龍の花嫁 妹にざまぁしたけどもう興味無いので幸せになります
龍子は生まれながらに顔に痣があり、妹や周囲から虐げられていた。人を信じられない毎日、そんな中龍神を名乗る美青年が現れた。龍子は青年を利用して復讐を決めるが、青年と愛を育むうちに自分の道を取り戻していくハートフルストーリー。
「おはよう。ブス、じゃなかった。お姉ちゃん。」
今日も妹から罵られる。私は水田龍子。うちが龍神を祀る由緒正しい家系だったのは昔の話。今は出来のいい妹と妹びいきの母と無関心な父親と暮らしてる。さらに、私の顔には生まれつきの蛇のうろこみたいなアザ。これのせいで生まれた時から妹からブスだと罵られ、両親からも冷たい目で見られている。
「おかあさーん、今日合コンだから晩御飯いらなーい。」
「はいはい、全く、就職決まったからって遊んでばっかりいて。」
「えー、いーじゃん、お姉ちゃんと違って私しごできだし?」
妹と違って要領が悪く、成績も良くない私は就職にも失敗して今日もアルバイトで日銭を稼ぐ。反面大学生の妹は大手企業に内定を貰っている。
「確かにそうね。あなたは、龍子とは違うから。」
ガタッと立ち上がりバイトに出かける。
「お姉ちゃんって龍神さまのお嫁さんなのよね〜。羨ましい〜。」
「やめなさい。そんな迷信。あんたは龍子みたいにならないでちゃんとするのよ。」
「……はーい。」
私の人生、一体なんなんだろう。
バイトが終わる。仕事帰りは町外れの祠のある池を訪れる。死んだおばあちゃんはよく言っていた。この池には龍神様が住んでるんだよ、龍子の痣は龍神様に愛された証なんだよって。おばあちゃんには悪いけど私は全く信じてない。私が近所の子供に石を投げられた時も、妹に髪を引っ張られた時も龍神様は助けてくれなかった。腹が立ってその辺にある石を投げつける。水面が波打ったその時、石が渦に飲まれていく。渦はどんどん大きくなり石は見えなくなってしまった。
「な、何!?」
怖くて逃げ出そうとしたら、頭から声が聞こえてきた。
「恐れなくて良い。我が花嫁よ。」
気づいたら目の前に美丈夫の男性が立っていた。襟足にかかった黒髪に端正な顔立ち。雰囲気は耽美系モデルって感じだ。さあっと風が吹くと髪がサラッと揺れる。
「お前の名は?」
自然と龍子、と口にしていた。
「龍子。龍希の孫にして我が花嫁よ。やっとお主の口からその名を聞けた。」
勝手にうんうんと納得している。
「生まれた時から見守っていたが、美しく育ったな。」
美しい?
「顔にこんな痣があるのに?」
鼻で笑った。
「その痣は我が花嫁の証だ。痣があれば私はどこにいてもお主を見守れる。腕や足に出ることもあるのだが、顔ではお主にちと苦労をかけたな。」
……ちょっと?私はこの痣のせいで人生めちゃめちゃになったのに?
