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一人で参加した屈辱のデピュタントから、数年。
相変わらず、家での扱いは変わらなかった。
姉のドレスは増え続け、
使用人たちは姉の部屋に仕えることを名誉とした。
私は、古びたお仕着せを自分で繕い、使用人にすら見下される日々。
ある日、厨房から昼食が届かなかったことがあった。 理由を尋ねると、
「ユーリア様が特別なお客様を迎えておられるから、ミラ様のお食事は後回しとの指示です」
と、料理を運んでいたメイドに、鼻で笑われた。
空腹のまま自室に戻った私は、乾いたパンをかじって飢えをしのいだ。
またある日は、
庭で読書をしていた私に気づいた、姉の取り巻きの令嬢たちが、
「貴族のくせに、そんなところで一人でいるなんて惨めね」
「こんな方がユーリア様の妹だなんて、ありえないわ」
クスクスと、あざ笑った。
姉は止めるどころか、口元に手を添えて微笑みながら言った。
「まあまあ、静かにしてあげて。ミラにはミラの世界があるのよ」
まるで路地裏で倒れかけている動物でも見るような、蔑んだ目だった。
侯爵令嬢にはあるまじき扱い。それでも、ひとり黙って耐えていた。
またある時は、
「ミラ? またそんな格好して。来客があるのよ。
あなたがそこに立ってるだけで雰囲気が暗くなるわ、部屋に戻ってちょうだい」
姉のユーリアは完璧な笑顔でそう言い放っ。
一見、優雅なその言葉には、とげのような侮蔑が潜んでいる。
客人の前では決して取り繕いを崩さない彼女の外面の良さは、社交界でも有名だった。
そしてその裏で、私は何度もその笑顔の裏の毒に傷つけられてきた。
「……はい。わかりました」
私は声を震わせることなく、静かに頭を下げ、足音を殺してその場を離れる。
使用人が嘲笑をこらえるのを背中に感じながら、私は何も言わず自室へと戻った。
部屋に閉じこもり、深く息を吐く。
日常だった。もう、涙すら出なかった。
姉が、私のなけなしのお仕着せに「うっかり」紅茶をこぼしたのは数日前。
繕ったばかりの裾を台無しにされた。
そんなある日。
十七歳になったユーリアに、縁談が舞い込んだ。
「……バルト辺境伯令息? 北の田舎で、魔物と戦ってばかりの、戦闘狂と噂の? 冗談じゃないわ!」
姉は、笑い飛ばした。
「私は王太子妃になるのよ。そんな下品な男の元になんて、行くわけがないわ!」
私は、いつも通り何も言わずに、姉の尊大な言葉を聞いていた。
しかしその日はなぜか姉の目に留まったのか、
「あら、ミラ、いたのね。 あ、そうだ、私いいことを思いついちゃった!」
そう美しい碧眼を細めて姉が言い放った言葉に、わが耳を疑った。
「あなたが嫁げばいいのよ、バルト辺境伯領に!
ふふふっ、田舎とはいえ、贅沢言っちゃいけないわよねえ? お母様もそうお思いでしょう?」
美しいピンクの唇を歪ませながら、そう笑った姉の言葉に、
そのまま両親は賛同し、
私の、バルト辺境伯令息レオンハルト様との婚約が決まったのだった―――
翌週―――
衣装の新調もなく、古びたトランクに、わずかな荷物を詰めた私は
ひとり、ショーベルグ侯爵家の玄関扉の前に立っていた
別れの言葉はなかった。
「ミラ、どんなことがあっても必ず婚約を続けなさい。もうお金はもらってしまったのだからね。」
母はそう言った。
私が馬車にのる前に振り返った時には、もう屋敷の中へ姿を消していた。
涙は出なかった。
私の中には、もう泣く心も残っていなかったのだろう。
馬車が動き出す。
その窓から見えるショーベルグ侯爵家の屋敷は、どこまでも遠く、冷たく、暗かった。
そして私は、誰からも望まれずに、辺境へと嫁いでいく――。
次で完結予定です。




