転生ブームの頂点にいた俺、異世界行きはなかった件
2XXX年。
世は空前の転生系漫画ブーム。
その頂点に立つ漫画家――月城羽琥〈つきしろ はく〉、37歳。
累計発行部数5500万部超え。漫画家志望なら誰もが知ってる生けるレジェンドだ。
最新作『世界が終わるたび転生する』が100万部突破したその夜、俺――じゃない、月城は、高校の同級生4人で飲み会に呼ばれた。
「かんぱーい!」
「やっぱ先生はすごいわ〜」
高校時代から漫画を描いてたから、あだ名はずっと「先生」だ。
「ありがと」
しばらくして――
「もしさ、転生したら何になりたい?」
「俺はライオン。強いし!」
「私は猫! ご主人様に甘えた〜い!」
「先生は?」
「うーん……蚊」
「蚊!?」
「そう。蚊って人間を一番殺してる生き物って知ってる? その暮らしを体験してみたいんだよ」
「やっぱ先生の発想おかしいって」
「まぁね、ははは」
……そして3時間後。計6杯。
瞼が重い。視界が二重。
「先生、大丈夫ですか?」
「だいじょ〜ぶだよぉ〜」
完全に呂律が迷子だ。
「もう帰ろうか」
「先生、タクシー呼びましょうか?」
「いーよ、すぐ…ちかぐだがらぁ〜」
ふらふら千鳥足。
「もひ、てんせぇ…できら…おもろいらろなぁ…」
――人気のない交差点。
横断歩道を渡ろうとした瞬間、轟音と共にトラックが突っ込んできた。
視界が回る。体が宙を舞う。
走馬灯が走る。学生時代の漫画、初めての受賞。
ドン、と地面に叩きつけられ、血が滲む。
ふと、左腕に蚊が止まった。
……でも蚊は死体の血を吸わない。
ひらりと飛び去っていった。
――次に目を開けたら、俺は事故現場を空から見下ろしていた。
「転生……したのか?」
……いや、幽霊だった。
転生なんてできるはずもなく、月城羽琥の一生はこうして幕を閉じた。