7話 メイドの『メイ』
「……え?」
「人間の問題や都合に巻き込ませたくなかった」
「……本当にそれだけなんですか?」
忍は薄く笑みを浮かべ、ムカデと戦った際に見た人型の毒を思い出した。
『加奈子ぉぉぉ、だずげでぇぇぇ!』
「化け物や悪霊の都合で人間が死ぬように、人間の都合で幽霊が死ぬのは、また違うと思ったの」
幽霊に殺されるのは食物連鎖の中には考慮されず、それで殺されるのは違う。
もちろん人間も例外ではなく、重機で動物を轢いてしまい殺すのもまた間違っていると思っていた。
「仕方がないことだってあるかもしれない。自分や、仲間の命を救うためにとかね。でもさ、その順序がズレて奪われる命とか存在とかは、できれば助けたい。言ってること、訳わかんないと思うけど」
少女は聞き入るように忍を見つめ、一つ頷いた。
「はい、全然言っている意味がわからなかったです」
忍は「はは」と笑った。
「だよね。ごめん。というか、君こそ何であんなところに?」
「……面白そうだったから」
顔を見られたくないのか、別の方を向く。
「そっか」
すると、いきなり玄関の扉を勢いよく叩く音が聞こえてきた。
「早く開けてちょうだい! 忍ちゃん!」
「あの〜……やめてもらっても〜……」
玄関の外では、加奈子が扉を叩き、朔がそれを止めている姿があった。
そのシーンを朔からの連絡で知ると、忍は頭をかきながら返信を送った。
外にいた朔は、加奈子を止めていた手をふと止め、スマートフォンに届いた通知に目を落とした。
『ぜっっっっっったいに、ワープホールで中に入れないでね!!!絶対!!」
忍からの強調された文面に、朔は小さく「あっ」と声を漏らす。
「そういえば、俺……ワープホール使えたわ」
加奈子がその様子に気づき、怪訝そうに問いかける。
「どうしたの? 忍ちゃんから連絡が来たのかしら?」
朔は慌ててスマホをポケットにしまい、笑って首を横に振った。
「いえ、何でもないです」
すると加奈子が何かを思い出したかのように目を見開き、朔に詰め寄る。
「朔君!この家って合鍵とかないのかしら?」
「えっ」
朔は額に手をやり、苦笑しながらしどろもどろに答えた。
「いや〜、どこにやったか……あまり覚えてないですね〜」
加奈子はさらに一歩踏み込み、じっと朔の目を覗き込む。
「どこか、検討もつかないのかしら?」
朔は心の中で泣きながら、思わず叫ぶ。
(早く、どうにかしてくれ〜! 忍〜!)
忍も朔からの連絡で、外の深刻さを察していた。何しろ——
『おい、頼む早くしてくれ』
『まじで、加奈子が止まらん』
既読『ついに「さん」付けやめちゃったか〜』
返信が途絶えたのだ。
忍のスマホを覗き込んだ女の子が、呆れたように呟いた。
「……なんですか、この危機感のなさすぎる返信」
「まあ、まあ……。て、それより!」
忍は突然、女の子の手を取ると真剣な表情で問いかけた。
「質問!あなた、このまま祓われたいですか? あのおばさんに!」
「いきなりですね……」
女の子は思わず突っ込んでしまったが、忍の真剣なまなざしに押され、少し黙った後、ゆっくりと口を開いた。
「……いや……です」
「なら、私たちに協力してくれますか?!」
女の子は再び沈黙した後、しっかりと頷く。
「はい。ここで祓われて消えるくらいなら」
「わかった!ありがとう!それじゃあ、こっち来て!」
忍は女の子の手を引き、家の奥の薄暗い部屋の前に立つと、扉を開けた。
そこには紙が貼られた箱が所狭しと積み上げられている。
「えっと……ここは?」
女の子が不安そうに尋ねると、忍は「猫」と書かれた箱を探りながら答える。
「ここは私が昔から集めてる、勾玉保管室」
「勾玉?」
忍は頷き、箱の中から二つの勾玉を取り出した。
「勾玉っていうのは、いろんなものを詰め込んだ力の石……って言えばいいのかな?私も正直、よくわかってないけど」
そう言って、女の子に二つの勾玉を見せる。
「これは、化け猫と猫又の勾玉。これで、あなたを“妖怪”にする」
女の子はその言葉に驚きの声を上げた。