「……今からでもお嫁に入れますか?」
黒い願望が首をもたげる。
「今からでも何も、そろそろ迎えに行こうと思っていたところだ。昔はもっと若いうちから嫁に迎えていたが、現代のおなごはなかなか結婚しないと聞いてな。」
「そうですか。なら、私のお願い、叶えてくれますか?」
口元がにやり、と歪む。
帰宅する。
「あら〜、ブス、じゃなかった。姉さんじゃない。顔が醜すぎて分からなかったわ〜。」
凛、いい気になっていられるのも、今のうちよ。
「凛、彼氏を紹介するわ。」
「え〜、姉さん彼氏いたの〜?ブスの姉さん拾ってくれるとか超優良物件じゃん!まあ姉さんの彼氏ならどうせブサイク……。」
「初めまして。龍司です。」
私の後から入ってきた龍神(名前が無いのは不自然なので話し合って決めた)がにっこり笑う。妹は空いた口が塞がらないみたいだ。笑いが止まらない。
「な、な、何よそのイケメン!!」
「大きくなっ……ではなかった。妹さんですね。龍子……さんからお話は聞いてます。本日はご挨拶に上がりました。」
龍神はにっこり微笑む。
「う、嘘よ!姉さんがこんなイケメン捕まえられるわけが無い!そうだ!メン地下かホストに騙されてるんでしょう!?」
「私はこういうものです。」
龍神は私が渡した昔バイト先の社長からもらった名刺を差し出す。
「これっ……!!今バズってるカフェチェーンじゃない!」
妹は顔と肩書きとブランドに弱い。半分以上嘘とはいえ、ずっと見下してた姉がこんな優良物件捕まえて今どんなに悔しいか……!
「凛、何を騒いでるの。」
奥から母が出てくる。龍神を見るなりはっと目を見張っていた。母は龍神を信じてなかったからたぶん正体に気づいてない。たぶん凛みたいに私がイケメンを連れてきたから驚いてるんだろう。
「龍美……じゃない、お母様。龍子さんとお付き合いさせていただいてるものです。よろしければ奥でお話を……。」
「え、ええ!どうぞ!」
母は喜んで龍神を奥に通した。
「ふう、せいせいした。」
話し合いの後(龍神に任せるとボロが出そうなので、ほぼ私が嘘の説明をした。)龍神の正体を隠したのはお母さんは龍神を信じてないどころか嫌っているので、ややこしくなりそうだったから。今私は龍神の祠で休んでいた。龍神に認められた人間は祠に出入りできるらしい。私は家を出た。前からうんざりしていたのだ。貯金が貯まったら出ていこうと思ったがちょうどいい。祠の中はおじいちゃんの家みたいだった。土間に囲炉裏、かまど。分かってはいたけど電気がない。現代人はここで暮らすのは厳しいな。何故か室温は快適だからそこはいいけど。
「龍美……。」
龍神は母の名前を呟いて俯いている。しばらくすると私の視線に気づいてぱっと笑った。
「龍子、腹が減っただろう。少ないが食べると良い。」
龍神が差し出したのは、一個の饅頭だった。
「まさかご飯これだけ!?」
「すまないのう。最近はとんと供え物が減ってな。私は人間の食物は口にしないから龍子の食い扶持は減らんぞ。」
「こんなんで足りるわけないでしょう!?もういい、コンビニ行ってくる。」
しょっぱい神様。あんな人が来ない祠の神なんか当てにしてなかったけど、いざ目の当たりにするとムカつくわあ。
「ただいま。」
「おかえり。今は食べ物がどこでも買えて便利だのう。」
返事をせずにコンビニ弁当を食べる。
「食材があれば料理もできるぞ。台所も好きに使うといい。」
「こんなところ使い方分からないわよ!」
「そうか。まあ龍美の家もこことは全然違ったな。」
呑気な神様。私の人生めちゃめちゃにしたくせに。まあいいわ。あと一つやりたいことをしたら、しばらくここで暮らして貯金が貯まったら出てってやる。
「饅頭はいらんか?」
「いらない。」
「そうか。美味いんだがのう。」
