信頼できる語り手vsどう見ても怪しいのに犯人じゃない男
この世には正しい物がある。
たとえば地の文がそうだ。
地の文は嘘をつかない、いや、つけない。
どれほど高度なミステリーも地の文でその人物が犯人ではない、と言われればその通りなのだ。
この物語のように……
──
「いやぁああああ!」
「なっ、どうした!?」
「人が、人が……!」
彼は視線を先にやると、そこには人が大量の血とともに倒れていた。
「こ、これは……! 死体の状況を調べよう!」
そういうと彼は死体に寄り、脈を測る。
手は冷たく、案の定脈もない。
彼の名は星野。三白眼に細長い顎のクールな印象を与える男。
星野は素晴らしい男だ。
たぐいまれな才能を持ち、
すべての人に愛され、
けっして人を殺すような、
手を汚すような真似はしない。
「あ、あの、こういうのって警察が来るまで触っちゃいけないんじゃ……?」
「……そ、そうだな、呼ぼう」
星野の恋人の広子により、警察が呼ばれた。
「通報元はここか」
そこに現れたのは、くたびれたスーツを着た冴えない刑事。
面識があるのだろうか、星野は刑事に話しかける。
「地乃刑事、ご足労いただき感謝です」
「……死体が動かされた痕跡があるが?」
「はい、僕が軽く調査したんです」
「……」
地乃は死体を調査し始める。
瞳孔、筋肉の硬直状態、傷……それらを確認していく。
「どうも害者は1時間前に亡くなったらしい。外傷はなく、口から血を吐いていることから毒殺だと思われる」
「毒、でしたか……でも、なんで……」
広子も多少は落ち着きを取り戻したようだ。
「この害者……星野、あんたの知り合いだよな?」
「……えぇ、彼とは大学の頃からの友人です」
「……それにしてはやけに落ち着いてるな」
「……悲しくないと言えば嘘になります。でも悲しむのは犯人が牢獄にぶち込まれてから、と思って」
星野は心底悲しそうにそう呟く。彼は悲しみを感じていないのではない、押し殺しているのだ。何と素晴らしい感受性の持ち主だろう。
「しかし、凶器こそ出てこなかったがこのホテルの101号に星野と広子さんが、102号に害者が。偶然なのか?」
「はい、彼が隣の部屋に泊まってるとは思いもしませんでした」
星野は偶然被害者と隣の部屋だった。
なんとも奇妙なことがあるものだ。
星野に罪を被せるために誰かが隣の部屋にしたのだろう。
「それで、害者のいる102号室はどのような目的で行った?」
「102と書かれたキーが何故か101号あって、届けに行ったんです」
「鍵はかかっていたか?」
「いえ、開いていました。そして広子が開けて出てきたのが……死体でした……」
ここで地乃刑事は考える。
(害者がいた102のキーをこの星野の部屋の101号室に置く、あるいは置かれた……)
(鍵はまやかし……? あるいは何かしらトリックが……?)
「……部屋の中にいる害者を1時間で毒殺……ドアを開けるほど気を許された相手か、それか部屋に来ても自然な人物じゃないと出来ないな」
「ならルームウェイターなんかが怪しいわけですか。そう言われると、1時間ほど前にワゴンの音がしました」
「早速呼ぼう」
地乃刑事により、ルームウェイターが呼ばれる。
「私が疑われているわけですね」
ルームウェイターの様子は不思議と落ち着き払っていた。不自然なほどに。
「この1時間のアリバイはありますか?」
「はい、あります」
ルームウェイターの様子は堂々としている。不気味なほどに。こいつが犯人の可能性は極めて高い。
「廊下には監視カメラが仕掛けられています。それを見れば私が被害者の部屋に向かっていない事は一目瞭然です」
「なっ、監視カメラ……?」
何故か星野が動揺する。いや、きっと犯人を見つけられる好機に驚いたのだろう。
「分かりました」
監視カメラの映像を見ると、確かにルームウェイターは映っていない。
へんなことに。
ルームウェイターはいったい……?
プロなのか? 暗殺の……
(この1時間では不可能……しかし何かしら遠隔トリックが仕込まれているのでは……? ん?
これは……!)
