主催の大晩餐会、いよいよ王太子の婚約者が発表されるとのことだった。


 ミラとレオンハルトは、吹雪の中、王都へ向かうのだった―――――



あと一話増えました・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