しゅんと俯く。なんだか胸がチクリと痛んだ。饅頭をひったくると一口食べた。
「……美味しい……。」
「おお!そうか!龍子が喜んでくれるとわしも嬉しい!」
ぱああっと花が咲いたみたいに笑う。龍なのに犬がしっぽを振ってるみたいだ。
……なんでだろう。お母さんのご飯より美味しい。
……風邪を引いた。環境を変えただろうか。あまりに熱が高いのでバイトは休んだ。龍神がおろおろしながら雑巾を絞って私の額に乗せる。助かるけど、ここには食べ物がないんだよなあ。買いに行く余力もないし、どうしよう……。
「龍子!待っておれ!精のつくものを持ってくる!」
龍神は出ていった。祠の中は誰もいなくなった。確かに食べ物はないけど、今は誰かそばにいて欲しかったなあ。最近龍神が憎めない。なんていうか、私のこと好き好きオーラがすごい。バイトに行くたびに「すまぬ……昔のわしなら嫁一人養えたものの……。」としゅんとしたり、仕事が終わる度に抱きついてきたり、当然のように添い寝してきたり。今までの人生を考えてしまう。本当に私の人生をめちゃめちゃにしたのは龍神なんだろうか。本当に悪いのは、私を虐げた妹や母、周囲の人間じゃないだろうか。でも、最近はどうでも良くなってる。だって母も妹ももう関係ないし。貯金が貯まったらどうしようかな。可哀想だから龍神も連れていこうかな。龍神は働けなさそうだから主夫になってもらうか。料理もできなさそうだけど、あの龍神、私の言うことなんでも聞くし、料理ぐらい覚えてくれるだろう。考えてるうちにうとうとしてきた……。
『あら、ブス、じゃなかった。姉さん。』
『おいブス!こっち向けよ!うわ、ブッス!』
『龍の嫁なんて迷信に決まってるでしょう!?どうすんのよこんな醜い子!』
『龍子は器量がないから一人で生きていくしかないなあ。』
「ごめんなさい……ごめんなさい……。」
「龍子!龍子!」
「はっ。」
「大丈夫か!?随分うなされていたぞ!」
確かに嫌な夢を見てた気がするけど、今にも泣きそうな龍神を見てるとどうでも良くなってくる。
「汗だくだぞ!体を拭くから脱げ!」
「ぬっ……。」
デリカシーないのかこの龍神!でも確かに汗は気持ち悪いし動ける気がしない。龍神の言葉に甘えることにした。
龍神はせっせと私の体を拭く。……なんとか言わないの?一応私嫁なんですけど。胸とか下とか色々見られてるんですけど。
「……なんかないの?」
思わず口にした。
「何かとは何じゃ?」
すっとぼけて。龍神は性欲ないのか?
「嫁が裸見せてるんですけど。」
「それは美しいとは思っているがなあ。今はそれどころじゃなかろう。大人しくしておれ。」
龍神は全く女心が分かってない。美しいって言われて喜ばない女はいないのに。
「これで良し。ほら、食事だ。」
みみずとか出てこないだろうなと身構えていたら、まさかの肉料理。よく分からないけど、鍋。炊けたご飯もおひついっぱいある。
「これ、どうしたの?」
「田吾作がまだ存命でなあ。食料を分けてもらったのだ!田吾作は狩猟の名人で、これは猪鍋だ!祭りの時よく供えてくれたが、絶品だぞ!さあ、食べると良い。」
猪か。食べたことないけど、恐る恐る口にする。あ、美味しい。癖がないし肉が柔らかい。それでいてご飯が進む。あっという間にお茶碗がからっぽになる。
「む、つぐか?」
「ん……。」
ご飯が美味しくておかわりをする。
「……治ったら、田吾作さんのところに連れてって。」
「ん?」
「お礼、言いたいから。」
「おお!それはいい!田吾作にもお主を紹介しよう!」
盛りに盛られた茶碗いっぱいのご飯は、本当に美味しかった。
あれから数年。
「じゃあ、行ってくる。」
「おお、気をつけてな。」