代わりに写っていたのは……星野であった。
し、しかし、星野は犯人ではない。彼は清廉潔白の素晴らしい青年だ。
彼の目を見てくれ! なんと澄んだ瞳の持ち主だ……!
それにも関わらず地乃は愚かにも星野を疑ってかかる。
「星野、これはどういうことだ? 何故、被害者が亡くなるタイミングで監視カメラに映っている?」
「ま、まさか、僕を疑っておいでで?」
「……あぁ、状況的にお前が犯人の可能性は高い。流石に今回ばかりは……」
何故か隣の部屋に被害者がいて、被害者が亡くなるタイミングで部屋に向かっている。
だ、だg星野は町がっても犯人ではない。なにしろ地の文がそう言うのだから間違いないのだ、そう、地の文は神の視点。我に逆らうことは神への叛逆と見なす……!
「ほ、星野さん、まさか、そんな……」
広子も青ざめた顔で星野を見る。
星野は汗をだらだら流しつつ、地乃を睨みつける。
汗を流しているのは言うまでもなく根拠のない罪を擦りつけられたからだろう。
「地乃刑事、忘れてないでしょうね、あんたは俺に逆らえる立場じゃないことを」
「……」
「俺は犯人じゃない、そうでしょう?」
「……そう、だな」
やはり星野は犯人ではない。犯人が見つからなかったのは残念だが、これでエンディングだ。さあ、早くエンドロールを……
その時だった。
──プルルルル
地乃のガラケーに着信音。
「もしもし? ──本当か!?」
……みなさんに謝りたいことがある。
私、地の文こと地乃は星野に妹を人質に取られていた。
これまでの地の文に違和感を抱くのも当然だ、何しろ散々脅されて事実とは真逆のことばかり言ってきたのだから。
作品をかき乱してしまった事にも重ねて謝罪したい。
「どうした? 地乃刑事、俺は犯人ではない、ならもうあんたがいる必要はない。俺はこの後広子とお楽しみタイムをするんだ、さぁ、さっさと帰りたまえ──」
「星野津実男! お前を拉致監禁及び脅迫罪、強要罪、および殺人容疑で逮捕する!」
「なっ!? いや、忘れたのか? お前の妹は……」
「無事解放されたよ」
「は?」
「仲間がやってくれた。お前の足を掴んで、監禁された倉庫から救出してくれたんだ」
「くくく、はははははは!! だが甘いな地乃刑事。クラウド、と言うものを知っているかな? そう、強力なデータを共有するシステムだ。そこには」
「逮捕」
星野の手首には手錠がかけられた。
「最後まで聞けよ!」
「俺が最後まで聞くのはビートルズのレット・イット・ビーだけだ」
「くそっ! こいつは俺から元カノを騙し取った悪党……」
「言い訳は法廷で聞こうか」
「なっ、広子! 助けろ! なんとかしろ! そうだ、早くクラウドからデータを拡散してやれ!」
「……」
広子は心底冷めた、汚物を見るような目で星野を見下ろしていた。
「くそ……! リサはどうした! まゆみは! そうだ、めぐみならコンピュータも……! めぐみぃぃぃ……!」
(終わったな。長い戦いだった…)
星野は地乃刑事により署まで連行された。
星野は調べれば調べるほど余罪が発覚し、私のように泣く泣く黙認するか協力させられていた人も多かった。
星野は懲役30年が言い渡された。
(30年みっちり心を入れ替えてくることだな、星野……)
地乃刑事は妹と再会する。妹が地乃に抱きつく。
「お兄ちゃん、また会えて嬉しい! もうどうなるかと……不安で、不安で……」
「あぁ、大変だったな……でもこうして会えた」
「罰としてデパ地下で私が欲しがったもの全部買ってね」
「はは、財布が持つかなあ」
「なんてね。それでお兄ちゃんの好物たくさん作るんだ。……ありがとね、お兄ちゃん」
おっと、せっかくだから地の文で締めくくろう。
この物語は悪党が成敗され、主人公がとらわれの妹と再会するという、王道的な物語であり、無事ハッピーエンドを迎えたのであった。
純粋な推理物を期待した方には申し訳ないです。