「え!?なぜ私を妖怪にする必要が!?」
忍は冷静に語る。
「あの加奈子っておばさん、幽霊は影でしか見えないって言ってたの」
「は……はい……」
女の子が頷くと、忍は理路整然とした口調で続ける。
「幽霊と妖怪はまったくの別物。幽霊は魂だけで構成されていて存在が不安定。でも、妖怪は違う」
忍は、頭の中に鬼や傘お化けなど、古くから語られてきた妖怪たちを思い浮かべる。
「妖怪は、長い時間この世に留まり続けたことで、魂を覆う“体”を作るようになり、いつしか新しい生き物としての種族のような存在になっていった」
そして忍は、勾玉を女の子の胸元——心臓の前にそっとかざした。
「そんな存在がハッキリした妖怪の体は、幽霊と違って魂だけじゃない。だから、普通の人間の目にも、はっきりと映るの」
すると女の子は、どこか納得したような表情を見せた。
「存在がはっきりしていれば、もともと幽霊だった私だとは気づかれない。幽霊が影でしか見えないのなら、なおさら……そうゆうことですね」
忍はウィンクしながら、指を鳴らす。
「ご名答!」
そしてふと、手に持った勾玉を見つめながら口を開いた。
「今、手元にある妖怪の勾玉はこれだけなのと、下級霊を妖怪にするには一つじゃ足りないから、この二つを君に取り込んでもらう」
女の子は疑問顔で問いかける。
「ですが……どうやって取り込むんですか?」
「あ〜、それは大丈夫。私のスキルで取り込ませてあげるから」
その答えに、女の子は首を傾げる。
「と、言いますと?」
すると忍は、勾玉を握った手を勢いよく振り上げ、女の子の胸元に突っ込んだ。
「こうするの!」
「え? えぇっ!?」
その瞬間、忍の手が女の子の胸元から離れると、彼女の体がまばゆい光を放ち——次の瞬間、猫耳が生え、二本の尻尾が揺れている。
まさに猫妖怪と呼ぶにふさわしい姿に変わった。
「お〜、ちゃんと存在がしっかりしてるね」
「えぇぇぇ!?猫耳!?尻尾!?え、私なんですかこれ!?」
正直、勾玉を入れる際に、なんの記憶も流れてこなかった事が気になるが、今は置いておこう。
と、そのとき、リビングの方からチャイムが連打される音が聞こえてきた。
「うわっ! 今度はチャイム連打かよ!」
ちなみに、そのチャイムを押していたのは——
「早くしろやぁ!もう日が暮れるぞ!あのクソやろうがぁ!」
朔であった。
忍は女の子を自室へと連れていく。
「今の服、いかにも幽霊って感じの白装束だから、私の服を貸してあげるね」
そう言って忍がクローゼットを開き、服を選び始めると、女の子が不安げに声をかけた。
「あの……服を選んでいる時間なんて、ないんじゃ……」
しかし忍は真剣な表情で語り始める。
「いやいや、相手は熟練の霊媒師。もしかしたら、服装で違和感を察知されるかも……!」
「いやいやいや、さすがにそれはないかと……」
女の子のツッコミをよそに、忍はふと思い出したように尋ねた。
「そういえば君、名前はなんて言うの?」
その問いに、女の子は視線を落とし、小さな声で答えた。
「……覚えてないんです」
「うんうん……うん?え、覚えてないの?」
女の子は申し訳なさそうに顔を伏せる。
「はい。生前の記憶は、ほとんど残ってなくて……」
忍がその言葉に、勾玉を入れた時の違和感の事で納得がいくと、今度は扉が激しく叩かれ、チャイムの連打が再び響き渡る。
「わぁ〜! さっきよりひどくなってる! てか、これ絶対朔も加勢してるでしょ!」
そう言って忍はクローゼットに頭を突っ込み、一着の服を引っ張り出す。
「なんですか、この服……」
取り出されたのは、メイド服だった。
「サイズが合うのこれしかなかったんだもん! 他のはどれも君には大きすぎるし!」
「っていうか、なんでこんな服を持ってるんですか!?」
「そんな細かいことは今はいいよ!」
忍はその問いをスルーし、頭を抱えて考え込む。
「うーん……名前は……名前は……そうだ!」
そうして彼女の口から出たのは、あまりにも安直な命名だった。
「君の名前は、メイドの——『メイ』だ!」