龍子は仕事に出かけた。わしはこの間に朝食の食器を片付ける。龍子はあれから仕事を変え、金が貯まったと言ってわしをつれて家を借りた。働き先はよく広告が流れるハイカラな茶屋らしい。元々龍子は賢い子だった。ただ、龍の痣のせいでいじめ抜かれたせいで人との交流が苦手だった。しかし、龍美の家を出てから徐々に感情や表情が出てくるようになり、本来の能力を発揮できるようになった。嫁を働かせるなど、龍神としてあるまじきことだとしょげていたら、今どき普通だ、わしには家を守って欲しいと言われた。時代は変わったのう。夕飯は何にしようかと考えているとチャイムが鳴った。
「はいはい。」
扉を開けると、龍子の妹、凛が立っていた。
「凛……。」
「龍神さま!あなた龍神さまなんでしょう!?」
肌はくすみ、目元にくまができている。何があったか分からんが、以前のような生活はできていないようだ。
「……入りなさい。」
居間に通して茶を出す。
「どこでわしのことを?」
「取引先の農家が言ってたの。私のこと、龍神さまと結婚した女の子とそっくりだったって!私全部分かった!やっぱりおばあちゃんが言ってたことは本当だったんだって!」
田吾作か?龍子が熱を出した時は世話になったからのう。
「それで、何故今になって姿を見せた?」
「龍神さま!お姉ちゃんじゃなくて私と結婚して!」
「は?」
突然何を言い出すのだ?思わず呆けた。
「私の方がお姉ちゃんより綺麗だし、モテるし、若いし仕事もできるのよ!お姉ちゃんの彼氏は全部とってやったし!ねえ、だから、龍神さま!お姉ちゃんより私を……!」
「凛、それ以上龍子の侮辱をすると許さんぞ。」
外の木々がざわりと騒ぐ。凛はびくっと黙ってしまい、青ざめてガタガタと震え始めた。しまった、神格で威嚇したのはやり過ぎた。
沈黙が続く。
「……ずるい。」
凛がぽつりと呟く。
「おばあちゃんはお姉ちゃんばっかり可愛がってた!お姉ちゃんは龍神さまのお嫁さんなんだよって!お姉ちゃんは生まれた時からシンデレラで白雪姫だった!私だけ龍の名前をもらえなかった!私ばっかりお父さんとお母さんにしっかりしなさいって言われた!男はすぐに私を捨てた!誰も大事にしてくれなかった!お姉ちゃんには龍神さまがいるのに、私は、私は、誰も愛してくれない……!」
凛は泣き崩れた。哀れな子だ。
「凛、わしのせいでお前にも苦労をかけたな。」
「龍神さま……。」
凛の頭をそっと撫でる。
「凛、お前は賢い子だ。見た目も美しい。わしはお前を娶ってやれないが、必ずお前を愛してくれるものは現れる。」
「そんな慰めは要らない!お姉ちゃんより私を選んで!」
「すまぬ。それだけは出来んのだ。」
バチンと鋭い音が響く。どうやら頬を張られたようだ。凛を見ると、涙を溜めて出ていった。
凛が残した茶を見つめる。窓を開けてベランダに出る。昔に比べて夏は随分暑くなった。人の命を容赦なく奪うように。
「龍神とは、なんなのだろうか。」
龍子も、凛も、わしのせいで不幸になってしまったように見える。昔は不作の年があると、人柱と言ってわしに生きた人間を捧げる風習もあった。全ては、わしの力が足りないから。わしがもっと強力な神であれば、あの日の人間たちも、凛も、救えたのだろうか。
♪てんてろりん
龍子に持たされたスマホが鳴り、急に蝉の声が鮮明になる。
「わしじゃ。」
「出た出た、今家?」
「うむ。」
「良かった〜。実はサイドボードに会議資料忘れちゃってさー。駅まで届けてくれない?」
「……ふっ、神遣いが荒いやつじゃのう。」
「今は私の旦那様でしょ。すぐお願いね。」
通話が切れる。全く、龍子は昔からわしを敬わず召使いのように思っておる。だが、不思議とそんな龍子に救われている。
「さて、旦那の仕事をするか。」
資料を持って家を出る。うだるような暑さの中、たくましく生きる全ての人の子が愛おしかった。